4-10.
前話あらすじ
四階の探索を終えた彰弘とオーリは三階へと下りる階段へ向かう。
そのころ地下の搬入口から市民ホールに入ったウェスターたちも地下の探索を終え、一階へと足を踏み入れていた。
ウェスター、ルナル、キリトの三人は、アカリとシズクを見張りとして置き、一階の探索を始める。
静かに見張りを行っていたシズクとアカリであったが、少ししてシズクがその内心を語り出した。
シズクの言葉に忌憚ない言葉を返すアカリ。しかし、最後にはある程度の理解を示し、今後の行動を決めることになる。
やがて、ウェスターたちの探索も終わり、地下から建物に入った五人は二階へと進むのであった。
大ホールの中に入っていったウェスターたちを追いかけるため、階段を下りようとしたオーリは肩にかけられた手にその動きを止める。
何故止めるのか? そんな疑問を顔に思わず振り返るオーリ。そんな彼に返されたのは、難しい顔をした彰弘の「おかしい」という呟きであった。
オーリは内心で首を傾げたが、すぐに彰弘が口にした言葉の意味を悟る。
何らかの理由で二階のロビーにいた野盗をウェスターたちは倒した。理由はともかく、それについては別に疑問はない。しかし、その後でウェスターたちが大ホールの中へと入っていったことには疑問があった。
仮に大ホールの中に今回の討伐対象である野盗がいたとしても、彰弘とオーリが合流していない段階で、そこに突入する利点はない。わざわざ戦力が少ない状態で相手と対峙することは、自分たちの危険度を上げることにしかならないからだ。
彰弘とオーリが邪魔にしかならないというならば話は別ではあるが、少なくとも彼ら二人は野盗討伐を行う上では非常に有用といえる。当然、ウェスターもそのことを認識しているはずであった。
そうなると考えられることは多くない。誰かが先走り大ホールへ突入してしまったため、仕方なしに残るウェスターたちも後を続いた。仲間の誰かが人質に取られた。そのくらいしか思い付かない。
「大ホールの中に野盗がいたとしても、ウェスターならわざわざ自分たちが不利になるような行動はしないだろう」
「キリト君あたりが先走った?」
「可能性としては一番ありそうだが、いくら何でも野盗がいたからと突っ込むとは思えない。仮にそうだったら今頃戦いの音が聞こえてくるはずだ。それが今になっても聞こえてこない。野盗がいないってことはないと思うが……顔見知りでも中にいたか?」
元日本人の知り合いがいる可能性は確かに否定はできない。
世界の融合から半年以上の月日が経っているとはいえ、全ての土地を捜索できているわけではない。今彰弘たちがランクE昇格試験で来ているこの土地については、一応捜索が行われてはいたが、それは避難拠点近くの土地ほど大規模なものではなかった。捜索隊が見つけることができず、されど生き延びている人たちがいたとしても不思議ではない。
野盗となってしまっているのか、それとも捕らわれているであろう人たちの中にいるのか。
ともかく、誰かが先走ってしまうような何かが、大ホールの中にあるのだろうことは予想できた。
「ともかくだ。このままウェスターたちの後に続くのは得策とは思えない。俺らはさっきの扉から中に入ろう。希望的観測でしかないが、運がよければ相手を挟み撃ちできる。そうでなくても、相手の注意を二手に別けられるはずだ」
先ほどの扉を少しだけ開いたときに、彰弘は僅かだが中の様子を窺うことができていた。光源が何かは分からなかったが、その光は二階席部分までは届いていなかったのだ。
人が通れるだけ扉を開いた場合に、強い月明かりの影響などでどのような結果となるかは未知数の部分はあったが、今このまま無策でウェスターたちの後に続くより、彰弘の提案は余程効果があるのではないかと思われた。
「分かりました。入った後はどうするんですか?」
「状況次第としか言えないな。挟み撃ちできる状況だったら躊躇うな、それくらいか」
「了解です」
不安を感じながらもオーリは頷く。
中の様子がよく分からないのだから、彰弘も明確な指示を出せないのである。
「肝心なことを忘れていた。オーリ、怪我せずに四メートル程度の高さから飛び降りることはできるか?」
何のことか分からずオーリは首を傾げるも口を開く。
「邪魔さえなければ何とか」
「挟み撃ちするにも一階席まで降りなきゃならないからな」
大ホールの二階席部分からは一階席部分へ下りる階段が例えあったとしても、その場所が適度なところにあるかは分からないのだ。最短距離と最短の時間で適切な場所へ向かうには、二階席部分から一階席部分へと飛び降りるしかない。
そのための彰弘の確認であった。
「よし行くぞ。まだ戦っている様子はないが、いつまでもそうとは限らない」
彰弘はそう言うと、二階席部分へと繋がる大ホール左側出入り口へと移動を開始する。
オーリは若干の不安を顔に乗せ、その後に続いた。
◇
大ホールの下フロアにある緞帳の下ろされた舞台に腰掛けた男は、少し離れた先で行われるやり取りを笑みを浮かべた顔で見ていた。
男は野盗の頭領である。年は四十代後半、薄汚い格好ではあるがそこそこに鍛えられた身体を持っていた。脇には鞘に入った長剣が置かれている。
野盗の頭領の左右には似たような格好の男たちが、それぞれ左右に二人ずつ座っていた。その四人も体格の差こそあれど、ひと目で野盗と見て取れる風貌をしている。
舞台から目を一階席の方へ向けると、まず舞台と一階席の間に元日本人と見受けられる十数人の姿が見えた。男女比は一対二で、大人と子供の比率は二対一だ。女たちは自分に縋り付く泣き顔をした子供を大事そうに抱え、男たちは暴力を振るわれた上で手足を縛られ転がされていた。その集団の周りには見張りのためか、三名の野盗が抜き身の長剣を手に立っている。
そして一階席の後ろ三分の一あたり、その中央通路にウェスターたちがいた。
長剣を抜いたウェスターとキリトが全面に立ち、その後ろに弓とクロスボウを構えたアカリとシズク、最後列に杖を持ったルナルだ。
そんなウェスターたちの前に立つのは、まだ剣を持つことに慣れていないことがはっきりと分かる三人の男たちと、そしてその後ろにはニヤニヤと笑いを浮かべた四人の野盗の姿がある。
なお、舞台を含めた一階席部分はそのフロアの四隅に置かれた大型の魔導具の光で照らされていた。この魔導具は以前、この場にいる野盗が襲った商人が売り物として運んでいたもので、ゴブリンの魔石を加工したものでも一時間以上は十分な明かりをもたらす、なかなかに有用なものである。
「どうした! もう、説得は終わりか?」
野盗の頭領がウェスターたちに嘲笑混じりの声を出す。
「あんたら何で野盗の仲間なんてやってんだよ!」
先ほどから数度繰り返されるキリトの声が大ホールに響いた。
ウェスターたちの目の前にいて震える手で長剣を構えるのは元日本人の男三人だ。彼らの口から日本人であると伝えられたわけではなかったが、キリトの言葉に対する反応、そして何より顔の作りが日本人のものであった。
元サンク王国にも、日本人と同じような作りの顔をしている人はいるのだが、その比率は極少ない。大抵は顔を見れば日本人だったか、そうでなかったかは分かるのである。
「お前、オレらよりバカなんじゃねーの? それ何度目だよ。もっと違うこと言ってみろよ。ハッハッハー」
ウェスターたちと対峙する野盗たちの最後尾にいる男がキリトを挑発し、それにキリトは「黙れ!」と声を荒げた。
そのやり取りを横目に、ウェスターはどこかに隙はないかと様子を窺う。
舞台と今いる場所の距離は一呼吸以上ある。目の前にいる元日本人の横から回り攻撃を仕掛ければ近くにいる野盗を二人までなら確実に、事によったら三人目までは舞台にいる残りの野盗がこちらに着くまでに倒せる自信がウェスターにはあった。しかし、現実には近くに野盗が四人もいる。何か変化がないと、事態を好転させることはできそうになかった。
そもそも何故今のような状況になったのか? それは野盗たちが緞帳の向こう側で先ほどまで女を犯していて起きていたことと、大ホールの中に捕らわれている元日本人をキリトが見つけてしまったことにある。
前者については今回の討伐自体にはそれほど問題はない。しかし、後者については問題はないとは言えなかった。
階段に潜んでいるところを運悪くロビーにいた野盗に見つかったウェスターたちは、その野盗を倒すことで事無きを得たのだが、安堵も束の間、ちょうどそのときに大ホールの中から別の野盗が出てきた。とはいえ、それだけならば今の状況にはならない。大ホールの中の野盗に自分たちの存在が知られたとしても、彰弘やオーリと合流して改めて野盗と対峙すればいいからだ。
しかし、仲間にウェスターたちの存在を知らせた野盗が開けた扉から、大ホールの中で捕らわれている元日本人の姿をキリトが見つけ、ウェスターが静止の声を上げる暇もなく大ホールへと飛び込んでしまったのである。
それが結果として、今の状況を作っていた。
実のところ、この状況となった原因はもう一つある。それはウェスターたちの侵入を許した野盗たちの頭領の存在だ。
最初臨戦態勢を取ろうとしていた野盗の頭領だが、ウェスターたちの構成を見て取るに足らない戦力だと判断し遊ぶことを考えた。自分たちを討伐にきたであろうウェスターたちを苦しめるために、どうなっても良いほとんど抵抗することなく自分たちに従う姿勢を見せた元日本人三人を差し向けたのだ。
なお、元日本人の後ろに部下を付けたのは保険のようなものであった。年齢や雰囲気からウェスターはともかくとして、残る四人は明らかに自分の部下よりも弱い。仮に元日本人の三人が殺されたとしても痛くも痒くもないし、保険で付けた部下ならば無傷ではないかもしれないが、確実に侵入者を排除できると読んだのである。
「この卑怯者が」
「やっぱ、お前バカだろ?」
苦し紛れのキリトの言葉に、心底馬鹿にしたような呆れたような口調で野盗の一人が返す。
確かに元日本人であるキリトにしてみればそうなのかもしれない。しかし野盗側からしてみたら、失っても惜しくはない者を盾にしているようなものだ。それに舞台前にいる十数人とは違い、ウェスターたちの目の前で長剣を構えている元日本人は野盗側に付いている。彼らは既に討伐対象であるのだから、キリトの言葉よりも野盗の言葉の方が、この場合は正しい。
キリトの言葉は今の世界では根本的なところで誤っているのである。
「もういい。殺せ!」
野盗の頭領は欠伸を一つした後、そう部下に命じた。
寝る直前だったこともあり、早々に元日本人とキリトのやり取りに飽きてきたのだ。
ウェスターたちの近くにいる野盗が長剣の先で目の前にある背中を突き、それに反応するように元日本人の三人の長剣を持つ手に力が入る。
そして操られたように背中を突かれた元日本人が動き出そうとしたそのとき、大ホールにドンッ、ドンッ、ドシャという音が鳴った。
その場にいた野盗を含めた全員が何事かと当たりを見回す。そして、ある場所でその動きを止めた。
「オーリ、怪我は?」
「なんとか」
最初と次のドンッという音は、赤黒い光を放つ『血喰い』を片手に持つ彰弘と、槍を背負ったオーリが二階席部分から飛び降りた音だ。
残る最後の音は胴体から頭を切り離された野盗が倒れたときのものであった。
野盗を斬ったばかりだというのに血糊の一つも着いていない『血喰い』を手にした彰弘は改めて辺りを見回す。
目の前にいる元日本人十数人は恐怖を表した目で彰弘を見ている。
舞台の上で座る野盗の頭領は面白そうだという顔をしていた。その両脇に陣取る四人と、元日本人の側に立つ野盗の二人は敵意を顕わにしている。
ウェスターたちや彼らと対峙する野盗からは、驚きや困惑に敵意といった三者三様の様子が見て取れた。
そして最後、ウェスターたちがいる場所と舞台とのちょうど中間点で気配を消して様子を見守っていたタリクからは、感心したような気配が僅かな時間だが漏れる。
「どこから入りやがった。いや、それよりもいきなり殺しやがったな?」
厭らしい笑みを浮かべた野盗の頭領が声を出す。
彰弘はそれに対して、それがどうしたと無表情を返した。
二階席に通じる扉から入ってきただけだが、わざわざそれを相手に教える必要はなかった。
「ゲロイン、一人連れてきてこいつを攻撃させろ! 顔を見るにお前も日本人だったんだろ? どうする? お前の相手は同じ日本人だぞ?」
自分たちの頭領の怒鳴り声にウェスターたちと対峙していたゲロインと呼ばれた野盗は、四十代半ばで背の低い元日本人の一人を急き立て彰弘のいる場所へと向かう。
その様子を見ながら彰弘は僅かに眉を動かした後で口を開いた。
「一応、言っておこうか。断罪の称号を持つ俺が今ここに宣言する。俺たちは野盗の討伐で今この場所にいる。故に、今ここで俺らに剣を向けるならそいつも討伐対象と見なす。この意味は分かるか? 須藤さん」
彰弘はそれまで野盗の頭領に向けていた目を、話している間に自分の側まで須藤へと向けた。
「ほう、知り合いだったか。いやいや偶然てのは怖いねぇ。ハッハッハッ、おもしれぇ、やれるものならやってみりゃいいじゃねーか」
野盗の頭領はまだ気が付いていなかった。
須藤に向ける彰弘の目が、とても冷めたものになっていることを。
「須藤さん、同僚だったよしみでもう一度だけ言う。剣を捨てて床に伏せれば見逃す。出なければ斬る」
その言葉と雰囲気に須藤の身体が震える。
世界融合前とはまるで別人だった。話しかけようとしても口が動かない。脂汗が滲み出る。身体の震えが止まらない。野盗が避難していた場所を襲ってきたときも恐怖であったが、今はそれとは比べものにならない恐怖を須藤は感じていた。
そして、それは須藤を連れてきたゲロインも同様であった。強さは分からないが、少なくとも先ほど対峙していた冒険者たちとは違う。それだけは分かった。
だからゲロインは、そのことを伝えようと視線を彰弘から離し、自分に命令を出した頭領に顔を向ける。
その行動はこの場にいる野盗にとっての終わりを始める合図となった。
「オーリ!」
ゲロインの視線が自分から外れた瞬間、彰弘が声を上げ動く。
彰弘は『血喰い』を横から須藤に叩きつけ、そして返す刃でゲロインの胴を斬り裂いた。
須藤は成すすべなく固定されている椅子の中へと吹き飛び、ゲロインは胴体を上下に分断される。
そんな中で名前を呼ばれたオーリも動く。彰弘から言われたことを実行するためだ。
彰弘とオーリが大ホールに入ったとき、中にいた野盗を含めた全員は一階席部分に通じる扉から入ってきたウェスターたちに集中していた。月明かりが扉を空けた隙間から差し込んだりもしたのだが、それは僅かな間だったこともあり、二階席部分から大ホールに入った二人は全く気付かれることがなかったのである。
そして、そのまま二階席の暗闇で一階席部分の配置を確認した彰弘は、オーリに一つの指示を出した。それは、「自分が事を起こしたら手近な敵を倒して、捕らわれている人たちをタリクのいる場所へ誘導すること。その後はウェスターたちの援護に向かうこと」というものである。
オーリにはタリクがどこにいるのか分からなかったが、その場所も彰弘がつい先ほど教えてくれた。事前に言われていなければ分からなかったかもしれないが、幸いにも今回のランクE昇格試験の試験官であるタリクの気配に気付くことができたのである。
ともかく、オーリは彰弘の言葉に従い動き出した。
魔力が通っていない状態の『血喰い』が横に振るわれると同時にオーリは背中の槍を手に持ち、赤黒い光を出す返す刃で野盗の一人が斬り裂かれるのと同時に床を蹴る。
そんなオーリの標的は、ウェスターたちの正面にあたる位置で十数人の人質というべき人たちを見張っていた野盗だ。
距離にしたら五メートル程度の位置にいたオーリの標的は、彰弘の行動が理解できず呆けたように動きを止めていた。そんな状態だったのだから、オーリの接近に気付いても何ができるわけでもない。
オーリの槍から繰り出された躊躇いない一撃は、何の抵抗もなく野盗の腹を突き刺し、続く二撃目でその生命を終わらせた。
その様子を彰弘は横目で見ながら自身は、最後の見張り役へと襲い掛かる。
彰弘の三つ目の標的もオーリの攻撃に沈んだ野盗と同じであった。呆け、剣を構える暇もなくあの世へと旅立ったのである。
もっとも、今彰弘が持つ『血喰い』には、動きが制限されないぎりぎりのところまで魔力が注がれている。仮に野盗が剣を構えたとしても、余程の腕か余程の業物でない限りは、その剣ごと身体を断ち切られる運命が待っているだけであった。
「さて。仕上げだな」
元日本人を見張っていた野盗を倒し終えた彰弘は、舞台上に向かって不敵な笑みを向けた。
野盗に見張られていた元日本人は、既にオーリの誘導で辿り着いた先にいたタリクへと預けられている。
オーリの援護を受けたウェスターたちの前に立っている野盗も後一人だ。
つまり、残る野盗は――目に付く限りではだが――舞台の上で硬直している五人を含めて全部で六人である。
なお、ランクE昇格試験の試験官は、試験を受ける冒険者が生命を落とす可能性がある場合などの例外を除いて試験を受ける冒険者の手助けをすることはない。しかし今回は、予定外の元日本人の救出という例外的な事柄だったために、オーリが誘導してきた元日本人を匿うことにしたのである。
ちなみに、彰弘の同僚であった須藤は数箇所を骨折し気も失っていたが死んではおらず、タリクが保護していた。
ともかく、この大ホールでの野盗討伐は最終局面を向かえる。
それなのに舞台の上の野盗たちは動かなかった。正確には動けなかったのである。
何しろ長剣で普通に身体を両断するような彰弘が目の前にいるのだ。時間が経てばウェスターやオーリなども来てしまう。捕らえられたら間違いなく鉱山で働く奴隷とされることが分かっている。それでも身体が硬直してしまい、野盗たちは動けなかった。
そんな野盗たちに彰弘は非情な言葉を投げつける。
「いつまでもこうしてはいられないんでな。いくぞ!」
言葉とともに彰弘は行動を開始した。
僅か二メートル程度の距離しか離れていなかったのだ。ただの一歩で舞台の直前まで迫り、まずは『血喰い』を一閃。一番右端の野盗を屠ると、流れを切らさずに左手の長剣を斜め上に突き刺す。そしてその長剣を抜かぬまま無理矢理に横へとなぎ払い、野盗の頭領を攻撃した。
しかし、流石にその攻撃は躱された。『血喰い』ならいざ知らず、普通の長剣だったために魔力が流されて強化されていたとしても、彰弘の技量では剣筋が鈍っていたのである。
硬直の解けた野盗の頭領が雄叫びを上げて、彰弘目掛けて抜き放った長剣を振り下ろす。
だが、そのときには既に彰弘の姿は野盗の頭領の左側にいた二人の野盗の前にあった。右側と同じような動きで彰弘は二人の野盗をほぼ同時に殺す。
それから改めて舞台の下へと降りてきた野盗の頭領に向き直った。
「くそったれが!」
野盗の頭領が長剣を彰弘に向け突き出す。
しかし、それを当然のように彰弘は回避し、その躱し際に赤黒い光を一閃させた。
野盗の頭領の左肩から入った『血喰い』は、そのまま相手の身体を斜めに走り抜ける。
一瞬の静寂。直後、野盗の頭領は一言も声を上げることなく大ホールの床に広がった自分の血の中に沈んだ。
周囲を見回した彰弘は最低限の被害で済んだことを見て取り、長い息を吐き出した。
こちらに走りよるウェスターとオーリに傷は見当たらない。
その二人の後方では、キリトが床に膝を着いているが、大きな傷を負ったようには見えなかった。
ルナル、そしてアカリやシズクも大丈夫そうである。彼女らが床に膝を着いているのは、まだ生きている野盗を取り押さえているからだろう。
彰弘の口から再び長い息が漏れた。
とりあえずは一段落。
この後、他に野盗が潜んでいないか調べる必要はあるだろうが、一段落ついたことには間違いはない。
使いすぎた魔力と精神的な疲れから思わず座り込みそうになる自分の身体を彰弘は叱咤し、近付いてくるウェスターたちに向けたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。