第16話:森林迷宮の探索
エルフィンリード探索編、1です
オークを狩りつつ根の通路を進む。
二十分程進むと、徐々に通路が傾き始めた。
入口から見ると下り坂になっている。
それから更に十分程進むと、通路の奥から光が差しているのが見えた。
「おお……」
トンネルを抜けると大森林だった。
地面は土と背の低い草の絨毯に変わり、背丈がバラバラな木々があちこちに生えている。
柔らかな光が差し込む空を見上げると、木々の枝はが緑の天井を作っている。
その隙間の向こうに光が見えた。
太陽じゃない、光だ。
なんと言えばいいのだろうか?
枝葉というキャラクターの背景が、光、とでも言えばいいのか?
緑の網目の下地が光、とでも言うのか?
まぁ、ファンタジー的な謎仕様である事は間違いない。
だってここダンジョンの中だぜ?
上空は何かしらの天井の筈だろ?
辺りに充満する緑の香り。木々に隠れた鳥や虫の声。風に揺られた木々のざわめき。
膨大な数の生命をその身に内包した、圧倒的な自然に、俺はぽかんと口を開けたまま、周囲を見回していた。
完全に初めて都会に出て来たおのぼりさん状態だ。
「タクマ、来るわよ!」
俺とは違い、圧倒されるでも見惚れるでもなく、ただ自然の息吹に感じ入っていたセニアが、そう警告を発した。
近くで魔力が噴出する音が聞こえた。
すぐに思考を切り替える。
現れたのは3メートルはありそうな巨大な植物。
太い一本の幹には細い枝が無い。その幹の先に、多数の線状の小さい葉によって杯状に形成された葉をつけている。
その中心には、松ぼっくりを逆さにしたような部位をつけていた。
あれだ。えーと、中央分離帯とか駅のロータリーとかによく植えられてるやつ。
ツジギリソテツ
そう、蘇鉄だ!
ていうか物騒な名前だな。
「タクマ!」
あ、いかん。考え事してたら反応が遅れた。
俺は背後から高速で迫って来た触手に絡めとられた。
背後を見ると、ツジギリとは違う、植物型モンスターが居た。
一メートルほどの巨大な紫色の花をこちらに向け、茎から生えた蔓をうねうねと動かしている。
ヒトトリクサ
キターーーーーーーーーー!!
でも俺じゃねぇ! 美少女!!
「待ってて、すぐに……」
「避けろ!」
俺が捕らえられたのを見て、助けようと駆け出したセニアに、俺は鋭く叫んだ。
ツジギリがセニアの背中に向けて鋭く尖った小葉を飛ばそうと、葉を震わせていたからだ。
セニアは右に跳ぶ。その直後、彼女が居た場所を小葉が飛び過ぎ、地面に刺さった。
心配してくれるのは嬉しいけど、モンスターに背を向けるなんて迂闊ですぜ?
これはポジションを入れ替えて、セニアに触手と戯れてもらうのは無理だな。
「こっちはこっちで何とかする。お前はそいつに集中しろ」
「! ……わかったわ! 待ってて、このくらい、すぐに片付けてあげるから!」
言ってセニアはツジギリに向き直る。
ということは、このまま捕まっていたら、セニアはツジギリを倒した後で、ヒトトリクサと戦ってくれるんだろうか?
つまり、触手とくんずほぐれつしてくれるんだろうか?
触手に捕まった時からHPが徐々に減っている。
つまりヒトトリクサに生命力を吸われているんだ。
ステータスとしての生命力を吸われるんじゃなくて良かった。
俺のHPと吸われていくペースからすると、死ぬまで二日はかかるな。
とは言え、このまま時間が経つと、バッドステータスの『飢餓』や『疲労』でHPにマイナス補正が入り死ぬのが早まるだろうな。
まぁ、それまでにセニアが助けてくれるだろう。
うん、ちょっと待ってみようかな。
べ、別にセニアが触手に絡みつかれる所を期待してる訳じゃないんだからね!
……勢いでやった。後悔している。
そう言えば、ちゃんとセニアが戦う所って見た事無かったな。
折角の機会なのでじっくりと見させてもらおう。
見せてもらおうか。帝国の魔道具の性能とやらを。
セニアの戦い方は、上品というか、流麗だった。
大きく動かず、無駄な動きをしない。
必要最小限の動きで、敵の攻撃を時に躱し、時に捌き、一瞬の隙を突いて反撃に転じる。
軽やかなその動きは、まるでダンスを踊っているかのようだった。
刺突武器は、『突き』という対応しにくい種類の攻撃で、相手の防御を掻い潜り、弱点部位を的確に狙い撃つ武器だ。
植物型モンスターはこの弱点部位を持っていない場合が多く、そうなると、殺傷範囲の狭い刺突武器は相性が悪い。
だが、セニアの戦い方はそんな不利など微塵も感じさせなかった。
「せやっ!」
気合いの掛け声と共にセニアが突きを繰り出す。
その剣先がツジギリソテツを貫いた瞬間、相手は崩れるようにその体を崩壊させた。
破片が光の粒子へと変わり、その場に魔石が残される。
「お前も何かしろよ……」
セニアには聞こえないように、俺は小声で自分を捕まえているヒトトリクサに向かって呟いた。
別に一対一に付き合う必要は無いのだから、ツジギリに集中しているセニアの背後から攻撃をすれば良かったんだ。
触手を伸ばすとか。
蔦で絡めとるとか。
体に巻き付くとか。
「っ……!?」
こちらの言葉を理解しているのか? と思えるタイミングで、ヒトトリクサの締め付けが強くなった。
俺じゃない!
「今助けるわ!」
俺の苦悶の表情を、苦痛に喘いでいるのだと勘違いしたらしいセニアがこっちに向かって駆けて来た。
流石にこれには反応するヒトトリクサ。二本の蔦をセニアに向かって伸ばす。
いいぞ、もっとやれ。
鞭のようにしなる蔦を、しかしセニアは小剣を振って弾く。
そのままヒトトリクサの懐に飛び込むと、俺の頭上に向けて突きを放つ。
剣先がヒトトリクサの花弁に突き刺さった直後、人のものとは思えない速度でその腕が引かれ、再び突き出される。
目にも止まらぬ高速の連続突き。スキル『ダブルピアッシング』だろう。
後方に向かって破裂するように、衝撃波がヒトトリクサを貫く。
俺を拘束していた蔦も含めて、光となって消える。
「ふぅ」
そしてセニアは一息吐いた。
ヒトトリクサもツジギリソテツも、人間の種族LVで言えば、10前後のモンスターだ。
セニアの方がやや上だけど、それ以上の実力差を感じさせる戦いぶりだった。
装備の性能もあるが、この戦闘センスなら自分よりLVの高い相手でも問題無く戦えるだろうな。
「大丈夫? ていうか、私の助けって必要無かったでしょ?」
尋ねるセニアの口調は、確信めいていた。
うん、ばれているな。下手に隠し立てするよりは、正直に話してしまった方が良いだろう。
「実はセニアの戦いをちゃんと見た事が無いと思ってさ」
勿論、建前の方だけどな。
触手に巻き付かれるセニアが見たかったなんて言える訳がない。
「そ、そうなの……。もう、そんな理由で危ない事しないで……あっ」
おお。照れているな。
「ひょっとして、捕らえられたのもわざと?」
「まぁな」
本当は油断していただけだけど、ここはのっておく事にした。
「もう。本当に危ないわね。HPは大丈夫なの?」
「ああ。大した事ないよ」
「そう? でもまぁ、いい機会だから、私の戦い方だけじゃなくて、武器の性能も見せてあげるわ」
言ってセニアは小剣を構えた。
「え? ちょ、おい……」
「大丈夫。痛いのは一瞬だから……」
その顔に浮かぶ嗜虐的な笑みはなんなんだよ!?
何をするかは大体わかってるけど、それでも怖ぇよ!
「はっ!」
そしてセニアは俺に向けて突きを繰り出した。
剣先が、俺の胸を貫く。
痛ぇ!
くっそ痛ぇ!
HPがゼロにならないと死ななとは言え、心臓を貫かれた痛みはしっかりと伝わって来た。
文字通り、死ぬほど痛い。
「どう? HPが回復してる感じするでしょ?」
「え? おお、本当だ……」
その効果を知っていたので、これはフリをしているだけなんだが、それでも実際に体験してみると、奇妙な感覚だった。
「これが私の小剣、夜啼き鶯の固有性能『夜啼き鶯の献身』よ。攻撃した相手の傷や病気を治す事ができるの」
「魔法の武器だったのか……。やけに攻撃力が高いと思ってたけど……」
「ふふ、すごいでしょ?」
「けど、本当に驚いたよ」
「そ、そう?」
「ああ。わざとモンスターに捕まった俺に腹を立てて、殺すつもりなのかと思って」
「そんな事する訳ないでしょ!」
俺の冗談に、セニアは顔を真っ赤に染めて叫んだ。
よし、うまく話がずれたな。
あのまま武器自慢が続けば、出自などから、セニアの正体が露見する可能性があったからな。
絶対に正体を晒すなよ。
俺と別れるその日まで、一介の冒険者セニアでいてくれ。
「え……? 何してるの……?」
出現するモンスターを撃破し、あちこちに生えている薬草を採取しながらダンジョンを進む。
その途中、セニアが俺を見て驚愕の表情を浮かべていた。
否、どん引きしていた。
「うん? HP回復だけど?」
厳密に言えばバステ『疲労』を回復している途中だ。
何をしているかと言えば、一枚の葉を齧っている。
それはコカの葉と呼ばれるもので、ユギルの実と『錬成』するとHPを回復する、その名もズバリ回復薬が作れる。
そしてそのまま齧っても、HPの微量回復と、『疲労』の一段階回復効果がある。
「そ、それ、コカの葉じゃないわよね? よく似た雑草か何かでしょ?」
「いや? コカの葉だが?」
口から離して『アナライズ』。うん。コカの葉だ。
「なにを落ち着ているの!? 早く吐き出して! それ、毒草なのよ!」
そう。コカの葉は非常に強力な毒草だ。
効果は四肢の麻痺と神経の鈍化。そして各種筋肉が弛緩する。
簡単に言うと、体が動かなくなり、何も感じなくなり、そして心臓が止まる。
『錬成』せずに回復薬を造ろうとするなら、コカの葉を摺って煎じて薄める必要がある。その分量比は、コカの葉一枚に対し、清涼な水およそ五百リットルが必要になる。
そのくらい、強力な毒だ。
セニアが慌てるのも無理もない。
俺は齧る端から自分に『サニティ』と『キュアポイズン』かけてるけど。
ただHPと『疲労』を回復したいだけなら、俺が今持っている素材だけでも他に幾らでもある。
俺が敢えてこの葉を齧っている理由は、これが新しい職業獲得の条件だからだ。
その一つ、ではあるが。
その職業は『捕食者』。食べたモノからステータスやスキルを吸収するスキルを持つ。
食べる事で強くなる職業って、ちょっと憧れあるよな。ちょっとした忌避を感じるのもまた良し。
中二病? 不治の病だから、あれ。
一度罹ると一生付き合っていかなきゃいけない難病なんだぜ?
この職業獲得条件の一つがコカの葉を三センチ以上食べる事。
ちなみに、『常識』の中に『捕食者』という職業は存在しない。
まぁ、普通の人間じゃコカの葉食べた時点でアウトだし。わざわざ治療の用意をして食べる奴もいないからな。
他の条件も中々難儀だから、偶然獲得するのは難しいだろう。
「だ、大丈夫なの……?」
四センチくらいのコカの葉一枚を食べきっても平然としている俺を見て、おそるおそるセニアが尋ねる。
「ああ。けど、俺だから大丈夫なだけだから、真似するなよ?」
「しないわよ……」
こうして日が暮れるまで、俺達はエルフィンリードの探索を続けた。
うん。暮れるんだよ、日。
外の時間に連動してるらしく、光が徐々に失われていき、完全な闇の世界が訪れる。
中には淡く発光する植物などもあり、中々幻想的な光景が目の前に広がっている。
セニアもその風景に目を奪われているが、俺は周囲の警戒を怠らない。
地上でも、危険な生物が動き出すのはもっぱら夜だ。
そしてそれは、このダンジョン内でも変わらないのだから。
次回はエルフィンリード夜編。
ただ出張に行くので投稿は月曜日になると思います。
あ、一応翌日だったw




