第96話:黒い恐怖
久し振りのソロ活動です。
王都から戻って数日が経ったある日、俺は再び神の揺り籠にやって来ていた。
特に何かあった訳じゃない。
ただ、昔から俺は、ゲームなんかでも、ダンジョンは隅から隅まで探索し尽してからボスに挑むし、サブクエストは全部終わらせてから、メインストーリーを進めるタイプだった。
一周目は攻略情報を見ないと決めているが、それでもできる限りイベントなどを取りこぼしたくなかった。
そんな俺が、新しいダンジョンの入口を発見して、それをそのまま放置できる筈がなかった。
むしろ今まで良く耐えた方だと思うよ。
日々のルーティンと、愛すべき女達との日常だけで、十分刺激的だし満たされていたって事なんだろうな。
異世界に来てもう三年。
そろそろこっちの生活に慣れない方がおかしいわな。
だが、慣れてくると人間、変化を求めてしまうもの。
例え今の生活が、本来ならどれだけ望んでも手に入れる事のできなかった贅沢なものだったとしても、それが続くと、今の生活が当たり前になってしまい、倦んでしまう。
マンネリってやつだな。
ほんと、贅沢な話だけど。
そうなってくると、ふと、一人になりたい時が訪れる。
考えてみれば、こっちに来てからは一人で居る時の方が少ないもんな。
最初の数日と、モニカと別れてからの数日。
そんな程度だ。
今更ながら愕然とするぜ。コミュ障になってしまっていたヒキコモリニートの俺が、実は誰かと過ごしている時間の方が長いなんてな。
一人になりたいからってわざわざこんな所まで来る必要があるのか? という疑問は当然だが、ある、と答えよう。
神の揺り籠だけなら、以前にも皆で来ているから、一人で行く事を納得させるのは難しい。
けれど、そこで見つけた新ダンジョンの調査ならどうだろう?
俺一人だけなら、何かあっても切り抜けられるが、どんな危険があるかわからない所へ、大事な皆を連れて行く事はできない。
なんて言えば、内心では納得していなくても、そこは口を噤まざるを得ないだろう。
勿論、一人で神の揺り籠に行く理由を、『一人になりたいから』なんて馬鹿正直に言ったりしないよ。
そんな事言ったら、既にヤンデいるエレンは勿論、素質のあるサラは、勿論、カタリナの目からもハイライトが無くなりそうだ。
意外とカラっとしているミカエル辺りもヤバそうだ。なんだかんだ言って、モニカは耐性高そうだな。
そんな訳で、かつての自分を懐かしく思い、一人で行動したくなった俺は、ダンジョン調査を名目に、ソロで神の揺り籠に挑んでいるんだ。
決してカタリナの事情を聞いて覚醒した肉食獣の相手に疲れた訳じゃない。
カタリナが父親であるフランツさんから出された条件、三年以内に子供を作る事。
そのため俺のハーレムで子作りが解禁された。
カタリナだけだと不公平だと思ったからな。
俺と生活を始めてまだ日が浅いエレンや、暫く俺と離れていたモニカあたりは、恋人期間のようなものを惜しんで、子作りを拒否するかと思ったが、二人も乗り気だった。
「今更家族が増えたって変わらないわよ」
言われてみればその通りなのだが、言っているのが元王女だけに、子育てにおける母親の大変さを認識していない可能性がある。
まぁ、家事士の派生職、子守女中を獲得させるために、子育てはサラ、カタリナ、ミカエルにさせるつもりだったけどさ。
サラも当初はやる気を見せていたのだが、子供ができたら奴隷から解放する、と聞いてあからさまにテンションが下がっていた。
この世界、この国では、奴隷にある程度、人権と立場が保障されているとは言え、やっぱり親が奴隷ってのは子供の環境にとって良くはないだろう。
ハーレムはいいのか? って聞かれちゃうと、それも今更な気がするけどさ。
どうにもサラは俺との絆以上に、自分が奴隷だったから俺と出会って幸せになれた、と思っている節がある。
確かに奴隷じゃなかったら俺と出会っていないだろうけど、それは相当歪んだ考え方だと思うぞ。
ネットで見た話だから眉唾だが、レイプされた主人公がそれを乗り越え幸せを掴む、ような少女漫画を読んだ女子が、レイプ願望を抱くようになっている、って話もあるくらいだからな。
カタルシスを得るには主人公に苦難の道のりが用意されている事が重要なのは否定しないが、『苦難』の内容までそのまま参考にしなくていいと思うんだ。
無理矢理テーマのようなものを見出すなら、『不幸な目にあっても、諦めずに努力すれば、幸せになれる』というものの筈だからな。
幸せになるためには一度不幸にならなくてはいけない、なんて思想はいくらなんでもヤバ過ぎる。
地球の宗教は割とそんな感じのが多いけど、どちらかと言うと逆で、今の自分が不幸なのは死後に幸せになるためだ、が思想としては正しいんだろうな。
今の生活に満足して幸せを感じている人間の方が少ないだろうし、宗教思想に染めるなら、今幸せになる方法より、今が何故不幸なのかを説いた方が簡単だしな。
覚醒した肉食獣とはエレンとミカエルだった。
モニカは子作りこそ了承したが、それほど積極的じゃない。
行為そのものにはある程度の熱を込めているようだけど、やはり彼女は、恋愛の延長に肌を合わせるという行為があり、その結果、子供ができる、と思っているようだ。
それは間違っていないし、通常、自由恋愛が許されない立場にあったから、それに憧れるのもわかる。
俺との間に子供は欲しいし、子供ができたら嬉しいが、それはあくまで結果であって、そこに至る経過こそをモニカは重視していた。
エレンはモニカとは逆に、結果を重視しているようだ。
子供は俺と愛し合った証。
それ自体は否定しないけど、なんだが背中がむず痒くなるな。
さておき、子供ができるのが早ければ早い程、産んだ人数が多ければ多い程、俺に愛されていると実感できる、と考えているのがエレンだった。
とは言え、元々エレンは愛されたい思考の持ち主だ。
夜の話だけで言えば、基本的には受け身である。
俺を愛する事に喜びを感じてはいるので、偶には積極的になったりはするが、少しこちらから攻めてやると、簡単に攻守は逆転する。
まぁ、一度にスる回数が増えれば妊娠しやすくなる、と考えているらしく、行為中は受け身だが、一度終わると、すぐにもう一回と誘ってくるようになった。
その時は興奮しているし、エレン自身が可愛く、愛しいのでその誘いに応じるが、翌日、体にのしかかる疲労感はどうしても拭えない。
バッドステータスの【疲労】自体は『リフレッシュ』でなんとかなるが、俺の中に残る、疲れている、という感覚は如何ともしがたい。
そして絶好調なのがミカエルだ。
普段は中世的で、どちらかと言えば王子キャラであるミカエルだが、ベッドの中では純情可憐なミシェルになる。
基本的にはエレンと同じ受け身なんだが、エレンが、あくまで愛される事の方がより幸せを感じることができるから、受け身なのに対し、ミカエルは、そうした行為に積極的になる事に恥じらいを抱いている。
サラやカタリナに比べて愛人の伸びが悪いのは、この辺にも理由があるんだろうな。
しかし子作りが解禁されてからはその態度が一変。
いつまでも初々しく、淑やかなミシェルはどこかへと去り、爽やか熱血キャラのミカエルが毎夜俺の相手をする事になった。
ミカエルはそもそも、サラともカタリナとも奴隷になった事情が違うので、子供ができたから奴隷から解放する、なんて言う事ができない。
ミカエルの場合は、子供ができても奴隷のままだ。
子供ができる事は嬉しいが、俺の奴隷でなくなる事は寂しい、という複雑な思いを抱くサラやカタリナと違い、ミカエルにはそこを躊躇する理由が無いからな。
ひょっとしたら、ある程度の高等教育を受けた淑女として、夜の行為に積極的になるのは恥ずかしいが、貴族としての義務を叩き込まれている元王女としては、子作りは仕事であり、単純な夜の行為とは別だと思っているのかもしれない。
俺との行為を楽しみたいが、淑女としての慎ましさに欠けるので積極的にはなれなかったミカエルが、子作りという大義名分を得た事で、覚醒してしまったんだろう。
自分のペースで行う事で、回数を調整できるエレンと違い、ミカエルの場合は気を抜けば相手にペースを握られてしまう危険性が常にあった。
肉体面では勿論、精神面の疲労も、ミカエルを相手にした翌日はかなりひどい事になっていたんだ。
そのうえで、エレンとミカエルではステータス、特にスタミナに影響を与える『体力』に大きな差がある。
しかも、ミカエルは愛人を持っているせいで、『床術』と『絶倫』のスキルを有している。
なんて、生活に嫌気が差して一人になりに来たわけではないから、そのへん勘違いしないように。
俺は今の生活に満足している、幸せだと言えるだろう。
決して身が持たないから避難してきた訳ではないのを、覚えておいて欲しい。
閑話休題。
最初は神の揺り籠の麓から登っていき、素材を回収しつつダンジョンの入口へ向かおうと思っていたのだが、麓に『テレポート』した時、見上げた神の揺り籠の険しさに、少々うんざりしてしまった。
『狩り』が目的ならそれもありだったんだが、あくまで今回の目的はダンジョン調査だからな。
美味しい狩場でも、通り道となると、それは障害物の多い面倒な場所になってしまうからな。
という訳で、そのままダンジョンの入口へと『テレポート』。
山の中にぽっかりと空いた大穴。
その底は深く、暗く、中を見通す事はできない。
周囲を見回すと、他に人が来た形跡はない。
どうやら、まだユーマ君や光の神の教団はここを訪れていないみたいだな。
ユーマ君はともかく、俺みたいなチートでもなければ、新ダンジョンの調査には入念な準備をもって臨むだろうから、時間がかかるんだろうな。
神の揺り籠にあるダンジョンともなれば尚更だ。
ユーマ君ならそういう準備はいらなそうだが、ユーマ君の場合は勇者に相応しくない勇者の排除、という別の任務があるからな。
いやむしろ、高いステータスにあかせた力押しがメインっぽいユーマ君なら、尚更事前準備が必要になるんじゃないだろうか。
「『ライトボール』」
俺は魔力でできた光の球を、穴の中に放り込む。
角度がある程度ついているとは言え、日の光が当たっているはずの入口付近まで深い闇が広がっているのはおかしい。
これがこのダンジョンの特徴だとするなら、ビクティオンの祝福『ダークサイト』も効果を発揮しない可能性があるからな。
「んん?」
光の球が穴へと入ると、その光から逃れるように、闇が穴の奥へと引いていく。
光に照らされて闇が晴れたような動きじゃなかった。
闇が生きている? 魔法生物か何かか?
闇の精霊も確かいるはずだから、その類だろうか。
「まぁ、行ってみればわかるか」
言いながら、俺はダンジョンに足を踏み入れる。
ゆっくりと落ちていく光の球を追いかけるように歩を進める。
うぅむ、結構角度が急だな。
足を滑らせないように気を付けないと。
「うーん?」
何か音が聞こえる。
壁や床を何かが這いまわっている……いや、走り回っている音?
ダンジョンのモンスターか?
「うわお」
『サーチ』すると、俺の周囲には敵性反応を示す赤い輝点が大量に存在していた。
やっぱりこの闇、これが敵か? けれどそれだと、敵性反応で埋め尽くされてないとおかしいよな。
あくまで赤い輝点は俺の周囲に点在しているだけだ。
という事は闇に擬態している?
種族:ブラックフィアー
黒い……恐怖? なんだ? アンデッド系の敵か?
『アナライズ』で闇を調べてみるとそんな結果が出た。
ブラックフィアーから更にツリーで辿る。
強靭な顎を持つ巨大な火間虫。その姿を見た者は、生理的嫌悪を喚起される。
え? なにこの説明。
……火間虫ってなんだ? 虫? 昆虫系?
けど、見た者は生理的嫌悪を喚起されるって……。
害虫系か? グロ注意?
あー、俺あんまそういうの得意じゃないんだよなぁ……。
「『アイシクルランス』!」
とりあえず、『サーチ』の輝点へ向けて魔法を放つ。
「GAGA!」
闇の中でそんな鳴き声がした。そして赤い点が一つ消える。
「あ……」
そしてその消えた辺りに近付くと、魔石が一つ落ちていた。
そりゃそうだ。モンスターなんだから、倒したら魔石になるよ。
死骸を確認するために氷の魔法を使ったんだが、意味が無かったな。
となると、弱めの攻撃を当てて、こちらに攻撃させるのが手か?
ダンジョンのモンスターって無条件に侵入者を襲うもんだと思ってたが、こいつら闇の中から出て来ないんだよな。
光の球と一緒に移動しているから、こちらが近付くと逃げるような感覚があるけど、多分こいつら、『ライトボール』消えたら一斉に襲って来るんじゃないだろうか。
ロックゴーレムがある程度吸い込んでいたとは言え、魔力が充満していたダンジョンだからな、数が異常に多い。
『アイシクルランス』で一撃できる程度にしか強くないんだが、それでもこの数に襲われるのは勘弁願いたい。
「『ライトボール』!」
念のために、俺は背後に二つの『ライトボール』を出現させ、エルフの小弓を取り出す。
矢を番えて、赤い点目がけて放つ。
「GAGA!」
響く鳴き声。今度は、赤い点は消えない。
だが、その赤い点はこちらへ向かって来ることはなく、むしろ俺から離れていく。
え? 逃げた……?
そういうモンスターもいるのか!?
うぅむ、気になる。気になるぞ!
一体どんな姿をしているんだ。火間虫、火間虫……。くそう、『アナライズ』で調べても、ツリーを辿っても出て来ない!
「ひまむし」
謎翻訳に期待して口に出してみるが、やはり火間虫としか聞こえない。
いっそ知っている虫の英語名を列挙してみるか?
謎翻訳が働けば、そのうちのどれかが火間虫と訳されるだろう。
俺が知っている単語の中にあれば、だけどさ。
そもそも謎翻訳って英語に対して効くのか?
こっちの世界の言葉で『イーティングイーター』って言ったら、『食べられる野菜』に訳されたが、日本語で『イーティングイーター』って言ったらそのままだったよな。
日本語っぽく言ったからか? 発音ちゃんとしないと駄目か?
「……ん、んん! アッポー」
…………駄目だ。
そもそも俺の発音が合っているのかどうかわからんから、効いているのかいないのかがわからん。
「センチビート」
ものは試し、と俺は歩きながら、覚えている限りの虫の名前を口にしてみる。
「フライ、モスキート、ビー、ビートル、バタフライ……」
バッタ、バッタ、バッタ……。
「アント、くわがた……スタグビートル、だっけ?」
疑問形にしても回答が得られる筈がない。
「…………」
意外に知ってる虫の英語名って少ないな。早い段階で害虫縛りどっか行ったし。
「ゴキブリ……あれ? ゴキブリって英語か?」
確かに音の響きは日本語っぽくないけど、なんかあった気がするんだが……。
テラフォー……は違うよなぁ。
「ベスパ、はなんか違うな。あ、ドラゴンフライ」
無駄にかっこいいよな、トンボって。
「芋虫、はキャタピラーでいいのか? あ、蛾、モス? ウォームはなんだっけ?」
漫画やゲームの知識で虫の英語名には触れている筈なんだが、実際にそれが合っているかどうか、何を指すのか知らなかったりするなぁ。
「カマキリはスティンガーでいいのか? なんか違う気がするなぁ。セミってなんて言うんだ? あ、ノミ、フリー!」
蚤の市って誤訳なんだっけ?
帝王切開といい、日本人は昔から横文字に弱いんだな。
「おや?」
そのまま虫の名前を思い出しながら歩いていると、下り坂が終わり、開けた平たい場所に出た。
相変わらず周囲の暗闇には赤い点が点在している。
『ライトボール』を幾つか打ち上げ、周囲を確認する。
直径で二十メートルくらいの、円形の空間だ。
天井は闇に飲み込まれて見えないくらい高い。
「……え? これはどういう事?」
その空間の真ん中に、一匹の虫の死骸が転がっていた。
それは三メートルはある巨大なゴキブリだった。
ブラックフィアーの死骸
『アナライズ』で確認するとそんな表示が出た。
成る程、黒い恐怖ってそういう事か。
うん、見なかった方が良かったぜ。
この世界の人間も、普通にゴキブリ気持ち悪がるんだよな。
ただ、エレンは森で慣れているのか、害虫だから退治するだけで怖がったりしないし、サラも俺の下へ来る前に生活していた環境が環境だけに、やはり慣れているらしく、こちらも淡々と処分する。
モニカとミカエルは大きな声を上げて逃げ回るレベルだ。
カタリナも昔は苦手だったそうだが、冒険者生活の中で慣れたそうだ。
ちなみに、見る者に生理的嫌悪を与えるそうだが、地球でも、ゴキブリを知らない人間は、ゴキブリを見ても怖がらないそうだ。
TVでやっていたから信憑性には疑問があるが、北海道出身の、ゴキブリを見た事が無い人間が、虫かごにはいっているゴキブリを、むしろ興味深そうに眺めていた。
まぁ、奴の話はこのくらいにしておこう。
今重要なのは、モンスターであるブラックフィアーの死骸が残っている事だ。
『マジックボックス』から先程手に入れた魔石を取り出す。
うん、ブラックフィアーの魔石だ。
『アナライズ』で見ると、『人食い火間虫の羽』に還元されるようだ。
うん、いらん。レアドロップは『人食い火間虫の卵鞘』。いらん。『マジックボックス』内だと時間が止まるが、こいつらだと孵化しかねん。
卵そのものではないから大丈夫か?
しかしモンスターの死骸が何故残る?
いや、ある。モンスターの死骸が残ることはある。
『常識』には存在しない。それは職業をツリーで辿っていって知ることのできた情報だ。
モンスターを殺しても魔石にしない方法は一つ、スキル『捕食』を使う事だ。
『捕食』のスキルはその名前からわかる通り、捕食者の持つスキルだ。
捕食者は大陸東部ではどこの『常識』にも存在しないレアな職業。
獲得条件が特殊過ぎて、獲得できた者が極端に少ないせいだろう。
その獲得条件は三つ。猛毒である『コカの葉』を食べる事。同族の心臓か脳みそを食べる事。
そして、職業『捕食者』を持つ者の脳みそと心臓を食べる事だ。
捕食者を得るために、捕食者を持つ相手を探さなければならない。
ある意味納得できる条件だが、それなら最初の捕食者はどうやって獲得すれば良いのか。
実は、モンスターにその名もずばり、プレデターというモンスターが存在し、こいつが職業『捕食者』を所有している。
だが、プレデターは『常識』にも存在しないレアモンスターだ。
居るなら神の揺り籠だろうな、とは思っていたが、こんな所で出会えるとはな。
まだ出会ってないけど。
そんな事を考えていると、カサカサと、足音が近付いて来るのが聞こえた。
弓を構える。何となく、槍で戦いたくはなかった。
光の届かない闇の向こうから、ゆっくりと、巨大なブラックフィアーが姿を現す。
俺を警戒するように、ジリジリと死骸に近付き、そして齧りついた。
ゴキって共喰いするんだっけ? いや、せめて死骸は食べないと、巣ごと殲滅系の殺虫剤が意味を成さないか。
種族:ブラックフィアー
職業LV:捕食者LV3
おお、プレデター食われてる。
モンスターが職業を得るには、敵を倒して種族LVを上げる以外に、職業を所有しているモンスターを殺す、という方法がある。
これは死ぬと魔石になるモンスターの特徴によるもので、魔石になった際に周囲に散った、そのモンスターの魔力を、殺したモンスターが吸収し、職業やスキルを獲得する、『奪う』ことがあるのだ。
ダンジョン内ではモンスター同士で争わないため、ダンジョンで別のモンスターから奪った職業を有しているモンスターを見る事は極めて稀だ。
これもプレデターがこのダンジョンに存在しているせいだろうな。
捕食者の『捕食』は、モンスターを魔石にせずに死骸として残す効果の他に、多くの毒物や、無機物を食する事が可能になる。
そしてその効果は精神面にも影響を及ぼす。簡単に言うと、この世のあらゆる存在が食べ物に見える。
人が林檎や人参に見えるという事じゃなくて、人やテーブルを見ても、食べる事ができる、と感じるようになるんだ。
勿論、食べる事ができるだけで味はそのままだから、食べたいと思うかどうかは別だ。
けれど、知能が低く、知性的でなく、本能によって動く多くのモンスターは、果たして食べる事を我慢できるだろうか。
特に、プレデターは『捕食者』の職業を持つだけあって旺盛な食欲を発揮する。
そのため、同じダンジョンで生み出されたモンスターであっても、捕食の対象になるんだ。
恐らく、このブラックフィアーは、プレデターに襲われた際に返り討ちにし、『捕食者』の職業を手に入れたんだろう。
そして雑食であり、プレデター同様食欲旺盛なブラックフィアーは、普通に共喰いを始めてしまったという訳だ。
ちなみに、職業『捕食者』持ちを食えばいいので、プレデターそのものの心臓と脳みそを食う必要は無い。
必要は無いけど、こいつのは食いたくないよな。
地球の各地域、特に東南アジアや南米では普通に食用になっているけれど、それは食用に飼育されたものだ。
まぁ、基本魔力で構成されたモンスターなら、体内に有害物質を溜め込んでいたり、寄生虫がいたりする事は無いと思うから、そういう意味では食べられない事はないと思うが。
うーん、でも無理。
このダンジョンのプレデターが、ブラックフィアーによって食い尽くされていたとしても、無理。
それなら俺は『捕食者』を諦める道を選ぶぜ。
「『アイシクルランス』!」
という訳で、絶賛捕食中のブラックフィアーに魔法を撃ち込み、倒す。
LVアップでの成長とは別に、『捕食』の効果でどんどん強くなっちゃうからな。さっさと殺すに限る。
そして残される魔石。
しかしブラックフィアーも『常識』に無いようなモンスターだし、この魔石って買い取って貰えるのか?
買い取って貰えたとしても、どう考えても目立つしなぁ。あとでユーマ君に相談するか。
家を持つとか、高価な素材やレアなアイテムを持っているのは、一応王国内の冒険者が可能だからまだいい。
けれど、今まで誰も知らなかったモンスターの魔石を持ち込むのはマズイだろう。
考えている間に、捕食されていたブラックフィアーの死骸も、魔石にへと変わる。
『捕食』は時間制限があるからな。
ともかく、碌な目的も無く、ただ逃げ出して、もとい、一人になる時間が欲しくてやって来た神の揺り籠のダンジョンだけど、プレデターを探す、という目的ができた事は良い。
一応ブラックフィアーの魔石を回収し、俺はダンジョンの探索を続けるのだった。
という訳で、多くの方が気にしていらっしゃった『捕食者』の伏線回収回でした。
次回はプレデターを探してダンジョン探索。
Gを撃破するには物理攻撃か台所洗剤がお薦め(中蓋を外してぶっかけましょう)。殺虫剤も長年使われているだけあって効果は抜群です。
ただし氷結、オメーは駄目だ。吹き飛ぶだけで凍りゃしねぇ。期待外れってのはああいうのを言うんでしょうね。十cmを超えるムカデとかなら効果を実感できるんでしょうかね?