第20話:火竜激闘
本格的な戦闘です
若干長めです
「殺すと言っても安心しなよ。すぐに殺す訳じゃない。そんな事をしても何の得にもならないからな」
まぁ、これだけの実力者なら、人を殺して金を奪うより、モンスターを殺して魔石を稼いだ方が楽だ。
「お前はとりあえず合格だ。その特異なスキル。俺の《赤き狼団》で使ってやろう」
俺の……ねぇ。
「勿論、断るならここで死ぬ事になる」
わかりやすい二者択一ですね。
「ああ、そっちの女は特にいらない。ガキは好みじゃないが、まぁ適当に楽しんだ後は……お前にくれてやろうか?」
粘ついた声だけで、兜の下でフェルがどんな表情をしてるかわかるな。
俺がちらりと見ると、セニアは一度びくりと体を震わせたものの、強い意志を宿した瞳でこちらをにらみ返して来た。
覚悟はできてるって事ね。流石王族。気位が高い。
「……一つ聞きたい」
一つ、と制限する事で質問が承認される可能性をあげる。
「うん?」
相手はこちらに対して絶対的に優位にあると思い込んでるから、油断から俺との会話を選択する。
「なんで団長達を殺した?」
「そりゃ、奴らが頑固だったからだよ。とっくに奴の時代は終わってるってのにさ、いつまでも団長面しやがって!
今の時代、冒険者団は強い後ろ盾が必要だってのに、いつまでも古臭いポリシーなんて大事にしやがってよぉ!
おまけに、俺が折角伝手を作った公爵家にわざわざ自分から断りに行きやがってよぉ! 苦労してあそこの令嬢こましたってのに全部台無しだぜ!」
ん? 公爵令嬢?
「それで面子保って筋通して終わらせりゃ、こっちだってまだ我慢してやれたんだけどよ、あのクソ団長、俺への見せしめに公爵令嬢に暗殺者送り込みやがった!」
わぁ、繋がっちゃった。
でもあいつら王国の諜報部員だったよな? 《赤き狼団》ってそういう後ろ盾無い筈じゃ? どうやって王国を動かしたんだ?
あとどうも、《赤き狼団》の団長って、昔気質の頑固な筋者ってより、どうも手段を選ばず自らの信念を押し通すタイプみたいね。
敵には容赦しないタイプって事か。
「だからやってやったんだよ! あのクソを支持した奴らも一緒によ!
けどこれで《赤き狼団》は俺と若い奴のものとして生まれ変われるんだよ!
そして《赤き狼団》を俺の力でもっともっとでかく、強くするんだ!
そのためには多くの力が必要だ! お前みたいな、特異な力が!」
なんか、随分溜め込んでたみたいね。
激しい身振り手振りを交えて叫ぶその言葉は、俺じゃなくて自分に言い聞かせてるみたいだしな。
そうか。バステの狂気は団長を心配して狼狽してたせいじゃなくて、こいつの素だったのか。
「なるほどね。確かにあんたは強いし俺達は追い詰められてる。けれど俺の力を買ってくれるっていうなら、それに乗るのも悪くないかもしれないな。ここで殺されるよりは随分マシだろうし」
「だろ? それなら――」
「だが断る」
よっし! うまく言えた!
「セニアをお前みたいな下種の好きにさせる訳にはいかないし、セニアをお前に渡したら俺もお前と同じ下種に堕ちてしまう。何より――」
そこで俺は言葉を切って、『マジックボックス』からクロスボウを抜き、放つ。
昨夜のうちにオークの魔石を還元して手に入れた、魔樫の材木を材料に作った武器だ。
今回は『錬成』したが、これを『錬成』や『合成』を使わず製作すると『工作師』の職業を獲得できる。
流石にクロスボウを自力で作成する事はできない。
けれど、このクロスボウを『アナライズ』で見れば、造り方もわかる。
あとは高い器用と幸運に任せてゴリ押しするだけ(こればっかだな)。
「か……は……」
俺の放った矢は、フェルではなくエディの喉元に突き刺さっていた。
膝から崩れ落ち、俯せに倒れ込むエディ。石畳に、赤い水たまりが広がっていく。
『クイックショット』による抜き手も見せない高速の抜き打ち。
『パワーショット』と『ペネトレイト』を併用し、部位狙いにより弱点部位を狙い撃ち、ダメージを増加させた。
更に、ビクティオンの祝福『ウィークエンド』で弱点部位に命中させた際のダメージを増大させる。
結果、一撃死。
おそらく俺が放てる弓による最強攻撃。
名付けてデッドエンドシュート。相手は死ぬ。
まぁ、矢を通常のものからクリエイトウェポンで作った魔法の矢に変える事で威力は更に上がると思うが。
「やってくれるじゃねぇか。けど、狙う相手を誤ったな。折角の奇襲なら、俺を倒すべきだったんじゃないか?」
いや、お前に攻撃通らないし。
ただでさえ俺の筋力お前の頑強に負けてるのに、しかも火竜シリーズの高い防御力まであんじゃん。
ついでに言えば、いくら俺の筋力が高くても、その値全てを武器の威力に追加できる訳じゃないからな。
筋力が低ければ武器を扱う事はできないけど、高過ぎると、今度は武器の方が保たない。
俺の筋力で全力でシミターを振るえば、間違いなくシミターが壊れる。
適正筋力ってのがあるんだよ、武器にはさ。
あと、作ってから気付いたんだけど、クロスボウって威力に筋力乗らないんだよね。
構造上乗る訳ないのにね。作る前に気付けって話なんだけどさ。
矢を放つために弦を張る訳だが、その弦を引くのに必要な筋力分は威力に乗る。
けれど、俺の筋力を余さず矢に乗せようと思ったら、ばかでかいクロスボウが必要になる。
元々、狭いダンジョンで取り回ししやすいようショートボウを選んだのに、そんな巨大なクロスボウ扱いたくねぇよ。
攻撃が通らないだけじゃなく、エディにウロウロされると色々面倒だったってのもある。
なんせ高LV『曲者』だ。
どんなからめ手を仕掛けてくるかわかったもんじゃない。
少なくとも、戦闘になれば真正面から来るしかないフェルの方が与し易い。
セニアの安全も確保できた訳だし。
「何より俺は、お前なんかに殺されないからな」
「ほう……」
俺の言葉にフェルは槍を構える。
明らかに雰囲気が変わった。
簡単に殺せる相手から、殺すべき相手に俺の存在がランクアップした証だろう。
一流の冒険者が持つ、殺意というか、闘気というか、何やらオーラのようなものがフェルから溢れ出ているように見えた。
「セニア、下がってろ。それと絶対に、俺とあいつの直線上に立つなよ?」
「わかった……」
不安そうな表情を浮かべながらも、セニアは俺の言葉に従う。
フェル相手では、自分が足手まといにしかならない事がわかっているんだろう。
「青の逸槍――」
「ばかめ!」
俺の詠唱を聞いて、フェルが嘲るように叫んだ。
「――アイシクルランス!」
俺の手の平から放たれた氷の槍は、真っ直ぐにフェルへと飛び、その胸に直撃した。
「おっとと」
しかし、フェルは若干ふらついた程度で、まるでダメージを受けていないようだった。
フェルの魔抵と火竜の鎧の魔法防御力を足しても、俺の魔力に若干及ばない。
けれど、武器と同じく魔法にも魔力制限がある。
俺の魔力を全て乗せようと思えば、この部屋が埋まるくらいの氷槍を作る必要がある。
まぁ、水、氷属性の攻撃を無効化する氷の首飾りがあるから、どのみちダメージは通らないんだけどな。
「無駄だぁ!」
そしてフェルは槍を構えてこちらに突進してくる。
決して速くはない。
それでも普通の人間にしてみれば十分な速度だろう。
パーツが多く、装飾も大量についている火竜の全身鎧を身に纏った、大柄な相手が、この速度で迫ってくれば、それはかなりの恐怖となるだろう。
繰り出された槍の一撃を、俺は右へ跳んで躱す。
「『オミット』!」
これは直前に使った魔法を詠唱破棄で使用できるスキルだ。
詠唱破棄、省略などは魔法使い系の職業で高いLVが必要となるが、こちらは『魔導士』なら15、『自然術士』なら10と比較的低いLVで使用可能になる。
本来俺には関係ないが、詠唱破棄で魔法を放つよりは、まだ納得してもらいやすい。
直前に放った魔法は当然『アイシクルランス』で、俺の手から氷の槍がフェルに向かって飛ぶ。
少しでも詠唱の時間を短くし、手数を増やす。
これが勝利への道だ。
「ちょこまかと!」
フェルが繰り出す槍を避けながら、俺は次々にアイシクルランスを放つ。
警戒するのは範囲の広い薙ぎ払い。
常にフェルの利き手とは逆の位置をキープするよう動く。
シールドによる打撃もあるが、槍に比べれば威力は低い、
火竜槍は通常の攻撃力だけでなく、炎の属性攻撃まで付与されている。
一発くらいなら大丈夫だが、その一撃で体勢が崩れれば、畳みかけられて、HPを削り取られてしまう可能性は十分にある。
それに、俺が耐えるのはやはり不自然だろうし。
しかしこれは、凄い迫力だな。
圧倒的な圧力を持った相手がこちらに迫って来るのは勿論だが、その攻撃の一つ一つに、こちらを殺す意思が込められている。
しかもわかっている事とは言え、こちらの攻撃を全く意に介さず突進してくるのは中々の恐怖だ。
もしも俺に、フェルを絶対に倒せる自信の策が無ければ、とっくに心が折られていたかもしれない。
この段階で、この恐怖を体験できたのは良かった。
いつもいつも万全の状態で戦える訳じゃないからな。彼我の戦力差がわからないまま戦闘に陥った時、今回の戦いの経験は必ず役に立つ筈だ。
「!?」
何度目かのフェルの攻撃を回避した時、俺の背が壁に当たった。
目線だけで確認すると、いつのまにか部屋の角に追い詰められていた。
げぇー! まさか追い込まれたのか!?
敏捷低いくせにこういう技術は高いのか。
いや、むしろ敏捷が低いからこそだろうな。
ボクサーかよ、コイツ!?
「ふん、中々すばしっこいみたいだが、戦闘経験はそれほどではないようだな。特に、人間と戦った経験は殆どないだろう?」
はい、その通りです。
数少ない人間との戦闘も、広い平原での野戦だからな。
「これでもう逃げられんぞ! 死ねぇっ!!」
叫んでフェルが槍を持った右手を大きく引く。
槍から魔力の奔流が溢れ出し、周辺に渦巻いているのが見えた。
スキルを重ね掛けしたコンボか!?
おそらくフェルにとって最大威力の攻撃が来る。
あ、『アナライズ』で見れるスキルってあれで全部じゃないから。
スクロールっていうか、2ページ目があるから。
「火竜轟撃槍!!!」
そして強力無比な一撃が放たれる。
ひょっとしたらその槍の一突きは、ダンジョンの壁さえ貫いたかもしれない。
纏った魔力が周囲を薙ぎ払い、この部屋くらいの広さなら、逃げ場なく荒れ狂う暴力の嵐となっていただろう。
発動していたら、だけどな。
「ぬ……ぐ……な、なんだそれは……!?」
フェルは突きを繰り出した腕を振り抜くことができず、その突進を途中で止められていた。
「なんだそれはぁぁぁぁぁああ!!?」
俺の目の前には、色鮮やかな光を放つ、半球状の透明な盾が出現している。
これは俺の防御用切り札。
第九階位の精霊魔法、突き属性の攻撃に対して絶対的な防御力を誇る『玄武甲』
その上から、一定以下の威力の魔法を無効化し、魔法防御力の上昇自体も大きい、第六階位の世界魔法『アブソリュードマジックフィールド』を重ね掛け。
そしてあらゆる属性攻撃を無効化する第五階位の超理魔法『レインボーシェル』をかぶせて完成。
物理攻撃、魔法攻撃、そして属性攻撃に対し、非常に高い防御力を誇る魔法障壁。
名付けて……。
名付けて、えー……。名付けて……。
「俺の『絶盾』はあらゆる攻撃を遮断する」
シンプルにいこう。
どうせ俺以外使えないんだし。
『レインボーシェル』なら頑張ればなんとかなるかもしれないが、第六階位と第九階位はまず無理だろうからな。
「く……ぐ……な・め・る・なあああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
フェルは更に槍に魔力を込めて、『絶盾』を貫くべく槍を押し込もうとしている。
障壁はしかしその穂先の侵入を阻み続ける。
両者の放出する魔力が鬩ぎ合い、散らされ、さながら火花のように周辺に飛び散る。
スキルは一度発動させて終わりじゃない。
特にアクティブスキルは、一度発動させた後、その行動が終了した時は勿論、阻害された時もその効果を失う。
しかし目の前のフェルの槍は、未だにスキルの発動中だ。
これは、スキルを発動させ続けている証拠だ。
当然、MPはその分減り続けている。
そしてそれは俺の『絶盾』も同じだけど、まぁMPの総量は俺の方が圧倒的だし。
それに、これは俺の目的のためにも都合が良い展開だ。
むしろ、この状況を狙っていたんだから。
コーナーに追い詰められたのは俺のミスだけどな。
けど、良い勉強になったよ。
あとはこのまま槍を防ぎ続ければ、どちらかのMPが尽きるより先に、槍が耐えきれずに壊れるだろう。
圧倒的な攻撃力を持つ槍さえ壊してしまえば、安全に削り殺す事ができる。
……ん? ちょっと勿体無くないか?
この火竜槍はとびきりのレア武器だ。
素材を『鍛冶師』か『錬金術師』のスキルで変化させて作成する事は可能だから、レア武器の中ではレア度は低いかもしれない。
しかし、その素材は、専用の装備を持った冒険者数百人で数日がかりでないと倒せないと言われる、火竜のものだ。
しかも火竜はモンスターじゃないから、倒しても魔石が出ない。
つまり、あまりやり過ぎると、折角倒したのに素材が使い物にならない事だってあるんだ。
できる限り体皮や鱗を傷つけずに倒さなければならない。
その槍を壊しちゃうのかい?
確かに、火竜槍なんて目立つ武器を持った冒険者が行方不明になった直後に、同じ槍を持った別の冒険者が現れれば、あらぬ疑いを抱かれてしまう。
そしてそれは誤解でも間違いでもなく、彼らの疑問は間違いなく事実なのだ。
けれど、俺はダンジョンを探索する時、基本的に他の冒険者を避けるように動いているし、どうしても避けられない時は『マジックボックス』にしまってしまえばいい。
事情を知るセニアも、そんな俺の行動に疑問を抱く事はないだろう。
むしろ、彼女も目立つ事を嫌っているので、積極的に事実の隠蔽に手を貸してくれる筈だ。
うん。計画変更。槍は壊さないでおこう。
正直、フェルの動きを見てたら、槍使いたくなってきた。
ゲームのリプレイ動画とか見てると、普段使わない武器やキャラを使ってみたくなるのと同じだよね。
そして上手く使いこなせなくてすぐに飽きるまでがデフォ。
多少危険だけど、なぁ、なんとかなるだろう。
俺は空いている左手に魔力を込める。
フェルからは、互いの魔力の衝突の光のせいで見えていないようだ。
「『アイスショットガン』!」
右手を下から救い上げるように振り抜く。
俺の手のひらに生まれていた魔力が、氷に変換され、その名の通り、散弾となってフェルを襲う。
「うおおぉっ!?」
突然の魔法の直撃を受け、フェルは大きく後ずさった。
意識していれば、氷の首飾りで無効化できるから、その衝撃を今までみたいに無視できた筈だけど、物理的にも意識的にも死角から放たれた魔法に対応する事はできなかったようだ。
とりあえずこれで槍が壊れるまでフェルが攻撃を続ける事を阻止した。
あとは倒すだけだ。
「お前……!」
「『オミット』!」
俺はフェルの懐に飛び込みながら、『アイスショットガン』を放つ。
「ちぃっ!」
しかし今度はしっかりと防御される。
氷の散弾をその身に受けながらも、フェルは槍を振るった。
俺が危惧していた薙ぎ払い。
けれど、もう危険を冒す事を決めたんだ。
躊躇はしていられない。
安全な距離を保ってちまちま削るのではなくて、とにかく散弾が多く当たるよう、接近し続ける。
『アイスショットガン』は非常に射角が広い。けれど、それはそれなりの距離があった場合の話で、魔法を放った直後はほぼ一ヶ所に固まっている。
なによりこの魔法は、氷の弾丸一個一個を、一つの攻撃として認識している。
十数発の氷の散弾を全て食らえば、十数発の攻撃を食らったのと同じ事なのだ。
勿論、一発ごとの威力は『アイシクルランス』にも及ばない。
けれど、これが大事。
俺の計画には、質より量が大事なんだ。
距離が縮まった事で、フェルの振るう槍の激しさが増した。
暴風の中へと飛び込んだんだから当然だ。
それでも俺は、冷静にフェルの動きを見て、槍を躱し、氷の散弾を撃ち込んでいく。
体を開くような動きで繰り出された薙ぎ払い。
これを躱して何度目かの接近を試みようとした時、槍の動きを追うように、盾を持ったフェルの左手が俺に迫っていた。
盾は微かに発光していた。何らかのスキルが発動中だ。
おそらく、シールドバッシュ。
これは躱せない。
およそ殴りつけるには向いてないと思われる形状をした、火竜の小盾が、俺の頭部を捕らえる。
グワアァン、という耳鳴りと共に衝撃が襲って来た。
あ、これも炎属性なのか。
肌が焼ける感覚。
日焼けなんて久しくしてないが、子供の頃の記憶に頼る限り、比べ物にならない熱量が俺を襲った。
あ、日焼けが太陽の熱のせいじゃないってのは、ちゃんとわかってるからね。
転倒はせず、なんとか踏みとどまった。そして俺の目の前では、追撃しようとしてその場に崩れ落ちたフェルが居た。
「な、なにが……? いや、これは、MP枯渇……!?」
立ち上がろうとしながら、呆然と呟くフェル。
しかしすぐに自分の体に起こった現象を理解するあたり、性根はクズでも一流の冒険者らしかった。
そして一流の冒険者であるなら、自分のMP総量と、使用スキルの消費MP量を感覚的に把握している。
だからフェルは、自分の置かれた状況を理解すると同時に、何故このような状況に陥ったのかがわからず、更なる混乱を招いていた。
「蒼の逸槍――アイシクルランス――」
そんなフェルに向けて俺が魔法を放つ。
氷の槍は真っ直ぐにフェルに向かって飛び、そして――
「ぐわああぁぁあ!」
胸に直撃を受けたフェルは、激痛に叫んでそのまま吹き飛んだ。
「な、なにが……!?」
今度こそ、何が起こったのかわからないといった風に、目に見えて困惑していた。
「火竜の防具は高い物理防御力と魔法防御力に加え、熱、炎属性の攻撃を完全に無効化する」
折角なのでネタばらし。
お前の敗因を教えてやろう。
「その代わり、水、氷属性が弱点となる。だからお前は、水、氷属性を無効化する効果を持った装備、氷の首飾りを所持していた」
「!?」
驚き、フェルは自分の胸に手を当てた。
そこに、氷の首飾りがあるんだろう。
「けれどお前は知らなかっただろう? 氷の首飾りには、使用回数に制限があるんだ」
「なっ……!?」
「誰だって、火竜の防具を着込んでる奴を見たら氷の攻撃を撃ち込みたくなる。けれど、それが無効化されたなら、何か対策を講じていると考えるのが普通だ。二発、三発くらいならともかく、何十発も撃ち込む奴はいない――
――使用回数に限りがある事を知っている奴以外はな」
氷の首飾りは、水、氷属性の攻撃を受けた際、装備者のMPを消費する事で、その攻撃を無効化するんだ。
だから俺は手数で押した。
氷の首飾りは、どんな威力の攻撃でも、その攻撃を無効化すれば一回としてカウントする。
ダメージ一万を超える破格の攻撃だろうと、十にも満たないダメージであろうと、どちらも一回。同じだけのMPを消費する。
そして『アイスショットガン』は氷の弾丸一つにつき、一回の攻撃とカウントする。
ダメージ総量としては、十数発全弾食らって『アイシクルランス』を若干超える程度でしかないが、それでも氷の首飾りは、十数回分のMPを消費するんだ。
しかもこの世界、スキルの使用も魔法と同じくMPを消費する。
フェルが俺を殺すためにスキルを連発した事により、氷の首飾りの使用可能回数は更に少なくなっていった。
「だから、お前は……」
俺のこれまでの行動と、今自分に起きている現象から、氷の首飾りの使用回数がどのように決められているかある程度予想ができたんだろう。
ちなみに、普通の人間がMP枯渇状態に陥ると即座に気絶するんだけど、フェルの場合はスキルの『根性』で気絶を免れている。
「そうだ。俺は氷の首飾りを無効化するために。ただそれだけのために氷の魔法を撃ち込み続けた。そして、今氷の首飾りはその効力を失った。水、氷属性の攻撃に対し、最早火竜の防具は役に立たないだけじゃなく、自身の防御力さえゼロにする、呪いの装備に成り下がった」
言って俺は右手を地面に勢い良くたたきつける。
ちょっと痛い。
「『フリージングスネア』!」
俺の手から魔力が放出され、石畳を凍らせる。
地面を凍結し、相手を転ばせる、ただそれだけの魔法だ。
相手の魔抵が高いと、氷のダメージを受けないだけでなく、転倒さえしない。
けれど、水、氷属性が弱点になっているフェルは、こんな魔法でも簡単に食らってしまう。
つるり、と足を滑らせ、ごいん、と中々重そうな音を立てて仰向けに転倒する。
ここで俺は現代日本でも年間約五千人を殺す殺人鬼を召喚しようとしていた。
その殺人鬼の名前は転倒事故。
特に堅い石畳に頭を勢い良く打ち付けるなんて、死亡確率はかなり高い。
車に轢かれた人間が死ぬ理由として、アスファルトに勢い良く頭を打ち付けたから、というのは非常に多い。
そのくらい、転倒事故は恐ろしいのだ。
しかもフェルが転倒した場所は、魔法の氷の上だ。
氷属性が弱点になっている今、あいつはただの転倒以上のダメージを受けた筈だ。
「う、ぐ……」
どうやらうまくいかなかったらしい。
フェルが痛みに喘ぐ声が聞こえて来た。
じゃあ仕方ない。
鎧が勿体無かったからできれば無傷で手に入れたかったけれど、仕方ないよな。
まぁ、『マジックボックス』に入れておいて、『鍛冶師』の職業か火竜の素材を獲得できるまで待つのも手だな。
この世界に法的な時効は存在しないけど、精神的な時効なら存在している。
所謂、ほとぼりが冷めるまでってやつだ。
そのくらい時間が経てば、俺が火竜の鎧を着ていても、誰も不思議に思わないだろう。
不思議に思ったとしても、フェルの失踪と関連付ける人間は少ない筈だ。
まぁ、その時が来たら、装備するんでなくて売る事になると思うけどな。
俺は倒れたままのフェルの上にまたぐようにして立つ。
そして両手を天に掲げた。その上に、魔力の塊が出現し、徐々に大きくなっていく。
「よ、よせ……」
転倒効果のある氷の上に倒れているせいで、フェルは身じろぎ一つできないでいた。
フルフェイスの兜の向こうに見える瞳は、恐怖で揺れていた。
「お前の敗因はたった一つ。それはとてもシンプルな答えだ」
うーん、微妙にネタを忘れてるなー。
まぁいい。伝わればいいや。
俺の手の平の上に集まった魔力は、白く染まり、透明度を失っていた。
周囲に冷気を発散していて、セニアが寒そうにしている。
もう彼女は、俺が本当にフェルに勝てるのか? と不安がっている様子は無かった。
ただ勧誘されただけなら逃げただけだっただろう。
セニアの無事を盾に取られたなら、暫く従ったかもしれない。
けれどこいつは、セニアを弄んだあとで、俺に下賜するとか言いやがった。
流石にそれは許容できない。
セニアをそんな風に扱うと、帝国との関係が面倒臭そうとか、そういう理由も確かにあるが、それはあくまで理由の一つに過ぎない。
例え想像の中であっても、セニアを辱めた。
それを俺に聞かせた。
それが許せない。
最後の一線を越えるのは、色々と理由があってはばかられるセニアだが、だからと言って彼女がどうなってもいいとは思わない。
誰と関係を持ってもいいとは思ってない。
せめてセニアとして俺の傍にいる間だけは。
こいつは俺のものだ!!
何かする勇気はないし、面と向かって所有権を主張する度胸もないけどなー。
「てめぇは俺を怒らせた! 『クリムゾンロータス』!!」
そして俺は、巨大な冷気の塊となった魔力をフェルへとたたきつける。
一気に解放された魔力が一瞬のうちに周囲を凍りつかせる。
勿論、威力は制限している。間違ってもセニアが被害を受けないよう、きちんと手加減した。
それでも、爆心地とも言うべきそこに居たフェルは無事では済まないだろう。
そのくらいの魔力は込めた。
水、氷属性が弱点になっているフェルは、この属性の攻撃を受ける時、物理防御も魔法防御もゼロとして扱われる。
そんな状態で手加減されているとは言え、第八階位の自然魔法を受ければどうなるか。
ところで紅蓮とは、紅色をした蓮の花の事だが、仏教用語では違った意味を持つ。
紅蓮と聞くと、色のイメージと、紅蓮の炎などの言葉の印象から、どうしても熱や火に関連した物や現象を思い浮かべるだろう。
しかし仏教用語では地獄の一つ、八寒地獄の七番目、紅蓮地獄の略称だ。
八寒の名前通り、その地獄は全てが非常に寒い。
その寒さは、皮膚が裂ける程だ。寒さで皮膚が裂けるとか、どんだけだよ。
そして紅蓮地獄の名前の由来は、この地獄に落ちた亡者の裂けた皮膚から流れ出た血で、紅蓮の花のように見えるかららしい。
怖いよ、名前の由来。
まぁ、地獄だから怖くてもいいのか。
魔力の奔流が収まり、白い冷気が霧散したそこには、体全体をずたずたに引き裂かれ、大きな紅蓮の花となったフェルが居た。
どう見ても死んでいる。『アナライズ』で確認してもそれは確かだ。
フェルドアルード、死亡確認!!
なんてネタにしてみても、ちょっと誤魔化せないくらいのグロ画像だ。
かっとなってやった反省している。
でもまたやると思う。
ヒキニートの沸点の低さを甘く見ちゃいけない。
氷の魔法を使っても頭は冷えなかったぜ。いえー。
終わってみれば完勝
当然ですね。チートですから