睡眠薬
昼休み、山岸花音ことのんがわざわざ私のクラスまでやってきた。
「スイ、ちょっと来て」
多分用件はいつものアレだろう。
「いいよー」
私はのんの後について教室から出て行く。今日はどこに行くつもりだろう? 少し前までなら屋上だったけどのんは寒がりだから、冬場の今それはないだろう。
優等生っぽいのんと、どちらかと言うとおちゃらけたキャラな私。そんな私とのんの接点。それは私はのんの幼なじみということだ。こうやって高校も同じ場所に進学したということは、かなりの縁だろう。
そんな事を考えている内にのんが立ち止まる。今日は空き教室でするらしい。
確かにここはどの教室からも遠いから人が滅多に来ない。丁度いいだろう。
のんが黙って空き教室に入っていく。私が後について空き教室に入った途端、のんは全ての窓の内鍵を施錠して、カーテンを閉める。私は扉の内鍵に錠をおろす。空き教室はいい感じに薄暗くなる。
「のん」
優しく名前を呼ぶとのんは大人しく抱きついてくる。両腕をそっと体に回す。薄い体。力を入れたら折れそうだ。
「…………」
すーすーと寝息が聞こえてくる。どうやらもう寝たようだ。起こさないように抱き抱えて壁を背に座り込む。うん、丁度良い抱き心地。少し寝苦しそうだからリボンを緩めてやる。
のんは昔から不眠症になりやすい体質だ。少しのストレスですぐに寝れなくなる。 でも何故か私が添い寝したり、抱き締めてやったり、取り敢えず触っていたらどれだけ強力な不眠症が来てもいつも秒殺で寝落ちる。つまり私はのんにとって、最強の睡眠薬ってとこだろう。
特にする事もなくて暇だからのんの顔を眺める。
良い香りのするふわふわで艶のある猫毛の黒髪。
私より長い、瞬きする度にバサバサ音がしそうな睫。
スッと通った鼻筋に白い肌。
いつ見ても綺麗な顔だ。でも今は目の下に出来た濃い隈が引き立つ要因になってしまっている。
多分今回も大分我慢してたんだろう。寝れなくなったら直ぐに言えって言い含めても、のんは人に弱みを見せるのが嫌な性格だから本当にギリギリになるまで私を頼ってこない。
私はのんを守りたい。こうやってずっと抱きかかえて、安心して眠って欲しい。でも、のんはそれを良しとしない。きっと。きっとのんは私にも弱みを見せるのが嫌なんだろう。
「ん……」
のんの唇が動く。たぶん寝言だ。
「んー、のんどったの?」
のんの寝言は凄く面白い。時々会話が成立するし、かなり意味不明な言葉が飛び出てくる。確かこの前の寝言は「ロボコップ」だった。
「……すい…」
「っ!」
のんはずるい。私が不安な時に限って、いきなり名前を呼ぶなんて。しかも寝言で。夢の中にも私はいるって事だろうか。だとしたら、私は…………。
取り敢えず、のんが起きる前にこの顔の火照りをおさめないと。