4-02.
前話あらすじ
六花達が学園の寮へと入り一人となった彰弘は、今の自分の力を確認するために単独で森へと入る。
その森の中で、以前出会ったことがあるミレイヌという魔法使いとバラサという戦士と再会する。
そして、その二人からパーティーメンバーにならないかという、話を受けるのであった。
木の間を抜け出てきた魔物は二体。双方共に豚の顔を持つ、がっしりとした体格の棍棒を持ったオークであった。
「通常種……本当にちょうどいいな」
オークの全身を視認した彰弘は思わずそう呟く。
以前遭遇したことのあるオークと同程度の体格であったこと。竜の翼のパーティーや、その他の知り合いになった冒険者から聞いた特徴。それらから、彰弘は目の前にいる二体が通常種であると判断した。
ただし、だからといって彰弘が油断することはない。通常種のオークの総合的な実力はゴブリンのリーダー種より少し強い程度ではあるが、その力だけはゴブリンのジェネラル種に近いからだ。不用意に攻撃を受けたら死の可能性さえあるのに、油断するわけがなかった。
オークを攻撃する頃合いを見計らっていた彰弘がふいに舌打ちをする。
彰弘へと向かっていたオークが二手に分かれたためだ。
当然、その様子は彰弘の後ろにいるミレイヌとバラサにも見て取れた。
「お嬢様!」
「わかってるわ!」
二人はお互いに声を掛け合う。
それから、バラサは一歩前に出ると盾と片手剣を構え、逆にミレイヌは一歩下がると魔法補助の指輪をはめた手を突き出した。
「行かせるわけには、いかないよな」
背後でオークに備える二人の気配を感じながら彰弘は独りごち、鞘に収めたままであった魔剣ではない普通の長剣を左手で引き抜く。
二手に分かれたオークの内の一体は彰弘へと真っ直ぐ突っ込んできており、ものの数秒で剣の間合いに入る。残る一体は、その僅か後に彼の横を通り過ぎると思われた。
彰弘に与えられた考える時間は僅か。そんな中で彼が出した結論は、直進してくるオークを右手の『血喰い』で始末し、横を抜けようとするオークを左手に持った長剣で屠ることであった。
無論、後ろにいる二人は通常種のオーク一体程度ならば問題のない力量を持っているだろう冒険者だ。ただ彰弘は、もし今後ミレイヌとバラサの二人とパーティーを組むことになった場合に、自分がどれだけのことができるのかを見せる必要があると考えたのである。
彰弘は左右の手に持った二つの剣に魔力を注ぎこむ。それを受けて右の『血喰い』は赤黒い光を放ち、左の剣はぼんやりと白く光出した。
その直後、直進してきたオークが彰弘の間合いに入る。それは同時にオークの間合いに彰弘が入ったことも意味した。
直進してきたオークは再び咆哮を上げながら、その手に持った棍棒を振りかぶり彰弘を叩き潰そうとする。
しかし、その行動は半ばで中断された。直進してきたオークが棍棒を振り上げたそのときには、赤黒い光を放つ『血喰い』により、その棍棒を持つ腕のみならず首から腋にかけて両断されていたのである。
彰弘は絶命し倒れるオークを見届けることなく次の標的へと目を向けた。そして、地面を僅かに爆ぜさせ跳ぶと、その背中へと左手の長剣を振り下ろす。
痛みで悲鳴を上げ、オークが動きを止める。その隙に彰弘は体勢を整えると、今度は万全の姿勢から無防備に晒されている首筋へと刃を叩き込んだ。
「とりあえず、これでよし、と。で、どうかな?」
二振りの長剣を鞘に収めた彰弘は、屠ったオークの死体、そして魔石と順番にマジックバングルへと入れ、最後にアルケミースライムで返り血を取り去る。そして周囲を見回して魔物がいないことを確認した後、呆けたようにしている二人へと声をかけた。
その声で我を取り戻したミレイヌとバラサは、お互いの顔を見る。それから、さらに少しの間を置いてミレイヌが声を出した。
「い、異論はありませんわ。ですが、私達の方が足手纏いになる可能性があるのだけれど、そこはよろしくて?」
「ああ、構わない。一人だと限界があるしな。それに……」
彰弘は言葉を区切ると一度鞘に収めた長剣を抜いて、刀身部分を顔の前へと持ってきた。
「俺には碌な技術がない。そのせいでこの有様だ」
自分の目の前に上げていた長剣の刀身を、ミレイヌとバラサへと見せる。
彰弘が抜いたのは『血喰い』ではなく、普通の長剣の方だ。その刀身はひび割れていた。恐らく、後一度でも何かに打ち付ければ完全に折れるであろうことは想像に難くない。
最適な扱いをしていれば、例え魔力を注いで強化しなくともオークの首くらいは切断できるだけの長剣だったのだが、今の彰弘の技量でそれは無理な話であった。
「魔力を注いでこれだからな。まあ、暫くはよろしく頼む」
そう言って彰弘は長剣を鞘に戻すと、少し離れたところに置いていたリュックサックを拾い上げ肩にかけた。
「ところで、俺の用事は済んだんだが、そっちは?」
「いろいろとお伺いしたいことはありますけど、私たちも今日はこれ以上、ここに用事はありませんわ。バラサ?」
「はい。お嬢様の仰るとおり、後は帰るだけとなります」
「なら、帰るか。とりあえず、話は街に帰ってからにしよう」
彰弘達はその会話を最後にグラスウェルへ向けて歩き出した。
グラスウェルへ戻り、北東門近くに建てられた冒険者ギルドの施設でオークの身体を換金した彰弘達は元避難拠点であった場所に店を構える喫茶店へと来ていた。
この店は以前、彰弘が瑞穂と香澄の両親と一緒に来たことのある喫茶店だ。あの頃は悩む必要がなかったが、今では悩むことができる品揃えとなっていた。
「俺はいつものブレンドコーヒーとプレーンクッキーで」
メニューを見ることもせずに注文する彰弘に笑顔を返した金髪のウェイトレスは、それを会計伝票に書き込む。
その様子に若干慌てたのはミレイヌとバラサである。
だが、そんな二人へと金髪のウェイトレスは明るく声をかけた。
「そんなにお急ぎにならなくても大丈夫ですよ。アキヒロさんのコーヒーは少し大変なので時間がかかりますから。それでは、お決まりなりましたらお呼びください」
そして、そう言った後、金髪のウェイトレスは彰弘の注文を店のマスターへ伝えるために、頭を下げてから一度その場を離れた。
「時間がかかるコーヒー?」
メニューから頭を上げたバラサが思わずそんなことを呟いて首をかしげる。
「バラサ。普通はどのくらいなのかしら?」
ミレイヌも気になったようで、そんなことを口にした。
「抽出方法により数時間から数十時間かける場合もありますが……通常、このような店でしたら、数分から十数分といったところだと思います」
「随分と幅があるのね」
バラサの答えにミリアムは関心したような呆れたような声を出し彰弘の顔を見る。
それに対して彰弘は笑みを浮かべた。
「水出しじゃあないし、そう何時間もかかるもんじゃないさ。どうも豆の挽き方が面倒らしくて……それで時間がかかるらしい」
彰弘が注文したコーヒーは、メアルリアの神々が一柱であるアンヌから教えてもらったものだ。もっとも、そのときに聞いた豆は入手が難しいため、それに似せたコーヒーを別の豆を使って再現しているのである。
この喫茶店の店主の腕は確かなのであった。
「お嬢様、とりあえず私達も選んでしまいましょう」
「そうね。では、私はこのメープルシフォンケーキとそれに合うお紅茶を」
「分かりました。申し訳ありません。注文をお願いいたします」
ミレイヌが頼む品を確認したバラサは金髪のウェイトレスを呼ぶ。
それから、笑顔を浮かべて席に来たそのウェイトレスへとミレイヌと自分の分の品を注文した。
ちなみに、バラサが注文したのは、ミレイヌと同じ紅茶と、彰弘と同じプレーンクッキーである。
バラサの注文から、およそ十分。彰弘達の前には注文の品が並んでいた。
「良い香りね。味も申し分ないわ」
紅茶の香りに頷き、カップから一口飲んだ後、ミレイヌが満足そうに微笑みを浮かべる。そして、それからメープルシフォンケーキをフォークで一口。こちらも満足がいく様子であった。
ミレイヌの様子に彰弘とバラサは笑みを浮かべた顔を見合わせてから、自分達の分に手を伸ばす。
それから暫く三人は休憩を楽しんだ後、それぞれの質疑応答となった。
ミレイヌとバラサは自分達の現状を改めて彰弘へと伝え、戦闘の実力に関しては後日冒険者ギルドの訓練場で模擬戦をすることで落ち着く。
彰弘は神属性の混じった魔力なため現状では碌な魔法が使えないこと、街の外で偶然マジックバングルを拾ったこと、そして国之穏姫命の加護があることなどを伝えていた。当然、ミレイヌとバラサの二人の目の前で見せたアルケミースライムのことも伝えている。それらの内容は伝えられた方からしたら結構大事ではあるが、彼からしたらそれほどは問題とならない内容なのであった。
なお、このときに彰弘は、六花達四人から預かっていたミレイヌ宛の言葉を伝えている。その言葉とは、助言には感謝していることと、友達となった人のために助言どおりには動けなかったことに対する謝罪であった。
それを聞かされたミレイヌは、「あの子達を縛るために助言したわけではないもの。気にしないでと伝えておいて。勿論、私が直接会う機会があるならば、私から直接伝えるわ」と微笑んだのである。
ともかく、こうしてこの日からミレイヌとバラサは、『断罪の黒き刃』パーティーの一員として暫くの間、彰弘と行動を共にすることになったのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
最後の部分は会話にしようとも考えましたが、必要以上に長くなりそうだったので今回の形となりました。
でも、何となく消化不良な気がするようなしないような……。
時間が欲しいなぁ。
二〇一六年 八月五日 十六時 三分 言葉修正
学園見学前に六花たちへのかけたミレイヌの言葉について
修正前)忠告
修正後)助言