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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-08.

 前話あらすじ

 彰弘が行った偵察の内容を含めて、ウェスターは野盗討伐の流れをメンバーに説明する。

 そして、深夜。ランクE昇格試験である野盗討伐が開始された。

 屋上へ上がった彰弘とオーリは、上々の結果を残して野盗の棲家となった市民ホールへと入るのであった。





 我谷市市民ホールの地下搬入口の正面には、大通りを挟んでコンビニエンスストアがある。そしてその建物の脇には、一時的にゴミを保管したり掃除用具などを入れておくための物置があるのだが、その陰に成人年齢に達して間もない三人の姿があった。

 その三人とは、離れたところからの攻撃手段を持つ、ルナル、アカリ、シズクである。

「ここなら確かに合図も見えるし、身体を出さなければ見張りに見つかることもありませんね」

 見張りに見つからずに指定された位置へと辿り着けたことに、ルナルは軽く安堵の息を吐き出した。

 一息で攻撃できる距離まで近付かなければならないウェスターやキリト、非常階段から屋上へと行かなければならない彰弘やオーリに比べて見張りに見つかる確率は低いとはいえ、それなりの緊張感があったのだから当然の反応である。

「あとはアキヒロさんからの合図を待つだけですね。でも、本当に見えるんですか?」

 ルナルと同じような安堵の表情を浮かべたアカリは、聞いただけでは信じることができなかった内容の確認をする言葉を出す。

 アカリの確認の内容は、彰弘が出す合図についてだ。

 今回の野盗討伐の第一段階は、地下搬入口と屋上にいる野盗の見張りを同時に倒すことである。しかし、そのためには地上にいるアカリたちと屋上に向かった彰弘たちが連動する必要があった。

 そのため、指定の場所へと一番遅く着くであろう彰弘たちが襲撃開始の合図を出すことになったのである。

 襲撃開始については、時間の経過をおおまかに知ることできるストップウォッチ型の魔導具を使うという手もあるのだが、屋上の見張りは地下搬入口の見張りと違い、その見張り位置を定期的に巡回していた。襲撃開始を何分後と決めたとしても、それが適切な襲撃タイミングとはならない可能性がある。

 それに、そもそもの問題として、ランクE昇格試験を受ける段階の冒険者が、そのような魔導具を持っているはずがない。ストップウォッチ型の魔導具は、この段階の冒険者では買うことができるような値段ではないのである。

 少々話はずれたが、彰弘が出す合図に戻す。

 アカリが疑問として口にした彰弘が出す合図は何なのかだが、それは魔力を通した武器を見せることであった。

 通常魔力というものは、極一部の人しか視ることはできない。それは、仮に魔力が活性状態にあったとしても同じだ。ただし、大抵の物質はある一定以上の魔力を通されると、魔力に反応して僅かながら誰の目でも見ることができる発光をするようになる。

 なお、この合図だが、明かりの魔導具や松明を使うという案もあったが、屋上の彰弘たちの攻撃が多少でも遅れるのを回避するために採用されなかった。

「大丈夫ですよ。気が付いていなかったかもしれませんが、昼のフォレストウルフと戦ったときにも、アキヒロさんの剣は少し光っていましたから」

「え? 全然気が付きませんでした」

「普通は、わたしたちのランクで使える人はいませんから。使えると思っていないと先入観で見逃すかもしれません。それに陽の光の下だと、やっぱり見えづらいですしね」

 アカリに向けて、ルナルは笑みを返す。しかし、その直後に彼女は表情を引き締めた。

 視界の端に捉えていた、非常階段を移動する二つの人影が屋上付近で動きを止めたからである。

「どうやら、辿り着いたようです」

 一変したルナルの表情と声色に、先ほどまで多少の余裕を見せていたアカリの顔が緊張で引き攣る。

「そう緊張せずに。合図があったら、わたしが指示を出します。それと同時に二人は行動を開始してください。仕留めることができれば最良ですが、当てるだけで構いません。そのために、ウェスターさんとキリトさんが待機しているのです」

「は、はい」

「……」

「シズクさん?」

 ルナルの言葉に緊張を乗せた返事をアカリが返す。

 一方、その場にいるもう一人であるシズクは無言で震え、矢を番えたクロスボウを見つめていた。

「シズク……何をしてるの? まさか『人は撃てない』とか言わないよね」

 自分と話していたときと同じ人物とは思えない雰囲気となったアカリに、ルナルは目を見開く。

「冒険者になるときにギルドの人からも説明されたよね。この試験の説明のときにも言われたよね。いまさら何を考えてるの?」

「何って……、だって人を殺して……しまうしれない……」

 蚊の鳴くような声を出すシズク。

 普段は強気なシズクであったが、この土壇場で覚悟の無さが表れた。

 家族は無事。

 周囲の親しくしていた人たちも無事。

 冒険者になったのは、キリトがなると言ったからだ。自主的になったわけではない。

 そんなシズクが、世界の融合の際に何も失わなかったに等しい彼女が、一年を待たずに野盗という討伐対象相手とはいえ、人種(ひとしゅ)である対象を相手に攻撃を仕掛けることは無理があったのかもしれない。

 とはいえ、実のところアカリの状況も対してシズクと変わらなかった。唯一の違いは心の強さであった。

 シズクという少女はアカリと違い、普段の強気な態度とは裏腹に、その心には強さがなかったのである。

「他人を批判するだけしといて、自分は最低限の役割すらできないとかっ」

 小声でアカリは吐き捨てる。そして、力を失った縋るような目をするシズクから、ルナルへと顔を向け変えた。

「ルナルさん。予定を変更しましょう。今のシズクは使い物になりません。ルナルさんがキリト側の野盗に仕掛けでください」

 ルナルは黙考する。

 ルナルたちの目的は、見張り以外の野盗に自分たちの襲撃を知られないようにすることであった。最終的には誰でもいいので野盗の見張りを、他の野盗に襲撃が知らされない内に始末できればよいのだ。

 人は大抵、自分の身体に攻撃を受けた場合、余程の気構えをしており訓練もしていない限りは、まず自分の身体の状態を確認する。もしくは、何が起こったかを確認するものだ。攻撃を受けた瞬間に仲間を呼ぶような行為は普通できない。

 また、大声を出す可能性もほとんどないと言える。攻撃を受け、そのことを認識して初めて人は痛みを感じ声を出すという行為をとるからだ。

 ルナルの役割は、アカリとシズクのどちらかが矢を外した場合に、それを補填する保険だったのである。

 黙考から少し、ルナルが口を開いた。

「……分かりました。ですが、そうなると考えていたより威力を強める必要があります。わたしはまだ未熟なので、必要な威力のある魔法を使うためには時間がかかります。ですので、合図の確認をお願いします」

 魔法を発動直前の状態で待機させておくには、その間中魔力を消費し続ける必要があった。このような襲撃最初期の段階で予定になかった魔力の消費を行うのは得策ではないが、シズクが使えないとなると、そうも言っていられない。

 少しだけ悩みはしたが、ルナルはアカリの意見を取り入れることにした。

「了解です。合図が見えたら声をかけます。攻撃のタイミングはルナルさんに合わせます」

 口を閉じ、すぐに魔法を放つための準備に入ったルナルへと、アカリは市民ホールの屋上を見上げて声を返す。

 シズクは呆然と力のない目で、会話をする二人の姿を見ていた。

 今のアカリは一緒に学校へ通ってたころとは別人に見える。

 世界が融合する前のアカリは、どこか気弱そうな感じを持っていた。それが今はどうだろう。はっきりと意見を口にしていて、以前のような気弱さは感じない。

 でも、よくよく思い出してみれば、節目節目でのアカリは今のようだった記憶がシズクにはある。高校進学のときも、いろいろ話したが自分たちの中で真っ先に進学先を決めたのはアカリだった。

 そういえば、世界が融合した際にどうしようかと迷う私たちに、即避難所へ向かうという道を示したのもアカリだった気がする。

 唐突にシズクは理解した。いや、閉じ込めていたそれを思い出す。自分は強気に見えるように振舞っていただけだということを。

 理由は分からないが、シズクは少しだけ心が軽くなった気がした。それと同時に、身体の震えが小さくなったことに気付く。

「ごめん。もう大丈夫……とは言えないけど、やる」

 少しだけ目に力が戻ったシズクは、屋上に目を向けるアカリと精神を集中させているルナルの背中に声をかける。

「そう。なら、シズクはルナルさんがやる予定だった役目を」

 ほんの僅かだけ柔らかくなったように思えるアカリの声に、「分かった」とだけシズクは返し、未だ震える手でクロスボウを持ち直した。

 この数十秒後、アカリが見据える市民ホールの屋上に僅かに光を放つ彰弘の剣が姿を現した。









「『ウインドスピア』!」

 物置の陰から飛び出したルナルが、発動直前の状態で維持させていた魔法を放つ。

 それに合わせて同じく飛び出したアカリが素早く狙いを定め、矢を放った。

 二人の攻撃は一直線に野盗の見張りへと向かう。そして、それぞれの相手に傷を負わせることに成功する。

 しかしその攻撃は、どちらも致命傷とはならなかった。

 ルナルの方は相手の胸部に命中させることができたが、革鎧の上であったために威力が減衰し貫くことができずに、相手を強打するに止まる。

 一方のアカリの方は、ランク相当の腕前でしかなかったために狙いが甘かった。彼女の矢は見張りの左肩に突き刺さっていた。

「そこっ!」

 ルナルとアカリが放った攻撃の結果を確認したシズクがクロスボウの引き金を引く。

 狙いはルナルの魔法に強打され壁へと飛ばされた野盗ではなく、アカリが狙った方であった。

 ルナルの攻撃を受けた野盗へはウェスターが後一歩のところまで近付いていたが、もう一方のアカリが狙った見張りの近くには、キリトの姿がまだ見えなかったからである。

 シズクのクロスボウから放たれた矢は、襲撃に気付き声を上げようとした見張りの腹部へと命中していた。左肩と腹部に矢を受けた野盗が膝を地に着く。

「キリトは何をやってるの!?」

 次なる矢を番えながらアカリが小さく声を出す。

 そのころには、胸部を強打された上で壁に叩きつけられた野盗は、ウェスターの攻撃で動かなくなっていた。

「風よ打て、『ウインドショット』!」

 ようやく矢を番え終わったアカリの横で、ルナルがギリギリ相手に衝撃を与える程度の威力を持った魔法を放つ。

 その魔法は魔力の制御は不十分だったが、声を出そうとする相手の動きを止めることはできた。

 この段階になって、やっとキリトが姿を見せた。

 しかし、その動きはぎこちない。

「まさか……」

 アカリが、一瞬シズクへと目をやる。

 キリトが現れるのが遅れた理由、それはシズクと同じようなものであった。









 震える身体を無理矢理動かすキリトの動きは、とても何かを攻撃できるようなものではなかった。

 生まれて初めて人を殺すかもしれない、そして自分が殺されるかもしれない。その現実が間近に迫り、キリトの身体は恐怖に躊躇い怯え震えていたのである。

 最初は大丈夫だと思っていた。試験の説明のときにも、辞退を断った後では平静になれたのだ。だからキリトは大丈夫だと考えていた。いや、彼は相手が人であろうと自分は大丈夫だと思い込んでいだけなのである。

 しかし現実は違った。

 恐怖に竦み、歩くことさえ難しい。

 そんなキリトが与えられた役割をこなす位置に辿り着いたのは、自分が対峙すべき野盗が二本の矢を身体に受け、ルナルの魔法で上げようとした声止められた、直後のことであった。

 キリトは右手に持った長剣を振り上げる。後はその振り上げた長剣を力を入れて下ろせばいいだけだ。野盗の向きと長剣の位置、絶妙といえる。

 しかし、キリトの動きはそこで止まっていた。

 この期に及んでもまだ、キリトは人を攻撃することを躊躇っていたのである。

「キリト!」

 大きくないが鋭い声がキリトへ飛んだ。

 自分の相手に止めを刺したウェスターが、長剣を振り上げたまま動かないキリトを急かす。

 市民ホールにいる他の野盗に、今の襲撃を知られないということは第一条件ではあるが、同じくらいの重要さで素早く見張りを片付ける必要があった。何故なら、見張りがいる場所はこの場だけでなく屋上にもいて、その屋上の見張りは彰弘とオーリが片付けているはずだからだ。

 建物の中に入れば、その分だけ他の野盗に見つかる確率は高くなる。どちらかが見張りを片付けるのに手こずり、建物の中に入るのが遅れると片方の危険度が極度に増す恐れがあった。

「キリト、殺せ!」

 先ほどよりは鋭くないウェスターの声。しかし、その声には先ほどと違い、有無を言わせない厳しさがあった。

 キリトの身体が、それまでの震えとは別の震えを見せる。そして、振り上げられていた長剣は彼の意思とは関係なく、矢を受け跪いていた野盗の首へと寸分の違いなく落とされた。









 死体となった二人の野盗を見つかりにくい陰となる部分に運び込んだウェスターたちは、中へと続く扉の前に立っていた。

 扉の正面にはウェスターがいて、その両隣にルナルとアカリがいる。そして、その三人の後ろでは、キリトが胃の内容物を全て吐き出した後でも治まらない嘔吐感で顔を下へ向け、そんな彼をシズクが心配そうに見ていた。

「ルナル、魔力は?」

「大丈夫です。補充できました。でも、魔石に残っているのはあと少しだけです」

「すみません。私のせいです」

 ウェスターとルナルの会話に、キリトを心配そうに見ていたシズクが声を挟んだ。

 自分が決められていた役割をしっかりと果たせていれば、今ここでルナルが魔石を使うことはなかったのだ。それに対する謝罪であった。

「そう気にすることはありません。こういうときのために、魔石を用意しておいたんです。それに建物の中では、迂闊な魔法を使うと惨事になります。ここでの補充は念のためですよ」

 妙にしおらしいシズクに、優しさを含んだ声でウェスターが返した。

「さて、行きましょう。まず間違いなく上は既に中に入っているはずです」

「はい」

「分かりました」

「……キリト」

 ルナルとアカリが頷く、シズクはまだ下を向き喘いでいるキリトに顔を向ける。

「なに、そんな目で見てるんだ!?」

「私はただ……」

 キリトの顔には筋違いな相手を責める表情が浮かんでいた。

 予想外の反応にシズクは声を詰まらせる。

 そのやり取りにアカリとルナルが怒りで口を開こうとしてウェスターに止められた。

 何故止めるのかと、反射的にウェスターの顔を見た二人の目に映ったのは、自分たちと同じであろう怒りを押し殺したような表情である。

 アカリとルナルは言葉に出そうとしたものを飲み込む。

 今は先に進むことが重要であると、ウェスターを見て思い直したからだ。

「ともかく、ここでこうしていては上から入った二人に余計な危険に遭うかもしれません。まず相手の位置を探りつつ屋上組と合流します。中では弓矢や魔法は使える場所が限られます。剣との切り替えどきを間違えないようにしてください。では、行きます」

 ウェスターは表情を戻し、これからの行動を示す。そして、静かに市民ホールへと続く扉を開いたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


4-04.に下記内容を追記(二〇一六年 五月 五日)

 なお、野盗として捕まり犯罪奴隷になった者たちも、全てが全て過酷な労働を科せられるわけではない。何者かに陥れられ者、住んでいたところが滅びた者など、何らかの事情があり野盗をするしかなくなった者たちは、その事情により科せられる労働内容が多少楽なものに変わることがある。もっとも、野盗となった要因がなんであれ、捕らえられたときの状態によっては情状酌量の余地はなし、となるのだが。



4-7.一部表現修正(二〇一六年 五月 五日)

修正前)

 その言葉を受け、ランクE昇格試験メンバーは各々が決められた襲撃開始位置へと移動を開始したのである。


修正後)

 十六夜月の下、その言葉を受けたランクE昇格試験メンバーは、各々が決められた襲撃位置へと移動を開始したのである。


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