一悶着
飽和する弓士、落ちる業界の質、求められているのは技量か、はたまた見栄えか。
「ごめんねー、アタシまだ新米で」
狩りの最中、思いっきりターゲットから外れた位置へ弓を向けた彼女は、豊満な胸の前で指先を組ませてそう弁解していた。青い瞳を潤ませて上目づかいにパーティのリーダーを見る彼女に、相手は頬を赤く染めている。彼はとにかく小動物とか小さいものに弱い男なのだが、よく見ろ、それは小動物というか雌豹だ。
「まぁ、しかたねぇよな」
「ごめんねぇ? 次はがんばって当てるからぁ」
「そうそう、気にすんなよ。クーちゃんは超絶かわいい弓士なんだから、な!」
「なんでオレを見る」
こちらも別の意味で女の子に弱い調子のいい剣士は、こちらを見て同意を求めた。けれど、彼女がパーティにやってきて半年、はたして新米といっていいのだろうか。しかもお前、かわいいしか求めてないだろうが。睨みつけてやったら、やつは目を逸らしてとんでもないことを言い出した。
「てかさ、クーちゃん弓士だし、守るための盾役欲しくない?」
「は?」
思わずアホ面さらしたオレをニヤニヤと眺めて、やつは調子にのって続ける。曰く、かよわい弓士を守る盾役に、オレが転職すればいい、とのこと。弓士って、一人でも足りるじゃん。そうのたまう剣士の態度に、つい頭に血が上った。
「ふっざけんな! なんでこんな使えない女なんかのために、オレが転職しなきゃなんねーんだよ!」
「は、お前クーちゃんに何言ってんだよ!」
「トーマ」
リーダーに名を呼ばれ、ハッと我に帰るも時すでに遅し。口をついて出てしまった言葉は戻らない。件の彼女に目を向ければ、今にも泣きそうな顔をして口元を押さえていた。血の気が引いていく。まずいまずいまずい、女を泣かせた。
「ご、ごめんね……つかえなくって」
「あ、えっと……」
引きつった声に、ボロボロとこぼれおちていく涙に、オレは意味もなく胸の前に開いた手をさまよわせるだけだ。どうしよう、女を泣かせるなんて……オレが完全に悪役だ。泣いている彼女とカタキでも見るような剣士に困り果てたオレは、リーダーの顔を見る。
その顔からは、なんの感情も読み取れなかった。
「り、リーダー、オレ」
「トーマ、落ち着け」
「あ、うん」
ため息混じりに言われた言葉に、オレは深呼吸する。そうだ、落ち着けオレ、なにも転職が決まったわけじゃないんだから。そう思うも、これだけ彼女を傷つけてしまって、パーティに居られるのだろうか、と不安が首をもたげてくる。
このパーティに入ってもう二年だが、オレは態度は悪いし、狩りの腕前だってそんなにすごいわけじゃない。オレよりすごい弓士なんてわんさかいるし、現状飽和状態の弓士という職業だ。もっと才能のある若いやつらだっていくらでもいる。
それに、なにより今のパーティには新米の彼女がいるのだ。泣きっ面を小さな手で隠す彼女を見てしまい、胸が痛んだ。いつのまにか下ろしていた手で胸を押さえつけ、唇をかみしめる。もうこんなオレなんて、リーダーは追い出してしまうかもしれない。運よく残れても、剣士の言うように転職したほうがパーティのためになるんじゃないか。
マイナス思考の沼に沈んでいくオレを引きとめたのは、リーダーの手だった。つねられた右の頬の痛みはわりとシャレにならないもので、オレは冗談でなく本気で痛みを訴えた。
「い、いだだだだ! りーだ、いだいからっ!」
「あぁ、わるい。全然マイナス迷宮から帰ってこないもんだから」
「マイナス迷宮ってなんすかぁ!」
じんじんと痛む右頬を手のひらでおさえながら叫ぶ。そんなオレの前でリーダーは誇らしげに胸を張り、マイナス迷宮なるものの説明をはじめる。マイナス迷宮とはな、落ち込むとうじうじマイナス思考に突き進むお前の心の迷宮、ラビリンスのことを指しているのであってな。いや、もういいっす。まだまだ続きそうな恥ずかしい説明を遮り、オレは赤くなった顔をうつむけた。
なにしろ恥ずかしい、欠点はバレバレだし、しかもそんな名称をつけられていたなんて知らなかった。名付けた本人がその名前を誇っているところが余計に恥ずかしい。気にいってるんですね、それいつから使ってるんですかリーダー。聞きたかったが、追求するとまた自信ありげな説明がついてきそうなのでやめた。
まだ痛みの引かない頬をおさえながら、オレはようやく羞恥からくる熱の引いてきた顔を上向けた。そうしたことで、ようやくおだやかな表情をした男と視線がかち合う。
「というかだな、今更転職させる気も無いし、パーティから追い出す気もないから心配すんな。お前の口が悪いのはいまさらだろ?」
ストン、と言葉が胸に落ちた。態度の悪さとか、パーティにいられなくなるとか、さっきまでぐだぐだ考えていたことが馬鹿らしくなってくる。だいたい、パーティに入っては追い出されて、入っては追い出されて、を繰り返していたオレが二年も残れるのは、この魔法使いがリーダーだからじゃないか。
「……クミ、さっきは悪かった。許してくれるか?」
「別にいいよ。クーちゃん、もうこのパーティ抜けるし」
リーダーから離れて謝罪すれば、そっけない答えが返ってくる。さっきまでの涙はどこへやら、彼女から傷ついた様子は見られない。だってリーダーもトーマも全然なびいてくれないしー、なんてふくれっ面で言う彼女は、したたかだった。
「えっ、クーちゃん抜けるのっ?」
「うん。それじゃねー」
焦る剣士を軽くあしらい、彼女は足早に去っていった。唖然として見送るオレの隣で、リーダーは感心した様子でつぶやいた。
「女の子ってすごいなー」
「そりゃ、雌豹ですから」
雌豹か、かっこいいな。リーダーの言葉に、オレたちは顔を見合わせて笑った。