第13話:洗礼の儀式
新章突入です。
感想でご指摘いただきました、句点をつける作業を始めました。
セニア(あえてこう呼ぶ)を『アナライズ』で見た時は、ランス達のターゲットは彼女だったんじゃないかと思ったが、すぐにその考えを否定する。
確かに彼女の反応には、いつも受けている護衛クエストだと思ったら、厄介な事に巻き込まれた、以上の感情が含まれているようだった。
何者かに狙われている彼女が、俺という強大な戦力に縋ろうとしているようにも見えた。
けれど、セニアがターゲットではなかったと断言できる。
流石に彼女が目的だったんだとしたら、ランス達の動きが拙すぎる。
野営の時に彼女を殺すチャンスは幾らでもあった筈だ。
やはり彼らの目的はあの公爵令嬢だったんだと思う。
まぁ、それをセニアに言ってやる訳にはいけないのがもどかしいところだけど。
『アナライズ』の事を話さずに、うまく説明する自信が無い。
「俺はビクティオンの神殿に行くけどどうする?」
「ついて行くわ。何か予定がある訳でもないし」
「先に宿を確保しておいてもらってもいいけど?」
「まぁ、それほどかかる事でもないでしょうし……」
そう言うセニアの歯切れは悪い。
ああ、やっぱり追っ手に怯えてるな。
こいつ、怯えてやがるぜ。
「じゃぁ、まぁ、一緒に行くか」
「ええ。お願いするわ」
そして俺とセニアは二人連れたってビクティオンの神殿へと向かった。
道中、会話らしい会話は無かった。
まず俺が人との会話、特に雑談、特に女性と、特に美少女との会話に慣れていないせいで、自分から話を振る事ができない。
セニアも色々と秘密の多い俺を気にしてか積極的に話しかける姿勢を見せなかったし、何より彼女は周辺への警戒で忙しいようだった。
決して、大通りの両端に並ぶ、屋台で売られている美味しそうな商品に目を奪われている訳ではないだろう。
六日間、干し肉と堅い黒パンだったもんなぁ。柔らかそうな肉とか、瑞々しい果物とか、食べたいよなぁ。
けれど俺からはそれを提案しない
俺がコミュ症だと言うのもあるけれど、周囲をキョロキョロと見回しながら、時折俺の方に何かを訴えるような目を向けるセニアの仕草が、小動物的で可愛かったのも理由の一つだ。
どこまでセニアが我慢できるか、試してみたかったのもある。
フィクレツはエレノニア王国内において、王都を除けば最初に人口が一万人を突破した都市だ。
北のエレア山地から流れる二つの大きな川に挟まれた、肥沃な平地に位置しているため、入植開始からすぐに人が集まり始めた。
南から北東にかけて広がるエレニア大森林の恵みもあって、不作の年でも特に飢える事なく、順調に発展した。
北のルードルイから王都メルバに繋がる、エレア山地を貫く巨大な隧道が通るまで、王都と王国南部から南東部を繋ぐ交易の拠点でもあった。
その役目はルードルイに譲ったため、ここ十数年は停滞しているものの、まだまだかなりの賑わいを見せている。
ガルツの賑わいが雑多なものだとすれば、フィクレツのそれは整理された秩序あるものだと言えるだろう。
南西にシュブニグラス、北のエレア山地にマヨイガ、西のエレニア大森林にエルフィンリードと馬車で十日以内の距離に三つも迷宮があるため、冒険者や衛兵の数も多く、治安も良いため、人が自然に集まるのだ。
ビクティオンの神殿は東西南北の門から真っすぐに伸びる四本の大通り、それらが交わる中心地に面した場所にあった。
中心地には直径で十メートルもある巨大な噴水が造られていて、その周囲にベンチと花壇が設置されている。
十日に一度ある祝福の日(ようするに日曜日)のみ露店の出店と大道芸人の商売が認められている中心広場は、平日でもかなりの人で賑わっていた。
ビクティオンの神殿はそれほど大きなものではなかった。
高さこそ五メートルはありそうだが、平屋建てだ。隣の三階建ての煉瓦造りの建物の方が縦も横も大きい。
多分、奥行きも負けているだろう。
しかも神殿は木製だ。
それも丸太造りである。
狩りの神を祀っている神殿らしいと言えばらしいが、林業なら別に森の神シュベルクがいるが……。
ちなみに神殿の造りはそれぞれ信仰している神の趣味である場合が殆どだ。
現代日本のように、存在を信じてはいないけど信仰心はある、レベルではないのがこの世界の宗教だ。
何せ現実に神の存在が確認されているのだから、自ずとその信仰の度合いも変わろうというもの。
教祖や高位の神官が神から直接神託を受け建設したのが神殿なのだ。
各地にある教会などはこの神殿や教義を基にその神を表現するように造られている。
ビクティオンがログハウス風がいいと言ったのか、責任者に丸投げした結果なのかは『常識』には無かった。
けれど『神々の祝福』の方から知識を得る事ができる。
どうやら丸投げの方らしいな。
というか神殿建築当時は狩りの神と森の神が区別されていなかったせいらしい。
俺が両手を広げても手が回らないくらい太い丸太に支えられた入口をくぐって中に入る。
くぐると言っても俺が両手を伸ばしても届かないくらい天井が高いけどな。
多分、俺の筋力ならジャンプすれば届く。
……一度、自分の本気スペックを確認しておいた方が良いな。
床も全面板張りになっていて、その上に緑色の絨毯が敷かれている。
絨毯は木製のカウンターに続いている。あれが受付だ。
そこには法衣を来た男性が二人座っている。
「すみません」
俺は右手に座った若い方の男性に声をかけた。
ビクティオン神殿の神官の一人だ。ただ、事務職員としての性質が強いのは、組織運営の本部に勤めている以上、仕方ない事だと思う。
「ようこそ、狩りの神の神殿へ。この度はどのようなご用件でしょうか?」
座ったままだが、しっかりと俺の方を見て、柔和な笑顔を浮かべて神官は応えた。
「洗礼を受けに来ました」
「それはありがとうございます」
俺が用件を口にすると、神官は相好を崩して頭を下げた。
「それでは他に受けている洗礼を調べさせていただきますので、右手をお出しください」
言われて俺は無言で右手を差し出す。
手の甲を上に向けて、指を広げた。
神官は差し出された手を両手で包む。触れる事はしない。
両手に包まれた俺の右手が光始める。若干、暖かい。
「結構です。ご協力ありがとうございます」
光が消えると、神官は両手を引っ込めた。俺も右手を引く。
「ではこちらの書類に必要事項をご記入ください」
羽ペンと羊皮紙を差し出す神官。
名前と出身地、性別、種族、年齢。洗礼を受けた後、修行をするかどうかの確認事項が記されている。
名前はタクマとだけ書いた。年齢も28歳ではなく18歳にした。
出身地は、どうするかな?
エレノニア王国東部に存在する小国家群の一つの名前を書いておいた。
黒目黒髪が自然な地域だったからだ。
当然、修行はしない。
「ありがとうございます。では洗礼用の寄付金、100デューをお願いします」
わー、たかーい。
俺は顔には出さずに銀貨を十枚神官に手渡す。
「はい、確かに。現在待ち時間はございませんので、そちらの入口から入って、三番の部屋にお入りください」
どこまでも事務的な対応だった。
まぁ、神殿なんてこんなもんだよな。
基本的には各宗教の運営本部的な立ち位置だからな。
懺悔や説法、ミサなどは各地の教会に任せている場合が多い。
ビクティオン神殿もそんな神殿の一つだ。
フィクレツの街には神殿とは別に教会だってあるからな。
「じゃあ行って来る」
セニアにそう言い残して、俺は指示された通りに木製のドアを開けて中に入る。
その向こうには、人が二人なんとかすれ違えそうなくらいの幅の通路が真っすぐに伸びていた。
左手の壁に等間隔で扉が並んでいて、扉には番号が掘られている。
3の番号が掘られたドアを開ける。
開ける前にノックをする。
「どうぞ、お入りください」
「失礼しまーす」
中から声が聞こえたので、俺はそう声をかけてドアを開けた。
そこは四畳ほどの広さの部屋だった。
調度品らしいものは無く、中央に椅子が置かれているだけ。
窓もない。一応、二メートルくらいの高さの天井付近に、明り取り用の小窓が設置されていた。
何ここ? 刑務所?
独房だと言われても納得できるような場所だ。
俺が入ると、椅子に座っていた初老の男性が立ち上がる。
受付に居た神官と同じ緑色の法衣。その上から黄土色のマントを羽織っている、少し位が上の神官だ。
手にはビクティオンの象徴である、星海弓を模した杖を持っている。
「洗礼を受けに来られた方ですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「ではそこに、跪いてください」
言われた通りに俺は片膝を地面につけて頭を垂れる。
「神に捧げる祈りを……」
顔の前で両手を組み、俺は無言で目を伏せる。
特に何かを祈る訳じゃない。あくまで作法だ。
「命を奪い糧とする無慈悲なる神
命を奪い糧とする事を許す慈悲深き神
我、無慈悲であり慈悲深き神の代行者として
ここに洗礼を授ける」
そして俺の頭の上で杖が振られる気配がする。
目を閉じていても、俺の周囲に淡い緑色の光が舞っているのがわかった。
きーん、という甲高い音が、頭の上で鳴っている。
うーん、ファンタジー。
厳かな儀式でも、現代日本だとただそれだけのものだけど、ここだと実際に『奇跡』が起きるからなぁ。
『常識』が無かったら慌てていたぜ。
こうして洗礼の儀式は終わった。
俺は神官にお礼を言って部屋を出る。
「あなたに、神のご加護があらんことを」
俺が部屋を出る直前、そんな言葉がかけられた。
反応はしない。そういうしきたりだからだ。
「あ、おかえりなさい」
俺が神殿のロビーに戻って来ると、セニアがほっとした表情を浮かべて近づいて来た。
セニアが居たのは待合室のようになっている、ロビーのベンチではなく、受付の近くだった。
不安だったんだろうな。
少なくとも神官の傍なら刺客が居ても襲って来ないと考えたんだろう。
やっぱ教えてあげようかな?
その反応は見てて微笑ましいものがあるけれど、このままだとこの娘、疲労で倒れちゃうんじゃないだろうか?
状態:疲労(中度)
儀式は十分も無かったのに、既にこんな状態だもんな。
でもすまん。うまく説明できる気がしないから、もうちょっと我慢してくれ。
神殿を出て、宿へと向かう途中、屋台で肉を買う。
大きな骨付き肉を屋根から吊るして下から炙った肉。その表面をナイフでこそぎ取って量り売りをしていた。
肉を巻き付けてこそいないけど、所謂ドネルケバブだよな。
薄い肉一枚で3デューだ。結構する。
俺もセニアも3枚ずつ買った。セニアの分も出そうとしたけど、断られた。
正直、ゴブリン軍団以降の魔石がかなり美味しい事になっていたから、別に良かったんだけど。
「そこまで世話になる訳にはいかないわ」
との事だった。
彼女も全く稼いでいない訳じゃないから、強引に奢ったら逆にプライドを傷つけてしまいそうだったので譲った。
宿は大通りに面した場所に決めた。
セニアの精神衛生上、少しでも安心できる所が良いだろう、という判断だった。
宿代は一人22デュー。
結構高い。ガルツの安宿の倍以上だ。
まぁ、安宿って言っちゃってるしな。
ついでにこの宿、夕食代別なんだぜ?
夕食は普通の定食みたいなのが8デューだ。
サラダとスープ、パンにメインがついてこの値段だから、かなり良心的だ。
それなりの宿泊費をとるだけあって、造りはしっかりしている。歩いても床が軋んだりしなかった。
「荷物の整理とかで部屋にいるから。夕食の時間になったら呼びに来るよ」
流石に部屋は別々にとった。幸い隣接した二部屋が空いていた。
「わかったわ。私は部屋にいると思うから」
セニアもそれに文句は言わなかった。不安そうではあったけどな。
セニアと別れて部屋に入る。
部屋もガルツで泊まった宿の1.5倍くらい広かった。
ベッドだけでなく、テーブルにクローゼットのようなものまであった。
窓もガラスの入ったしっかりとした造りのもの。
厚手のカーテンは遮光用だろうか。
さて、ここで俺の今の資金を計算してみよう。
まずガルツを出る時の残金が98デュー。
護衛クエストの報酬が200デュー。
冒険者ギルドで魔石と槍とシミターとアイアンメイスを売却。
佩刀目的にはブロードソードを下げる事にした。ショートソードもなんとなく残しておく。
ちなみに魔石からレア素材は出なかった。
支出は神殿での洗礼費用。さっき買った肉。宿代。一応予定として夕食代。
収入:繰越金 98
クエスト報酬 200
シミター 11
鋼鉄の槍 12×2
アイアンメイス 10
リザードマンの魔石 40
ゴブリンの魔石 5×21
ゴブリンメイジの魔石 20
ケンタウロスの魔石 20×3
レッドキャップの魔石 17×12
ホブゴブリンの魔石 22×4
サイクロプスの魔石 300
支出:洗礼費用 100
ドネルケバブ(?) 9
宿代 22
夕食(予定) 8
じゃじゃん、1021デュー!!
おおぉ! 1000デュー超えたよ!!
とりあえずの目的達成だよ!!
とは言え、これをいきなり金貨に換金して女神を待つ事はできない。
そんな事したら残りがかなり寂しい事になる。
ついでに、これからある目的のための道具を購入すると、合計が20デューになる筈なので、そうなると1デューしか残らない。
ある意味キレイだな。
更に言えば、家への手紙用に、羽ペンと紙も買わないとだ。
それも羊皮紙ではなく、植物の繊維から作った、現代日本のそれに近い紙をだ。
羽ペンはインクと併せて13デューだし、紙は一枚で10デューする。
あ、これ合わせると1000切るな。
まぁ、まだこの世界に来て十日も経っていないんだし、これからガンガン稼ぐ予定だから、問題無いっちゃ問題無い。
正直、今回の護衛クエストみたいな美味しいイベントはそうそう起きないだろうから、慌てて金策に走らなくてもいいように、ある程度の余裕は持っておきたいからな。
「さて……」
俺はブロードソードとショートボウを外してクローゼットに入れ、ショートソードだけを腰に差す。
「『テレポート』」
普通に外に出ようとしたらセニアにバレそうだったので、魔法を使ってフィクレツの街の外へと出る。
サイクロプスと戦った後に、覚えておいたポイントだ。
そこから徒歩でフィクレツへ。
最初に街へ入った時、俺は馬車の中で寝ていたので門番に顔を覚えられている事もないだろう。
街を出入りするための手形が5デューだが、これは仕方ない。
門を潜った後は寄り道せずに街にある雑貨店へ。
そこで必要な道具と素材を買う。
「頑張ってくださいね」
支払いの時、店員からそのように声をかけられた。
俺が買ったものから、何をするのかわかったからだろう。
正直、声をかけられるとは思っていなかったので、即座に言葉を返す事ができなかった。
あいまいな笑顔でお茶を濁す。
俺は物陰に移動し、『テレポート』で宿の部屋に戻る。
荷物を下ろし、買って来たものをテーブルの上に広げた。
これから作るのは、ある職業を獲得するのに必要な物だ。
その物の名前は中和剤。
そう、某錬金術RPGにおいて、錬金術の基本とされるアイテムである。
ちなみに某RPGではヴィオが好きです。