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閑話:長瀬慎二の受難

転生場所が悪いとチートを持っていても報われないというお話し。

三人称視点です。


長瀬ながせ慎二しんじは氷の勇者である。

こちらの世界に来てもうすぐ三年になるが、彼は今初めて、異世界に来たという実感を得ていた。


勿論、これまでもスキルや魔法、モンスターなどの存在によって、異世界というものを理解していた。

しかし、現代日本から転移した彼を待っていたのは、鉱山奴隷としての過酷な毎日だった。


こちらの世界にやって来てすぐにフェレノス帝国の兵士に拘束され、そのまま鉱山に送られてしまった。


日本では人を殴った経験など、子供の頃の喧嘩くらいしか無かった慎二が、例えステータスで勝っていたとしても彼らに抗う事は精神的に難しかった。


その後はなんとか勇者として得ていた力を見せて奴隷から解放されるも、光の神を絶対的な存在だと考えている帝国では、他の神の立場は低かった。

氷の神から加護を受けていた慎二は、およそ神の加護を得た勇者に対するものとは程遠い扱いを受けた。


屋敷と彼の世話をする人間は与えられたがそれだけ。

衣食住の保証がされるというのが、この世界、この国ではそれこそ好待遇なのだが、現代日本で育った慎二にとっては、娯楽の無い世界で自由を奪われた生活というのは、それだけで苦痛だった。


あちこちの戦場をたらいまわしにされ、便利使いされる日々が続いた。


その中で、何人かの兵士や騎士と親交を深めたものの、帝国の彼に対する扱いは変わらなかった。


モンスターやダンジョンの存在を知れば、心躍った慎二だったが、帝国からダンジョン攻略の許可は下りなかった。


ダンジョン内部には強力な武器防具、凄まじい性能を持つマジックアイテムなどが眠っているという。

それを、慎二に奪われるのを恐れたのだ。


ただでさえ、帝国内部には個人では勝つ事のできる者がいない慎二が、そのような武具を得てしまうと、制御できないと考えたのだろう。


しかし、半年前に流れが変わる。


フェレノス帝国と、帝国に接する大国の一つ、エレノニア王国が戦争状態に突入したのだ。


慎二も戦争に駆り出されるが、そこで知恵の勇者との一騎討ちに敗北。

そのまま後送されたため、お役御免で処刑だろうか、などと運命を呪ったものだ。


勿論、そんな事になれば全力で抵抗するつもりだった。


しかし、帝国が王国に負けた事で事態が変わる。

元々帝国には慎二を処断するつもりなど無かったのかもしれないが、待遇が悪くなる可能性はあった。

だが、帝国の敗戦によりそのような未来は訪れる事は無かった。


扱いで言えば、むしろ良くなったくらいである。


まず世話役の女性が三人から六人に増員された。

とは言え、親の仇を見るような目で慎二を睨む女性が増えたところで何も嬉しくない。

むしろ、数少ない交流のある若い女性であるので、慎二にとっては生殺しに近かった。


こんな事なら強引にでも、戦争直前に国外逃亡を助けた王女を攫って逃げていれば良かった、と後悔しても後の祭である。


あの時王女を攫って行った時空の神の使徒も、日本からの転移者らしかった。

戦争の時に戦った知恵の勇者も同じくである。


そして、二人共異世界生活を満喫しているように見えた。


有体に言って、羨ましかった。


だが、そんな慎二にも運が巡って来た。

元々ステータス的な幸運は、人間の平均の二倍以上ある慎二である。


特に『試練の神の加護』や『不運』と言った幸運の高さを打ち消すスキルを持っている訳でもない。

これまでの彼の境遇が異常だっただけだ。


慎二がダンジョンを攻略する許可が出た。

というより、戦争で失われた物資を少しでも補充するため、ダンジョンを攻略して補おうと上層部が考えたのだ。


戦争に大敗し、領地を失った帝国は今後暫くはおとなしくしていなければならない。

周辺国に戦争を仕掛けて遮二無二拡大を続けてきたのが帝国だ。

当然、周りの国からひどく恨まれている。


そんな帝国が弱った姿を見せているのだ。

この上更に、他の国に戦争を仕掛けるなどという隙を見せれば、四方八方から攻められて、あっという間に国が亡びるだろう。


戦争が起きないという事は、慎二の出番がないという事である。

ただでさえ貧しい帝国が、領地を失い経済的にも困窮している状況で、決して安くない金をかけている慎二を遊ばせておくはずがなかった。


こうして慎二はダンジョンの攻略が許可された。

というより、帝国からダンジョン攻略を命じられたのだ。


場所は帝国北部。

年間平均気温が10度を上回る事のない帝国の中でも、更に寒い地域だ。

帝国北部に悠然と横たわる『死の山脈』と呼ばれるトロリア山脈の中腹に、そのダンジョンは存在してた。


万年雪でコーティングされた山脈にあるダンジョンに相応しく、雪と氷で形成された、氷点下の迷宮。

そのダンジョンは、冬将軍と呼ばれていた。


「うらぁっ!!」


冬将軍は氷の壁と天井に囲われた通路が迷路のように連なるダンジョンである。

屋内だというのに、どこからともなく雪が吹雪いて来ており、ただでさえ滑りやすい氷の床を更に凶悪なトラップへと変えている。


その中で、慎二は嬉々として斧槍を振るい、出現する氷できた魔法人形、アイスゴーレムを打ち砕いていた。


気温は軽くマイナス10度を下回るが、『氷の神の加護』を持つ慎二は寒さに非常に強い。

多少の防寒装備だけで、問題無く動き回る事ができた。


慎二が撃破したアイスゴーレムが魔石へ変化すると、彼の同行者がそれを拾い、背負った籠に放り込む。


厚手の手袋にロングコート。何枚も重ね着したズボンと上着。毛糸の目出し帽を被り、その上から毛糸の帽子とネックウォーマー。更にその上からマフラーを巻いている。

耐寒用の完全防備とも言える姿をした三人の同行者は、かろうじて、その所作から女性だとわかった。


彼女達は最初に慎二に宛がわれた、世話役のメイドである。


身の回りの世話だけでなく、護衛や慎二への諜報も兼ねているため、一般的なメイドに比べれば荒事の対処に長けている。

本来は慎二を帝国に繋ぎとめるための最低限の手法、という事で与えらえた少女たちだ。

慎二が命令すれば、彼がこの世界にやって来た時に抱いていた、異世界転移にかける願いの多くを叶える事ができただろう。


但し、彼女達の忠誠はあくまで帝国に対してのものであるので、慎二に対する忠誠心はもとより、信頼も信用も好意もまるで存在していなかった。

自分の事を何とも思っていない目で見て来る美少女にそのような命令を下せる度胸が慎二には無かった。

そして、あちこちの戦線をたらい回しにされて、殆ど屋敷に寄りつかなかった結果、慎二と彼女達の関係性は全く変化していなかった。


「一度休憩するか?」


この世界に来て初めてのダンジョンにテンションが上がっていた慎二だったが、ふと思い出したように三人を振り返り、そう尋ねた。


「いえ、大丈夫です。わたくし共の事はお気になさらず」


「そうか?」


メイドの一人、三人の中でもリーダー格の女性がそう答えると、慎二は引き下がってしまった。


(どうしてそこで下がるかなー? 命令されなきゃ休めないんだって)


(この寒さで休憩なんかしたら死んじゃうわよ。気遣うなら中途半端な事せずに外に出して)


表情が完全に隠れているというのもあるが、声色に乗せられた感情を読み取れなかった慎二に対し、メイドたちは不満を抱く。

元々女性と話すのが苦手だったうえ、この世界に来てから殆ど女性と接していない慎二にそれは酷な要求に思えた。

しかし、メイドたちはその事情を知らない。


(もう少し、勇者として堂々としてくださると良いのですが)


彼が鉱山から救出されたという程度の情報なら知らされているリーダーは、命令する事に慣れていないという事もわかっているため、まだ好意的な評価だった。

しかし、命令すればなんでも聞く事を知らない、という事をリーダーも知らないため、不満の方が大きいようだった。


新しく入ったメイド達も概ね似たような評価だ。

むしろ、戦に負けた、というネガティブな情報を得てから接しているため、勇者としての実力にさえ疑問を抱かれていた。


(アイスゴーレムを一撃ですので、強いのは確かなのでしょうが……)


(まぁ変な命令されるよりはマシだけどさ)


(狒々爺に下げ渡されるよりかは楽なんだけどねぇ……)


慎二の行う優しさや気遣いは、意気地なしや女々しいという評価に繋がっていた。

戦争に明け暮れる軍事国家で、モンスターや強力な魔物が跳梁跋扈する帝国では、男性に求める要素はやはり強さだった。

それも、自信や度胸、頼り甲斐といったものが感じられる強さである。


(なんだかいまいち、好感度が上がっていないような……)


そして、その空気くらいは、なんとなく慎二も察していた。


戦場で敵と戦っていた頃なら、敵を殲滅して陣地に帰れば、その夜には味方の兵と信頼関係が築かれ、友人までできていた。

少し気遣いを見せれば、相手は義理を感じてくれた。


だが、今はそれが全く通じない。


男性と女性の性差、何より置かれた立場の違いを理解していないために起きている悲劇だった。


「! 伏せて!」


心の中で溜息を吐き、先へ進もうとした慎二が勢いよく振り返り、そして鋭く叫んだ。

メイドたちは素早く反応し、その場に伏せる。

彼女達の上を氷の弾丸が高速で通過していく。その先には、一体のアイスゴーレムがいた。


氷の弾丸を受け、揺らいだところへ飛び込み、斧槍を振るう。

一撃でアイスゴーレムは砕け散り、魔石へとその姿を変えた。


「大丈夫か?」


「ええ、ありがとうございます」


慎二がリーダーに手を差し伸べると、彼女は素直にその手を取って立ち上がった。

他の二人も、と慎二が顔を巡らせると、彼女達は既に自力で立ち上がっていた。


(この装備のせいで感覚が鈍っていますからね、全く気付けませんでした。不覚です……。しかし、私達に比べれば軽装とはいえ、離れた位置から気付けるとは、流石勇者様ですね)


(凄いんだろうけど、私達の事常に気にしてるって事だよね? ちょっと器が小さいかなー?)


(凄いんだろうけど、それならもっと色々察して欲しいわ)


(おかしい、カッコよく助けたはずなのに、いまいち感謝されてない!?)


一度つけられた評価は中々覆らない。


「ど、どうする? 一旦戻ろうか? 魔石も随分手に入った事だし……」


言ってしまえば魔石しか手に入っていない。

メインモンスターであるアイスゴーレムの魔石は一つ50デューとそれなりに高値だ。

だが、国家の財政を賄う程では勿論無いし、還元して獲得できる素材も有用なものではない。

慎二に期待されているのは、もっと深い階層で手に入る、それ一つで街一個と釣り合うようなレアアイテムの入手だった。


(だから、聞くんじゃなくて命令しろっての!!)


愛想笑いを浮かべるメイド達だったが、目が笑っていなかった。

そして今の彼女達は目しか露出していない。


無言で慎二は目を逸らす。

当然、メイドからの信頼も好感度も下がった。


「シンジ様」


しかし、リーダーだけが何かに気付いて彼の近くに寄った。

耳元で囁かれ、慎二の背筋が伸びる。


「わたくし共の事は気になさらないでください」


「け、けれど……」


シンジ様(・・・)のなさりたい(・・・・・・)ように(・・・)なさって(・・・・)ください(・・・・)


果たして慎二はリーダーが言葉に込めた真意に気付けるだろうか。

ある意味それは、メイド達による最終審査だった。


これを突破できなければ、慎二の評価が彼女達の中で上がる事は二度とないだろう。


「…………」


「…………」


暫しの沈黙。実際には数秒程度の間だったが、リーダーにとっては永遠にも近い時間だった。

彼女だって、どうせ仕えるなら仕え甲斐のある相手に仕えたいのだ。


皇室から命令されている以上、彼女達が主を変える事も、主を変えて欲しいと願う事も許されない。

だからどうか、このいかにも頼りない少年が、仕え甲斐のある主人であって欲しいと願っていた。


「わかった。そうさせて貰うよ」


そして慎二が口を開く。

どこか疲れたような表情だ。


「同じような景色に同じような敵ばかりで、飽きてきたなー、一度帰るとするかー」


メイド達に背を向け、いかにも演技でござい、といった口調で慎二はそう言った。

その時、リーダーは確かに、頭の中で祝福の鐘が鳴ったのを聞いた。


「ではシンジ様、ご命令を」


「うん。これより帝都フェレノスへと帰還する」


リーダーのように慎二を再評価した訳ではないが、二人のメイドも心底からその判断に喜んだ。

しかしやはりその中にも、


(もっと早く命令してくれれば良かったのに)


(ここで飽きるって、もっと深く潜らないといけないのにどうするんだろ?)


などと言ったネガティブな感想も混じっていた。

一度つけられた評価は中々覆らない。


恋は盲目痘痕(あばた)笑窪えくぼ

そして、逆もまた然り、である。


(だからこそ、私が立派な勇者様に育てて差し上げねば)


そしてリーダーは、気が進まない仕事の中にでも、ある種の楽しみを見出したらしかった。


国の事情が変わったとは言え、わかりやすい異世界転生もののストーリーをようやっと歩み始めた氷の勇者。

メイドリーダーの意図に気付ければ、メイドハーレムも夢ではない、かも?

次回も閑話の予定です。

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