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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
86/265

3-25.

 防具屋の後で武器屋と道具屋を回り、誠司達の装備は初心者らしからぬものとなる。

 そんなこんなで初依頼に出かけた誠司達は、彰弘達が見守る中オークの襲撃というものがあったが、自分達の力だけで無事無傷で初依頼を終わらせることができたのであった。




 三月三十八日、空の曜日、その昼下がり。降り注ぐ陽光も頬を撫でる風も、とても穏やかで心地好い。そんな門出に相応しい陽気の下、彰弘は一人晴天の空へと昇る紫煙を目で追った。

 今の世界は融合の影響により、一月(ひとつき)は四十日となっており、一週間は十日だ。一週は聖の曜日から始まり、光、闇、地、水、火、風、空、精と続き、最後に無の曜日をもって終わる。そして、また聖の曜日から次の週が始まるのだ。

 季節の移り変わりにも違いがある。例えば彰弘が住んでいた央平(ひさしひら)市がある地域で世界融合前の三月下旬といえば、まだ肌寒い季節であった。しかし、現在のこの地域は寒くもなく暑くもない、そんな過ごしやすい陽気となっている。実際、グラスウェルの一部となった元避難拠点を歩く人々の服装もコートの類を身に着けてはいない。この地域は穏やかで過ごしやすい期間が長くなったのである。

 ともかく、そんな陽気の下で彰弘は紫煙をくゆらせながら人待ちをしていた。

「ん、来たか」

 自分へと向けられる複数の視線を感じ取り、彰弘はそう呟くと煙草の吸殻を携帯灰皿型の魔導具で消し去った。









「じゃーん! 制服初お目見え。どう? かわいい?」

 彰弘の前まで来た瑞穂は何故かモデル立ちをする。

 隣では六花も笑顔で、瑞穂と同じ立ち方をしていた。

 その後ろでは紫苑と香澄がため息をつく。

 そんな少女達を見ていた、双子に見える――世界融合後には双子で住民登録をしている――瑞穂と香澄の二人の父親である正二は、微笑ましそうに目を細めていた。

「ああ、可愛いし似合ってるよ」

 一瞬、呆気にとられた彰弘だがすぐにそう返す。

 それを受けた瑞穂と六花は、お互い向き合い両手でハイタッチを決めた。

 二人の少女が着ているのはグラスウェル魔法学園の制服である。白色を基調としたワンピースタイプの服で、セーラー服のような襟と胸元の少し大きめなリボンが特徴的だ。スカートの丈は膝より少しだけ上、活動的な六花と瑞穂には良く似合っていたし、確かに可愛らしさがあった。

 一方、紫苑と香澄もグラスウェル魔法学園の制服を着ている。ただし、こちらはスカートの丈が踝の上あたりまである長いものであった。

 グラスウェル魔法学園の女子の制服は、このように二つのタイプ存在する。試験合格時にどちらかを選択できるのであった。

 なお、彰弘が今日という日まで六花達の制服姿を見ていなかったのは、制服を受け取った彼女達が試着した日以降、今日まで制服を着なかったためである。

「紫苑と香澄も良く似合ってるぞ」

 はしゃぐ六花と瑞穂の後ろでため息をついていた紫苑と香澄にも、彰弘はそう声をかけた。

 実際、性格的にどちらかといえばおとなしい二人には、ロングスカートタイプが良く似合う。

「ありがとうございます」

「ふふ。うれしいです」

 紫苑と香澄の二人は、彰弘の言葉に微笑みを浮かべた。

 そんな感じで暫し談笑した後、いると思っていた二人がいないことに彰弘は気が付く。

「そういえば、瑞希さんと正志君の姿が見えないが?」

「二人は学習所の方です。先ほどアラベラさん達が来まして、道具屋の息子夫婦がこちらにギリギリで引っ越してきたとかで、これから手続きに行くと。で、その息子夫婦のお子さん達が、うちの正志と同い年と一つ下ということで、折角だから友好をとなったんですよ」

「そうなんだよね。ま、わたし達もこれ以上寮に入るのを遅らせるわけにもいかないし、お父さんがこっちで、お母さんがあっちってなったんだ」

 彰弘の疑問に正二が答え、瑞穂が補足した。

 グラスウェル魔法学園の寮は、三月三十日から入ることができるようになっていた。しかし、六花達はギリギリまで彰弘や知り合いと一緒にいたいとの想いから、今日まで入寮せずに過ごしてきたのである。

「まあ、寮に入って学園に通うようになったからって外に出れなくなるわけじゃないから、いいんだけどね」

 なるほどと呟く彰弘に、「あはは」と笑いながら瑞穂が付け足して言葉を紡いだ。

「確か門限はあるが、放課後とか休みの日は基本自由に出歩けるんだったな。……さてと、んじゃ行くか。まずは神社へ行って、それから学園だな」

 彰弘はそう言うと、その場の面々の顔を見回す。

 そして、異論がないことを確認して歩き出した。









 石階段を昇り鳥居をくぐった彰弘達は、まず参拝を済ませる。

 国之穏姫命くにのおだひめのみことを直接知っていて、しかもその一柱が現界にいることを知ってもいるので何となく妙な気持ちではあるのだが、年明けからいつの間にか参拝する人が出てきたため、余計な注意を引かないように倣っているのだ。

「賽銭を入れるのに影虎さんを気にしなくてもいいってのは、精神的に楽だな」

 参拝を終えた一行は、神社の裏手へと向かう。

 そんな中で彰弘が何となしに呟いた。

 少し前までは賽銭箱へ金を入れようとすると影虎に邪魔されていたのだが、他にも参拝をする人が来るようになり、その邪魔がなくなったのである。

 金があって困るのなら相応のところへと寄付でもしたらよいのだが、彰弘は知りもしない誰かへと寄付する考えを持っていない。あくまでも、寄付の先は知り合い限定であった。

「今日は、いくらなんですか?」

「小金貨一枚」

「おお、十分の一」

 そんなことを話しながら歩く彰弘達へと声をかける人物がいた。

 それはこの央常神社の神主である影虎だ。

「入れてくれるのは嬉しいんですけどね。できれば、もう一つか二つ桁を落としていただけませんか?」

 そう言うと影虎はため息をついた。

 影虎が言葉にしたように、賽銭はそのまま利益となるので歓迎できるものだ。しかし、自分がたいしたことをしているわけでもないのに、こうも毎回毎回多額では罪悪感のようなものが沸き起こるのである。

「そこまで落とすと一生残るんだが」

「なら、ご自身の装備を充実させるなり、その子達に何か買ってあげてください」

「それは大丈夫。自分の分は発注済だし六花達の分の金は別に分けてる。まあ、そうだな。桁を一つ落とすことにするよ。でも、必要になったら言ってほしい」

「分かりました。そのときはお願いします」

「あんたら、まだそんなことやってたのか。もらっとけばいいと思うけどな。宗教なんてやってれば、今後嫌でも金が必要になるんだからさ。それより暫くだな」

 彰弘達のやり取りに呆れたような声を出したのは、一月の終わりからほぼ毎日何らかの依頼を行っていたため、彰弘達と接する機会がなかった竜の翼のリーダーであるセイルであった。

「おおぅ、セイルさん!」

「ランクCになるために依頼するって言って、それっきりだったセイルさんだ!」

 六花と瑞穂が声を上げ、紫苑と香澄が頭を下げた。

 何でそんなに説明口調なんだ、と瑞穂に言ってからセイルは彰弘へと顔を向ける。

「一段落でもついたのか?」

「まだまだだな。あまり好かなかったから、今まで護衛依頼をほとんどしてなかったのが影響してる感じだ。お蔭で護衛依頼ばっかりだよ」

 六花達に片手を上げて「制服似合ってるぞ」と口にした後で、彰弘へとそう説明するセイル。

 今まで竜の翼がランクDでいたのは、貴族からの依頼をできる限り避けるためであった。ランクCとなると一流と見なされ、それまでのランクに比べると難度の高い依頼や貴族からの依頼を回される確率が高くなる。難度の高い依頼はその見返りも大きいため彼らとしては願ったりであったが、貴族相手は話が別であった。彼らも貴族全てが特権階級意識でそれ以外の人達を見下す者ばかりではないことくらい分かっていたが、それでも一般人と比べるとその比率は格段に高い。そのため、依頼の見返りよりも貴族を相手にすることを嫌って、ランクDのまま冒険者を続けていたのである。

 そんな竜の翼が何故今になってランクCを目指すつもりになったのかだが、それは世界融合後に出会った少女達に要因の一つがあった。それはただの素朴な疑問、「なんでDなの?」というものである。実力は十分と聞いている、素行にも問題があるようには見えない。「なぜ?」と六花達が思うのも当然であった。ただし、そう言われたからといって、それだけで今までの方針を変えるような彼らではなかった。最大の要因は世界が融合したことにある。融合前までは先人達の功績により、未開の地はあっても人々が生活することに不都合となる部分は少なかった。しかし、世界が融合したことにより未開の地となるべき場所が倍以上に増えたのである。勿論、この世界融合が人々の生活に何ら影響を及ぼさないかもしれない。仮に及ぼしたとしても、一つのパーティーがランクCの依頼を受けるようになったところで大勢に影響を与えるものでもない。しかし近い将来、「なぜ?」と問いかけてきた少女達がランクCの冒険者となったとき、自分達が何の力にもなれない存在であることは受け入れがたいものがあった。だから彼らはランクCを目指すことにしたのである。

 なお、他の要因としては、冒険者ギルドからの再三の催促があった。冒険者ギルドにとって冒険者のランクとは、その冒険者の総合的な実力を内外に示すためのもの。それ故に低難度の依頼を高ランクの冒険者へ受けさせることはできるが、高難度の依頼を低ランクの冒険者に受けさせることはできない。つまりギルドは、竜の翼に早くランクCになってもらい、溜まりがちな高難度依頼をこなしてもらいたいのである。

 ともかく、このような理由があり、竜の翼パーティーは今までにない頻度で、今までほとんど手を付けなかった依頼を受け続けているのであった。









「セイル、遅い」

「ひでぇ言いようだな。お前が見て来いと言ったから見てきたのに。そんなに言うならお茶してないでお前も来いよ」

 何杯目かの緑茶を飲み干したディアは、セイルの反論を無視して立ち上がる。

 それに続いて残りの二人、ライとミリアもその場に立つ。

「もう行ってしまうのですか?」

 立ち上がりこの場を立ち去る雰囲気を見せた竜の翼の面々に紫苑が問い掛ける。

 それにまず答えたのは微笑みを浮かべたミリアであった。

「ゆっくりと話したいところなんですけど……残念ながら、この後に依頼人との顔合わせがあるんですよ。昼過ぎの日中であればとのことでしたが、あまり遅くなるわけにもいけませんし」

 そう言ってミリアは仲間の顔を順に見る。

「とりあえず、学園への入学が決まり元気な姿を見れたので、ここに来た最低限の目的は果たせました。あなた達なら驕らず努力していけば、さらに魔法の実力を伸ばすことが可能です。頑張ってください」

 ミリアから促され、今度はライがそう続いた。

「むー、残念です」

「そう膨れるな。次に会ったら、ゆっくり話そう」

 残念さに頬を膨らました六花にディアが歩み寄り、その頭を撫でる。

 それから、何かを思い出したようにセイルへと顔を向けた。

「ああ、そうだ。セイル、あれを忘れるとあの連中に恨まれるぞ」

「そう言えば、すっかり忘れてました。セイル渡してあげてください」

 ディアとライの言葉に頭を撫でられていた六花が小首を傾げる。

「そうだな。そこのミヤには渡したんだが、俺らと魔獣の顎、それと清浄の風に潜む気配からのプレゼントだ」

 セイルはそう言って、自分の魔法の物入れから四つの金属製の輪を取り出すと順番に手渡していった。

 それは銀色をした華美ではない装飾が施された腕輪である。ただ、その穴の大きさはどう見ても六花達の腕には合っていない。

「わーい、ありがとうー。……でも、すかすかだよ。どうしよ?」

 受け取った銀の腕輪に早速身に着けようとした瑞穂が事実をそのまま口にした。

 残る三人も困惑顔でセイル達を見る。

「説明するから聞いてくれ。そいつは魔法全般に対しての耐性を僅かばかり高める効果がある魔導具だ。まあ、とりあえず腕を通してから魔力を流してみろ。それぞれの腕の太さに調節される。外すときは、そう思いながら魔力を流せば最初の大きさになる」

 セイルの言葉に興味深々、六花達四人は言葉の通りに行動する。

 すると六花達が魔力を通した瞬間、大きすぎであった腕輪がそれぞれの腕に最適な大きさへと変化した。

 驚きで目を丸くする六花達の姿に頬を緩めセイルは説明を続ける。

「さっきも言ったが、それほど大きな効果はないからな。あんま効果があるものだと成長の妨げになるしな」

「ありがとですー」

「ありがとうございます」

「わーい、ありがとー」

「ありがとうございます」

「俺からも礼を言わせてもらう。ありがとう」

 彰弘と六花達はそれぞれ感謝の言葉を口にし、正二は頭を下げた。

 竜の翼の四人は、そんな彰弘達の姿に笑みを浮かべる。

「さてと、これで本当の最低限は果たしたな。じゃあ、名残惜しいところだが、俺らは行くな」

「うん、またねー」

「またー」

 六花と瑞穂が手を振り、紫苑と香澄は頭を下げた。

 彰弘達は『この場にはいないプレゼントを贈ってくれた残りの三パーティーへと後でお礼を言わないと』、そんなことを考えつつ、竜の翼の背中をその姿が見えなくなるまで見届ける。

 そうしてから、それまで黙っていてくれたその場にいた一柱と残りの人達へと向き直った。

「やれやれ、忙しいのじゃ。彰弘達もすぐに行くのか?」

 そんな風に問いかけてきた国之穏姫命へと彰弘は、「ゆっくりしていくさ」と言葉を返す。今生の別れになるわけではないが、これまでと比べて合える機会が減るのは事実。特に六花の場合は、親友である美弥と話す機会が激減するであろうことから、入寮時刻に間に合うぎりぎりまではこの場にいてもいい、彰弘はそんなことを考えたのである。

 そして、その言葉どおり彰弘達はお茶を飲みお菓子を食べ、本当のぎりぎりまで、この場の面々と談笑を楽しむ。

 途中、自分達の誕生日を皆が皆、忘れていたことに激しく落ち込んだりもしたが、世界の融合という普通では遭遇しない出来事を経験したのだから、それもしかたない。

 ともかく、彰弘達は存分に会話を楽しみ、その後で本日の最終目的地であるグラスウェル魔法学園へと向かったのである。








 ゴブリンに襲われ何とか生き延び、頼れる人と合い、人を殺し、神と出会う。そんな世界が融合してからの半年と少しを過ごした彰弘達は、それぞれ同じであろう目的に向かって、それぞれの道を歩き出し始めたのである。

お読みいただき、ありがとうございます。


これにて第3章終了です。

次の週からは第4章。彰弘は本格的に冒険者として、六花達は学園の生徒として活動していきます。



二〇一六年 三月 六日 0時五十分 追記

対魔法耐性腕輪の外し方を追記

「――外すときは、そう思いながら魔力を流せば最初の大きさになる」



二〇一六年 三月 七日 二十一時五十七分 追記

 最後の方に「彰弘達が自分達の誕生日を忘れていた」という描写を追加。

 また、それに合わせて周辺の文を修正。

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