3-24.
誠司達を連れて防具屋へと彰弘達は入る。
その防具屋で彰弘は事前に店主へと話しておいた、防具一式を誠司達三人へとプレゼントするのであった。
防具屋に続いて、武器屋と道具屋を回り終えた彰弘達一行は、その場所から少し離れたところにある広場に来ていた。
「とりあえず、これで一通りは揃ったな」
誠司達三人の出で立ちを確認し、彰弘は首を縦に振る。
これから冒険者ギルドの初依頼を行う三人の姿は、良くも悪くも一変していた。
まず身に着けている服だが、三軒を回る前は丈夫そうではあるが普通の冬服だったのが、今はジャケットにズボン、手袋と靴、そして外套と全てがブラックファングの革を使ったものになっている。同じ素材の革鎧もあったのだが、ブラックファングの革を用いて作られた服はランクDになり立ての冒険者でも普通に使うほどの性能を持っていた。現段階では過剰な防御力よりも、動きの阻害が少ない服の方が良いと判断したのである。
次に背負っていたナップサックだが、こちらは各地で唯一大規模に飼育されているモーギュルという魔物の革を使った物へと変わっていた。容量は元々背負っていたナップサックと同じくらいだが丈夫さは段違いである。ついでに言うと、その中身は道具屋のおばちゃんがサービス精神を発揮して、携帯食料やら傷薬やらと、金額以上の非常に充実したものとなっていた。
そして最後に武器であるが、誠司と康人の腰には元々持っていた小剣に加えて大振りのナイフが追加されている。長剣や短槍なども候補に挙がっていたのだが、訓練場でそれらを使っていなかったために、予備の武器として使えるナイフを選んだのである。
なお、美弥の腰にも、誠司と康人と同様のナイフがあった。加えてそれとは別に総金属製の短杖を持っている。二つともそこそこの重量があるため、彼女の年齢と体格からしたら普通であれば不適切な選択だ。しかし避難拠点に着いてからの数日を六花達と一緒に行動し、期間限定の加護がある内に魔法の訓練を行ったお蔭で、この二つくらいなら問題なく扱える力量を得ていたのである。
このような感じで、誠司、美弥、康人の姿は、一般民から冒険者のそれへと変わっていた。あえて問題点を挙げるとするなら、初心者らしからぬ装備ということくらいだ。もっとも、経験不足ではあるが、この三人の実力は並の兵士よりも上であるので、そこまで不釣合いな装備というわけではない。
ちなみに、この三人が今の装備となる前の服や、美弥が防具屋で試着の後に貰った服については、彰弘の腕にあるマジックバングルの中だ。仮設住宅へと置きに戻るという無駄な時間を取らせないように預かったのである。
「では、そろそろ行きます」
広場で数分雑談をした後に誠司がそう声を出した。
まだ日は高く時間も十分にあるのだが、誠司達にとっては初めての依頼である。できるだけ、早く終わらせたいという気持ちがあった。
「そうだな。焦っても良くないが、だからといってダラダラしてても仕方ない。気を付けていって来い。俺らはそっちが終わる頃に門の中で出迎えることにするよ。今日は特に用事もないし」
彰弘はそう言うと笑みを浮かべる。
「お気を付けて。エイド草の生えている場所は、本来なら魔物が姿を現すことは稀ということですが、絶対ではありませんから十分に注意してください」
「あー、なんか緊張してきたっす。さっさと終わらせて戻って来たいっす」
「だいじょうぶだいじょぶ。あたし達と同じくらいの美弥ちゃんがいて、並の兵士より上の誠司さんがいる。康人さんだって、弱いわけじゃないんだし。だいじょぶだよー気楽にリラックス」
見送りの言葉をかける紫苑に、康人が身体の動きを確かめながら緊張を言葉にする。そんな彼に瑞穂は気楽な口調で言葉を返した。
当然、それに突っ込みを入れたのは香澄である。
「もう、だめだよ瑞穂ちゃん。確かに緊張しずぎちゃ駄目だけど、だからといって、そこまで気を抜いていい分けないじゃない。注意一秒、怪我一生。結構至言だよ?」
「今の三人ならゴブリンの十や二十くらいどうってことないだろ。最悪、逃げればいいんだ。今回の目的地は街に近いから、逃げるときに大声出せば誰かが気付いて助けてくれるさ。ま、紫苑と瑞穂の間が適当かもな。それに香澄の言葉を念頭に置けばいい」
そう纏めた彰弘は、ふと六花が言葉を出していないことに気が付いた。
知り合いでも何でもない相手であれば、無言であるのも分かるのだが、これから防壁の外へと行くのは三人共が見知った人物だ。しかも、その内の一人は六花の親友と言える人物だ。
「六花?」
彰弘は隣にいるはずの少女へと声をかけ、そちらへ顔を向ける。
そこには、何やら難しい顔をした六花の姿があった。
彰弘の言葉と動きに、残る六人の視線が六花へと集中する。
そんな中で六花は意を決した表情になると、美弥へと向き直った。
「美弥ちゃん!」
「はい!?」
六花の声と、それに反応した美弥の声は、それなりの大きさであったが、幸いにも周囲に人はおらず注目を集めることはない。
「わたしはゴブリンを殺したしオークも殺しました」
何の前置きもない言葉であったが、六花の真剣な表情に美弥は頷く。
残りの面々も黙って、その言葉に耳を傾けた。
「そして……人も殺しました」
その言葉に誠司と康人が息を呑む。
しかし、美弥は僅かに頬を緩めただけ。そして、一呼吸の後に口を開いた。
「うん。何かあったんだなって思ってた。あのときだよね? 避難拠点に来てから、六花ちゃん達が初めてわたし達の街へ出たとき。帰って来てから、どこがとかは分かんなかったけど、何となく六花ちゃん違ったもん」
「美弥ちゃん……」
「だいじょうぶ。六花ちゃんの言いたいこと分かる。油断もしないし、手加減もしないよ。全力で戦うし全力で逃げる。全力で生きるし全力で守る。わたしの未来は誠司さんとある。だからだいじょうぶ」
六花が何かを言う前に、美弥は言葉を紡ぐ。彼女は親友の表情や雰囲気に態度、そして今までの付き合いから、何を考えて何を伝えたいのかを悟った。
物心付いた頃から普通では体験できない経験をしてき六花と同等に付き合えていたのは、彼女と何となくだが気が合った美弥だけだ。勿論、普通に遊んだりする友達はいたが、親友と呼べるまでの付き合いができたのは彼女だけであった。だからこそ、今の世界であろうとも「人を殺した」と言う六花の心内を察することが、そして理解することができたのである。
「うん。ありがと」
美弥が自分の伝えたいことを察して言葉を返してきたことに、六花は笑みを浮かべて頷く。そして、「じゃあ」と言うと拳を握り美弥の前へと突き出した。
それを見た美弥は一つ頷きブラックファングの革製の手袋を外すと、自身も握り拳をつくる。
「いくよ、六花ちゃん」
「どんとこい!」
六花は一度突き出した拳を引き戻し、美弥は胸の前で拳を構えた。
以心伝心である二人のやり取りを見守っていた彰弘達は、次の行動を予測できず、「今度は何をするつもりなのか」と疑問を頭に浮かべる。
これまでも二人が一緒にいるところを見てきたが、今までこのような行動を起こしたことはなかったのだ。
六花と美弥は構えたまま、ゆっくりと深く呼吸を行う。そして次の瞬間、二人の少女は短く強く息を吐き出すと、それぞれの握り込んだ拳を前へと突き出した。
六花の拳と美弥の拳は、「ゴッ!」という鈍い音を立てぶつかり合う。その音は若干十一歳でしかない二人の少女が立てる音ではなかった。
「ええぇぇぇぇえ!」
思わず声を上げたのは瑞穂だ。
紫苑は口元に手を当てて驚き、香澄は目を見開いた。
彰弘達大人三人も予想だにしなかったできごとに目を丸くする。
「これなら、だいじょぶ」
「でも、ちょっと強すぎたかも。手が痺れちゃった」
満足気な顔で笑顔を見せる六花に、手袋をはめ直しながら美弥が答えた。
「美弥、その手は大丈夫なの?」
驚愕から立ち直った誠司は、思わずそんな確認の声を美弥にかける。
それもそのはず、普通であればありえない音を立ててぶつかり合った拳が無事なわけはないのだ。
しかし、美弥は笑みを浮かべた顔で誠司へ向き直った。
「うん。だいじょうぶ。こう丈夫にしたいところに魔力を集めると、その部分が丈夫になるの。なんでも、上級者は岩も砕けるらしいですよ」
「そ、そうなんだ」
「うん。じゃあ誠司さん康人さん、行きましょう」
美弥はそう言うと、「行ってくるね」と六花に手を振った後、彰弘達に頭を下げる。そして、踵を返し歩き出す。
誠司と康人は流れるような美弥の動きに呆気にとられるも、彼女と同じように彰弘達に頭を下げてから、一人先に歩き出した少女の後を追った。
笑顔で手を振り親友を見送る六花、やがてその姿が見えなくなると振っていた手を下ろし彰弘へと顔を向けた。
「彰弘さん、行こう!」
そしてそう言うと、六花は歩き出そうとする。
しかし、それは「待った」という声により中断された。
こてんと小首を傾げた六花は声の主である瑞穂へと顔を向ける。
「早く行かないと間に合わないよ?」
「いやいや、十分間に合うから。それよりもさっきの何? その前の会話も何で美弥ちゃんがあれで分かったのか分んないけど、なんで拳!?」
「そうだな。一応、理由を聞いておきたいかな」
瑞穂の疑問に彰弘も賛同する。
紫苑と香澄も声には出していないが頷くことで同意していた。
そんな四人に六花は再びこてんと小首を傾げ、ややあってから話し出す。
「んー、美弥ちゃんとはいつもあんな感じだよ? なんでかわかるの。で、拳は挨拶! なんかあったときとかにやるの。いつもはコツンて感じなんだけど、今日は大事だから思いっきり」
六花の話を聞いて、彰弘は「それでなのか」と内心で呟いた。
時々、六花の話す言葉は何か足りないところがある。それは、今までで一番話す機会が多かった美弥との会話――家族を除く――が、それで十分成り立っていたからだ。勿論、彼女の両親はそのことを認識しており、常々注意をしていた。そのこともあり、ある程度は改善されてきているのだが、それでもやはり時々不足することがあるのだ。
拳の挨拶については、小学校の低学年のときに何かのテレビ番組で拳と拳を合わせているのを見た六花が、何か格好良いという理由で美弥とだけ行っているものだった。二人は避難拠点に避難してきてから、そして避難拠点がグラスウェルと繋がってからも時折やっていたのだが、偶々彰弘達が目撃していなかっただけである。
「まあ、なんだ。とりあえず会話については、もう少し誰が相手でも分かるように話そうな」
「うん!」
今回のことは美弥が先読みすぎて、それ以前の問題だったが、六花は元気よく頷いた。
「それで挨拶だけどな、そっちはどんなときでも、もっと軽くな。あれだと周りの人が驚くから」
「うん! 美弥ちゃんにもそう言っとく」
拳の挨拶にも元気よく頷く六花。
それの姿を見て彰弘は、とりあえずはこれでいい、と話を終わらせることにした。
「んじゃ、そろそろ行こうか。大丈夫だと思うけど、心配ではあるしな」
そう口に出し、彰弘は誠司達が向かった北東門方向へと顔を向ける。
彰弘達が行こうとしている場所、正確には行おうとしていることは、陰ながら誠司達三人を見守ることであった。勿論、今回は魔獣の顎が強制依頼として誠司達を見ているので危険はないのだが、それとこれとは別なのである。
「あるぇ? 彰弘さん。六花ちゃんへのアイアンクローは?」
今度こそと歩き出した六花とそれに続いた彰弘に、また瑞穂が声を出した。
それに対して、足を止めた彰弘は瑞穂に振り向き「なんのことだ?」と返す。
「だって、あたしと香澄のときはめっちゃ痛いのもらったじゃん。だから、六花ちゃんにもあるんじゃないのかなーって」
瑞穂の言葉は、以前気合を入れるために香澄と殴り合い、その結果彰弘に頭を掴まれ締められるという状態になったときのことであった。
「あのときとは場所と状況、それに打ち合ったところが違う。まあ、そういうわけだ。もっとも、次やったらおしおきだけどな……六花」
「だ、だいじょぶ。ちゃんと美弥ちゃんにも言っとくから。うん、だいじょぶ」
不満そうな瑞穂から、自分へと向けられた彰弘の笑顔に、六花は一筋の汗を流しながらそう答えた。
そんなやり取りを沈黙して見ていた紫苑は、「自分は気をつけよう」と心に決めてから声を出す。
「では皆さん行きましょう。時間としても早すぎず遅すぎない、いい頃合です。今から魔獣の顎の方達に合流すれば、丁度いいでしょう」
「そうだね。ほら、瑞穂ちゃんも」
「わかったよー。今回は仕方ない。次の六花ちゃんの油断に期待するとしよう」
六花の冷や汗を見て、香澄に促され、瑞穂は意地の悪い笑みを顔に浮かべると歩き出した。
それを切っ掛けにして、魔獣の顎と合流すべく移動を開始する彰弘達一行。
程なくして、目的のごつい五人組を見つけるのであった。
あの後、魔獣の顎と合流した彰弘達は、そのまま一緒に防壁の外へ出てた。
そんな彰弘達と魔獣の顎の五人が見守る中、誠司達はエイド草の採取を始める。魔力を見ることができる美弥は依頼物の性質上早々に自分の分を集め終わることに成功するが、彼女と違い魔力を見ることができない誠司と康人は、以前の彰弘と同様に集めるのに時間がかかっていた。
もっとも、採取すべきエイド草には特徴があるため、日が傾く前には誠司と康人の二人も依頼物を集め終わることができたのである。
誤算だったのは、稀にしか遭遇しないと言われていた魔物――オーク――の襲撃を受けたことであった。しかし、相手の数が一体だけだったこともあり、康人が牽制している間に、誠司に守られていた美弥が『アイシクルランス』という氷の魔法で、あっさりと倒すことに成功する。
その様子を見守っていた彰弘達は安堵の息を吐き出し、魔獣の顎のメンバーは納得の声を漏らす。それから魔獣の顎は倒されたオークの解体の手伝いに向かい、彰弘達はそれを見てから街へと戻っていった。
解体されたオークについて、魔石以外の素材は北東門近くに建てられている買取専用の冒険者ギルド建物へと運ばれ、魔石は誠司達が持ち帰って北支部建物で換金している。誠司達と魔獣の顎の取り分は八対二。魔獣の顎としては、あくまで善意で手伝っただけなので取り分は不要と告げたのだが、数度の会話の末に誠司達の気持ちを受け取り二割を手にしたのである。
なお、初依頼であるエイド草の採取に関しては手出ししてはならないが、それ以外については、見守る者達の判断に任されている。つまり、本来ならオークが現れた時点で魔獣の顎は手助けに入るはずであった。しかし、今回は誠司達の実力を魔獣の顎が知っていたために様子見をしていたのである。
こうして、誠司と美弥、そして康人の三人による初依頼は怪我一つなく無事に達成を向かえる。
このことは依頼を達成した誠司達にとっても、話を聞いていて見守ることまでしていた彰弘達にとっても、一つの区切りであった。
二つのパーティーは、それぞれ別種の緊張感からの解放を感じ、そしてまた次へと進んでいくのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
来週二十日と再来週の二十七日の更新ですが、所用のため休みとさせていただきます。
申し訳ありませんが、ご了承ください。