第127話:ラングノニア潜入
抜けるような青空とそこに浮かぶ白い雲。
頬を撫でる風は少し冷たく。
川のせせらぎが耳に心地よい。
牧歌的ってこういう事を言うんだなぁ。
なんて、モニカの言葉じゃないけれど、俺はこの世界にきて初めて、ゆっくりと周囲の風景を楽しみながら旅をできているのかもしれない。
ウォード夫妻は勿論、幼い子供がいるからって、ちょっと神経質になり過ぎていたんだろうな。
考えてみれば『マップ』と『サーチ』で周囲の状況はわかるし、『センスアトモスフィア』で奇襲も看破できる。
だからって油断していい訳じゃないけど、気を張り過ぎるのもよくない。
「のどかですねぇ……」
しかし旅も三日目ともなると、立花でさえそんな事を呟くようになる。
俺達は今フェルデ森林の外縁部を沿うように移動している。
最初は身を隠すために森林の中を通り抜けるつもりだったんだけど、街道から大きく外れているここで、そこまでする必要はないって冒険者組から意見が出たから、その案は変更になった。
ダンジョンが近くにないから、獣や植物は魔力を受けてモンスター化しているような事はないだろうけど、それでも森の外よりは危険が多いだろうという意見も出た。
子供たちの緊張感も解け、彼らも純粋に旅を楽しんでいる。
「くるときは殆ど身を隠しながらでしたからね」
だからいちいち言葉が重いんだって。
「追手が気になって周りを見る余裕がなくなるんですわよね」
意外なところから共感の声があがる。
実家の乗っ取りを画策する貴族から逃げて身を隠していたカタリナだった。
「そう言えば、北の方の街とかよく覚えてないわね」
祖国の政争から逃げ出したモニカも同意できるらしい。
「まぁ、女神との約束を果たしたら、いずれこうしてみんなで世界を巡るのも悪くないな」
仕送り用の資金を用意する手段が確立されたとは言え、こうしてゆっくり街と街、国と国を旅する時間的な余裕はまだなかった。
『テレポート』を使って移動時間をすっ飛ばして販路を広げる事で、俺の商売は成り立ってるからな。
「そろそろ国境付近だね」
ミカエルの言葉に、流石に全員が緊張した様子だった。
「じゃあ日も傾き始めた事だし一旦野営。その後は夜陰に乗じて俺が国境を越えて、向こうにゲートを設置してくるから、それまでは待機していてくれ」
「わかった。じゃああの丘の下にテントを張ろうか」
ここを、キャンプ地とぉ、する!
なんて言っても通じないのは既に経験済みだ。
立花の反応が無かったのは、彼女は元ネタを知らなかったのか、それとも相手にする価値が無いとスルーされたのか。
前者だと思っておこう。
俺の精神衛生上のために。
テントを張って野営の準備。
夕食を済ませたらノーラを含めたウォード一家はテントの中へ。
勿論そこから彼らはゲートを使って家に帰る。
外の見張りはミカエルとモニカと立花。
テントの中からエレンが魔法を使って周囲を警戒する。
サラとカタリナはウォード一家の護衛のために彼らと同じくテントから家に戻る。
そして俺は一旦テントに入ったのち、『暗殺者』の『気配遮断』と『闇化』を使用して姿を隠してテントから出る。
そのまま全員から大きく離れ、弧を描くような経路で国境へと近付く。
エレノニアとラングノニアを繋ぐ街道沿いに検問所が建てられていて、近くには監視塔も幾つかある。
エレノニア側より、ラングノニア側の方が厳重なのが両国の国境に対する考え方の違いが出ているな。
そこから国境沿いに柵や壁が作られているという事はない。
少し離れれば簡単に国境を越える事は可能だ。
勿論、通常であればその動きは監視されていて、無断で国境を越えたならばその瞬間に追手がかかるだろう。
エレノニア王国側ならとりあえず注意と警告で済むだろうが、ラングノニア側だと即逮捕だろうな。
ラングノニア王国って人間至上主義を掲げているけど、それは人間以外のヒト族を差別してるってだけで、特別人間に優しいって訳でもないからな。
まぁ、スキルを使えば楽々突破できるんだけどな。
探知系のスキルを高い熟練度で保有している見張りがいるかもしれないけど、そういう奴はこのフェルデバイン川付近の国境じゃなくて、街道がそのまま王都に通じてる、西エレア川付近の国境にいるだろう。
仮にここにいたとしても、現地人で俺のスキルの上をいくほどの実力者なら、間違いなく探知特化だ。
純粋な戦闘力では俺の方が上だろうし、そのまま逃走する事も容易いだろう。
勇者とか転生者の場合は……。
まぁ覚悟を決める必要があるだろうな。
とは言え、戦闘力で言えば、以前の炎の勇者がこの国のトップだろうから、そこまで悲壮感を漂わせる必要はないだろう。
まぁ、彼らの持つ固有スキルはその殆どが初見殺しだから、警戒するに越したことはないけどな。
そんなことを考えながら、俺は闇夜に紛れて国境を越えたのだった。




