第11話:狂戦士の誕生
ウィンドウズ10へのアップデートをうっかりしてしまったために昨日は投稿する事ができませんでした。
何故昨夜、ランスは俺を殺さなかったのか?
殺せたかどうかはともかく、何故俺を襲わなかったのか?
メイスを殺した場面を俺に見られた時、ランスはメイスに襲われたような演技をした。
確かに、これからも護衛の一人として馬車に同行し、襲撃者を手引きするなら、自分の無実を証明する必要がある。
けれどそれなら、余計に何故俺じゃなかったのか?
どう見ても初心者冒険者然とした装備なのに、弓も剣も相当な腕前な俺。
おまけに魔法まで使いこなす。
頼りない事このうえないだろうが、同時に不気味でもあるだろう。
そんな俺が裏切り者だと言われれば、それこそ合点がいくんじゃないだろうか?
少なくとも、メイスよりは容疑者に近い。
ランスが目的を果たすために邪魔になるのも、メイスより俺である筈だ。
返り討ちを装って護衛を殺すというのは、何度も使える手じゃない。
言ってしまえば切り札のようなもの。
それを、俺じゃなくてメイスで使用してしまったのは何故なのか?
確かな事は言えない。
けれど、理由はなんとなくわかった。
翌日、馬車の行く手を阻むそいつらを見たことで……。
街道を塞いでいたのはゴブリンの群れ。
それもただのゴブリンじゃない。
前衛のゴブリン二十体は、棍棒に腰ミノを装備しているのは先日の奴と変わらないが、更に木製の盾を装備している。
勿論、野生のゴブリンだって盾を持つくらいはする。
けれど生まれたてのゴブリンでは絶対にそんな知能は無い。
何度か戦闘、それも、戦う力を持たない一般人ではなく、冒険者などの戦士との戦いを経験し、種族LVが上がったゴブリンか、もしくは――。
――もしくは、誰かに入れ知恵されたかだ。
その背後にはレッドキャップが十二体。
先日見た錆びた剣ではなく、それなりに手入れされた槍を手にしていた。
更に後方に弓を持った大柄なゴブリン、ホブゴブリンが四体控えている。
盾、長槍、弓で一つの軍団を構成って、ファランクスかよ……。
なるほど、ランスは俺をあの軍団に充てたかったんだろう。
その上で護衛の数が少なければ、どさくさに紛れてターゲットを殺害する事も容易い筈だ。
かなり大雑把な計画だけど、その分不測の事態に対応しやすいのかもしれない。
「ど、どうなってんだ? ゴブリンが、あんな……」
御者の声は震えていた。恐怖よりも困惑の色が強い。
まぁ、ゴブリンが群れを作る事はよくあるし、そこにホブゴブリンが混じる事もある。
けれど、ゴブリンがそれなりに武装して密集隊形を作るなんて、聞いた事がないだろう。
『常識』でもあり得ないって結論出てるしな。
「ただのゴブリンの群れなら、あの数でもなんとかなると思います。けれどあれは……」
言うエストックの歯切れも悪い。
「…………」
ワンハンドは無言だが、消極的な気配が出ている。
「……下がってろ……」
そう言って俺は一歩前に出た。
正直、色々面倒臭くなっていた。
アレとまともに戦うと、一体どのくらい被害が出るんだろう?
被害が出ないように戦うとどのくらい苦労するんだろう?
これが護衛クエスト初日なら、その辺りを考えるのも楽しかったんだろうけど、この濃密な三日間のせいで俺は心身ともに疲れていたんだ。
自分では楽しんでいると思っていた異世界生活も、少なからず俺の精神にストレスを与えていたのかもしれない。
ゆっくりと歩く俺からは、かなり禍々しいオーラが出ているらしい。
だって、俺を見るエストックが引いてるし。
ワンハンドも無表情のままで冷や汗かいてるし。
状態:狂気(重度)
『セルフアナライズ』で確認してみるとさもありなん。
これって相当やばいぞ?
けれど『サニティ』をかける気は起きなかった。
徹夜明けのハイテンションにも似た、高揚した気分に浸っていたかったのかもしれない。
俺は右手にブロードソード、左手にシミターを持ち、ゴブリンの軍団へと近づいていく。
両手でようやっと持てる程重いブロードソードだが、俺の高い筋力なら片手で振り回すのも余裕だ。
『剣戦士』のパッシブスキル『二刀流』もあるから、問題無く戦闘もできるだろう。
俺の異常な気配を察したのか、ゴブリン達もざわめき始めた。
しかし逃げるような事はしない。
数で勝っているから自分達の方が有利だと思っているのか、それともそのように命令されているのか……。
「まぁ、どっちでもいいか……」
そして俺は走り出した。
前衛のゴブリンがそれに反応して盾を構えた瞬間……。
「ライトニングスピアー!!」
俺の言葉に応えて、周囲に光の玉が出現する。
第三階位の世界魔法。その光の玉は槍状に姿を変えると、高速で周囲へと飛び散った。
そして近くの茂みに飛び込むと、直後に爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
茂みが吹き飛んだそこには、全身焦げたゴブリンの死体があった。
すぐに光の粒子へと変わり、魔石が残される。
同じ失敗をする訳にはいかなかった。
俺は『サーチ』でしっかりと周辺を調査し、ゴブリンメイジが四体隠れている事を確認していた。
気付いていないふりをして本隊に近付く事で、ゴブリンメイジが馬車に攻撃するタイミングを遅らせたのだ。
俺がそのまま本隊に攻撃をしかけていたら、無防備な乗客やエストック達に魔法が飛来していただろう。
並の冒険者にとって、例え第一階位の魔法でも十分脅威となる。
それは、奇しくもソードがその身をもって証明してしまった。
あれは頭部に直撃するという、『部位破壊』効果もあっての一撃死だったとは思うが、それでも、複数の魔法を食らえばただでは済まないだろう。
ああ、メイスを先に殺したのはそれもあったのか。
飛び道具に対する防御魔法、『ミサイルプロテクション』はこの作戦を根底から覆してしまうからな。
シャルギアの祝福が使えるメイスが居た事は裏切り者にとって不運だっただろう。
だがそれ以上に、俺というイレギュラーが紛れている時に犯行に及んでしまったのは、最悪だったと言える。
俺に出会った不幸を呪え。
魔法を放ちながらも、走る速度を落とさず、ゴブリンに肉薄する。
左足を踏み込むと大地がその衝撃で陥没した。
震脚にも程がある。
「ふんっ!!」
外側から力任せに、右手にしたブロードソードを横薙ぎに振るう。
一番端にいたゴブリンが反応して盾をそちらに向けたが、何のエンチャントもされていない木製の盾では受け止める事などできなかった。
一度に六体のゴブリンが吹き飛ぶ。
空中で両断されたゴブリンの上半身が血と臓物を撒き散らしながら回転していた。
「はぁっ!!」
更に右足で踏み込み、振り抜いた右手を今度は大きく広げるように振るう。
ゴブリンの背後にいた四体のレッドキャップが彼らとは反対の方向に、同じように内容物を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
「グギャギャ!!」
「グギグギャ!」
こいつ、怯えてやがぜ。
言葉の意味はわからないが、そこに含まれた感情は理解できた。
それでも逃げる素振りを見せないゴブリン達に若干同情しつつ、俺は更に前に進む。
密集隊形が仇になったな。
すぐに俺は最初の目標だったホブゴブリンに辿りついた。
飛び道具って怖いからね。
接近されて不利を悟ったか、ホブゴブリンは弓を捨て、腰ミノにぶら下げていた棍棒を手に取る。
その手首を俺はシミターで切り飛ばした。
「グギャアアアァァア!!」
俺より若干高い程度の位置にあった頭が、激痛で身を屈めた事でいい感じの位置に下がって来た。
頭部にブロードソードを振り下ろし、『スマッシュ』。
一撃で頭をかち割られたホブゴブリンは、そのまま俯せに地面に倒れた。
「ギャ! ギャギャ!!」
「グギャァ!」
威嚇するようにホブゴブリンは声を上げるが、こちらに向かって来る事も、逃げ出す事もしなかった。
これは完全に命令に縛られてるな。
本能は逃げたいんだけど、魔法か何かのせいでそれができない。
だから、その場で立ち竦む事になる。
中途半端な技法だな。
いっそ完全に狂気で支配してしまえば恐怖を感じる事もなかっただろうに。
前に進みながらブロードソードを振り下ろす。
袈裟掛けに一体のホブゴブリンを切り裂き、更に進みながら、今度は逆袈裟に切り上げる。
その後方に居た三体目のホブゴブリンの上半身を斜めに断ち切る。
「ギギャアアアアァァァァァア!!」
精一杯の抵抗なのか、牙を剥き、顔をこちらに寄せて威嚇してくる最後のホブゴブリン。
俺はその口内に、背中に担いでいた鋼鉄の槍を突き入れる。
「ギュアアアァァァ……」
あわよくば、『槍戦士』でも獲得しないかな、と考えながら、突き入れた槍をグリグリと回した。
その動きに合わせてホブゴブリンの目玉もギョロギョロと動く。
うん、グロいな。
弄る趣味は無いので、最後に力を入れて強く押し込むと、何か硬いモノを貫き、その奥の柔らかにモノに穂先が沈み込んだ感覚があった。
顔の穴と言う穴から血を流し、完全にホブゴブリンはこと切れた。
槍を引き抜くと、色々とひっついてきた。
ホブゴブリン自体は光の粒子となって消えるが、槍にこびりついたものはそのままだ。
なんでだろ?
さておきまだ敵が残っている。
俺は完全に恐怖で硬直してしまっているゴブリン達に向き直り、そして襲い掛かった。
新たな職業ゲット→狂戦士:獲得条件・状態『狂気(中度)』以上で戦闘し種族LVを上げる
狙っていた職業は獲得できなかったな……。
夜。俺が再びMP回復を理由に馬車で寝ていると、誰かが入口に立つのを感じた。
「少し、いいか?」
その声はワンハンドのものだった。
どうやら俺が起きている事はバレているらしい。
まぁ、起きてたんだけどな。
裏切り者がランス一人とは限らなかったし。
ていうか、もう一人居たのはわかってたし。
マカレセーナム
役職:エレノニア王国第四機動部隊隊員
同僚だし……。
寝たふりをしつつ『サーチ』で動きを見ていたんだが、どうやら誘いに乗ったって事ではなさそうだな。
「明日、最後の襲撃がある」
俺が何も反応しないでいると、ワンハンドが話し始めた。
「その時、お前には手を出さないでもらいたい」
「…………できない相談だ」
「俺達の目的は一人だけだ。その人物さえ殺す事ができれば……」
「駄目だ。俺は乗り合い馬車の護衛クエストを引き受けている」
「……一人くらい死んでも失敗にはならんさ」
状況も状況だ。それはワンハンドの言う通りだろう。
けどな……。
「受けた仕事は完璧にこなしたい。それが可能なんだから尚更だ」
「護衛を三人も失っては、完璧とは言い難いんじゃないか?」
「…………」
痛い所を突いてくる……。
「とにかく駄目だ。これ以上言うなら、この場でお前を排除する」
「……俺を殺しても明日の襲撃は止まらん」
だろうな。襲撃を手引きしたとは言っても、おそらく襲撃者と彼らに面識は無いだろう。
「だったら明日の襲撃者も俺が排除すれば良い」
「……いくらお前でもあれは無理だ」
「だったらなんでそんな話を俺にする? 放っておけば俺は襲撃者に敗れ、お前の目的は達せられるだろう?」
「俺も巻き込まれる可能性がある。一応、ターゲットを殺せば止まるようには設定されている」
つまり、本格的な戦闘になると困るんだろう。
それで俺に手出しするな、と……。
「なら明日、襲撃者の姿を確認次第、俺が前に出る。お前はその間に逃げれば良い。俺が負ければ彼女が乗客を守るのは無理だろうから、お前の目的は果たされる。逆に俺が勝てば、お前はそのままどこかへ姿を隠せばいいさ。わざわざ追うような事はしない」
依頼を受けたら別だけどな、と俺は付け加えた。
「…………そうか」
そしてワンハンドは入口から離れて行った。
一応『サーチ』で確認はしたが、それ以降、ワンハンドに動きは無かった。
いよいよクエスト最終日。
果たして最後の襲撃者は……!?




