第14話:錬金術と今後の方針
説明回です
こういう細かい設定を考えるのは楽しいですね
貧乏性なもので、考えた設定は全て使いたくなるのが困りものです
『錬金術師』の職業を獲得するには、この中和剤を作る必要がある。
一応、魔力と知力にも条件はあるが、どちらも40以上あれば大丈夫なので、俺なら余裕だ。
錬金術師ギルドでも、この方法は教えている。
だから、店員さんは俺がギルド入りたての錬金術師見習いだと思って応援の言葉をかけたんだろう。
ビクティオンの洗礼を受けた事で、俺はビクティオンの祝福全てを使えるようになった。
本来は専門の修行、つまりは『神性術士』のLVを上げる訓練を行わなければならないけど、『神々の祝福』のお陰でその必要は無かった。
こういう時、チートの有難味を実感する。
ビクティオンの祝福の一つ『キャストアストーン』によって、俺は冒険者ギルドを通さずに魔石を素材に変換する事ができる。
『錬金術師』の『錬成』により、この素材を錬金術師ギルドやフリーの『錬金術師』を通さずにレアアイテムに変換する事ができる。
例外無く高額なレアアイテムを売却すれば、ガルツの迷宮を探索した場合、本来得られる利益の何倍もの利益を上げる事ができる。
やっぱり安定して稼ぐなら生産職だよな。
中和剤の製作だけは、独力で行わなければならないが、『技能八百万』から『錬成』→『錬金術師』→獲得方法、とツリーを辿って行けば、中和剤の製作方法を知る事ができる。
後は高い器用と知力、そして幸運を頼りにゴリ押しするだけ。
という訳で中和剤、完成しましたー。
時間は一時間程度だろうか。
『セルフアナライズ』で確認すれば、職業に錬金術師LV1が追加されている。
新しいスキルを覚えたなら、早速使いたくなるのが人間というもの。
護衛クエストの途中で手に入れた魔石は、御者に確認されていた事もあって全て売り払ってしまったけれど、ガルツで手に入れた山羊小鬼の魔石は、個数調整のために売らずに持ったままのものが幾つかある。
『マジックボックス』から一つ取り出し、両手で握る。
「『キャストアストーン』」
俺が祝福を使用すると、手にした魔石が光輝く。そして光が収まったそこには、一本の角が残されていた。
山羊小鬼の角だ。
レア素材を期待してなかったと言ったら嘘になる。
次にこの山羊小鬼の角を持ったまま、『錬成』を使用する。
再び輝き始めるアイテム。
「あ……」
ばしゃり、と光が収まり始めた頃に、両手から液体が漏れた。
結構な量の水がテーブルを濡らす。
「……そりゃそうか。ゲームとは違うんだからな」
俺はすぐに状況を理解する。そして『クリーン』の魔法を使用し、両手とテーブルを綺麗にする。
それまで両手にあった、ベトついた感覚が無くなるのがわかった。
俺が『錬成』で作ろうとしたのは、強壮剤だ。
現代日本で言うところの栄養ドリンクである。
効果としては体力と疲労の回復。精力増強。
ステータスを見る事ができない普通の人にとってはそのような認識だけど、ステータスを見る事ができれば、HPの回復とMPの微量回復。更に、疲労や消沈などのバッドステータスの除去効果があるのがわかる。
代わりに興奮(中度)のバッドステータスが強制的につくし、一時的に『絶倫』のスキルが追加される。
ちなみに、既に興奮(中度)以上の人間に使っても変化は無い。
興奮(重度)が興奮(中度)になったりするような裏技は存在しないんだ。
『絶倫』もどういうスキルかはなんとなく想像できるだろう?
つまりこの強壮剤はそういう類のドリンクだという事だ。
ちなみに売却額はガルツで6デュー。フィクレツだと8デューになる。
これはシュブニグラス迷宮で材料となる山羊小鬼の角が山ほど手に入るガルツと、輸送コストがかかるフィクレツの差だ。
当然、ガルツから離れれば離れる程、価格は上がっていく。
特に王都より北になると、安定して流通しなくなるため、ほぼ商人の言い値で買う事になるだろう。
他の商人とかち合ってしまうとアレだけど、そうでないならかなりボッタクれる優秀な商品になるんだ。
で、今何故失敗したのか?
いや失敗はしてないんだよ。山羊小鬼の角はちゃんと強壮剤に変化したんだ。
けれど、『錬成』によってできあがあるのは強壮剤だけだからな。
容れ物は『錬成』されないんだよ。
質量保存の法則って何? と言わんばかりの現象を起こしておきながら、容器を事前に用意しないと零れますよーって、なんでそんな所だけリアルなんだよ。
『マジックボックス』から山羊小鬼の魔石をもう一個取り出し、『キャストアストーン』で山羊小鬼の角に変える。
ち、角か。
続いてリュックから護衛クエストの時に使っていた水袋を取り出す。
一応『クリーン』の魔法で中身を空っぽにして、角を持った手を袋の中に突っ込んだ。
そして『錬成』を発動させる。
水袋を持っていた手に、ずしり、と重量がかかった。
手を袋から抜く。やはりベトついているので『クリーン』の魔法を使用。
あ、考えて見ればこれわざわざ角持ってやる必要ないじゃん。
袋を覗くと、液体が入っていた。『アナライズ』で確認すると、強壮剤、と出る。
よし。成功。
水袋のまま売りに行くのはアレだから、別に器を買って来て移し替えないとな。包装の見た目って大事だよな。
ガラスの瓶は高いから、陶器がいいかな。
ガラスの製造技術自体はあるけど、『錬成』でも作れるせいでそこまで高く無いし、職人の数も少ない。
そのせいで値段が高いんだよなぁ。
当然俺は材料さえあれば『錬成』で作れる。けれど、ガラスを作るための『錬成』技術は非常に高い。要するに、高LVの『錬金術師』しか作れないものなんだ。
さっき中和剤の材料を買ったばかりの初心者がその日のうちにガラスの材料を買いに行くってどうよ?
別の店を選んだにしても、ガラスを『錬成』できる『錬金術師』が居ると話題になってしまう。
『錬金術師』なんかの非戦闘系職業は高いLVの人間が少ない。
素材を安くあげようと思えば、採取に行くのが一番なので(危険を度外視した場合の話)、駆け出しの生産職はある程度冒険もこなせる。
けれどLVが上がって生活が安定するようになると、彼らは当然危険を冒してまで外に素材を探しには行かなくなる。
『錬成』を使用しても経験値は貰えるが、戦闘に比べると圧倒的に少ない。
当然、LVの上昇速度も戦闘を続けた場合と比べて緩やかになる。
そうなると今度は年齢によって衰えが開始してしまうので、余計にLVが上がりにくくなる。
そんな訳で、戦闘系の職業に比べて、非戦闘系の職業は高いLVの人間は圧倒的に少ない。
そんな所にガラスの製造という、高い熟練度を必要とする『錬成』が可能な『錬金術師』が現れたらどうなるか。
まぁ間違い無く国かギルドに囲われるわな。
それはそれで生活が安定しそうだって?
白磁を生み出した錬金術師がどうなったか調べてみなー。
という訳で『テレポート』でフィクレツの外へ。
先程使った南門はマズいと思い、少し歩いて西門から入る。
手形は共通だから通行料が余分にかからないのは助かるな。
門と同じようにさっき中和剤の材料を買ったのとは別の雑貨店へ行き、手ごろなサイズの陶器を十八個購入した。
数に意味は無い。強いて言うなら店の在庫全部だ。
手作りが基本のこの世界で、同じようなデザインとサイズの容器というのは見つけるのが難しいからな。
一個1デューだったが、まとめて買ったという事で15デューに割引してもらった。
別に値引き交渉した訳じゃない。まだそんなコミュ能力は無い。
向こうが勝手に話を進めてくれたんだ。
多分、今後お得意さんになると思ったんじゃないかな?
そう思ったんで、デザインはどうでもいいから、同じくらいのサイズを定期的に大量に購入する可能性を伝えておく。
十日に一度くらいですかねー。とか言っておいた。
物陰に隠れて『テレポート』。
部屋に戻ってから、さっきと同じ要領で強壮剤を作成していく。
さて、問題はこれをどうやって売却しようか。
合計で十二個の強壮剤を作った後、俺は暫し考え込む。
フィクレツの商店に持ち込むのは簡単だ。
特にここはガルツに近いから、材料となる山羊小鬼の角も手に入りやすい。
駆け出しの『錬金術師』がLVを上げるために強壮剤を大量生産している、と思われるだけだからな。
魔石は俺の能力を使えば元手ほぼゼロで手に入る。必要経費は容器となる陶器の代金くらいだ。
値引きもあったせいで、この陶器は一個1デューを切っている。
多少サービスして一個7デューで強壮剤を売ったとしても、相当の利益が出る。
雑貨店に伝えた通り、十日に一度容器を購入し、それに入れた強壮剤を商店に持ち込めば、ガルツと往復していると思わせる事もできる。
乗り合い馬車を利用すると足が出るが、護衛クエストを受けていると思ってもらえるだろう。
問題は、クエスト受注の際冒険者ギルドに記録が残ってしまう事だ。実際にはクエストを受けていない事が調べられたらわかってしまうけど、流石に商業ギルドもそこまでしようとしないだろう。
念を入れて、他の都市にも販路を作り、一つの都市では二十日から一ヶ月に一度の割合で売るくらいが無難だろうか。
それこそフィクレツなら、徒歩で往復していると思われるだろうから、冒険者ギルドの記録を調べる事もしないだろう。
信用を大事にしている冒険者ギルドが、そんな簡単に情報を売るのか? という疑問もあるので、そこまで気にしないでもいいとは思うが。
そこはそれ。
怪しまれる可能性は少しでも減らした方が良い。
商人や商業ギルド。錬金術師ギルドが疑問に思うだけなら良いけど、冒険者ギルド自体に疑惑の目を向けられたらその前提が崩れてしまうからな。
特に錬金術師ギルドと冒険者ギルドは利害が一致しやすいせいで交流が盛んだから、錬金術師ギルドから調査依頼をされたら、冒険者ギルドも断りづらいんじゃないだろうか。
一先ず今回作った分はフィクレツの商館に売って来よう。
これ以降の分はまた作った後で考えようか。
俺は三度『テレポート』で一旦街の外に出てから、今度は東門から入った。
そこそこ大きい商館に強壮剤を持ち込む。
丁度品薄だったらしく、一個9デューで買い取ると言ってくれたので甘える事にした。
遠慮したり断ったりしても、良い事ないからな。
物の価格が時価なのは当たり前のこの世界で、以前はこの価格だった、という理屈は通用しないから、向こうも割と気軽に高値買取や値切りに応じてくれる。
むしろ、品薄ならもっと高く買い取れ、と売る側が強気に出る事も多いそうだ。
値切り同様、俺にはそんな要求をするスキルが無いから、基本は向こうの言い値に従うだけだ。
不当に安く買い叩かれたりするなら、相場を知っている事くらいは伝えるけどな。
うん? そう。伝えるだけだよ。
そうすれば流石に向こうも安い理由を教えてくれるだろう?
それに納得できればいいし、納得できないなら売らなければいい。
店員にとって厄介なのは理不尽な要求をしてくる客だけど、店にとって厄介なのは、不満を言わずに二度と来なくなる客だって言うからな。
合計108デューが手に入った事で再び残金が1000デューを超えたのだった。
少し部屋で休み、外が暗くなり始めたので、セニアを誘って夕食に行く。
と言っても、宿の一階で営業している食堂に行くだけだけど。
予定通りに定食を頼む。
飲み物は無料でついてきた一杯の水。
セニアはワインを頼んでいた。
金に余裕があるなら、夕食時に限らず、食事にアルコールをつけるのは割とある事らしいので、特別セニアが酒好きという訳ではないようだ。
俺の感覚だと、外食でワインを頼むって、結構なセレブなイメージがあるけどな。
セニアが王女だと知っているから、邪推してしまうぜ。
「暫くはフィクレツに留まる事にする」
「え……? うん、そう? わかった」
夕食時、俺がそう言うと、セニアは一瞬戸惑ったが、すぐに了承を伝えて来た。
やっぱりフィクレツをすぐに離れたいんだろうな。
刺客も居ないだろうし、狙われても居ないと思うけど、まだ上手い伝え方がわからないんだよ。
ごめんな。もうちょっとびびっててくれ。
「と言ってもずっと街に居る訳じゃない。とりあえず明日からエルフィンリードへ向かおうと思う」
「ダンジョンへ?」
「ああ。奥までは潜るつもりはないけど、とりあえず一回挑戦してみようと思って」
「え? 入った事ないの?」
セニアが意外だというように疑問を口にする。
まぁ、俺の異常な戦闘力を見れば、幾つもの迷宮に挑んでいる、百戦錬磨の冒険者だと思ってしまうのも仕方ないよな。
『常識』のせいで色々な事情にも詳しいしな。
「ああ。ずっとガルツに居たからな」
少なくとも、嘘は言っていない。
「そう……。私も暫くガルツに居たのだけれど、見ないものなのね……」
そういう事にしておこう。
「エルフィンリードの次はマヨイガにも行こうと思う。そうしたらルードルイへと向かう」
「派生ダンジョンはいいの?」
俺の話す予定に、セニアが疑問を口にした。
シュブニグラスのものも含めて、この辺りには派生ダンジョンが多い。
そちらには潜らないのか? とセニアは聞いていた。
「一先ずはな。準備も大変だし」
「そうね」
俺の言葉にセニアは納得したようだ。
ダンジョンは生きている。
その内部で魔力を生成し、自らを成長させる。時に深く、時に広く。モンスターはこの魔力の余剰分が溢れ出たものだと言われている。
冒険者が内部に潜り、モンスターを討ち倒し、罠を突破し、宝物を略奪する事で、ダンジョンの成長を遅らせる事ができる。
ダンジョンが成長よりも自己修復にその魔力を費やすようになるからだ。
だから暫く攻略されずに放っておかれたダンジョンは、際限無く成長し、時にモンスターをその体内から零してしまう。
この現象を氾濫と呼び、かつて、幾つもの都市や国が、ダンジョンから溢れ出たモンスターの濁流に飲み込まれてしまった。
なので、各国はダンジョンに人を送り続ける。他国へ進軍するリソースまで注いで、自国のダンジョンを一つでも多く無くそうと注力するのだ。
魔力がダンジョンから外に溢れ出る現象の一つが、派生ダンジョンの誕生である。
始祖ダンジョンから通路でつながっている場合もあれば、完全に独立している場合もある。
多くは出現するモンスターや、内部構造などで始祖ダンジョンとの親子の関係を推測する。
シュブニグラス迷宮は、『千匹の仔を孕みし森の黒山羊』の名に恥じぬ子沢山ぶりで、エレノニア王国内のダンジョンでは最多の派生数を誇る。
一応、トップは他にあるのだけれど、そのダンジョンは少々特殊なので、別枠扱いになっている。
そしてこの派生ダンジョン。その誕生過程のせいで、浅い階層でも強力なモンスターが徘徊し、凶悪なトラップが設置され、陰湿な迷路を備えている。
だから特に情報も準備も無く派生ダンジョンに行くのは危険だ。
俺だけならなんとかなるとは思うけど、セニアが居るからな。
特に派生ダンジョンに挑まなければならない理由も無いのだから、別に拘る必要は無かった。
「明日、朝に準備をして昼前に出よう。徒歩でも三日もあれば着く筈だし、途中に村や集落もあるから、準備もそこまで必要ないだろうし」
「ええ。わかったわ」
俺の提案にセニアは特に反対意見を出さなかった。
こうして、明日からの大まかな方針は決定したのだった。
次回は新しいダンジョンへ挑みます