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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-05.

 前話あらすじ

 ランクE昇格試験の説明を受けるために冒険者ギルドの北西支部へと彰弘は足を運ぶ。

 ギルドの一階で手続きを終えた彰弘は、以前に出会ったことのある元見習いで現総合案内担当のイナンナと再会。

 それから彼女の案内で説明が行われる部屋へと向かう。

 向かった先の部屋で彰弘が目にしたのは、初めて見る顔の四人と、以前自分達に意見してきた元日本人の中心にいた三人であった。





 キリト、シズク、アカリの三人はランクE昇格試験のために北西門へ続く道を歩いていた。

 三人の装備はランクFの冒険者ということを考えると上等だ。

 十月の中頃という彰弘達から少し遅れて冒険者となった三人は、家族と一緒に仮設住宅に住みつつ無理をせず着実に冒険者としての活動をこなし、暫くして親元を離れ自分達だけで生活を始めた。その際、仮設住宅から出ることにより一括で支給された国からの生活支援金を半分使い、装備を整えていたために上等といえる装備となっているのである。

「まさか、あいつがいるとは」

 昨日の試験説明の後から何度となく漏れていた言葉が、再びキリトの口から出た。

「なんで一緒なのよ。ムカつくイラつく腹立たしい!」

 続いてそんな言葉を放ったのはシズクである。

 二人のすぐ後ろを歩いているアカリは少しだけ困ったような顔をして二人の背中を見つめ、ため息をつく。

 そんな状態の三人が北西門へと辿り着いたのは、集合時間の二十分前であった。









 北西門の前は、それほど混んではいなかった。

 もう少し早い時間帯ならば、昨日門が閉まる前までにグラスウェルへ入れなかった人達で混みあっていただろう。逆にもう少し遅い時間帯であったら、今日の朝依頼を受けた冒険者が外へ出るための手続きをするため、多くいたはずだ。

 しかし、今は朝二つ目の鐘が鳴る前。一日の内で人の流れが少なくなる時間帯であった。

 キリト達は北西門の脇にいる四人の人影へと近付き挨拶をする。そして、それから周囲を見回し、彰弘の姿が見えないことに眉をひそめた。

 なお、このときそのような変化を顔に表したのはキリトとシズクだけで、二人と一緒に来ていたアカリの表情に変わりはない。

「あの人はまだなんですか?」

 不機嫌を表した顔でキリトが声を出す。

 別にまだ遅刻というわけでもないのだが、昨日ぎりぎりの時間に現れたことから、今日もそうだと思い込んだ故のキリトの発言であった。

 それに対して苦笑を浮かべ答えたのは、今回のランクE昇格試験のリーダーであるウェスターだ。

「あの人とは、アキヒロのことですか? 彼なら少し離れたところで煙草を吸っていますよ。来たのは君達よりも少し前ですね」

 そう言うとウェスターは、キリトに向けていた視線を横にずらした。

 その先にいたのは、彰弘と一組の男女の姿である。

 キリト達三人が自分と同じ方向へ目を向けたのを見て、ウェスターは言葉を続けた。

「彼と一緒にいるのは、彼が今パーティーを組んでいるメンバーです。何でも間の抜けたことをしていないか心配になったとかで、わざわざ今日北支部の方から朝早く彼が泊まってた宿屋まで来たらしいですよ」

 視線の先で親しげに話す彰弘と一組の男女の姿に、ウェスターは苦笑ではない笑みを浮かべてから、更に言葉を続ける。

「何でも、街中での依頼を一つも受けていなかったから試験が今回になったのだとか。まあ、それはいいとしましょう、たいしたことではありませんし。それより今後のために少し話を聞かせてください。何故、君達は彼をそうまで嫌悪しているのですか?」

 ウェスターの視線の先には三人いるが、彼の投げかけた言葉は顰めた顔のまま彰弘達を見ている、キリトとシズクへ向けられたものであった。

「最初の避難先で、偶然手に入れた強い剣のお蔭でゴブリンの集団を倒して力を手に入れたことはまだいい。でも、避難所に逃げて来た無力な人達を無理矢理戦わせたり、総管庁から出された依頼のときに、いくら依頼指定の物を多く持ち帰ったからといって、それ以外の物も持ち帰るような行動は我慢できない」

「そうよ。それにあいつは、まだ年端もいかない子供を連れ回して防壁の外へ出てた。さらに、その子と他の三人の子供のお蔭なのに、さも自分がというように高ランクの冒険者と親しく話したり指導を受けたりしてる。ありえないでしょ!」

 ウェスターへの問いに対するキリトとシズクの返答は、事実と誤解が入り混じり、そこにキリトとシズクの感情までもが更に加わった酷いものであった。

 彰弘が最初に避難した先で手に入れた強い剣――『血喰い(ブラッディイート)』――で、ゴブリンの集団を倒したのは事実だ。しかし、その前には死ぬ可能性のある戦いをしている。なんの危険もなしに力を手に入れたわけではないのだ。

 逃げて来た人達を無理矢理戦わせたというのも、ある意味では正しいが、あの状況ではそれをしなければ、その場にいた人達に全滅の恐れがあったのだ。彰弘が非難される謂れはない。事実、元から小学校に避難していた人達は彼の行動を非難してはおらず、逆に正当だと声を揃えていた。

 総合管理庁からの依頼についても、今の世界では問題となるようなものではないのである。

 シズクが口から放ったものについては、完全に彼女の誤解だ。

 六花達を彰弘が無理矢理連れ回しているわけではない。彼女達は自分の意志で彰弘と行動を共にしていたのである。

 なお、この『彰弘が連れ回している』と思い込まれているということを知った六花達は、その誤解を解こうとキリト達の下へ向かおうとしたが、それは彰弘が止めていた。誤解を持っているのは極一部の人達だけであり、それも徐々に周りからの説明で解消されていっていたからだ。わざわざ、自分達が説明に出向く必要を感じなかったのである。

 高ランク冒険者のことについても、別に六花達のお蔭で彰弘が相手をしてもらっているわけではない。彼は相手に余裕がありそうなときに話しかけ相手をしてもらっていたのである。勿論、世界融合当初に竜の翼パーティーと知り合えたことは大きい。しかし、結局のところ彰弘が自分から行動をすることが高ランク冒険者から指導を受けるということに繋がっているのである。なので、これについては完全に相手が高ランクということで萎縮し、話かけることすらほとんどしてなかった彼女達に原因があった。

 要は、キリトとシズクの二人は自分本位の正義と嫉妬で、彰弘を嫌悪していたのである。

「なるほど……そう思っているわけですか」

 出そうになるため息を飲み込み、できるだけ表情を変えずにウェスターはそう二人に返した。

 昨日のランクE昇格試験の説明の後、ウェスターは彰弘と冒険者ギルドの職員からいろいろと話を聞いていた。その結果、彰弘にはこれといった問題はないという結論に達したのである。

 だからこそ、今日実際に出発する前にキリトとシズクの二人に話を聞いたわけなのだが、なかなかにやっかいな状態であった。

 単なる誤解であれば、その誤解を解けばなんとかなるとウェスターは思っていたのだが、実際に話を聞いてみればご覧の有様。一筋縄でいくようなものではないことは明らかであった。

 よくよく考えてみれば、未だ彰弘に対して、キリトとシズクが口にしたような理由で嫌悪を持っていることは普通ではない。

 何せ世界の融合から既に半年以上経っている上に、キリトとシズクの二人が拠点としているのは彰弘と同じ冒険者ギルドの北支部だ。誤解を誤解と気付く機会は幾度となくあったはずだからである。

 キリトとシズク、この二人は主観的な正義と思い込みの激しさ故に、未だに自分の認識を正すことができていないのであった。

 ウェスターは、ふとキリトとシズクの後ろへと目を向けた。自分の問いかけは、顰めた顔をしたままの二人へ向けたものであったが、方向的にはその二人の後ろにいるアカリにも問うたと思われてもおかしくないものであったからだ。

 そんな考えでアカリを見たウェスターは、軽く目を見張った。何故ならば彼が見た彼女の顔は無表情で、そしてその口元が声にならない言葉を呟いていたからである。

 アカリが呟いたその言葉とは、「もう無理」というものであった。









 ウェスターの問いにキリトとシズクが答え、その内容にアカリが反応を示した直後、朝二つ目の鐘がグラスウェルに鳴り響いた。

 出発直前に想像以上の問題を認識したウェスターだったが、それはそれと気持ちを切り替える。

「オーリ、アキヒロを呼んできてください」

「分かりました」

 先ほどまでのウェスター達のやり取りを無言で見ていたオーリだったが、こちらも気持ちの切り替えはできていた。

 勿論、オーリと同じようにその場の様子を黙って見ていたルナルも同様だ。

 オーリはウェスターの言葉に返しつつ身体を彰弘がいた方へ向ける。しかし、すぐに身体の向きを元に戻した。

 鐘がなる直前にパーティーメンバーとの話を切り上げた彰弘が、集合地点である自分達がいる場所へと歩いてくるのを見たからである。

「すまない、待たせた。それとおはよう。よろしく」

 彰弘は謝罪の言葉を口にし、その後でキリト達三人へ挨拶を行う。

 それに対する反応は三者三様。

 遅刻というわけではないので、ウェスター、それにオーリとルナルの返しは普通である。

 残る三人の内、アカリは控えめながらも、「おはようございます。よろしくお願いします」と返したが、キリトとシズクは不機嫌な顔でボソッと呟くだけであった。

 その様子に彰弘の片眉が軽く上がるが、直後のウェスターの声で元通りの表情へ戻る。

「全員揃いましたので、これから出発します。まず目的地に近付くまでは、前二人、中三人、後ろ二人という組みを作って進みます。門を出て元日本の土地に入るまでは、キリトと私が前、ルナルとアカリとシズクの三人が中、そして後ろをオーリとアキヒロとします。元日本の土地に入ってからは、中はそのままで前と後ろを入れ替えます。何か質問はありますか?」

 少しの沈黙の後で彰弘が声を出す。

「入れ替えは道案内を兼ねてだと思うから、それはいい。各組みと組みの距離は? それと目的地付近までの地図なんかはあるのか?」

 こういうのは普通昨日の段階で確認しておくものだったかもしれない、そんなことを思ったりした彰弘だが、まだ出発前。遅くはないはずだと彼はウェスターへと問いかける。

「入れ替えはその通りです。昨日の様子から元日本の土地では先頭をアキヒロにお願いすることにしました。それで距離ですが、それは五メートル間隔とします。地図は一枚借り受けていますので、先頭を交代するときに渡します。他には?」

 ウェスターは彰弘に答えを返し、残るメンバーの顔を順に見た。

 そんな中、再び彰弘が口を開いた。

「ああ、そうだ。もし、魔物がいた場合……そうだな、目視できるが向こうがこちらに気付いていない場合とかはどうする?」

「その場合は、そのまま進めるなら無視して進みます。少し迂回すればいいなら迂回します。ただし、誰かが戦っていて助けが必要な場合、また戦闘の回避が厳しい場合は殲滅をします」

「了解。分かった」

「他に質問はありませんか? なければ出発します」

 再度ウェスターはメンバーの顔を見回す。そして大丈夫だと判断すると、「出発します」と告げて北西門へと身体を向けた。

 それにしても、と一足先に北西門での手続きを終え防壁の外へ出たウェスターは考える。

 オーリとルナルに関しては、数か月とはいえ一緒にパーティーを組んでいたし、今話した内容を昨日の内に伝えてあるから質問がなくても気にすることではない。

 しかしキリト達から全く質問がなかったのはどういうことだろうか。

 彰弘の問いは、常識的なことの確認といえるものではあったが、こういうものは依頼ごと組む相手ごとに変わってくるものだ。全て理解していたから質問がなかったとは考え難い。

 ただ、アカリに関しては質問をする素振(そぶ)りがあった。彼女は彰弘からの問いに対する自分の返しに頷いていたし、おそらく確認したい内容が彼と同じだったのであろう。

 そこまでウェスターの考えが巡ったところで、今回のメンバー全員と試験官であるタリクが手続きを終えて防壁の外へと出てきた。

 ウェスターは一同を見回した後、つい先ほど街の中で口にした言葉と全く同じ言葉を声に出す。

 ランクE昇格試験である野盗討伐が今開始された。









 ウェスターをリーダーとする彰弘たち一行は、元日本の土地である住宅街を抜け、元サンク王国の土地へと入っていた。

 右手を見ると鬱蒼とした森が見え、左側には草原が広がっている。

 今までのところ別段何もない。あえて言えば、稀に他の冒険者の姿を見ることはあったくらいだ。ただ、その冒険者達は彰弘達が昇格試験中だと分かると、無言の応援をかけてその場を立ち去っていった。七人の後ろを歩くタリクが、冒険者ギルド職員の証を身に付けているため、そうと知れたのである。

 そんな感じで歩みを進めていた彰弘達一行だったが、グラスウェルと目的地であろう我谷(われだに)市の市民ホールの中間点に差し掛かったとき、ふいに先頭を行くウェスターが立ち止まり、左手を上げ静止の合図を後ろを歩く五人に送った。

 ウェスターの顔は斜め前の森へと向けられている。まるで、そこに何かいるとでもいうような雰囲気であった。

 そんなウェスターの横を歩いていたキリトは、いきなり止まった彼に驚くも、その右手が屋内での戦闘を考え用意された腰の長剣に伸ばされているのを見て、自身も辺りを警戒し始めた。

 後ろを歩いていた五人も、それぞれが自分の武器へと手を伸ばす。

 ウェスターとほぼ同時に武器へと手を向けたのは彼とパーティーを組んでいるオーリとルナル、そして彰弘である。残るアカリとシズクは一呼吸遅れていた。

 一行が動きを止めてから数秒、ウェスターが抜剣と同時に声を上げる。

「フォレストウルフ、数は五!」

 その言葉の通り、一行の前方二十メートルの距離に灰色をした四足の魔物が現れた。

 フォレストウルフは主に森の中に生息し、集団で狩りをする魔物である。体高は七十センチメートル前後。元日本人に分かりやすく大きさを説明すると、大体秋田犬と同等の大きさである。

 この魔物単体の強さはゴブリン・リーダーと同等なので、本格的に冒険者として活動している者にとっては、油断さえしなければ脅威ではない。しかし、常に集団で行動しており、尚且つゴブリンよりも集団戦闘能力が優れている。また、ウルフ系統の魔物の例に漏れず動きも速いので十分に注意が必要であった。

「キリト何をしている! 剣を抜け!」

 抜剣が遅れたキリトに、ウェスターの声が飛ぶ。

 それを受けたキリトは我に返ったように自身の長剣を抜き放ち構えた。

 当然、前で長剣と構える二人の後ろでは、彰弘達もそれぞれの武器を構えている。

「来るぞ!」

 その言葉と同時にフォレストウルフは牙を剥き、一行に襲い掛かってきた。

 まず最初の攻撃はアカリの弓から放たれた矢である。勢いよく射られた矢であったが、素早く移動してくるフォレストウルフを確実に捉えることはできなかったようで、一射目は僅かに相手の身体をかすっただけであった。

 次の攻撃はシズクだ。速射に向かないクロスボウではあるが、狙いが定めやすいこともあり、こちらは致命傷とまではいかないものの、相手の身体に矢を突き刺すことに成功していた。

 この段階でウェスターとキリトが、フォレストウルフと接敵する。二人はほぼ同時に自分に向けられた相手の攻撃を盾で受け止め、弾くと同時に長剣を振るい攻撃する。

 ウェスターの攻撃は的確に相手の首を斬り裂いて仕留めるが、キリトの方は手傷を負わせたものの仕留めるまではいかなかった。

 同じランクFであっても、その実力には明確な違いがあったのである。

 援護射撃をしようとする少女達の護衛に入るために前へと移動していた彰弘は、その様子にウェスターの実力を改めて実感した。

 昨日、手合わせした感覚では小学校で出会った誠司や康人と同等くらいの実力であると感じ取っていたのだが、それが本物であると認識したのだ。

 そもそもウェスターの年齢でランクFというのが珍しい。何らかの理由があることに間違いはなかった。

 戦闘は続く。

「切り裂け、『エアブレイド』!」

 集中を終え、見た目に似合わぬ声量でルナルが風の刃を放ち、シズクの矢を受けて動きの鈍ったフォレストウルフを切り裂いた。

 それに続くようにアカリが二射目を放つ。その矢は、どう攻めるかと考えたわけでもないだろうが、一瞬動きを止めた個体を射抜いていた。

 これで残るフォレストウルフは残り二体……いや、キリトが自分が仕留め損なった個体を屠ったために残り一体となった。

 しかし、そのとき最後に残った一体が遠吠えを上げ、それに答えるような返しが聞こえてくる。

「しまった!」

 ウェスターが思わず口走り、すぐさま最後の一体となるはずだったフォレストウルフを斬り裂いた。

「ウェスター! 後ろは任せろ!」

 彰弘はそう言うと、自身が感じ取った感覚を頼りにフォレストウルフの増援が現れるであろう方へ身体を向けた。

「すみません、頼みます! オーリはルナル達の護衛をしてください。キリト、君もオーリと一緒に護衛に回ってください」

「な……!」

「反論はなしです!」

 指示を出したウェスターはキリトの反論を封殺する。

 遠吠えに返ってきた反応から、そこまで多くのフォレストウルフがこの場に現れるとは思えなかったウェスターだが、それでもキリトが対応できる数を超えていると考えた。だからこそ、僅か一音出しただけの彼の言葉を遮ったのである。

 そうこうしている内に、増援となるフォレストウルフが現れた。

 ウェスターが警戒していた前方と斜め前横からは七体、後方を向いた彰弘の視線の先には十体、合わせて十七体のフォレストウルフがその場に姿を現した。

「オーリ! 逃したやつは頼むぞ!」

 彰弘は短時間で勝負を決めるために魔力を身体に巡らせながら、後ろのオーリへと声をかける。

「オーリ、キリト、頼みます。ルナル、アカリ、シズク、援護は入りません。その代わりアキヒロと私が逃してしまったやつを仕留めてください!」

 ウェスターも自身の背後にいる五人へと声をかけた。

 そして、戦闘が再び開始される。

 彰弘とウェスター、そして十七体のフォレストウルフが動き出したのは同時であった。

 そんな中で一番早く攻撃を繰り出したのは彰弘である。

 詠唱も魔法名(キーワード)もなしの、魔力に無駄がありすぎる身体能力強化であったが効果自体は本物だ。

 まず彰弘は、左手に握った赤黒い光を纏う『血喰い(ブラッディイート)』を、フォレストウルフの首へと前方から叩き込んだ。

 突進の威力に強化された腕力、そして魔力を流し込んだ『血喰い(ブラッディイート)』の刃は、些かも鈍ることなく首を刎ね飛ばす。

 当然、それで彰弘の攻撃が終わるわけではない。

 続いて右手の長剣を振るう。こちらにも魔力は流し込まれており、その刀身は薄っすらと白く光っていた。そして、その刃は彰弘の横を通りすぎようとした個体の首を斬り裂いたのである。

 そのころ、ウェスターもフォレストウルフとの交戦に入っていた。彼の動きは彰弘とは違い、確かな技術を感じさせるものである。訓練された動きで長剣を振るい着実に相手を屠る。長剣が間に合わない場合は盾を叩きつけ怯ませ、その隙に体勢を整え、また長剣を振るう。

 このようにして彰弘とウェスターは続けざまに攻撃を繰り出し、フォレストウルフを屠っていく。

 しかし、流石に数が多い。

 それと定めたら余程のことがない限り目標を変えないゴブリンと違って、フォレストウルフは弱者を見つけたら、その者に目標を変えるのだ。

 彰弘が五体、ウェスターが四体を屠った段階で、それぞれ二人の後ろに回っていた内の数体ずつが目標を変えた。当然、その目標とは戦況を見守っていた五人である。

 それに気付いた彰弘とウェスターは同時に声を上げた。

「三体、そっちに行くぞ!」

「二体が行きます!」

 オーリとキリトがその言葉で武器を構えなおす。

 ルナルが準備していた魔法をウェスターの方から流れてきた内の一体へと放ち、アカリが彰弘の方から来る個体へと射掛ける。

 シズクは不利となるであろう側を援護するために待機していた。

 五人が適切な行動を取っていることを、見て取った彰弘とウェスターは自分の側で牙を剥くフォレストウルフへと最後の攻撃を仕掛ける。

 彰弘の左右の長剣は同時に相手の首を斬り裂き、ウェスターの放った突きは相手の心臓を串刺しにした。

 それと時を同じくして、彰弘とウェスターの間にいた五人を襲おうとしたフォレストウルフ五体も仕留められる。

 ルナルとアカリの攻撃により動きの鈍った二体のフォレストウルフは、オーリの突きとキリトの斬撃により地に沈んだ。

 残る三体のフォレストウルフは不利を感じ取り逃げようとするも、その行動は少し遅かった。何故なら、逃げようとしたそのときには、三体それぞれの身体に致命傷となる攻撃が打ち込まれていたからだ。それはシズクのクロスボウの矢とアカリの二射目、そして先ほど一体を屠った槍を素早く引き戻したオーリによる再度の突きであった。









「とりあえず、魔石だけ回収して燃やして終わりにしよう」

「それがいいですね。こんなところで危険を(おか)す必要ありません。それにまだ余裕はありますが、無駄に体力を使うわけにもいきません」

 彰弘の言葉にウェスターは同意する。

 これで目標がフォレストウルフの討伐や素材集めだったならば話は別なのだが、今はランクE昇格試験の最中だ。

 最低限の対応だけして、この場を離れるのが正解といえる。

 この彰弘の提案について、残る五人も異論はないようで素直に頷いた。

 もし自分が彰弘とウェスターの場所にいたとしたらどうなっていたのか。その想像が、彰弘を未だ嫌悪するキリトとシズクにさえも、この場に止まることを良しとしない考えを持たせたのである。

 その後、一行は言葉どおりに魔石の回収をしたフォレストウルフの死骸に火をつけ焼却処分し、その場を立ち去った。









 一部始終を見ていたタリクは胸を撫で下ろす。

 冒険者ギルドでは昇格試験を受けさせる冒険者について、その実力を含め毎回調査を行っていた。タリク自身もその調査報告には目を通している。

 だから、先ほどフォレストウルフが仲間を呼んだときも大丈夫だと考え、いつでも助けに入れるようにしながらも、手を出さずに見守っていたのだ。

 しかし、心臓に良くない。いくら調査で大丈夫との結論が出ていたとしても、やはり心配にはなるものだ。そんなことをタリクは心の中で呟いた。

 ともかく、とりあえずの危機は脱したのだ。

 この依頼の間で自分にできることは、彼ら彼女らの評価をすること。そして、いざというときにその生命を救えるように備えることである。

 タリクは少し前を歩く七人の背中を見つめた。そして、今日すれ違った他の冒険者と同様に無言の応援を送ったのである。

お読みいただき、ありがとうございます。


二〇一六年 四月二十三日 一時二十八分 修正

(一時四十分 下記箇所を更に修正。話の流れには関係ありません)

 フォレストウルフ戦後半。

 彰弘とウェスターの二人から戦況を見守る五人へと標的を変えたフォレストウルフの数を変更。

 加えて、それに伴う文章の変更。

 なお、話の流れには関係ありません。

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