第110話:ロドニア王国一日目
近くの教会へ洗礼を受けにいきます。
国境の関所から衛兵に連れられて半日ほど西へ向かうと、防壁に囲まれた大きな都市が見えて来た。
国境を守る騎士団の兵舎をその中に備える城塞都市レヘトだ。
ここから更に西へ三日ほど街道に沿って進むと、ロドニア王国最大の交易都市ルクリアへとたどり着く。
そのルクリアへの通り道であり、国境を越えた者の多くが最初に入る街という事もあって、レヘトはかなりの賑わいを見せていた。
国境の関所程ではないけれど、城門の検問はそれなりに厳しそうだったが、俺達は衛兵に連れられていたのでフリーパスだった。
怪しく思われたせいで衛兵に囲まれているのに、そのお陰で待ち時間なく入門できるとか、皮肉な話だな。
大通りには幾つもの商店、露天が並び、道を行く人々も、種族人種様々だ。
ロドニアの情勢と、国境近くの城塞都市という事もあって、武装した人間が多いのが特徴か。
そのまま大通りを通って正面の突き当りに建てられた、光の神の教会へと向かう。
流石世界最大の宗教。良い場所を確保してるな。
教会の周囲には都市の執政館と騎士団の兵舎がある事からもそれがわかる。
「なるほど、それでその使徒様が受けておられる洗礼を調べたいと?」
「はい。我々の持つマジックアイテムでは、洗礼までは調べられませんので」
教会の中に入り、順番待ちの人々が並ぶ受付をすっとばして、衛兵が神父に話しかける。
「この時期に国境を越えて使徒様が入って来られたならば、警戒する気持ちはわかりますが、国同士の争いに我々を巻き込まないでいただきたいものですな」
「それは申し訳ありません。しかし、彼が闇の神やそれに連なる神の洗礼を受けていた場合、光の神に仕えるあなた方にとって、見過ごす事はできないのでは?」
「…………」
そして流れる気まずい空気。
どこの国でも、その国にありながら、国益にあまり協力的でない宗教勢力は歓迎されてない感じだな。
勿論、国民の安心とか、そういう意味での助けにはなってるんだろうけど、経済と軍事にはマジで関係してないからな。
幾つかの産業は独占してるし、信者の徴兵を拒否する場合があるしで、むしろこの二つに関しては競合相手だったりするし。
あまり勢力として大きくないマイナー神なら、国に保護して貰うために多少協力的になるけど、大きな勢力、特に複数の国で国教とされている光の神の教団は完全に独立独歩だ。
帝国なんて、教団本部とも言える、神殿があるのに戦争に協力して貰えなかったらしいからな。
「それはその通りですね。わかりました、すぐに確認させていただきましょう」
国の争いに宗教を巻き込むな、という神父も、闇の神の名を出されては関わらない訳にはいかない。
それに今のは、神の争いに国を巻き込んでるくせに、という衛兵側の皮肉が込められていた。
神父が俺の手を取り、祝福を発動させる。
「……中々多くの神からの洗礼をお持ちですな」
「わかりやすい身分証明になりますからね。その神の教会がある街では心証も良くなりますし」
とは言っても、俺って光の神の洗礼を受けてないんだよな。
エレノニア王国の放浪を終えたあとも、幾つかの神の洗礼を受けたけれど、光の神だけは受けなかった。
なんでかって?
有用な祝福が少ないからだよ。
あと将来的には闇の神やその陣営の神の洗礼を受けたいからだ。
まだまだ先の話だけどな。
「受けられている洗礼の中に問題のあるものはないようですな。自由にさせても構わんでしょう」
「そうですか、お手間を取らせて申し訳ございません。ありがとうございました。それでは、我々はこれで失礼させていただきます」
若干早口に衛兵はそう言うと、頭を下げてすぐにその場を離れようとした。
「それじゃ、いずれまた……」
俺も軽く頭を下げ、そのうち光の神の洗礼も受けるかもしれない事を匂わせて退出する。
「我々はあまり国境を離れる訳にはいかん。冒険者ギルドの本部へは、お前達だけで言って貰う」
同行しなくていいのかよ?
とも思ったが、その方が面倒が無くていいので何も言わなかった。
言い出しそうな立花には反応できるように、意識を回しておく。
先に『テレパス』使っておけば良かったな。
「冒険者ギルドの本部があるのは、神の揺り籠の麓にあるガンディアの街だ。レヘトを出て、街道を西へ進むと三日ほどでルクリアの街に着く。そこから二本の街道が、川を挟んで南に伸びているから、川の南西側の街道を真っすぐ進むと、五日程度でガンディアに辿り着けるだろう」
『常識』でギルド本部の場所も、その道筋もわかっていたけど、衛兵は説明してくれた。
「わかった、教会への案内ご苦労様」
そう言って俺は衛兵の手を握った。
手を離すと、衛兵は何か違和感を覚えたらしく、自分の手を見る。
一瞬驚いた表情を見せたあと、すぐに取り繕い、その手をズボンのポケットに突っ込んだ。
今後の事を考えて、チップ的なのを渡したんだ。
俺達を取り調べしたあの衛兵なら受け取らなかったかもしれないが、こいつは面倒を押し付けられた側だからな。
教会はともかく、冒険者ギルドの本部へ行く理由は、巫女姫という役職がよくわからない、なんてものだったし。
「こんな情勢だからな、お互い苦労するな」
「まったくだ。悪さをするんじゃないぞ」
これから悪い事をするから見逃せ、って意味じゃない事を言外に伝えると、衛兵は誤解しなかったようで、苦笑いを浮かべてそう返して来た。
「一先ず、厄介な事態に陥る事は避けられたみたいだな」
去っていく衛兵達の背中を見送って、俺はそう呟いた。
「それじゃ、この後はどうする? もうすぐ日が落ちるから今日はここで宿を取るとして、明日からは?」
「俺達の目的からすれば真っ直ぐガンディアへ向かってもいいんだけど、それでも寄っておきたい場所がある」
「ああ、なるほど」
俺の言葉に納得したのは、ミカエルとモニカだけだった。
奴隷として生きて来たサラ、森の中から出た事が無かったエレン、集落の中だけで生きていたノーラ、異世界からやって来た立花は仕方ないにしても、カタリナはわかれよ。
それとも、貴族って他国の事情にはあまり精通してないものなのかな?
カタリナの元の領地は、ロドニアとは反対側だからかもしれないな。
「折角だからダンジョンに潜っておこうと思ってな」
レヘトからルクリアまでの街道の北側には、手付かずの平原が広がっている。
国の西側が農耕に向かない以上、東側の平地を遊ばせておく余裕はない筈だけれど、相当広い範囲にわたって、その平地には農地も村も、一軒の家すらない。
レヘトとルクリア、そしてレヘトの北側の城塞都市をそれぞれ頂点として作られた三角形の内部には、一つのダンジョンがあるからだ。
そのダンジョンの名前は初心者迷宮。
名前の通りに、出現するモンスターの強さや数、トラップなどが初心者向けのレベルになっている。
はっきり言ってしまえば、適当な勇者を一人放り込めば、簡単に最下層まで到達してしまえる程度のダンジョンだ。
しかしそのダンジョンは、もう百年近くその地に存在している。
理由は、それこそ名前の通りである。
このダンジョンのある土地を所有しているのが冒険者ギルドであり、初心者冒険者の練習場となっているんだ。
可能なら、ダンジョンの周囲を街で囲んで、ガルツみたいな迷宮都市にしたかったんだろうな。
そのため、この初心者迷宮を殺す――クリアする事は禁止されている。
一応派生ダンジョンを殺す事は許可されているが、何故か派生ダンジョンは初心者迷宮と比べて難易度が高い。
「シュブニグラス迷宮に比べても面白い要素は無さそうだけど一応な。なんなら、派生ダンジョンの一つを深く潜ってもいいし」
「私やノーラ的には、あまり難易度の高いダンジョンは厳しいから、むしろ有り難いわよ」
「そうだにゃ。強い相手と戦うのはギノ族の誉だけど、自分の力を測れずに無謀を為すのは違う」
モニカの言葉にノーラが頷く。
皆の顔を見ると、サラ達もとくに反対意見はないようだった。
「それじゃ宿を取るか。高くてもいいからデカイ所を……」
俺達は大通りに面した、レヘト一と言われる大きな宿に泊まる事にした。
一部屋最大十人泊まれる部屋があるというのでそれを選ぶ。
それって雑魚寝用の大部屋では? と思ったが、中を見てからでも文句を言うのは遅くない。
一人一泊120デューだというから、期待していいだろう。
なんせフィクレツで俺が暗殺かました高級宿より上だからな。
期待通り、というか期待以上の部屋だった。
毛足の長い絨毯が敷かれた、三十畳ほどの部屋。
細かい事はわからないが、調度品もそれなりの高級品のようだ。
ベッドは、俺達全員が並んで寝てもまだ余裕がある程の巨大なものが一つ。
隣の部屋と繋がっており、そっちには一人用のベッドが十人分あるそうだ。
食事代は別。というか一階の食堂で摂らせる方針なんだろう。
湯あみ用の施設が併設されてるけれど、これも有料だ。
まぁ、混浴の共同浴場的な扱いらしいから、風呂に入りたかったら家に帰るべきだな。
俺は部屋に泊まる事を決め、案内してくれた従業員に銀貨を一枚チップとして渡す。
「さて……」
一応部屋内で索敵用の魔法と防音の魔法を使ってから、俺達は今後の話し合いを始めた。
今日の留守番が誰で、誰が家に帰るか、という話し合いだ。
ちなみに俺に発言権はほぼなく、留守番する事が決定している。
まぁ、ウォード一家への指示出しは、翌日に一度戻るだけで十分だからな。
風呂は順番に全員帰って入って来る事になってるし、夕食は全員で下の食堂で摂るつもりだった。
俺が教えた料理は、あくまでこの世界に無かった調理法ってだけで、この世界のどんな料理、誰が作った料理よりも美味いなんて事はないからな。
高級宿の提携食堂の方が普通に上だろう。
まぁここまで言えばわかると思うが、彼女達は、誰がこの部屋でヤるかを争っているんだ。
普段と違う場所で新鮮ってのも勿論あるが、いかにもな高級宿だからな。気分もあがろうってもんだ。
ただ、明日からの事を考えると、あまり俺に無理をさせられない。
多くても2~3人が俺と一緒に留守番、というのが彼女達の共通認識だ。
「私折角だから、隣で寝たいわね」
全員が牽制しているように黙っている中、立花が口を開いた。
その内容に、全員がざわつく。
正直寝具に関しては家に帰った方がいいとは思うが、まぁそこは気分の問題なんだろうな。
立花自身は本気で俺とそういう関係になる気はないんだろうけど、それでもサラ達は警戒しちゃうよな。
ノーラは推してくるのに立花を警戒する理由はわからんのだけどな。
俺と同郷ってところにひっかかりを覚えてるのかもしれん。
「……私もあまり他の人と一緒っていうのは好まないし、家に戻るわ」
立花が宣言した事で動きやすい空気になったのか、すぐにモニカも口を開く。
「じゃあ戦力的な事も考えて、ボクも戻ろうかな」
そしてミカエルも家に戻る事を宣言する。
若干、棒読みっぽいのはなんでだ?
演技って事か? でもなんの?
本当は俺と一緒がいいけど、空気を読んで戻ると言ってる?
空気を読んだ?
何の?
「じ、じゃあアタシはそもそもタクマとそういう関係じゃにゃいから、家に戻るよ」
最後にノーラが宣言すると、サラ、カタリナ、エレンから緊張感が抜けていく。
同時に、モニカが溜息を吐き、ミカエルが苦笑いを浮かべた。
ははーん? お前ら、これを機にノーラと俺をくっつけようと思ったな?
まぁ、もうその点については俺からは何も言うまい。
ノーラの事は別に嫌いじゃないし、顔と体型で言えば好みの部類だ。
ノーラも、強さ基準とは言え、俺に好意を抱いてくれてるのもわかる。
だからまぁ、ノーラを俺のハーレムに入れるなら、俺から誘うべきなんだが……。
だがそのための言葉が出て来ない。
やっぱ切っ掛けって大事だな。
流れとか雰囲気を気にせずに女性を誘う度胸とスキルが今の俺にはない。
モニカはそんな俺に気を使って、ノーラを残していけばなし崩し的にそういう関係になると考えたんだろう。
そういう意味では、立花がこちらに残ると言ったのも、モニカにとっては痛手だったかもしれない。
何故なら残る人間全員が、俺とそういう関係にあるなら、一人ノーラを隣の部屋に寝かせるって事に俺を含めた全員が罪悪感を覚える可能性は高い。
流石にその状況になったら、俺だってノーラを誘う。
けれど、隣の部屋に立花が寝ているなら、ノーラを仲間外れにしてる感覚が薄れるからな。
一応ミカエルもモニカの意図に気付いて家に戻る事を選んだのだけれど。
残ったサラ達が空気を読むより、ノーラが空気を読む方が早かったみたいだな。
サラは『奴隷の心得』の影響もあってか、俺にとっての一番である事に拘るし、カタリナとエレンは子供を欲しがっている。
ノーラは決してバカじゃないから、そういう事情を知っていれば、そりゃ察して身を引くわ。
むしろこの場合、先輩であるサラが空気を読まなければならなかったんだけど……。
まぁ、一番空気を読んで動くべき俺が動けてない時点で誰かを責めるなんてできない。
間が悪かったね、としか言えないな。
カタリナもモニカ達の反応から、その意図を察したらしくバツの悪そうな表情を浮かべている。
俺との繋がりである奴隷から解放されるのは先延ばしにしたいけれど、クォーリンダム家を再興するためには俺との間に子供が欲しい。
そして、年長者である自分は多少遠慮するべきではないか。
そんな葛藤が見て取れるようだ。
「…………」
サラも何やら難しい表情をしているな。
ひょっとして今どういう思惑が流れていたかを気付いたのかな?
気付いてどう動くにせよ、サラの自主性には期待したい。
「ノーラさんありがとうございます。いずれ旦那様との機会は作って差し上げますからね!」
そしてエレンはブレないな。
冒険者ギルド本部の話があると言ったな、あれは嘘だ。
次回はダンジョン攻略へ向かいます。




