4-EX01.【グラスウェル魔法学園―入学―】
グラスウェル魔法学園編開始
※今回はグラスウェル魔法学園へ入学した少女達のお話です。
次回は彰弘の方の話に戻ります。
「いやー、話が短くてよかったー」
入学式が終わって教室へ戻る廊下の途中で、瑞穂ちゃんがそんなことを口にした。
グラスウェル魔法学園の入学式は、大体三十分くらいだったと思う。まず学園長の挨拶があって、次に数名の来賓からの祝辞、それから第一学年の各クラス担任の発表、それだけだった。
そうそう、驚いたことに来賓の中にクリスちゃんのお父さんがいたの。
でも考えてみたら、クリスちゃんのお父さんは今のガイエル伯爵で、このグラスウェル魔法学園の創始者の子孫なんだから、入学式の来賓として招待されててもおかしなことじゃないよね。
来賓で驚いたといえばもう一人。メアルリア神殿で会ったゴスペルさんもいたの。普通、そういう人って呼ばないんじゃないかな、と思ってたんだけど、何でもサンク王国の建国に多大な貢献をメアルリア教がしたらしく、それで来ていただいてるって。後、それだけじゃなくて、メアルリア教は宗教色が薄いっていうのも理由みたい。確かにゴスペルさんは最初の自己紹介以外ではメアルリアのメの字も喋ってなかった。
「香澄どこ行くの?」
危ない危ない。入学式のことを考えてて教室通りすぎちゃうところだった。
「ちょっと考えごとしてたの。ありがと」
瑞穂ちゃんにお礼を返し、慌ててみんなの後に続いて教室に入る。
ここがわたし達の教室。世界が融合する前に通っていた中学校の教室とさほど変わりはないけど、やっぱりどこか違う雰囲気があるここが、これからお世話になる学びの場所。
それはそうと、わたしの席は……。
教室の入口に貼られた座席表で自分の席を確認。
あった。聞いてたとおり、みんな近く。
座席表にあった机に近付くと、そこにはカタカナで『カスミ・クレバヤシ』と書かれた封筒が置かれていた。
すぐには座らず教室の中を見回す。目の前には瑞穂ちゃんがいる。その前には六花ちゃんがいて、さらに前は紫苑ちゃんだ。左側はガラス窓で正門が見える。後ろには誰もいなくて、ちょっと広い。後ろの壁際には四十個キャビネットが並んでいる。そして、右側にはおとなしそうな女の子。
視線を机に戻し、そこに置かれた封筒を見る。そしてふと、名前はやっぱり漢字がいいな、そんなことを思った。
まだ担任の先生が来ていない少しざわついた教室で、斜め前に座る女の子が大きく口を開けて欠伸をした。
赤色の髪をショートカットにした元気そうな女の子だ。顔とかが似ているわけじゃないんだけど、何となく瑞穂ちゃんに似ている。
「大きい欠伸だね」
瑞穂ちゃんが笑いながら自分の隣に座る女の子へと声をかけた。
「いや、あたしだけじゃないから。後ろも前もその前も眠そうじゃんか。なんで、同じ時間に寝て同じ時間に起きたあんた達は平気なのさ」
確かに彼女の言うとおり。わたしの隣にいる女の子も、六花ちゃんと紫苑ちゃんの隣に座っている二人の女の子も眠そうな顔をしているのに対して、わたし達は見た目眠そうには見えないと思う。
それには理由があるんだけど、その前にわたし達の隣の席に座っている彼女達を紹介しようかな。
まず、わたしの隣に座っているのは、おとなしそうな雰囲気のセリーナ・クラルちゃん。濃い茶色の髪を背中で一本の三つ編みにしている。彼女は欠伸をしまいと我慢していた。
次に瑞穂ちゃんの隣が、さっき大きな欠伸をしたセーラ・ブレクスちゃん。赤色の髪のショートカットが良く似合う女の子。今は大きな欠伸の後に出てきた涙をごしごしと手で拭っている。
そして、六花ちゃんの隣で控えめに欠伸をしているのは、気弱そうな見た目に反して、なかなか意志が強いパール・ホワイティルちゃん。彼女は光の加減では七色に見える白髪だ。偶然にも髪型は六花ちゃんと同じふんわりとしたボブカット。
最後は紫苑ちゃんの隣。そこにはクリスちゃんことクリスティーヌ・ガイエルが座っている。彼女はガイエル領の領主であるガイエル伯爵の次女で、入学試験のときに出会ってわたし達の友達になった女の子だ。今日も緩やかにウェーブする金色の髪を結わずに背中におろしている。それにしても、眠さを堪えている姿さえ楚々として見えるのは流石だと思う。
さて、こんな彼女達とわたし達の関係はというと、それぞれ隣に座る人が寮でのルームメイトとなる。同じクラス同士の人をルームメイトにして誰でも最低限のコミュニケーションを取れるようにしてあるとのことだった。
この教室でもルームメイト同士が隣合うように席が指定されている。教室を見回すと、元からの知り合い同士は隣の人以外とも会話しているが、大抵は隣の人と会話をしていた。
なお、クラスの人数が奇数だった場合は、寮では一人だけ一人部屋になり、教室では今のように列を偶数ではなく、奇数の列にしているとのこと。
ちょっと彼女達の紹介だけじゃなくなっちゃったけど、こんな感じ。幸いにもわたし達と彼女達の相性は悪くないみたいで、寮に入ってから今まで――といっても、まだ数日だけど――仲良くできている。
では、わたし達が眠そうに見えない理由を……。
「え? それは朝言わなかったっけ? 精神の状態異常を直したり防いだりする感じで魔力を循環させてるって」
「え? あれマジだったの? あんた達全員、今も?」
あ、瑞穂ちゃんに先に言われちゃった。
瑞穂ちゃんの言うとおり、それがわたし達四人が眠そうに見えない理由。だけどこれ、魔力の流れを切らすと急激な眠気が襲ってくるから気を付けないといけないんだよね。
魔法とかでかけられた状態異常と違って、普通の生理現象の場合は元々身体が欲しているもの。だからそれを無理矢理魔力で誤魔化していると、それが解けたときの反動が凄いの。
今の状態は本来なら欲求に従って寝るのが一番なんだけど、今日は入学式で大事な日だから魔力操作の修練がてら眠気を誤魔化しているの。
「つかなくてもいい嘘なんて言わないよ、あたし。ひどいなー」
「ひどいなー、って。確かに入学試験のときの魔法は凄かったから、全くできないとは思ってなかったけど……流石にずっととは思わないでしょ」
瑞穂ちゃんの言葉にセーラちゃんは、そう返した。
それについてはセリーナちゃんもパールちゃんも同感のようで、こくこく頷いている。
唯一クリスちゃんだけは、わたし達と多少なりとも多く話したことがあるためか理解してくれているようだった。
「まあ、良いではないですか。お友達であることに変わりはないのですもの」
そう言ってクリスちゃんは柔らかな微笑みを見せる。
そんなクリスちゃんの様子に、セーラちゃんは「そりゃ、そうなんだけどね……」と呟いて天井を見上げた。そして、それから少しして何かを吹っ切ったような顔を瑞穂ちゃんに向ける。
「ま、いっか。今度、それ教えてよ」
そしてそう言うと、曇りのない笑顔を見せた。
うん、やっぱり、この気持ちの切り替え方は瑞穂ちゃんに似ている。
そんなことを思いつつ、ふとセリーナちゃんとパールちゃんを見てみると、二人は興味津々な顔をしていた。
セリーナちゃんは魔導具製作者志望って言ってたから魔力の扱いに興味があるのかもしれない。
パールちゃんは冒険者になるってことだから、やっぱり魔力の操作とか魔法に関心があるんだ。
「ふふ。こういうのはいいものですね。小さな頃からの憧れでした」
微笑ながらクリスちゃんが、そんなことを言う。
ガイエル伯爵の娘ということで、わたし達が普通と思っていることが今までできていなかったけど、今それを実際に経験できていることが、クリスちゃんは嬉しくてたまらないようだった。
それから、わたし達は他愛もない雑談を担任の先生が来るまで続けた。
途中、三人の取り巻きを連れた皇都にある法衣貴族の侯爵家の息女に睨まれたけど、幸いクリスちゃん達は話に夢中で気付かなかったみたい。
余計な邪魔をしてこなければいいけど。
まあ、気付いたのがわたしだけじゃなくて、瑞穂ちゃんも、そして六花ちゃんと紫苑ちゃんもだから、多少のことなら何とかなると思う。
ともかく、そんなことがあったものの、担任の先生が来るまでわたし達は有意義な友達との会話を楽しんだ。
担任の先生のちょっと長めの話が終わった。
今日はこれで終了で、授業とかは明日からだ。
「では、帰りましょう。帰ってお昼ごはんを食べて寝ましょう。昨日の続きを見たいところではありますが、それはまた後日ということで」
紫苑ちゃんが冊子が入った封筒を鞄に入れながら、今日この後の行動を口にした。
その封筒はわたし達が教室に来たときに机の上に置かれていたものだ。中に入っている冊子には学園や寮で生活する上での決め事なんかが書かれていた。
「さんせーい。折角、彰弘さんに借りてきて見れないのは残念だけど」
「見てたら、間違いなく途中で魔力切れちゃうもんね。あたしも賛成」
紫苑ちゃんの言葉に、六花ちゃんと瑞穂ちゃんが賛成する。
勿論、わたしも賛成。
体内だからといって、魔力を全く消費しないわけじゃない。少しずつ少しずつ減っているのは確か。この調子だと夕方まで持てば、いい方かもしれない。
「じゃあ、帰りましょ」
わたしはそう言って立ち上がる。
そして、みんなが立ち上がるのを待って、わたし達は揃って寮へと向かい歩き出した。
あ、そうそう。わたし達の寝不足の原因なんだけど、それは彰弘さんが世界融合前に済んでいた部屋にあった映像記録水晶に記録されていたアニメを見てたからです。いつの間にか六花ちゃんが伝説の戦士が活躍するアニメの全シリーズ――劇場版含む――を彰弘さんから借りていて、それをみんなで日が跨ぐまで見ていたからでした。
次から気を付けないと。
寮への道を歩きながら、楽しい学園生活が送れそうだな、とそんなことを考える。
侯爵家の息女がちょっと不安材料だけど……みんなもいるし、きっと大丈夫。いざとなったら、使える手を全て使う。
うん、問題ない。
「香澄ー。顔が怖いよー」
「変なこと言わないでよ」
いつの間にか横に並んでいた瑞穂ちゃんが、少し俯いていたわたしの顔を覗き込んで、小声でそんなことを言ってきた。
「多分、あの教室で睨んできた子のことでも思い出してたんでしょ? 心配ないない。いざとなったら全力で……ね」
そう言う瑞穂ちゃんの顔も、わたし以外が見たら思わず引くような怖い顔をしている。
あ、六花ちゃんと紫苑ちゃんなら大丈夫か。後、彰弘さんも。
「そうだね。折角の学園生活だもん」
「あはは。それより早く行こ。みんな随分前だよ」
瑞穂ちゃんは、そう言うと足早に歩き出した。
そんな瑞穂ちゃんとみんなの後ろ姿を見て気合を入れる。
よし。最初はお母さんに楽しめって言われたからだったけど、今は自分が楽しみたいと思ってる。みんなと一緒に楽しむ。誰にも邪魔はさせないんだから。
わたしは、そう心に決めて先を行くみんなの後を追いかけた。
お読みいただき、ありがとうございます。
香澄視点のグラスウェル魔法学園編は彰弘の話の区切りで一話単位で入る予定。
というわけで、次は彰弘の方へと話が戻ります。
二〇一六年 三月二十六日 二十一時一〇分 修正
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