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閑話:知恵の勇者、起つ

前回感想より、間が空き過ぎてストーリーを忘れているのであらすじが欲しい、と要望がありましたので、第102話から107話までのあらすじを簡単に載せておきます

・月の勇者立花乙女が仲間になる。彼女は自分を呼び出した目的を知るためにタクマと行動を共にする

・そろそろ火竜の全身鎧を修理したい。素材集めのために神の揺り籠へ行こう

・ドラゴンが沢山出るダンジョン、ドラゴンズピークで火竜狩りだ

・目的達成。けれどなんかとんでもない存在からお呼びがかかった。龍王からは逃げられない

・攫われた眷属取り戻して。あれ? それってウチの妹(♂)のせい?


エレノニア王国公爵であり、知恵の勇者であり、国王直属の黒鯨騎士団団長を務めるイチ・ヤガッタ・ウェズレイは、その日不機嫌だった。

何かに当たり散らす事もしないし、誰かを怒鳴りつける事もしない。

しかし、終始眉根が寄り、口がへの字に曲がり、動作の一つ一つが乱雑であれば、誰だってそう考える。


「ち、父上、どうなさったのですか?」


彼の次男であるジョージが夕食時に意を決してそう尋ねた。

この不機嫌さを翌日に持ち越されてはたまらない。

そう考えての決起だった。


「昨日、正式に王国と帝国で和睦が為された」


フェレノス帝国による国境侵犯に端を発する、エレノニア王国との何度目かの大戦争。

一年の長きに渡って行われていたその戦は、三ヶ月前に終結した。


帝国からの和睦の申し入れ、つまりは降伏宣言であり、事実上の王国の勝利で終わった筈だった。


しかし、そこからが長かった。


帝国は和睦の条件として領地の割譲を提案して来た。

帝国領土南方数百キロの範囲がその対象であり、範囲の中には帝国経済を支える鉱山が一つ入っていたので、かなりの好条件だった。

好条件のように見えた。


だが、帝国は豊富な鉱山を持ち、反対に土地が痩せていたために軍事国家となり、周辺国家を併呑していかざるを得なかった歴史がある。

言ってしまえば、そんな国の土地を貰ったところで、賠償になどなりはしないのだ。


勿論、イチ――矢形やがた耕一郎こういちろうが知る歴史の中には、講和の条件で押し付けられた不遇の土地から、貴重な地下資源が算出された例もある。

しかし、条件として差し出された土地にそのような幸運が眠っている可能性は低いだろうし、そもそも、そんなものを見つけても、今の王国では活用する事はおろか、採掘する事すら難しいだろうと耕一郎は考えていた。


そのため耕一郎としては、領地としては条件に出されているものの半分、いっそ無しでも良かった。

その代わりに莫大な賠償金を課し、それを分割返済させる事で、帝国の経済を縛るというのが最善の策だと考えていた。


しかし、議会はこの条件を受け入れてしまった。


本部が帝国にある、光の神の教団が仲裁したというのもあるが、現皇帝の直系を除く、全ての皇族の処刑という追加の条件までつけられて、王国貴族達は目が眩んでしまったのだ。


最も吊るすべき首は、未だ帝国のトップに座っているというのに。


三十年来の親友という立場を使って国王を味方につけ、耕一郎は議会を必死に説得した。

言葉だけで足りないならば、袖の下もバラまいた。


しかし結果が覆る事はなかった。


「あんな痩せた土地を奪ったところで何の旨味があるというのか。しかも領土丸ごとではなく、あくまで領地の割譲だ。その上に乗った物資、施設、人は含まれていない」


今頃帝国は、せっせと領地の外へそれらの資源を持ち出している事だろう。

鉱山も引き渡し期限ギリギリまで稼働させて、できる限り掘り尽くしていくに違いない。


残るのは無人の荒野だけだ。


「し、しかし、現在王国南部にはラングノニアからの難民が大量に住み着いております。彼らの一部は既に王国北部の復興に回されているのでしょう? ならば、旧帝国領の開発に彼らを使えば良いのでは?」


「それでも王国の人員がゼロという訳にはいかぬ。我が国の人では決して余っている訳ではないのだぞ」


何より耕一郎が懸念しているのは、これで形の上では、エレノニア王国は神の揺り籠内部において、最大版図を誇る巨大国家となってしまった事だ。

対帝国の利害一致によって長年続いていたロドニア王国との同盟は最早風前の灯だ。


人間以外のヒト種族の扱いで対立しているラングノニア王国と結ばれれば、エレノニア王国には悲惨な未来が舞っているかもしれない。


「国力が上がるどころか、全体的には下がりかねない土地を貰って、周辺の大国から睨まれるとか、何の冗談だ! 勿論、真面目に開発すれば、いずれ元は取れるだろうさ。しかしそれは何年後だ? 十年? 二十年? それまで他国が大人しくしているとでも!?」


手っ取り早く旧帝国領を開発する資金を稼ぐなら、王国の物資の多くを旧帝国領の街に回して、帝国と交易をする事だ。

それならば、間接的に帝国の経済を縛る事もできる。


だが、とてつもなく高い関税がかけられる事は明白だ。


議会としては、帝国を滅ぼさずにおく事で、その脅威を残し、ロドニアとの同盟を継続していくつもりなのだろうが、それは難しいだろうと耕一郎は思っていた。


「何より問題なのは、我が国はゴブリンを受け入れてしまった事だ」


「彼らはよくやってくれていますよ? マヨイガの完全攻略こそ叶いませんでしたが、氾濫は見事に終息し、今でも各ダンジョンを潜って定期的に間引いてくれています」


「彼らが我が国にとって有益なのはわかっているが、この状態では彼らの存在そのものが我が国の急所となる」


「……光の神の教団……」


この世界に存在する神の中で、最も力をもっているのが光の神であり、その影響力は神の揺り籠内部全域に及ぶ。

ほぼ全ての国が国教としており、それはエレノニア王国も例外ではなかった。


そしてこの教団は、モンスターとは神に逆らう悪しき存在であると定めている。

和解も協力も無い。モンスターであるならば無条件で滅ぼすべきだと教えているのだ。


「ロドニアが我が国を責めるならば、まずはここを突いてくるだろう。我が国は光の神がゴブリンかを選ばされる訳だな」


勿論、ゴブリンキングダムと協力体制にある事は、王国内部の機密である。

しかし、多くの冒険者がその存在を知っている以上、人の口に戸は立てられない。

仕方ない事態であったとは言え、ゴブリンキングダムを受け入れてしまった時点で、王国は他国に対し、弱い立場となってしまったのだ。


あの場に耕一郎がいたならば、間違いなく使者を切って捨てていた筈だ。


むしろその方が良かった。

それにより、ゴブリンキングダムと戦争状態に陥ったとしても、今度はそれを理由に帝国と停戦。ロドニア、ノークタニア公国、ラングノニアの協力を得られていた筈だ。


光の神の教団の本部が帝国にあり、帝国そのものも強い影響下にある以上、ゴブリンの国を滅ぼす、という大義を得たエレノニア王国への攻撃を継続する事などできないのだから。


王都への爆撃を考えれば、耕一郎と同じ転生者がゴブリン側にいるのは明白だった。

もっとあの時、爆撃の脅威と有効度を強く説いていれば、王国はゴブリンキングダムを生かしておくなどという選択肢は取らなかったかもしれない。


「当然王国としては光の神を裏切る事などできず、ゴブリンキングダムと敵対する事になるだろうな」


そして間違いなく、その時にロドニアやフェレノス帝国の協力は得られない。

勝手にゴブリンキングダムと手を結んだのだから、自分達で始末をつけろと言われるに決まっている。

彼らが介入してくる時は、エレノニア王国かゴブリンキングダムのどちらかが滅亡寸前にまで追い詰められたその時だろう。


「戦争中という事で調査と回答を後回しにしていた、ラングノニアからの難民の返還要請もこれから強まるだろうな」


ただ、ラングノニアが囲っていたという勇者が行方不明だと言うから、いざ敵対した時には、内乱を煽ってやれば時間は稼げる筈だ。


「ち、父上、我が国は大丈夫なのですか?」


「大丈夫ではないからこうして頭を痛めているのだ!」


エレノニア王国は、王国という以上、当然国王による専制君主制なのだが、それでも国王の独裁とはいかない。

数多くの貴族の寄り合い所帯に近い形で国家が形成されている事もあって、国内の有力貴族が代表を務める議会の発言力は決して無視できるものではなかった。


耕一郎はあくまで、王室直轄騎士団の団長であるから、会議に参加できるだけであり、議会のメンバーという訳ではない。


そのため、彼の発言は非常に軽く扱われる傾向にある。

これが、代々続く公爵家の当主というなら別だが、彼は結局出自の怪しい平民の出に過ぎない。


「先んじて、光の神の教団と親密になっておく必要がある。ゴブリンキングダムとの協力体制を不問とされる事はないだろうが、ゴブリンとの戦いでせめても彼らの協力だけでも得なければ」


現在、光の神の加護を受けた勇者も存在している筈だ。

その強さを目の当たりにした事はないが、ゴブリン討伐に頼れる戦力となってくれる事は間違いない。


「可能であれば穏便に、ゴブリン達に国から去って貰い、拠点の探索で時間を稼ぐか……」


「父上、一つ気になる噂を耳にしたのですが……」


頭を抱える耕一郎に、今しがた思い出したかのように、ジョージが口を開く。


「ミシェル様の事なのですが……」


「あの放浪王女がどうかしたのか? 確か時空の神の使徒の奴隷になっていたんだったな」


なんとか救い出したいとは耕一郎も思っていたが、『隷属の首輪』にかけられた条件が曖昧過ぎて迂闊に手を出せば王国の財産全てが時空の神のものになりかねない。

慈愛の神の勇者か、使徒でも見つけて神に確認を取って貰うか、いっそ彼女の弟である第一王子が王位を継承してくれてからでないと身動きが取れなかった。


「サラドで消息を絶ったのち、その行方は不明でしたが、帝国との戦争に前後して、シュブニグラス近辺で目撃情報があがっているそうです」


「ほう……」


「あの街は住民の過去や正体を暴いたりしないので、早々噂が流れて来ないので、実際にはもっと前から付近に潜伏していたのではないかと?」


「首輪は?」


「奴隷のままだそうですが……」


「…………つまり時空の神の使徒は彼女を連れてあちこちを放浪している訳では無く、その付近に住んでいるというのか?」


「可能性はありますね」


神の使徒などというので、てっきり、神様の世界のような場所で普段は暮らしているものだと思っていたが、耕一郎にとってそれは盲点だった。


「時空の神の使徒が信者を増やすために遣わされたのでなく、信者を増やすために時空の神によって使徒にされたという事か……」


もしも時空の神の使徒がそこに住んでいて、そしてミシェルに多少なりとも愛情を抱いているなら、王国のために動いてくれるかもしれない。

ミシェルの王国に対する愛情と忠誠は、少なくとも本物だった。


ロドニアに派遣して牽制してもいいし、帝国に向かわせて光の神の教団を抑えさせてもいい。ラングノニアで人間以外のヒト族を纏め上げさせるのもアリだ。


もっと直接的に、ゴブリンキングダムにぶつけることだってできるかもしれない。

モンスターを無条件に敵視するのは神の共通した感情であるらしいので、それは時空の神とて変わらない筈だ。


「……ジョージ、暫く私は王都を留守にする」


「ち、父上自らが向かわなくとも……」


「私ならば、相手が本物の神の使徒かどうか判断する事ができる」


知恵の勇者の【固有技能ユニークスキル】『万物辞典』を使えばそれが可能だった。

それがなくとも、『致死予測』である程度の強さを測れば、最低でもただの人間かそうでないかの判別ができる。


「危険が迫ってから動いていたのでは遅いのだ。周辺国家が動き出す前に、事前に対策を準備しておかねば」


様々な思惑が交錯し、タクマに権力の魔の手が伸びる。

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