第9話:3度目の襲撃
まだまだ戦闘です。
やっぱり残酷描写があります。
「ちくしょう、もっと速く走れねぇのか!?」
「この馬車だけならともかく、乗客の馬車は置き去りにできねぇよ!」
御者は必死に手綱を振り、馬を走らせている。
馬車の中からランスがそんな御者に注文をつけるが、至極当たり前の反論が返って来た。
護衛用の馬車の前を乗客用の馬車が走っているが、あちらは馬車自体も大きいし、乗客も二十人以上乗っている。どうしてもスピードは出ない。
「くそ、外した……!」
俺は馬車の最後部から外へ向けて矢を放っている。
だが、整備された街道とは言え、基本的にはただの土の道。そこをスプリングも何もない木製の車輪で走れば揺れは半端ない事になる。
弓でまともな狙いがつけられるはずがない。
命中率の上昇するスキルでも、絶対に命中するようになる訳じゃないからな。
どうして馬車がこんなに速度を上げて、乗っている全員が焦っているかというと、今この馬車は追われているからだ。
追いかけてきているのは六頭の馬。
しかしその首から上は、人間の上半身になっている。
所謂ケンタウロスだ。
馬が魔力を帯びて変じたモンスターであったり、騎乗した者が同じようにモンスターになったとされている。
今追いかけているのがどのような経緯でケンタウロスになったのかはわからないが、あまり街道沿いの平原に出てくるようなモンスターじゃない。
人間の上半身は革の鎧を装備していて、槍と弓で武装しているのがそれぞれ三体ずついた。
既に弓持ちは一体倒したのだが、逃走しながらだったので魔石の回収はできなかった。
勿体無い。一個二十デューになるのに。
本気で走れば馬車がケンタウロスから逃げられる訳がない。
しかし俺が弓と緊急事態故解禁した魔法で牽制をしているので中々近寄れないようだ。
だけどこのままだといずれ追いつかれる。
馬車を引く馬って長く速く走れるようにはできてないからな。
競馬中継なんか見てもわかるけど、全速力で走れる距離なんてたかが知れてる。
ついでに言えば馬車の方も保たないかもしれないし……。
「何体か引き受ける。適当な所で止めて迎え撃て」
「え?」
俺の隣で飛び道具に対する防御魔法、戦の神シャルギアの祝福の一つ、『ミサイルプロテクション』を使用していたメイスが短く声を上げた。
しかし問答無用。
俺は弓を背中に背負うと、シミターを抜いて馬車の縁に足をかける。
そして近づいて来ていた槍持ちのケンタウロスに向かって跳んだ。
「でやああああぁぁぁぁぁぁあ!!」
気合いの叫びは、どちらかと言えば恐怖を打ち消すための絶叫だった。
かなりの速度で走っている馬車から飛び降りるってかなり怖いぞ。
どのくらい怖いか知りたかったら、二人乗りの自転車の荷台から跳んでみるといい。
二人乗りは道交法違反だから公園とかでやれよ。
狙われたケンタウロスは俺を躱そうと身をひねるが、相対速度も足された俺との衝突までの時間は非常に短かった。
ぶつかる前にシミターを力任せに振るう。
確かな手応え。俺の目の端に、宙を舞うケンタウロスの頭が映っていた。
空中で体勢を建て直し、踵から着地。地面を削るように滑り、更に回転を加える事で距離を使わず勢いを殺す。
槍持ちのケンタウロスが俺に向かって槍を構えているのが見えた。
弓持ちのケンタウロスはどうするべきか迷っているようだ。
残った一頭の槍持ちと弓持ちが俺を無視して馬車を追いかけていく。
まぁあのくらいなら大丈夫だろう。
ケンタウロスの強さはその機動力と槍や弓を操る器用さに起因する。
歩兵に対して騎兵が強いように、何よりその体躯の大きさが人間に対して優位性を持たせている。
それでもステータス自体はそこまで高くない。勿論魔物も戦闘をこなすと経験値を得てレベルアップするが、『アナライズ』で見た限りではLV1~5程度だった。
それなら種族レベルで言えばLV15前後くらいの強さ。
種族レベルなら同程度。その上で『戦士』以外の戦闘用職業を持っている彼らなら、問題無く迎撃できるだろう。数も上だし。
ケンタウロスから逃げていたのは馬車の走行中に襲われたからだ。
ゆっくり馬車を止めている間に攻撃されちゃうからな。
数も減ったし、俺の飛び出しでそこそこ距離も稼げたから、十分とは言えないけれど迎撃態勢を取る事はできるだろう。
回転しながら、繰り出された槍を俺はシミターで打ち払う。
更にシミターを持たない左手に魔力を込めた。
護衛や乗客から離れた事で、俺は第二階位以上の魔法を使うつもりだった。
とにかく速攻で片付ける!!
「青の逸槍――アイシクルランス!!――」
押し出すように突き出した手のひらから、氷の槍が出現し、ケンタウロスに向かって飛ぶ。
第三階位の自然魔法だ。あわよくば、『自然術士』の獲得を狙う。
「ぐぁう!?」
氷の槍はケンタウロスの胸に突き刺さる。
「爆砕!」
そして俺が放った左手を握りしめると、その槍は粉々に砕け散る。
勿論、ケンタウロスの体に突き刺さっていた部分も破裂したのだ。
体内で氷の散弾を浴びたようなもんだ。
びくりと体を震わせたケンタウロスは、口から大量の青い血を吐き出して倒れ伏した。
ゆっくりと立ち上がり、俺が弓持ちのケンタウロスに顔を向けると、明らかに怯えた様子を見せた。
それでも弓を構えるのはモンスターとしての凶暴性の発露だろうか。
まぁ、弓なら俺の方が速いんだけどな。
素早くシミターから手を放し、弓を取り出し矢を番える。
敏捷の高さに者を言わせたこの動作はかなり速かっただろう。
そしてここから弓を構えて引き絞り、狙いをつけて放つまで、『クイックショット』でその速度が倍化する。
放たれた矢は狙い違わず、ケンタウロスの引き手に命中する。
ケンタウロスの手を離れた矢はろくな速度もなく、ひょろひょろの軌道であらぬ方向へ飛んで行く。
「青の逸槍――アイシクルランス!!――」
そして再び俺は第三階位の氷魔法を放つ。
俺の手から放たれた氷の槍がケンタウロスの頭部に命中すると、青い血を撒き散らしながら破裂するように吹き飛んだ。
うん、流石の威力だ。
俺は素早くケンタウロスの魔石を回収し、鉄の矢を二十本、鉄製の槍(『アナライズ』したら鋼鉄の槍:物理攻撃力20と出た)を一本回収する。
大丈夫だとは思うが万が一があり得る、早く馬車を追いかけないと。
振り返ると馬車はもう遥か彼方だ。わずかに街道の上に砂煙が上がっているのが見える。
止まってないのかよ。
まぁ、御者が怖がって馬車を止められていないのかもしれない。
やっぱり遠距離攻撃持ちが俺しかいないってかなりまずくない?
まぁ今更言っても仕方ない。俺は両足に魔力を込める。
「ブーストジャンプ」
そして地を蹴ると、どかん、と爆音が轟き、俺の体が吹き飛ぶように空中へと舞う。
足裏で魔力を爆発させて驚異的な跳躍力を得る世界魔法だ。
その推力を少し前に向けてやれば、幅跳びのように前に跳ぶ事ができる。
身体能力を強化する魔法やスキルを用いるより、単純に長い距離を素早く移動するだけならこの方が速い。
一番速いのは『ライトウィング』という魔法で高速飛翔する事だけど、これは第五階位魔法。おまけに真理魔法という、『魔導士』と『自然術士』をある程度修めた者だけが使えるようになる上級魔法だ。
流石にこの魔法で仲間や護衛対象の元へ駆けつける訳にはいかない。
『ブーストジャンプ』なら第二階位魔法だから、こういう魔法が得意、とでも言えばまぁ誤魔化す事はできるだろう。
第二階位の攻撃魔法や回復魔法を使わない限りは大丈夫な筈だ。
俺が追いついた頃には、戦闘は終わりかけていた。
街道から外れた丘の斜面に馬車は止められていた。なるほど、そこなら騎馬兵であるケンタウロスから攻撃を受けにくいな。
エストックとランス、メイスとワンハンドがそれぞれ一体ずつケンタウロスを受け持っていた。
弓持ちを相手にしているのはランス達。素早さが高い二人だ。遠距離射撃を掻い潜り接近戦に持ち込む事に成功していた。
二人ともケンタウロスの足を中心に攻撃しており、既に相手の動きは鈍い。
「はっ!」
エストックの突きの一撃がケンタウロスの右前脚を穿つ。するとグラリ、とケンタウロスが前方に体勢を崩した。
下がって来た人間の頭部に、ランスが突きを繰り出す。穂先が顔面を貫通し、中身を後方へと吹き飛ばした。
メイス達も槍持ちのケンタウロスを圧倒している。
リーチの差はあるが、ケンタウロスの繰り出す槍のことごとくを、ワンハンドがその盾と片手剣で捌いていた。
「おっ……」
そして次に俺の目に飛び込んで来た光景に、思わず感心の声を上げてしまった。
ワンハンドが盾の曲面を利用して穂先を逸らしたその瞬間、ケンタウロスの体が大きく右側に傾いたのだ。
柔道……? いや、合気道かな?
そっち方面の知識は疎いし、『常識』の中にも無かったので詳細はよくわからないけれど、ワンハンドが何か特殊な技術を用いて、盾でケンタウロスを投げ飛ばしたようだった。
間髪入れずにメイスが戦鎚を振るう。
一撃で頭を割ったその光景は、俺にスイカ割りを連想させた……。
ケンタウロスは全滅した。
俺も合流し、暫く周囲を警戒する。
増援が無い事を確認して、馬車は再び動き出した。
護衛クエストも半分終了。
次から少し話が動きます。