第112話:初心者迷宮での戦い
勇者の話と初心者迷宮の話です。
「先輩……」
「わかってる」
それに気付いて俺が足を止めると、立花もトーンを抑えて声をかけてきた。
『致死予測』だと名前が出るからな。
「よし、集合。そしてちょっと離れるぞ」
幸い人が多かったお陰か、向こうはまだこちらに気付いていないみたいだ。
ゆっくりとその場を離れて、初心者迷宮に続く列へと向かう道からも外れる。
「……という訳なんだが」
「勇者か。ロドニアには自称勇者なら一杯いるけど、本物がいたとはね」
「しかも列の整理をしているという事は、国か冒険者ギルドに雇われているという事でしょうか?」
「それなら冒険者ギルドでしょうね。国なら勇者、それも風の神なんて上位の神から加護を受けている存在は、周辺国への国威上昇に役立てる筈だわ」
世界情勢に詳しい組は流石の見識だった。
確かに、光の神ほどではないけど、風の神なんて上位な加護を受けた勇者、国が利用しない訳ないよな。
けど『常識』によるとあいつが勇者だと知られてないみたいなんだよな。
初心者迷宮の入口で列整理してる奴、滅茶苦茶強いから逆らわない方がいい、みたいな感じになってる。
「どうしますか?」
サラが聞いて来るが、どう考えてもトラブルの元でしかないんだよなぁ。
「立花の目的的には接触した方が良いのかな?」
「かもしれませんが、先輩達のご迷惑になるようなら……」
「迷惑を掛けられる事を迷惑だと思うんなら、一緒に行動してないさ」
「う……。ありがとうございます」
おや照れた?
自分でもキザだなー、と思う台詞だったけど、珍しいもん見れたな。
「で、では私一人でまずは行ってみましょう。『湖面の月』で周囲の適当な人の能力を写し取れば、初心者迷宮に挑む事に不自然はありませんし、接触されたとしても気付いたらこの世界にいたという事で誤魔化せます」
「待て、一人だと何かあった時に危険だ。分身の方って、『致死予測』で見られるとどうなるんだ?」
「何度か分身の方を見られましたが、特に怪しまれなかったので、大丈夫だと思います」
クラスの人間と一緒にいた時の話だな。
そのあたり、勇者としての力に覚醒してる事がバレないように慎重に過ごしてた時期じゃないのか?
意外と大胆だな。
「検証のしようが無い以上、知らないで押し通せると思いましたから」
無意識に能力を使ってると思わせるつもりだったのかな?
まぁ、分身が彼女の能力だとは思っても、ステータス偽装には辿り着かないだろうからな。
『致死予測』で見ても緑のまま。けれど分身は出ている、となると覚醒の予兆かもしれない、とか考えるんだろうか?
「じゃあ分身の方に行って貰おう。それと、ノーラと……奴隷はまずいな。役見石があったら俺の名前が出るだろうし、エレン、一緒に行ってやってくれるか?」
獣人とエルフ。いかにも異世界転生した人間のパーティだ。
ノーラならステータス的にも初心者迷宮に挑んでも違和感はないし、エレンは保護者という事で通るだろう。
ロドニアにもエルフはいるが、森の中で排他的に生きるハイエルフ(自称)は存在していない。
『描画師』がもしもそのまんまなのだとしたら、ハイエルフだから強いのも納得、と自己完結してくれるだろうし。
「『テレパス』で会話はできるようにしておこう。本体がこっちに残ってるとは言え、その方が便利だからな。ダンジョン内で人目につかない場所で待機。俺達もあとから『テレポート』する」
「ああ、わかったぜ」
「旦那様がそうおっしゃるのでしたら……」
単純に喜ぶノーラに対し、エレンは不満そうだ。
モニカの方をちらちらと見ている。
奴隷がまずいというなら、役職が冒険者のモニカでもいい筈、とか思ってそうだな。
「モニカの名前はへたすると知られてる可能性があるからな」
ただのモニカなら同じ名前の別人、で通せるが、『致死予測』はフルネームを暴き出す。
仮にモニカの事を知らなくても、苗字にフェレノスを持ついかにも貴族風の人間。
あの勇者がどういう立ち位置なのかわからない以上、トラブルの種は増やすべきじゃない。
「分身なんですから、一人でも大丈夫ですよ」
エレンの空気を察したのか、立花がそうフォローする。
「この世界の人間が一緒にいた方が、接触してこないかもしれない。国に知られてない勇者なら、この世界の人間に自分の事を隠そうとするはずだからな」
それでなんでこんなところでコミケスタッフみたいな事をしてるのかは知らんけど。
その辺の詳しい事情は聞きたいところではあるけど、まぁ、藪をつついて蛇を出す必要は無いよな。
「それと立花、一応俺の『ワープゲート』コピーしていけ」
俺のスキルや魔法、祝福は基本的に『技能八百万』『魔導の覇者』『神々の祝福』に組み込まれているから、例えば『アナライズ』で俺を見ても、俺がどんなスキルや祝福を保有しているのかはわからない。
けれど、『湖面の月』で組み込まれている技能を一つずつ個別にコピーできる事は、以前にドラゴンズピークで実証済みだ。
ひょっとしたら『技能八百万』ごとコピーしたのかもしれないけれど、それなら『神々の祝福』ごとコピーすればいいだけだからな。
「わかりました、お借りします」
すんなり立花が答えたので、やっぱり問題無いらしかった。
人で賑わう大通りから更に離れた位置に俺達は移動。
立花はノーラとエレンを伴って、初心者迷宮へと続く列に並んだ。
最後尾に立花が並んだ時、勇者は彼女達を見たらしい。
列整理をしているから、列に並ぶ人間を見る事は別に不自然じゃないからな。自然と『致死予測』でチェックできる訳か。
ちなみにエレンを立花が『致死予測』で見ると緑寄りの黄色で点滅するそうだ。
エレンはかなりピーキーなステータスになっているからな。
総合力では立花が上。但し状況次第ではエレンに負けるって事だろう。
能力値がほぼ互角の風の勇者なら、多分同じような感じになる筈だ。
(先輩、風の勇者ですが、エレンさんを見て驚いているようでした。ただ、接触はありません)
やっぱり保護者枠だと思われてるんだな。
異世界に召喚された女子高生が、厭世的なエルフの美少女と出会い、共に旅をする。
その途中で獣人の少女と出会った、というストーリーでも妄想しているんだろうか。
(先輩、訂正します。接触がありました。日本語で書かれた紙を渡されました)
(なるほど。やっぱりこの世界の人間に身バレする事を恐れてるんだな。二人から隠すような演技をして持ち帰れ)
(わかりました)
「立花、紙にはなんて書いてあった?」
「日付と場所ですね。待ち合わせか、秘密の会合でしょうか?」
本体に尋ねるとそんな答えが返ってきた。
「じゃあその対処はあとで考えるとして、一先ずそのまま初心者迷宮へ向かってくれ」
「はい」
風の勇者の接触をすんなりやり過ごし、二時間ほどかけてゆっくりと列が進んで、やっと立花達の番となった。
「遊園地の行列かよ」
「これこの世界の人が大人しく並んでる事に違和感があるんですけど……」
「いや、人気の神の洗礼を受ける時とかだと相当待つらしいから、この世界の人間も行列には慣れてるはずだぞ」
それこそ祝福の日を利用して、遠くにしか教会が無い神の洗礼を受けようと思ったら、相当待つ事になるからな。
大きな街だと、街に入る検問でもかなり待たされるし。
「先輩大変です」
「どうした?」
最初は分身の方との会話は『テレパス』で行っていたのだが、立花も面倒になったのか、分身の方で見聞きした情報も本体が伝えて来るようになっていた。
感覚を共有してるから、問題無いもんな。
「初心者迷宮の入口に、二人のスタッフがいるんですが」
「スタッフって言ってやるなよ」
コミケの事を立花が知っているとは思えないから、イベントなんかの運営側って事だろうな。
「二人共日本人です」
「…………勇者なら『致死予測』でバレるな。まぁ、風の勇者の仲間だろうから、その風の勇者が通してる以上問題にはならないだろう」
「状況を理解してる事を伝えるために日本語で挨拶して通過しようと思います」
「……わかった」
(ノーラ、エレン、ダンジョンに入る際、立花が聞き覚えの無い言語で喋る筈だ。それは入口の警備員に向けたメッセージだ。そのあと、警備員の事は気にしないようにして、何て言ったのか立花に聞け)
(ああ、わかったよ)
(はい、お任せください。エレンは演技、得意ですから)
(そしたら立花は誤魔化すだろうから、深く追求するな。いつもの事、みたいな感じで諦めた感じを出せ)
(お、おう……)
(はい、エレン頑張りますね!)
「よろしくお願いします」
入口の二人も立花の事に気付いたらしく、並んでいる間、じっと見つめていたそうだ。
最初はエレンの方に視線を注いでたらしいんだけど、『単純に強いエルフ』でしかないとわかって興味が薄れたみたいだな。
立花の言葉に警備員達は一瞬反応をしかけるが、無難にスルー。
一緒にいるノーラとエレンを警戒しての事だろうな。
「オトメ、今にゃんと言ったんだ?」
「つい故郷の言葉が出てしまって」
「故郷の言葉、気になりますね~」
「あはは、まぁ、いいじゃない」
「もう、いつもそうなんですから」
演技が得意ではないというノーラには最初に疑問を呈する役を、あとはアドリブ力が試されるので、エレンに任せてみた。
これで、立花はノーラ達にも日本の事を隠している、というのが警備員にも伝わった筈だ。
彼らがこの世界の人間から自分の正体を隠そうと思っているなら、過度な接触は控える筈。
初心者迷宮は、石畳に石の壁、石の天井で造られた、いかにもな迷宮だった。
床も壁も天井も淡く発光しているから、松明なんかがなくても周囲を確認する事ができる。
「立花、どうだ?」
「モンスターもいますけど、周囲に人が多いですね」
俺からコピーした『サーチ』を使用して立花が答える。
「じゃあ深く潜ってみるか。下の階層の方が人も少ないだろうし」
「わかりました」
「道中、できるだけノーラに戦わせてやってくれ」
「経験値はパーティに入るんだから私が戦った方が安全なんじゃ?」
「戦い方を知ってないと、緊急の時に動けないだろ」
シュブニグラス迷宮で存分に戦ってるとは思うけど、山羊小鬼とは違うモンスターとも戦わせて、戦法に幅を持たせないとな。
「わかりました。安全のため、元のステータスでもう一度『朧月』を使います。片方はそのままのステータス。もう片方はノーラさんと同じステータスにして敵の強さを測りましょう」
「ああその状態で『致死予測』を使えば、ノーラにとってどのくらい危険な相手かわかるか」
「はい。分身が一人だけだと、奇襲に対してまともに戦えるのがエレンさんだけになってしまいますから」
そのエレンも近接戦闘は苦手だからな。
「よろしく頼む」
「はい」
初心者迷宮の浅い階層に出現するメインモンスターはゴブリンだ。
モンスターの中でも最弱のコイツが出現する上、数も少ない。
しかも初心者迷宮以外では偶発的な遭遇に頼るしかないため、魔石がそこそこ高価。
仮にダンジョンが神々が用意した、ヒトを強くするための装置なのだとしたら、スタート地点はロドニア王国を想定しているのかもしれないな。
神の揺り籠も近いし。
流石にゴブリン相手だとノーラでも苦戦はしない。
というか、ノーラの主武装であるレッドベアクローが普通に強いからな。
素手だとゴブリン相手とは言え、一撃で倒す事なんてできないけど、この武器を使って攻撃すれば即死だ。
サクサク倒してズンズン進む。
できるだけ他の冒険者を迂回して、下の階層へと続く階段を目指す。
暫くはゴブリンと戦うだけの時間。
数こそ増えるが、出てくるモンスターの多くがゴブリンという事もあって、下の階層も冒険者がそれなりに多い。
「先輩、赤い髪のゴブリンが出てきました」
「レッドキャップだな。ゴブリンの亜種だ。一応ノーラより弱いはずだが……」
確かレッドキャップは戦士のLV8相当。個体差が多少あるとは言え、『拳闘士』がもうすぐで30に達するノーラより強いとは思えない。
「はい『致死予測』は緑です。ですが点滅しています」
(エレン、ノーラに防御力上昇系の魔法をかけてやってくれ)
(わかりました、旦那様)
6階層を過ぎたあたりから、出現モンスターの割合に変化が生じ始める。
ダンジョンの内装も、味気ないただの石から、若干青味が増したような気がする。
わかりやすく、ここからちょっと違うよ、と言っている訳だ。
あれ? 5階層ごとにボスモンスターがいるはずだが……。
「そう言えば、ちょっと広い部屋に、武装したゴブリンが三体のゴブリンと共に出現しましたが、あれでしょうか?」
俺の疑問に立花が答えた。
そうか、初心者迷宮の最初の階層ボスはちょっと強化されたゴブリンが、モブゴブリンを連れて登場するだけか。
そりゃ事情を知らない立花からすれば、わからないよな。
「先輩、ここなら大丈夫そうです」
立花からそう教えられたのは、十階層に到達した頃だった。
『サーチ』で確認できる範囲に、冒険者がいないそうだ。
「よし、ここからは俺達も参加だ。とは言え、主に戦うのはノーラだな」
「はい」
「わかりましたわ」
「わかったよ」
「ええ、わかったわ」
そして『テレポート』で俺達も迷宮の中へ。
合流して立花も分身を戻す。
俺が『アナライズ』で敵を確認できるから、カナリア用の分身も戻していいんだけど、念のため、と言って立花はノーラのステータスを持った分身は戻さなかった。
ゴブリンゴブリンレッドキャップゴブリン、といった割合で出現するモンスターを倒しつつ、最短距離で次の階層へ向かう。
「ボス部屋だな」
階段のある部屋は、巨大な空間になっていた。
入って来た扉がしまり、青い光がその濃さを増す。
そして目の前に出現したのは、レッドキャップが一体と、八体のゴブリン。
5階層目と比べると、ボスの殺意が増したか?
いや、こっちの人数に合わせているのか。『常識』にボスの構成条件があったわ。
どうやら分身は人数にカウントされないらしいな。
「じゃあ俺達は周りのゴブリンを片付けつつサポートするから、ノーラはあいつを一人で……」
「手伝います」
俺の言葉を遮って、ノーラの隣に並んだのは立花だった。
しかもあれ、『朧月』の方か。
「勇者のステータスに頼らない戦い方を知っておきたいんですよ。いい機会ですからね」
俺が何かを言う前に、立花がそう説明した。
肩越しに振り返ってそんな風に言われると、止められないじゃないか。
「いいか、ノーラ?」
「強くにゃりたいって言ってる奴を邪魔する野暮はギノ族の戦死じゃにゃいね!」
こちらはこちらで熱いセリフだ。
「わかったよ、気を付けてな」
「おう!」
「はい!」
そして二人がレッドキャップに向かって駆け出す。
その進路をゴブリンが塞ごうとするが、俺とエレンの矢が脳天を討ち抜き、消滅させた。
「そもそも人数が同じだから、サポートも簡単だよね」
「むしろ、ゴブリンも二人に倒させるべきでは」
ゴブリンを倒しながらミカエルとサラが言う。
サラはちょっと後輩に厳し過ぎる。
お前の育成はかなり過保護にしたつもりなんだけどな。
「はっ!」
まずはノーラの蹴り。
レッドキャップは素早い身のこなしで、バックステップしてそれを躱す。
それを予測していたのか、その位置に立花が周り込んでいる。
「でや!」
こちらは拳だ。
うーん、腰が入ってない。
命中こそするけど目眩ましレベルだな。まぁ、ジャブと考えれば悪くないか。
言ってしまえばそれは立花の右ストレートだったから、ジャブと違って次の攻撃に繋げられない。
けれど、そこはノーラがフォローできる。
たじろいだレッドキャップに対し、距離を詰めたノーラの飛び蹴り。
レッドキャップがしゃがんで躱すと、態勢を立て直した立花が右足を後方に大きく振り上げている。
所謂サッカーボールキックがレッドキャップの顎を捉える。
狙った訳じゃない。明らかに距離感を間違えて、空振りしそうになったのが、かろうじて爪先が届いただけだ。
その証拠に、立花は振り抜いた勢いを持て余して転倒する。
「ステータスってこんなに重要だったんだな……」
「碌に訓練してない素人でもあれだけ戦えるんだから、凄いわよね」
その光景を目にしながら呟くミカエルとモニカ。
ノーラの動きは洗練されているけど、立花は誰が見ても素人のそれだ。
朝の戦闘訓練を復活させて、立花も参加させるべきだな。
俺は『常識』のお陰で熟練の冒険者の動きをトレースできたから、多分立花もそれをコピーすれば可能なんだろう。
ただまぁ、それも勇者のステータスに頼っているとも言えるか。
ノーラもどうやら、立花の志に感銘を受けたらしく、レッドベアクローを外して戦っている。
まぁ、アイツは元々蹴りが主体の動きだったからな。
手技が不得手って訳じゃないんだけど。
疲労もあってか、徐々にレッドキャップの動きについていけなくなった立花が、苦し紛れの体当たりを放つ。
躱しきれずにもつれて倒れる二人。
そのレッドキャップの顔面を、ノーラが踏み砕いたところで勝負は決した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
倒れたまま、荒い呼吸を繰り返す立花。
「どう? 立花の動き」
「無駄が多いね。それは大技を連発するノーラも同じなんだけど、あっちはその動きが体に染みついてるから、見た目よりは体力の消耗が少ないんだよね」
「反応が鈍いわね。多分、頭の中で一々考えてるんじゃないかしら? つまり技が身についてないのよ」
「技と言えるものはありませんでしたが」
幼少の頃から武術の訓練も受けている貴族組の意見は辛辣だ。
「どうする?」
俺は本体の立花に尋ねる。
「もう少し潜りましょう」
即答したので、俺は無言で頷き立花の疲労を回復させるべく、倒れたままの分身に近付いた。
すると、目の前で分身が消える。
「え?」
どうした? と思って立花の方を振り向くと、すぐに隣に分身が出現した。
あ、疲労が消えてる。
「便利だな」
「その便利さに頼り切っていたのがあの様ですよ」
ノーラのステータスと立花の戦闘技術を上げるため、俺達は更に下の階層に進むのだった。
目標、25階層。
というわけで一先ず勇者はスルー。すぐに何かありそうですけど。
次回も初心者迷宮の話です。




