第119話:闇の勇者 相馬健司
あけましておめでとうございます
勇者クラブとの闘い、二話目です
庇護の勇者を撃破して、おそらく立花たちがいるだろう方向へ向かって走り続ける。
数秒ほどで、前方から戦闘音らしきものが聞こえてきた。
『闇の帳』の中とは言え、別に暗かったり靄がかかっていたりする訳じゃない。
視線の先で、誰かが戦っているのが見える。
神器を振り回して、自らに迫る無数の魔弾を弾く立花と、その立花に向けて魔弾を放つ闇の勇者ソーマくん。
そして、立花の近くで膝をついているエレンとノーラ。
ぎしり、と何かがきしんだ音が聞こえた気がした。
同時に足に力が入り、俺は更に加速する。
「えっ!?」
「あっ!」
接近する俺に立花とソーマくんが同時に気付く。
その直後に俺は地を蹴り跳躍。
そのまま体を砲弾に見立ててソーマくんへ突撃する。
「おっと!」
すんでのところで躱される。
「三人とも無事か!?」
「は、はい!」
「はい、エレンは大丈夫です!」
「動くことくらいはできるよ……」
着地と同時に、ソーマくんと三人の間に割り込むように立つ。
俺が問いかけると、三者三様の答えが返ってきた。
「君は……」
「俺は月の神の使徒、ニート=フェディアール! 闇の勇者よ、この場は退け!」
怪訝な表情をこちらに向けるソーマくんに対し、俺は庇護の勇者の時と同じく偽名と偽の立場で名乗る。
「それは聞けないな、佐伯琢磨くん。いや、さん、かな?」
「!? お前……!」
『致死予測』が使える!?
そう言えば、さっきまでこいつ立花に対して魔法みたいなの使ってたな。
勇者が使う魔法はスキルによって使用できるようになってる筈だ。
ならやっぱり、このスキル無効はこの『闇の帳』の効果って訳だな。
自分は例外とか、ズルいってもんじゃないが。
そう言えば、ユーマくんの固有技能は勇者としてのスキルと、成長補正を無効化するものだって聞いたな。
相手を無力化する、って意味では闇と光で似たようなスキルを持ってるって事か。
さて、どうする?
恐らくソーマくんのステータスは立花と同等かやや上ってところだろう。
俺のステータスなら問題無く勝てる。
けれど、俺はスキルが封じられているせいで戦い方が素人のそれだ。
おまけに豆腐メンタルのせいで精神的なバステがかかってるに違いない。
しかも庇護の勇者との戦いである程度ダメージを負ってるからな。
『セルフアナライズ』が使えないから残りのHPがわからないってのは不安でしょうがない。
みんなこんな状態で命を懸けた戦いをしてるんだな。
当たり前の話なんだが、今更ながらに感心するわ。
一番いいのは『闇の帳』から抜け出す事だ。
俺一人なら問題無く走って範囲外に逃れられる。
けれど立花たちは?
エレンとノーラは間違いなくおいつかれるだろう。
二人を抱えて逃げるとしても、その状態では立花が逃げ切れない。
俺が二人を抱えられるか?
筋力と重量的には問題が無い筈だ。
問題はそんな状態で敏捷通りの速力を発揮できるかどうか。
そしてその状態でも、立花が逃げ切れるとは限らない。
ならば……。
「ここは俺に任せてここから逃げろ!」
「し、しかし……」
「スキルが使えない状態じゃ色々とまずいだろ!? 例の魔法が発動しない可能性だってあるんだぞ!」
一応、オートレイズの事はボカして伝える。
「……わかりました」
「オトメさん!?」
「使徒様のお言葉通り、スキルが使えない私達では足手まといにしかなりません」
「しょうがにゃいね。ここはお言葉に甘えよう」
「……くっ……」
エレンはまだ納得していないようだったが、それでも渋々了承した。
「この中には他の勇者もいるみたいだから、そいつらもスキルは使えないとは言え、気をつけろよ」
「条件が同じなら後れを取りません」
そう言い残し、立花はエレンとノーラを連れて俺達から離れる。
「追わないんだな?」
「君に背中を見せるほど愚かじゃありませんよ」
『致死予測』を使っているなら、俺の名前が黄色か赤色で表示されてる筈だからな。
俺を無視できないと判断した訳か。
「しかし、その名前で神の使徒ですか……。僕達のような召喚ではなく、異世界転生ってことでしょうかね?」
「さてな……」
俺はブロードソードを抜き、構える。
あ、やべ切っ先震えてるじゃん。
「立花から勇者クラブの事は聞いている。お前たちは今後も召喚されてくる異世界人のために必要な組織だ。できればこのまま見逃してくれると助かるんだが?」
「それはできません。彼女の存在は僕達を崩壊させる引き金となり得る。敵対者として死んで貰う必要があります」
誤魔化すために話しかけるが、ソーマくんから余裕の笑みが消えない。
見抜かれてるな。
「どうやらステータスが高いだけのようですね。それで勝てるほど、異世界は甘くないですよ!」
言うと、ソーマくんは周囲に闇色の魔弾を出現させる。
直後に俺に向かって放たれた。
「ぐぅっ!」
反射的にブロードソードを構えるが、それはほぼ意味をなさなかった。
一発はブロードソードと相打つ形で弾く事ができたが、残りの魔弾は俺に直撃する。
衝撃に吹き飛び、痛みで喘ぐ。
痛い。痛いと思ってしまった。
勇者の操る魔法に威力上限は存在しない。
けれど、ソーマくんの魔力じゃ俺の魔法防御は抜けなかったみたいだ。
思わず痛がってしまったが、実際にはダメージゼロだろう。
そして、『致死予測』ではそこまで読み取れない。
なら、ハッタリでなんとかなるか?
「く……」
俺は痛みをこらえるような動きで立ち上がると、壊れたブロードソードを捨て、拳を構える。
一応あのブロードソードは思い出の品でもあるから、後で回収するけれども。
「やっぱり、動きが素人のそれですね。ステータスに頼った戦いしかしてこなかったのか、それとも、守る事しかできないんですかね?」
言って、探るような眼を俺に向けて来る。
なるほど。圧倒的にステータスの高い俺がどういう立場なのかを理解しようとしているのか。
月の神の使徒と言いながら、これまで立花と離れて行動していた訳だしな。
しかも、初対面でない事はさっきのやりとりからわかっているだろうし。
俺が何かの制限を受けていて、まともに戦闘できないと推測している訳だな。
確証が持てれば、もっと大胆に攻めていけると。
「さて、どうだかな?」
言って俺はにやりと笑う。
無言でソーマくんは再び闇の魔弾を放つ。
俺はそれを両拳で撃ち落とす。
あ、無暗に大振りになってる。
結局弾き落せたのは二発だけ。他の魔弾は食らってしまった。
けれど、今回はなんともないように振舞う。
実際になんともないしな。食らう覚悟をしてれば無反応でいられるわけだ。
「なんと……」
そんな俺を見て驚いた様子を見せるソーマくん。
まぁ、高い魔法防御で耐えただけなんだけど、それを知らない彼からしてみれば、俺が拳に纏った何かで魔弾を撃ち落としたように見えただろうな。
それも、実際に見えたのは二発を弾き飛ばすところだけなのに、全ての魔弾をはたき落したように見えただろう。
「『闇の帳』の中ではスキルは使えない筈……! それは勇者のスキルであっても例外ではない……」
「スキルでも魔法でもないものがあるだろ?」
「祝福……」
ここで俺が使徒を自称した事と、立花が咄嗟に話を合わせてくれた事が活きたな。
『闇の帳』で祝福は無効化できない。
実際にはどうかは知らないが、少なくとも今のソーマくんはそう判断した筈だ。
そして、祝福が使えるという事は、『闇の帳』によるスキル無効化が決して安全策でなくなった事も意味する。
他にどんな隠し玉があるかわからないだろうからな。
「俺は訳あって他の勇者にあまり干渉できないようになっている。だからこのまま見逃してくれると有難いんだが……」
「できませんね。君のような存在がいる以上、益々彼女を放置しておくわけにはいきません」
「あいつはお前たちに不利益を齎すような事はしないさ」
「信用できません。それに、存在そのものが既に邪魔です」
うーん、ダメか……。
やっぱり一度殴り倒さないと無理だな。
手加減……できるかなぁ?
正直、闇の勇者を殺したなんて今後どんな面倒が待ってるかわかったもんじゃないんだよな。
「どうやら、手の内を隠して倒せる相手ではないようですね」
言って、ソーマくんは何もないところから一振りの剣を取り出す。
全体が黒く塗りつぶされた、形からかろうじて剣だとわかる禍々しい雰囲気を纏った武器。
神器だ。
直感的に俺はそう判断する。
太陽そのもののような光を放つのが光の神の神器である光の剣なら、目の前の闇の剣は、光さえも飲み込むほどの闇を湛えているように見えた。
もしも闇の勇者が光の勇者と対になるような存在だったら。
あの神器も、光の剣並みにヤバイ筈だ……。
闇の魔法が俺に通じなかったのに、庇護の勇者の攻撃が俺に通じたのは、庇護の勇者の攻撃が神器によるものだったからだ。
到底、直接戦闘が得意とは思えない司性の勇者の攻撃でさえ、神器を使えば俺の防御を突破する。
ただでさえヤバイ神器による攻撃に、闇の勇者としての更なるヤバサが加わるとどうなるか……。
ちょっと最悪の予想以外、思いつかないな……。
次回は本気を出した闇の勇者との闘い
本年もよろしくお願いいたします