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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
99/265

4-12.

 前話あらすじ

 野盗自体は討伐し終えた彰弘たちだったが、ある意味でそれ以上の難題である討伐対象が現れた。

 しかし、その討伐対象もウェスターの確認と彰弘の行動により、無事討伐することに成功する。

 ランクE昇格試験は、ようやく折り返し地点を迎えたのであった。




「ふー、こんなところか」

 市民ホールの屋上で、死体を並び終えた彰弘は一つ息を吐き出す。

 目の前に並ぶ死体は討伐対象が討伐された結果であり、それ以上でもそれ以下でもない。酷い言い方かもしれないが、無造作に積み上げて処分をしても問題とはならない。しかし、それでも彰弘が五体が繋がった状態のものだけでなく、各部位が切り離されていたものまでも間違えることなく並べたのは、マジックバングルに収納した際に表示された名称に理由の一端がある。

 彰弘が所持しているマジックバングルは、アンヌという神の一柱からのお詫びの品である魔法の物入れだ。そのマジックバングルに収納された死体とその部位に、『誰々の頭』というような名前が表示されていたのだから、無碍にできなかったのである。

 もっとも、それがなくとも彰弘が必要以上に死体を無造作に扱うことはなかったであろう。世界融合当初に避難した先の小学校で遭遇した男三人とは違い、今回の討伐対象である者たちは、彼が守りたいと思った人たちに対しては何もしていなかった。そのため、仮にマジックバングルの件がなくても、最低限の礼儀を示したはずなのである。

 ともかく、十六の死体を屋上に運び込み並べた彰弘は、続きを行うべく『浄化の粉』が入った皮袋をマジックバングルから取り出す。

 そしていざ、彰弘が死体に粉を振りかけようとしたとき、彼の背中に声がかけられた。

「てっきり、オーリが来るかと思っていたんだが」

 彰弘が振り向いた先にいたのは、アカリとシズクのという予想外の二人である。

「オーリさんは後から来ます。でも、その前にちょっと時間をいただきました」

 首を傾げる彰弘にそう言ったのは、どこか険がとれた顔をしたアカリだ。

 シズクに心境の変化があり、それを受けたアカリは世界融合前に近い表情へと戻っていた。

「よく分からないが……何だ?」

「あの……謝ろうと思って」

 再び首を傾げる彰弘に、今度はシズクが口を開く。

 そして、その言葉の後でアカリとシズクはゆっくりと彰弘へ近付いていった。

 その様子に何か謝られなきゃいけないことがあったかと考え出した彰弘だったが、ふと全く違うことを思い浮かべ自分に歩み寄る二人へと慌てて声をかける。

「ちょっと待て! 今は来ない方が……遅かった」

 自分の近くまで来て立ち止まったアカリとシズクを見て彰弘は顔に手を当てた。

 今、彰弘の背後には十六の死体が並んでいる。しかも、半数以上が頭や腕が胴体から離れていたり、胴体自体が上下に分かれ内臓が出ていたりした。つまり、慣れてなければ、いや仮に慣れていたとしても彰弘のようでなければ見るに耐えない状態なのだ。

 案の定であった。

 彰弘に近付いたアカリとシズクは同時に硬直する。そして、次の瞬間には二人して胃から喉へせり上がる嘔吐感に両手で口を押さえ、反転して駆け出した。

 アカリとシズクが彰弘に声をかけたのは、並べられた死体が見えない四階と屋上を繋ぐ扉のところである。そのため、何の心構えもなしに彰弘へと歩み寄り、凄惨な状態の死体を目撃してしまったのであった。

 「失敗したな」、思わずそんなことを呟き、妙に冷静な思考でアカリとシズクが嘔吐する一部始終を見てしまった彰弘は、遅まきながら二人から顔を外す。そして、身体ごと向きを変え並べられている死体へと視線を移した。

 それから暫く。嘔吐に伴う音が聞こえなくなり、変わりに若干弱弱しい二つの足音が彰弘の耳に届く。

「悪かったな。言うのが遅れた」

 死体に目を向けたままの彰弘の横に、青い顔をして口と鼻を手で押さえたアカリとシズクが並んだ。

「いえ。予想して然るべきでした。うぷっ」

 胃の中のものを全て吐き出していても、嘔吐感が治まるはずもない。声を出したアカリは何度目かのそれを無理矢理押さえ込む。

 当然、シズクも似たような状態だ。

 彰弘はマジックバングルから普通の水が入った容器を取り出し、青い顔をした二人に渡す。

 なお、この容器は昆虫系の魔物から取れる羽と樹液を用いて作られており、元の地球にあったペットボトルによく似ている。一番の違いは、地中に埋めるとものの数年で完全に分解され無害となることだろうか。

 ちなみに、彰弘が持つマジックバングルには、大小様々な大きさの普通の水入り擬似ペットボトル容器が数万本単位で元々収納されていた。

「これは?」

 彰弘から渡された容器を受け取りつつ、アカリが問いを口にする。

 それに対して彰弘は手に持っていた皮袋の口を開けつつ答えを返す。

「普通の水だ。口でも濯いで待ってろ。すぐ終わらせる。ああ、水はその辺に吐いといていいぞ。後でアルケミースライムに掃除させるから」

 アカリとシズクが「ありがとうございます」と言うのを聞きながら、彰弘は死体の消却をする準備を始める。

 『浄化の粉』を順番に死体へと振りかけていき、それが終わると今度はオイルライターを模した着火の魔導具を取り出し、死体の一つに火をつけた。

 並べた死体の間隔が狭かったからだろう。彰弘がつけた火は次々と別の死体へと燃え広がり、瞬く間に全ての死体を青白い炎で包み込んだ。

「後はこのまま少し待てばいい」

 彰弘は誰に聞かせるでもなく、そう呟くと手の平を合わせて目を閉じる。

 その彰弘の様子に、アカリとシズクも渡された水入りの容器を屋上の床に置くと、死者への祈りを奉げた。

 やがて、炎の勢いが治まる。

 浄化の炎が消え去った後には、死体が身に着けていた金属の装身具だけが僅かに残るのみであった。









 死体を消却した場所から少し離れた場所に彰弘は腰を下ろす。

 当然、そこはアカリとシズクが嘔吐した場所からも離れていた。

「で、謝るとか言ってた気がするが、何だ?」

 自分の正面で正座するアカリとシズクの二人に、彰弘は話を促すための声をかける。

 一応、彰弘には彼女達が謝ろうとしている内容に思い当たるものがあったが、今それは彼から口にすべきものではない。

「え……と、その。よく考えないで勝手に疑って、いろいろすみませんでした!」

 正座の姿勢から勢いよく土下座するシズク。

 隣では、シズクほどの勢いではないが、アカリも頭を下げていた。

「そうだな、とりあえず謝罪は受け取っておく。ただ、そんなに気にする必要はない。こっちに実害があったわけじゃないからな。今後注意すればいいさ」

 土下座のまま上目遣いで自分の顔を見るアカリとシズクの二人に、彰弘は笑みを見せる。そして、頭を上げさせると言葉を続けた。

「勿論、今までと全く変わらないというのは進歩もないし駄目だが、二人はそうじゃないだろ? なら問題はないさ。間違えて、反省して、直して、また間違えて。そんなことの繰り返しかもしれないが、そうやって少しずつ成長していく。自分の悪いところを直していく。いや、受け入れていくが正しいかな。受け入れて、自分にも他人にも良い方向へと持っていく。ともかく、都度考えてみるといい。当然、考えても間違えることはあるし、考えた末に自分勝手となることもある。それでも、致命的なことにならなければ、案外どうにかなるもんだ。それにな、よく言われることだが、自分たちでどうにもならなければ誰かに頼ればいいんだ。頼った結果が自分にも他人にも良い結果となれば万々歳だろ? まあ、その頼れる誰かをつくるのは大変なんだけどな」

 彰弘は一息吐き、再度口を開く。

「長くなったし、話が下手で悪いな。とりあえず、自分たちと違う意見があったら、そのことを少しでもいいから考えてみな。そうすれば、視野は広がる。視野が広がれば、それまで見えてなかったものが見えるかもしれないしな」

 彰弘が口を閉じてから暫く、アカリとシズクの二人は無言で相手の顔を見つめていた。

「何だ?」

「……いえ、話が下手かどうかはともかく、予想外のお話だったなーと」

「うん。もっと殺伐とした反応があるのかと思ってた」

 がっくりと肩を落とした彰弘は、いつの間にか正座を崩していたアカリとシズクを半眼で見る。

 そんな彰弘に慌ててシズクが口を開く。

「いや、だって、あんな容赦ないことした人から、うぷっ、……何ていうか普通? うん、普通の話が聞けるとは思わなくて」

 途中で先ほど嘔吐した原因である死体が並ぶ光景を思い出したのだろう、シズクがえずいた。

「シズク、えずかないで。こっちまできちゃう」

「そんなこと言われても」

 えずいて酸っぱくなった口の中を水で癒す二人に彰弘が思わず笑う。

「二人の評価は甘んじて受けておこうか。客観的に見て、そう思われても仕方ない戦い方をしてるしな。さて、それよりも夜の見張りについてウェスターは何か言っていたか? 後、下はどうなっている?」

 彰弘に笑われ、若干赤面した顔を伏せるアカリとシズク。二人は少しの心理的葛藤の後で顔を上げた。

「こほん。見張りは屋上と会議室前がそれぞれ三人ずつ。会議室の中は二人でするそうです。屋上担当は彰弘さん、オーリさん、シズク。会議室前がウェスターさん、キリト、私。そして、中がタリクさんとルナルさんです。拘束した野盗たちは会議室の入り口から少し離れたところにある柱に縛り付けています。怪我人についてですが、どの人も生命に別状はないそうです。ですが、彰弘さんに飛ばされた人の骨折はルナルさんには治せないらしいです。後、ルナルさんは魔力が枯渇寸前だと言ってました。ああ、そうです。置いてきていた私たちの荷物ですが、全部回収してここに運び込んでいます」

 笑われたことの恥ずかしさを、最初の咳払いで一時的に止め、アカリが一気に答えを彰弘に返す。

 それに対して彰弘は黙考するも、すぐに口を開いた。

「分かった。下に戻ったらルナルにこれを渡しといてくれ。一晩寝ればほぼ回復するとはいえ、今の状況で魔力枯渇は不安材料でしかない。あ、できれば魔力を補給した後の石は返してくれると助かる。後は……そうだな、ウェスターに死体を運んだのは魔法の物入れだってことも伝えてくれるか?」

 卓球のボールと同程度の大きさをした魔石をアカリに手渡しながら、彰弘はそう言うと腰に下げたアルケミースライムが入った容器の蓋を開ける。

「魔石をルナルさんに渡す。ウェスターさんには魔法の物入れを伝える。って、魔法の物入れ? そんな物を持っていたんですか?」

「ああ、偶然手に入れてな。ただ、便利ではあるが初心者の内からこれに頼ると、重要な準備とかを忘れそうだから普段は使っていない。今回だって、そのために普通に荷物を持ってきたんだ」

 そう返す彰弘に、返された本人とシズクは以前総合管理庁から出された衣服などを回収する依頼のときのことを思い出す。

 あのとき彰弘たちは、五人それぞれが衣服を満載した荷車を引いて避難拠点に帰ってきていた。もしそのときに魔法の物入れを持っていたならば、もっと多くの衣服を回収できたのではないか? アカリとシズクの脳裏に過ぎったのは、そんな考えであった。

 しかし、二人は魔法の物入れにこれ以上触れない意図で、首を僅かに横に振る。何故ならば、あのとき仮に自分たちが魔法の物入れを持っていたとしても、恐らく秘密にしていただろうと考えたからだ。

 あの時期の避難拠点は表面上は大分落ち着いて見えていたとはいえ、まだまだその内面は混乱の最中であった。そんな時期に希少且つ高価な物を持っていると知られたら碌なことにはならない。そう、火を見るより明らかなことであった。

「そうでしたか。確かに初心は大事ですね」

「うん。大事だね」

 アカリとシズクの口から出た少々違和感がある言葉に、その内心を知った彰弘は努めて明るい声を出す。余計な詮索をせずにいてくれたことに感謝したのである。

「んじゃ、動こうか。ああ、その水の容器はそのままでいい。後で地中に埋めておく」

 立ち上がるアカリにそう声をかけた彰弘は、アルケミースライムに魔力を流す。

 契約主の魔力を受けたアルケミースライムは、その棲家からゆっくりと出ると、まずは一番近い掃除場所である、アカリとシズクが口の中を濯いで吐き出した水のある場所へと這いずり進んで行く。

「分かりまし……あのー、つかぬことをお聞きしますが」

 歩き出したアカリだったが、アルケミースライムの動きを見てその動きを止め、彰弘に声をかける。そこには、先ほどまでの様子は微塵もない。

 それに対して彰弘とシズクは、アルケミースライムを見つめたままのアカリに首を傾げた。

「まだ何かあるのか? それともこれか? 昼にも見せただろ」

「いえ、そうじゃなくて。もしかして、私たちのあれも掃除を?」

「あれというのが、嘔吐物ならそうだが……」

 彰弘は一瞬だけ考え、アカリが何を言いたいのかを察する。

 それと同時に、シズクもアカリが言わんとしていることが分かったのか、何とも言えない表情となった。

「……気持ちは分からんでもないがが諦めてくれ。あのままだと気になってしょうがない」

 無論、嘔吐物そのままでも見張りができないわけではないが、やはり気になるものは気になるのだ。

「とりあえず、誰にも言わない。そうだな、十分程度で終わるから、オーリが上がってくるのは、その後の方がいいかな」

「絶対に十分で終わらせてくださいね! 約束ですよ。嘘ついたら針千本ですからね!」

「お、おう」

 豹変して詰め寄るアカリに引き気味で彰弘は答える。

 彰弘は仮に自分が吐いたとして、それを別の誰かに知られてもここまでは気にしない。しかし、今回嘔吐したのは十代半ばの女二人だ。吐いているところを見られなくても、その事実を知られるだけで赤面ものなのである。

 単純に彰弘が、そういう感覚に鈍いだけかもしれないが、今のところそれを証明する手はない。

 ともかく、そんな違いがあり引き気味の彰弘を余所に、アカリとシズクの会話は続いた。

「シズク、さっさと終わらせてね」

「アカリこそ、ちゃんとオーリさんを引き止めといてよね」

「言われなくても。彰弘さんに知られたのは仕方ありませんが、これ以上は乙女の危機です。彰弘さん可及的速やかにお願いします」

 その言葉にアカリは四階へと向かう。

 彰弘も六花たちと一緒に生活をしていて大分慣れたはずだったが、そう簡単にはいかないようであった。

 もっとも、六花たちは少々普通とは言い難い部分があるので、彼女たちに慣れたとしても、それが他の同じ年代の異性に通じるかは分からないのである。

 なお、彰弘はアカリとシズクが嘔吐した最初の一部始終を全部見てしまったことは伝えていない。知られたらと考えただけで、あの反応を表す二人に『見た』などと伝えたら藪蛇もいいところであった。









 アカリが四階へ下りてから二十分ほど。疲れたような顔のオーリが屋上へ上がってきた。

 掃除のついでとばかりにアルケミースライムを使い服に付いていた血糊などの汚れを落とさせていた彰弘は、そのオーリの姿に何があったか尋ねる。

「何故かよく分からないですが、執拗に屋上に行くのを引き止められまして。今まで生きてきて一番辛かったかもしれません。ここで何かあったんですか?」

「ああ、そうか。それはお疲れさん。ちなみに、俺の口からは何もなかったとしか言えない」

「そうです。何もありませんでした」

 彰弘は労わりを込めた顔で、シズクは異様な迫力のある笑顔でオーリへと言葉を返す。

 そんな二人を見たオーリは触らぬ神に祟りなしと、話題を見張りへと移した。

「三時間交代でオーリ、俺、シズクと見張りを立てることを考えてたんだが……大丈夫か?」

「ええ。今寝ると夢に出てきそうで。最初の見張りは願ったり叶ったりです」

 そこまでか、と思いつつも彰弘は考えていた通りに見張りを立てることに決定する。

 冒険者のランクEへの昇格試験。その一日目は、こうして終わりを告げるのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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