4-03.【ランクE昇格試験】
前話あらすじ
ミレイヌとバラサから提案を受けた彰弘は、自らが付けた条件のためにオークと対峙する。
その結果無事にオークを倒し、今後数年間はミレイヌとバラサという二人と行動を共にすることになったのであった。
六月初旬という一年の中でも過ごしやすい時期の朝、彰弘の姿はグラスウェルの冒険者ギルド北支部の訓練場にあった。六花達四人がグラスウェル魔法学園に通うようになってからの日課である訓練場での修練を終えた彼は、見ることも大事だと、今は他の冒険者が行う修練や模擬戦を見学している最中である。
そんな彰弘に近付く二つの影があった。一人はローブを着た銀髪の女で、もう一人は革鎧を身に着けた女と同色の髪色の男である。この二人は二か月程前、彰弘が今現在の自分の力量を確認しようとグラスウェルの東に拡がる森へと赴いた際に偶然再会し、パーティーを組むようになったミレイヌとバラサであった。
「毎日毎日、本当に頭が下がるわね。ついでに、その服の下でもぞもぞ動くそれも相変わらずね」
関心半分呆れ半分の顔で彰弘の隣に立ったミレイヌは、そんな言葉を出す。
丁度そのとき彰弘の襟の口から濃い桃色の半透明な物体が顔を出した。
「終わったか、ありがとな」
ミレイヌの言葉に答えようと開きかけた口を、彰弘は一仕事――修練後の汗や埃の除去――を終えて首元でぷるぷる震えるアルケミースライムへと向ける。そして腰に下げた小瓶の蓋を開けてから、アルケミースライムに触れた。
彰弘に触れられたアルケミースライムは、一度彼の目の前まで身体を上げる。そして、「またね」というように左右に揺れてから、自身の部屋である小瓶へと戻っていった。
「便利ね」
「ああ。シャワーを浴びる時間を他の冒険者の動きを観察する時間にあてられるし、餌やりも同時にできて一石二鳥ってやつだ」
自分の腰に下げられた小瓶に目を向けて呟くミレイヌに、彰弘はそう返す。
アルケミースライムが生きていくために最低限必要な食料や水分の量は僅かだ。食料は人体の代謝により一日で出る垢で十分であるし、水分にしても彰弘が修練を行ったときに身体から出る汗だけで事足りた。
勿論、それ以上を与えたとしても問題はない。あえて言うならば、食料となる老廃物を与えすぎると消化に時間がかかり、部屋である小瓶に戻るまでの時間が長くなることか。
ともかく、身体や服などのあらゆる汚れを綺麗にしてくれるアルケミースライムは契約の難度こそは高いものの、その後の手間はほとんどなく、ミレイヌの言葉通りに非常に便利な生物なのである。
「さて、そうれはそうと、行くか? 二つ目の鐘が鳴ってから結構経つから、いい頃合いだろ」
「そうね、行きましょうか」
「はい。掲示板の前も空いていましたし良いと思います」
彰弘の言葉に、ミレイヌとバラサが答えた。
ミレイヌとバラサが、彰弘の下に来たのは何も雑談をするためではない。2か月前からパーティーを組んでいる三人は、今日のように彰弘の修練が終わった後に合流して、それから依頼を受けるということをやっていた。
それにしても、何故掲示板の前が空いてから依頼を見に行くのか。
普通であれば、例え混雑していたとしても割のいい依頼を受けるために、依頼が貼り出される朝二つ目の鐘がなる前後を狙って掲示板を見に行く。誰だって割に合わない依頼より、割のいい依頼を受けたいのだ。
しかし彰弘達は、あえて割りのいい依頼がある時間を外して掲示板のところへ行くということをしていた。
何故か? それはミレイヌとバラサの、グラスウェルの冒険者ギルド北東支部での出来事によるものが大きい。
ミレイヌとバラサが活動拠点としていたそこでは、ゴブリンの群れから真っ直ぐ街の方向へ逃げたことやミレイヌの暴言により、二人の評判は一度底辺近くまで落ちていた。しかしそんな状態が続けば遅かれ早かれ自分達が潰れるのは目に見えている。だからそれを解消するために、二人は普通であれば受ける冒険者がほとんどいないであろう割に合わない依頼をこなし、少しでも汚名を返上しようと努力をしていた。
そうして、その活動の結果、ミレイヌとバラサの評判は徐々にではあるが上向いていったのである。
しかし、ここで二人に、「未だ自分達は許されていない」と思い込ませた者達がいた。
ミレイヌとバラサを良く思っていなかったその者達が、実際には上向いていたその評判を二人の耳には届かないように画策していたのである。
ここで、ミレイヌとバラサの精神状態が普通であったならば、ランクが上の冒険者やギルド職員の態度により、既に許され認められていることに気が付けたのであろう。しかし二月以上、非難の中で依頼をこなしてきた二人にその余裕はなかった。
ともかく、そのような状況を通ってきたが故に、今更割りのいい依頼を他の冒険者と競い合って受けるわけにもいかず、今のこの時間に貼り出された依頼を見に行く習慣になったのである。
そんな二人に彰弘が合わせている理由は、彼の目的が金銭ではなく数年後に旅をできるだけの実力を付けることだからだ。以前手に入れた魔石を換金したものと、総合管理庁からの報酬、それらがあるのだから修練の時間を減らしてまで割のいい依頼を受ける必要はなかった。
なお、ミレイヌとバラサに悪質な画策をしていた者達は一人残らず捕らえられ、冒険者資格を剥奪されている。ミレイヌの暴言も酷いものであったが、その者達は彼女とは比較にならないほど悪質であると判断されたのであった。
人気の少ない掲示板の前で彰弘達は貼り出された依頼を物色していた。
やはり、と言うべきか、割のいい依頼などは残っていない。
今の北支部で割のいい依頼といえば、元日本の土地に建つ建物を取り壊し資材とする人達の護衛が挙げられる。その次を挙げるとしたら、同じく元日本の土地にある指定された様々な物品を、このグラスウェルまで運搬する依頼だ。どちらも危険度の割りに依頼報酬が良いので、この時間まで残ることはない依頼である。
「あら、珍しく商人護衛の依頼が残ってるわね。しかも、行き帰り」
ふと目に付いた依頼書を見て、ミレイヌが少々驚きの声を上げた。
前述した二つほどではないが、街から街へ移動する商人などの護衛依頼は割がいいと言える。
討伐依頼は必ず魔物との戦闘があるし、採取依頼などでもその場所によっては魔物と遭遇する可能性がある。しかし、商人の護衛というのは比較的安全とされる道を通り目的地へ向かうので、あらゆる危険性は随分と低くなるのだ。
もっとも、危険が他より低いというだけで楽で安全なわけではない。当然、魔物に襲われることもあるし、野盗の類と遭遇することもあるのだ。あくまで、他よりは危険度が低いというだけである。
なお、危険度が最も低い依頼は街中で済む依頼だ。しかし、現在それら依頼は掲示板に見当たらない。街中で完結する依頼は、小銭稼ぎを目的として冒険者になった人達や、まだ防壁の外に出ることに実力装備共に不安を持つ人達が受けてしまうのである。
「確かに珍しいですね。恐らくピーク時ではなく、その後に貼り出されたのでしょう。どうしますか、ミレイヌ様。私としては、そろそろ護衛の依頼を受けても良いのではないかと考えますが」
ミレイヌが依頼書を手に取り、その内容に目を通している横で、バラサが自分の考えを口にした。
ちなみに、バラサのミレイヌの呼び方がお嬢様から名前に変わっているのは、彰弘とパーティーを組むことになったときに、ミレイヌが名前で呼ぶように言ったからである。
「そうね……いいかもしれないわね。どうかしら、アキヒロさん」
腕を組んで掲示板に貼られた依頼を見ていた彰弘は、その言葉でミレイヌの方を向き口を開く。
「残念ながら無理だな」
返ってきた予想外の言葉にミレイヌの口がぽかんと開いた。
その隣にいたバラサも目を見開いている。
「確かに私達の実力はまだまだかもしれませんけど、この護衛依頼は北北東のガッシュへの行き帰りです。無理とは思いません!」
「そうです。私の実力はあなたよりも低いことは否定しません。ですがガッシュへの護衛依頼を受けれないほどではないはずです」
ミレイヌとバラサの反論は思いのほか、声が大きかった。
依頼を受けるピークを過ぎて、それからさらに少し時間が経ったギルド内に冒険者の姿は見えず、とても静かだ。そのため、ミレイヌとバラサの声はカウンターに座るギルド職員の耳にも届いていた。
「その依頼を受けるのなら、受け付けますよ?」
ギルド内に他の冒険者はいない。そして、声を上げた二人は2か月前に活動拠点をこの北支部に移し、他の冒険者がほとんど手に取らないような依頼を受けてくれる人達だ。だからこそ、女ギルド職員は普段はかけることはない言葉をかけたのである。
「パーティーの話に横槍を入れるつもりはないけれど、あなた達にその依頼を受ける実力は十分にあると思うわ。何が無理なの?」
他に冒険者がいないからか総合案内の受付カウンターの向こうから、初対面のときよりはこなれた口調のジェシーが口を出してきた。
どうやらカウンターに座っているギルド職員達の意見は皆一致しているようで、ジェシーの問いに対する彰弘の答えを待っているようであった。
そんな状況に、彰弘の顔には苦笑が浮かぶ。
「物凄く居心地が悪いから、そんなに注目しないでくれると助かるんだが」
「あなたが蒔いた種よ。で、何が無理なの?」
「ギルド職員がそれを言うか? いや総合案内の受付だから知らなかったりするのか」
その彰弘の言葉に、ミレイヌとバラサのみならず、言われ返されたジェシーも、そして残るギルド職員達も疑問を顔に浮かべ首をかしげる。
その様子に彰弘は、もしかしてとカウンターへ近付くと、その場にいるギルド職員に問いかけた。
「まさか……。俺がまだランクFだってことを誰も知らないとか?」
一瞬の沈黙の後、最初に声をかけてきた女ギルド職員が慌てたように何かを調べ始める。
ジェシーを含む他のギルド職員達はそんな彼女と彰弘の顔を交互に見て、それから「嘘でしょ」と声をハモらせた。
「本当に……ランクFなの?」
驚きから抜け出せない状態のまま彰弘の隣に並んだミレイヌは、そんな疑問を投げかける。
「ほら。Fだろ?」
「ミレイヌ様。どうやら本当のようです」
彰弘が差し出した身分証を見るためにカウンターに近寄ったバラサは、それを見て信じられないといった声を出した。
「オークのリーダー種さえ倒せるあなたがランクF? どうなってるのよ」
「そんなこと言われてもな。昇格試験はギルド側から話があると聞いているからな。どうなってるのかは、そっちに聞いてくれ。調べ終わったようだし」
彰弘の言葉の通り、女ギルド職員は顔を上げていた。その顔はとても申し訳なさそうである。
そして、そんな顔をした女ギルド職員は彰弘達三人に向かい、その顔と同様の申し訳なさそうな声で話し始めた。
「まずは謝罪を。申し訳ありません。それで依頼の受付なのですが、アキヒロさんのランクがFであることが確認できました。そのため、『断罪の黒き刃』としてでは、その依頼をお受けいただくことはできません。ですが、ミレイヌさんとバラサさんのお二人が単独でお受けになることは可能です。いかがいたしますか?」
女ギルド職員の謝罪から始まった説明を聞き終えたミレイヌとバラサは一度顔を見合わせる。
そしてお互い頷き合い、女ギルド職員へと向き直った。
「今回は他の方に譲ることにします。元はといえば私達がお互いのランクを確認しなかったことが原因です。もう暫くは反省の意味を込めて、今までどおりに活動します」
ミレイヌがそう女ギルド職員へと伝えると、その隣に並ぶバラサも頷く。
「そうですか。分かりました。申し訳ありませんでした」
最後に再び謝罪の言葉を口にし、ミレイヌとバラサに頭を下げた女ギルド職員は、次に彰弘へと向き直る。
そして三度謝罪の言葉を口にして話し出した。
「申し訳ありませんでした。そのお詫びというわけではないですが「キャロルできたわよ!」、とすみません、少々お待ちください」
彰弘に話しかけていた女ギルド職員――キャロル――は、断りを入れてから後ろを向くと、声をかけてきたジェシーから封筒を受け取る。
そして、それを持ったまま、再び彰弘に向けて話し出した。
「お待たせしました。アキヒロさんには今から一つ依頼を受けてもらいたいと思います」
「また随分と唐突だな」
「すみません。本来なら、それとなく伝えるべきことだったのですが、あなたの場合、いろいろと普通と違ったために、それを忘れていました。これは大抵の人が知っている公然の秘密みたいなものなのですが、ランクFからランクEへ上がるための試験を受けるには三つの条件があります。一つは一定以上の実力があること。二つ目は防壁の外へ出る必要がある依頼を一つ以上こなすこと。そして、最後の一つが、アキヒロさんに足りていなかった街の中での依頼を一つ以上こなすことです。というわけでして、今からこれを北東支部に持って行き、そこにいる総合案内担当のギルド職員に渡して判を押してもらってきてください。それをもってランク昇格試験を受ける資格を得ることができます」
彰弘はキャロルから受け取った封筒を眺めながら、「そういえば受けたことなかったな」と独りごちる。
そんな彰弘を見てミレイヌが声を出す。
「あなたが冒険者になったのって、確か世界が融合してからすぐだったわよね?」
「そうだな」
「なら、なんで唯の一つも街中での依頼を受けてなかったの?」
ミレイヌの問いかけに、黙考した彰弘は少ししてから口を開いた。
「冒険者になったばかりのころは中での依頼を目にしなかったんだよ。それから、少しして依頼自体はあったようなんだが、神社やら総管庁やら、それに六花達が学園に通うためのことやらといろいろあってな、結局今の今まで受けないでいたってところだ。受ける必要を感じなかったというのもある」
そう返す彰弘に、ミレイヌは「なるほどね」と頷いた。
普通であれば防壁の外へ出るための装備を揃えたり、自身を鍛えるための間の生活費を稼ぐために、冒険者になりたてのころは街の中だけで完結する依頼を受けるものである。
しかし彰弘の場合、武器に関しても金銭に関しても、そしてある程度の実力も、街中での依頼が出回るころには揃っていた。なので、わざわざ街中だけで終わる依頼を受けることはなかったのである。
「まあ、とりあえず行って来る。今後の話は戻ったらしよう」
彰弘はそう言うと出口へ向かい歩き出した。
そんな彰弘へとジェシーが声をかける。
「アキヒロさん、昇格試験の申請準備はしておきますので、寄り道しないで帰ってきてくださいね」
「了解。じゃあ、後でな」
その言葉を最後に彰弘はギルドの建物を出て行った。
彰弘が出て行ってから数秒、誰かがため息をつく。
「よく分からないけど疲れたわ。バラサ、ちょっとお茶にでもしましょ」
「はい、ミレイヌ様」
ミレイヌとバラサは誰かのため息を合図にそう言葉を交わすと、カウンターと対面に位置する喫茶室へと向かった。
彰弘が戻るのをそこで待つつもりである。
一方のギルド職員達はというと、ジェシーの音頭で順番に休憩を入れることにしたようだ。彼ら彼女らも初めての出来事に何となく疲れを感じていたのであった。
彰弘が戻ってきたのは、ミレイヌとバラサがギルドの喫茶室でお茶を飲み始め、ギルドのカウンター職員が順番に休憩を取り出してから、一時間をかなり超えたころである。その顔には肉体的にではなく精神的な疲れのようなものが浮かんではいたが、「グラスウェルの冒険者ギルド北東支部の総合案内担当の判を押してもらう」という依頼は無事に遂行されていた。
これをもって彰弘は無事にランクEへの昇格試験を受ける資格を得たのである。
ちなみに彰弘の疲れの原因は、北東支部の総合案内受付担当であるエリーに、散々小言を言われたからであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
遅くなり申し訳ありません。
諸々の用事を片付けてから書いていたら、このような時間になってしまいました。
二〇一六年 四月 三日 一時 三分
間違って、今回にいれる前書きを前回投稿のEX-01.に入れていました。
前回投稿の前書きは『グラスウェル魔法学園編開始』だけです。
失礼しました。
二〇一六年 四月 三日 十時 十分 修正
ミレイヌが見つけた護衛依頼の目的地を修正
誤)南のケルネオン
正)北北東のガッシュ
ちなみに、グラスウェルの南にあるのはシーファルという街で、ケルネオンは東にある街です。
いろいろ間違えてたー。