第123話:ノーラ
ひとまず家に帰って来た。
国境を通らずに『テレポート』で帰宅したから、勇者クラブは俺達がまだロドニアにいると思っているだろう。
時空の神の使徒である、俺の『祝福』に気付くのがいつになるかはわからないけど、それでもある程度時間は稼げるはずだ。
問題はそれからだなぁ。
折角建てた家を放棄するのは勿体ないし……。
考えてみれば、なんでこんなに気を揉む必要があるんだろう。
こっちは勇者クラブと関わらないと言っているのに一方的に絡んで来ているのは向こうだ。
今後来るかどうかわからない、顔も名前も知らない転生者のために勇者クラブを残してあげようと配慮してやってるのはこっちなのに……。
……彼らの存在をユーマ君に教えたらどうなるだろうか。
勇者判定はクリアする可能性があるけど、闇の勇者という時点でアウトの可能性がある。
あるいはソーマ君だけでも排除してしまおうか……。
「悪い顔してるわよ」
装備を外して着替えてきたモニカがそう俺に声をかける。
「ん……そうか……?」
うん、ちょっと思考が暗黒面に寄ってたな。
実際問題、叩き潰してやるのが一番面倒が少ない選択肢ではあるんだけどな。
ただ勇者クラブの存在を抜きにしても、闇の勇者を排除する事自体に懸念もある。
フェルディアルの目的からすると、反勇者判定を受けかねない俺とユーマ君の接触は避けたかったはずだ。
にも関わらず、ダゴニアの氾濫の際、俺はユーマ君と出会った。
なんとか口先で誤魔化したものの、彼は俺の異世界でのスタンスに対して物申してきた。
光の勇者であるユーマ君と対をなす存在だろう闇の勇者。
彼との接触をフェルディアルが嫌っても、彼女より上位の存在の力が働いて、女神の運命を操作する力が無効化されている可能性がある。
……今度フェルディアルに聞いてみるか?
いや、それで『別に殺してしまって構いませんよ』と言われたら、それはそれで困る。
闇の勇者という、明らかに世界的にも重要な存在を個人の事情で殺害してしまう事に対する躊躇。
そういう理屈で俺はソーマ君を殺さないと決める事ができているんだ。
その理屈が崩れてしまったら、迷ってしまう。
できれば殺したくない。
だからこそ、殺しても良い理由を受け入れたくない。
「あの勇者の事ですか? タクマ様の心を煩わせるようでしたら、排除してしまってよいのでは?」
サラが真っすぐな目を俺に向けて物騒な提案をする。
「先輩の考える勇者クラブの必要性もわからなくはありませんが、彼らの、というか闇の勇者の思想は少々行き過ぎているように思います」
立花も珍しく積極的だ。
「確かに勇者クラブは、転移者の互助会ではありますが、しかしその運営は闇の勇者の都合に合わせたものという側面が強いです」
立花の理屈もわかる。
勇者クラブへの参加を断った立花が襲われたのは、勇者クラブの存在意義を揺るがしたからじゃない。
勇者クラブ内でのソーマ君の立場を揺るがしてしまったからだ。
異世界から帰る事を目的にした立花が、勇者クラブの外で生きているのを見たら、本当は帰りたいと思っているクラブメンバーも、帰る方法を見つけるために活動し始めるかもしれない。
それは確かに、組織が割れる事になるだろう。
だがそこまでだ。
組織は割れるし、今後の活動にも支障が出るかもしれない。
けれど、勇者クラブ自体は残る。
立花の言葉を借りるなら、転移者の全員が異世界から帰りたいと思っているとは限らないからだ。
ソーマ君は勇者クラブの規模が縮小される事を嫌い、対立組織が成立する事を嫌った。
つまり、自分の組織内での発言力、影響力が低下する事を嫌って立花達を襲ったんだ。
「まぁ、正直なところ勇者クラブがこの家を見つけるまで気にしないでもいいんじゃないかと思ってるんだけどさ」
彼らが強い影響力を持っているとすればロドニア国内だけだ。
勇者としての立場を使えば国境を越える事もできるし、他国での活動も容易になるだろう。
けれど、彼らは自分達が勇者であるという事を隠している。
何より、ソーマ君に加護を与えている闇の神は、神の揺り籠内の国殆どで国教になっている光の神の敵だ。
勿論、風の勇者をはじめ、闇の神の陣営だと思われていない神から加護を受けた勇者もいるだろうけど、あのソーマ君が自分の認識範囲外でメンバーが活動する事を容認するとは思えないんだよな。
「つまり、彼らがここまでくる可能性は低いとタクマ君は考えている訳かい?」
「まぁ、そうだな」
備えない訳にはいかないとは思うけど、気にし過ぎてこっちの生活に支障が出ては本末転倒だ。
「それならそれでやるべき事はやっておいた方がいいね」
言ってミカエルは意味ありげな視線をノーラの方に送る。
おや……?
「周りの獣人のテントも随分と減りましたし、そういう意味でも、もう『一味』と判断されてますわよね」
カタリナもノーラに顔を向ける。
「待て、なんとなく言いたい事は理解したが、別にそういう関係にならなくても……」
「向こうからの信用度が段違いという話よ」
俺の言葉をモニカが遮る。
「そうですね、何かあったら見捨てられるかも、という恐怖を薄れさせるためにはそれが一番ですよ」
エレンは笑顔なのに目が笑ってない。
嫌なら乗っからなくていいんだぞ。
「じゃあ私はウォードさん達とガルツのダンジョンに行ってきますね」
皆が何を言っているのか理解したのか、わざとらしくこの場から立ち去ろうとする立花の頬は赤い。
「それではタクマ様に粗相のないように」
サラがノーラの肩を押した。
俺の方に一歩進み出たノーラが、恥ずかしそうに顔を逸らしながら、チラチラとこちらを見る。
うぅ、普段とのギャップで結構な破壊力だ。
ていうか今まで散々、そういう関係になってもいい、みたいに言っておいて、いざとなったら初心な反応をするのはズルいぜ。
「不束にゃ娘ですが、よろしくお願いします」
プロット「抱けぇー、抱けぇー」
作者「黙れ、この気振りジジィ」
ノーラ登場からここまでは割とずっとこんな感じ
早く結果を書きたい気持ちと過程を描きたい気持ちのせめぎあい




