表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートストーリー 闇の世界へようこそ

おまじない

作者: 梅桃さくら

梅桃さくらの闇の世界に、ようこそ。


ショートホラーの連作、第8回となります。


「クリームチーズ 200g、小麦粉 大さじ3。」


キッチンにユリの声が響く。


「砂糖を100g、卵3個、塩一つまみ。」


慣れた手つきでボウルに材料が入っていく。


「そして、お兄ちゃんの血、200ml。」


真っ赤な液体がボウルに注がれる。


ユリの傍らには、古びた本が一冊。



ユリがその本を手にしたのは、高2の夏だった。



「おまじない百科」



かすれたタイトルが、そう読めた。



ユリは生まれてからずっと兄が好きだった。


将来はお兄ちゃんと結婚する!とよく言っていた。


今もその気持ちは変わらない。


兄もユリをとてもかわいがった。



でもユリが高2の夏、兄は彼女を連れてきた・・・



なんで?


私と結婚するんじゃなかったの?




ユリは混乱し悲しんだ。


兄妹に生まれた事を呪った。


そんな時、古本屋の片隅でこの本を見つけたのだ。




好きな人を自分のものにするおまじない




ユリはそれを実行することにした。


用意するのは、チーズケーキの材料と、好きにさせたい人の血液。


それで誰にも見られずにチーズケーキを作り、好きな人に食べさせることが出来れば、願いは叶い、想い人は自分に夢中になる。



兄の血さえ手に入れば、料理の得意なユリには簡単なことだった。


血さえ手に入れば。



ユリは志望大学を看護学校に変えた。


看護婦になって、採血の方法を勉強する。


ユリの計画ははじまった。



「あとは型に入れて、焼くだけ、と。」


オーブンに真っ赤な生地が入ったタルト型が入れられる。



「さてと。」


ユリはベッドの上に横たわる、兄を見つめた。


兄が目を覚ます頃には、チーズケーキが焼きあがっているだろう。


いよいよお兄ちゃんが私のものになる。


そう思うだけでユリの心は震えた。


このケーキを作るのは3回目。


1回目は作っている最中に兄がキッチンに入ってきてしまい、失敗。


2回目はオーブンの調子が悪くて真っ黒焦げになってしまい、失敗。


そしてこれが3回目。


絶対失敗するわけにいかない。


だって、これ以上お兄ちゃんの血を無駄にできないから。



ユリはうっとりと兄の顔を見つめる。


ベットに横たわる兄の、青白い横顔。


何故か目を見開き、天井を見つめ続けている兄の横顔を。



ユリの採血は完ぺきだった。


最初に微量の睡眠薬を混ぜたコーヒーでぐっすり眠った兄から200mlの血を取った時は、兄も気が付かなかった。


でも睡眠薬が少なすぎて、作っている最中に起きてしまったのだ。


2回目、黒焦げケーキを作ってしまった時も、兄は優しく慰めてくれた。


しかし、3回目。


ユリが採血をしていたあの時。


何故か兄が目を覚ましたのだ。


「やっぱり・・・」


兄はそういうと、採血しているユリの腕をつかんでこう言った。


「最初に見た時から、あの赤い液体が血だと分かった。


 誰の血か突き止めようとしていた時に、あの黒焦げのケーキが作られた。


 それでわかったよ。


 2回とも、俺はお前のコーヒーで眠らされていたからな。


 俺の血で作ってたんだな。


 でもなんのために!」




兄の眼は怒りと恐怖と悲しみが入り混じっていた。



違う、違う違う!



こんな顔を私は見たいんじゃない!



後ずさる私にお兄ちゃんはつかみかかりながら叫んでいる。


何を言っているのか、全然耳に入らない。


分かっているのは、私は失敗したということ。


もうお兄ちゃんはチーズケーキを食べないということ。


もう、絶対食べないということ。



ユリの手が、後ずさった拍子にキッチンにおかれたナイフに触れた。


クリームチーズを切るために用意した、ナイフ。


それをユリは兄の胸につきだした。


血に染まる兄のシャツ。


思わず


「きれい」


とユリはつぶやく。


綺麗な綺麗なお兄ちゃんの血液。


大好きよ、お兄ちゃん。


ユリはさらにナイフを押し込んだ。




チン。


オーブンのタイマーが音を奏でる。


ユリはオーブンの扉を開けた。


キッチンには甘いような、生臭いような匂いが充満する。


「お兄ちゃんの匂い。」


ユリは笑って、チーズケーキを一口カットする。


そしてそれをこと切れた兄の口に押し込む。



「食べて。お兄ちゃん。」



赤いチーズケーキの欠片が空虚に空いた兄の口の中に滑り落ちた。



キッチンに夏の風が吹きこみ、古めかしい本のページをパラパラとめくった。


折り癖が付いていたのか、風はある頁で動きを止める。



好きな人を自分のものにするおまじない



ユリの願いは叶えられた。


料理は好きですが、お菓子はめったに作りません。


甘いものが得意でないので。


採血も苦手です。抜かれる専門なので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ありえそうな話で怖かったです。 ていうか、なんでチーズケーキ? 私の得意料理なのに・・・・・・。 明日から作るのをためらいそうな、この話を思い出しそうな。 ということで、しばらくは作るのをや…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ