3-23.
前話あらすじ
入学試験を終え帰ってきた日の翌日、瑞穂と香澄は緊張した様子で街を歩く誠司達を見つける。そして、その姿を観察すること数分、彼らが冒険者となったとあたりをつけた。
このままだと、折角誠司達のために準備したものが無駄になると、香澄を見張りに残した瑞穂は全速力で彰弘達を呼びに向かったのである。
彰弘を先頭にした一行が進む先にあるのは、最初から商店街を想定して造られた場所だ。ただし、今現在は避難拠点とグラスウェルが繋がってから一月ほどしか経っておらず、まだ六割ほどの店舗しか営業してい。とは言え、この場所にある店舗物件は全て契約済。この場所が完全に商店街と成るのは確定していることであった。
◇
徐々に商店街としての形態を成していく通りへと出た彰弘は、迷うことなく目的の場所へと足を進める。そして辿り着いたのは、『イジアギス防具店』の看板を掲げた一つの店舗であった。
「まずは防具だよな」
店先で足を止めた彰弘はそう言うと、後ろを振り返る。
そんな彰弘へと六花達四人は頷き、誠司達三人は興味深そうに店内へと目を向けた。
『イジアギス防具店』は、彰弘達がイングベルトからもらった手袋の手直しを頼んだところであり、彼らが身に纏う外套などを買ったところだ。狭すぎず広すぎない店内には、各種盾が壁にかけられ、鎧がマネキンに着せられている。ひと目で何の店か分かる場所であった。
「さて入ろうか。この後、武器屋と道具屋にも行くからな」
それだけ言って彰弘は店内へと入っていく。
「美弥ちゃん行こ」
彰弘にそう続いたのは六花だ。
今までに見たことがない様子の防具店に興味を抱きながらも若干の躊躇いを感じていた美弥の手を六花は引く。
残りの面々は、その様子に思わず笑みを浮かべてから後に続いたのである。
店内に入った彰弘達は壁にかかる盾や鎧を着けたマネキン、棚に並べられたブーツなどを見ていたが、特にそれ自体に目的があるわけではない。事前に話を通していたとはいえ別に予約をしていたわけではないので、店の者が他の客へと接客している邪魔をしないように、暇つぶしとして防具を見ていたのである。
防具を眺めていた彰弘達に声がかけられた。
彰弘達は防具を見ることに夢中になり気付かなかったが、先ほどまでいた客の姿は既にない。今この場にいるのは彼らとその店の者だけであった。
「お待たせしました。アキヒロさん、そちらの三人がお話にあった方達ですね」
柔和な笑みで声をかけてきたのは五十代半ばに見える男で、名前をステーク・イジアギスと言う。彼はこの『イジアギス防具店』の店主だ。
「ああ、さっそくですまないが、よろしくお願いする」
「承りました。おーい、ブラックファング装備一式のお客様がお見えだ!」
彰弘の言葉を受けたステークは店の奥へ向かって声をかけた。
すると程なくして、ステークと同年代の女が出てきて笑顔を見せる。
「まあまあ、よくいらっしゃいました。今用意していますから、もう少々お待ちくださいね」
ステークとよく似た笑みを浮かべた女はそう言うと、一度お辞儀をしてから、また店の奥へと戻っていった。
女はステークの配偶者で、名前はウィーナ・イジアギス。普段は実益を兼ねた趣味として、日夜布製や革製の防具作成に勤しんでいる。
この『イジアギス防具店』は、ステークとウィーナ、そして二人の娘家族により営まれていた。ステークは主として金属製の防具担当で、ウィーナは先ほど述べたように布や革の防具担当だ。娘夫妻はその補助的な役割をしていた。
なお、このステークとウィーナの娘夫妻には六歳になる子供がいる。『イングベルト武器店』の看板娘であるアリーセと仲が良いその子は、『イジアギス防具店』の看板娘として活躍していた。
ちなみに防具店の店主夫妻の娘の名前はティナと言う。婿養子である彼女の夫はツイーク、そして看板娘はテュッティと言う名であった。
「そう言えばテュッティちゃん、今日はいないんだね」
ウィーナが店の奥へ戻り、その後彰弘達はステークと防具について会話していた。
そんな中で瑞穂がふと看板娘がいないことに気付き、そのことを口に出した。
「ええ。娘と孫は学習所へ通う手続きに行ってるんですよ。確か武器屋のアラベラさんやアリーセちゃん達と一緒に行くと言ってましたね」
「あらら、そうなんだ残念」
「ははは、うちの孫もアリーセちゃんも残念がりそうです。まあ、また寄ってください」
「そうだね、またの機会に期待しよう」
そんな会話で談笑を続け、そしてそれが一段落したたころ、ウィーナが戻ってきた。
再び店内に姿を現したウィーナの横には二十代中ごろと思しき男の姿がある。それは彼女の娘であるティナの配偶者で婿養子のツイークであった。
「お待たせしました。では、ミヤさんは私と、そちらのお二方はツイークさんと一緒に来てください。ああ、そうだ、あなた達も折角だから一緒に来ない? いろいろ作ったから試着してみて欲しいのよ。気に入ったら持っていってもいいから。お願いできないかしら」
「試着は構わないのですが、いただいてもよろしいのですか?」
「ええ。防具の店だからか、あなた達くらいの年頃の女の子ってほとんど来ないのよ。だから作らなければならない機会は少ないのだけれど、作らないと腕が鈍っちゃうの。それに、あなた達が着ていた服を見て何か創作意欲が沸いちゃったのよね。まあ、そんな感じで作ったんだけど、売れるかも分からないし」
紫苑の確認にウィーナはそう言うと、頬に手を当てて軽くため息をつく。
それを見ていた少女達は、お互いで顔を見合わせた後に喜んで了承の意を返した。
「よかった。じゃあ、こっちに来て頂戴」
少女達の反応に喜びを表したウィーナは、そう言ってから五人の少女と一緒に店の奥にある試着部屋へと姿を消した。
「初めましてツイークと言います。それでは、セイジさんにヤスヒトさん……でしたよね? こちらも行きましょう。お二人の分も用意ができています」
奥から出てきてお辞儀をした後は喋らずにいたツイークが、誠意と康人に声をかける。
ツイークに声をかけられた二人は一度彰弘の顔を見て、既に断れる状態じゃないことを察する。
「分かりました。ではツイークさん、よろしくお願いします」
だから、二人を代表して誠司はそう答えを返した。
ツイークはその誠司の言葉を受けて、その場で半身になり「こちらです」と声を出してから誠司と康人を先導するように店の奥へ歩き出す。彼が向かうのはウィーナが向かったのとは別の試着部屋であった。
ツイークの後ろに続いた誠司と康人の背中を見送った彰弘は思わず声を漏らした。
「やっぱ、もう少し事前に話しておくべきだったかな」
「次からはでいいのではないですか? とりあえず、今日しっかりと採寸は済ましますので、夏までにはあの三人用の一式を用意しますよ」
その彰弘の独り言とも取れる声にステークは笑いながら言葉を返す。
ステークが言う、次とは誠司達が夏にファムクリツへ移動するときのこと、三人用の一式とはオーダーメイドの防具一式のことだ。
なお、今回誠司達へと贈るブラックファングの防具一式は、外套とジャケットを除いて個人商店のみならず大型の総合店などでも取り扱っている既製品である。元サンク王国も元日本と同じように服は、S・M・Lなどのように規定のサイズがあり、それに従い作られて店頭に並べられていた。これは防具も同じである。魔物の革で作られている物は柔軟性がある程度あるために、オーダーメイドでなくとも多少の融通が利かせられるからだ。もっとも、流石に全身を覆うタイプの金属鎧などは完全オーダーメイドであるのだが。
ともかく、今回は既製品であったが、誠司達がファムクリツへ向かう際には、彰弘は餞別としてオーダーメイドの防具一式を贈る予定なのである。
「流石に次は言うことにします。折角のオーダーメイドですから、実際に渡して、それで不具合があったらいろいろ台無しですからね」
「ははは、そうしてください。こちらとしても、お客様に合わないものを提供するのは本位ではありませんから」
「分かりました。たまに寄りますので、そのときに最終調整の日取りを教えてください。今度はちゃんと説明した上で来訪します」
彰弘の言葉で、この話題は一区切り。
そんな区切りで一瞬二人の間に沈黙が流れるが、ステークはすぐに次の話題を口にした。
「そうそう、あなたの防具なんですが何とか素材を手に入れることができそうです。後、お嬢さん達の分ですが、それについてはまだまだ期間がありますので、できる限り良い素材を仕入れますよ」
「おお」
半分駄目で元々と思っていたことなだけに、思わず感嘆の声を彰弘は漏らす。
彰弘が頼んでいた防具とは、『軽く丈夫で尚且つ動きを阻害しないもの』である。
動きを阻害しない防具という面では、ステークやウィーナは腕の良い職人という話であったし、実際に店に並べられている防具も良い物であるから心配はしていなかった。
ただ素材に関しては、運の要素が高かったのである。一般的に軽い素材と言えば魔物の革だ。ただそれは、丈夫さの面でいくと金属製のものにはやはり劣る。当然、世の中には金属――例えば鉄――などよりも軽くて丈夫な魔物の革も存在するのだが、それは非常に高価であるし何よりそうは市場に出回らない。
高価であるだけならば、彰弘は魔石の情報報酬として総合管理庁から多額の報奨金を受け取っているので特に問題はない。しかし、市場に出回らないとなると、どうしよもないのである。
自力で取ってくるという手もあるにはあるが、それには相応の危険が伴う。魔物との戦闘経験が少ない彰弘にとって、自力で素材を取りに行くというのは自殺に近いものがあった。
「ちなみにその素材とは?」
「残念ながら魔物の素材で金属以上の丈夫さを持つ物は、私のルート上ではまだ見つけられません。しかし、魔法金属系で純度の高い物を仕入れることができそうなのです。勿論、信用できる筋からですよ」
魔法金属というのは原石の状態で既に魔力を内包した金属のことだ。彰弘が持っている『血喰い』にも使われている黒魔鋼もその一つで、これには闇属性の魔力が内包されている。また、竜の翼パーティーのリーダーであるセイルが持っている『竜翼の斧』は、ミスリルという物質でできているが、このミスリルは無属性の魔力を内包した金属である。
「ともかく、素材が手に入り完成の目処が立ったらお知らせします」
「分かりました。よろしくお願いします」
「いえいえ、前金もいただいてますしね。さて、とりあえず必要なことは以上ですかね?」
誠司達三人の防具と彰弘達の新しい防具についてを話し終わり、ステークは確認のために彰弘へと問いかける。
それに対して彰弘は「そうですね」と、問題ない旨を返した。
「あなたはこれからどうしますか? 既製品の調整はそれほど時間はかからないでしょう。妻が作った新しいデザインの防具の方も、今回のは丈夫な服といったものですから、そう時間はかからないと思います」
そのステークの言葉に彰弘は暫し考えを巡らす。
時間がかからないならば、このままここで待っていても問題はない。ステークと防具の話することは有用であるからだ。
さて、どうするか? そんな風に彰弘は少し悩みはしたが、店の出入り口付近に気配を感じて、ここで待つという選択肢を除いた。この防具店に新しい客がやってきたからである。
「どうやら、お客さんのようですね。接客の邪魔をするのもあれです。私はイングベルトさんと道具屋のおばちゃんに、予定の三人が来たことを伝えに行ってきます」
「別に邪魔になるとは思いませんが……分かりました。もし、あなたが戻る前に皆さんがここに戻ってきたら、そう伝えておきましょう」
「すみませんが、お願いします。ではステークさん、また後で」
「はい」
そう告げた彰弘は店の出口へ向かって歩き出す。
店を出る直前に彰弘はステークの方へ顔を向けた。すると、早速彼は今入ってきたばかりの客の相談を聞いているところだった。
相変わらずの柔和な笑みを浮かべ接客するステークに彰弘の顔も綻ぶ。
彰弘はそんな顔のまま店を出て、まずは真向かいにある道具屋へと足を運ぶことにしたのである。
道具屋の店主である通称おばちゃんと、武器屋の店主であるイングベルトへ用件を伝え終えた彰弘は、再び『イジアギス防具店』を訪れ絶句する。
今彰弘の目には、全身を光沢のない黒色で包んだ一団の姿が映っていた。一見すると、どこの暗殺者集団だと言いたくなる。しかし、その集団はブラックファングの防具一式を身に着けた誠司達と、元から同様の装備を着けていた六花達であった。
思った以上に異様な光景に暫く店の入り口で固まっていた彰弘だったが、その硬直は慣れ親しんだ少女の声により解かれた。
「あ、彰弘さん! お帰りなさい。どう、美弥ちゃん達かっこいいよね!」
「あ、ああ、そうだな。六花とジャケットの柄は同じなんだな」
「うん。えへへー。そうそう、ウィーナさんからお洋服もらったよ」
布の袋を手に嬉しそうに笑う六花の頭を撫でながら、この場をどうすべきか考え、結局何もせず普通に支払いをして辞することにした。
よく見れば六花の親友である美弥も少し恥ずかしそうであるが嬉しそうにしている。
誠司と康人は、何とも言えない表情ではあるが、取り立てて文句があるわけではないようだ。
紫苑、それに瑞穂と香澄はいつも通り。あえて言えば、手に提げたを彰弘に示して笑顔を浮かべている。中にあるのはウィーナにお願いされて試着した服兼防具が入っているのだろう。
「では、ありがとうございました。今日はこのあたりで」
「いえいえ、こちらこそ。またのお越しをお待ちしております」
「調整が必要になりましたら、いつでも来てください」
「はい。お気をつけて。お嬢さん達、また着たら試着をお願いね。とは言ってもすぐにはできないけど」
支払いを終えて辞することを伝えた彰弘に、ステーク達はそれぞれ言葉を返す。そして、柔和な笑みで頭を下げた。
そんな『イジアギス防具店』の店主夫妻とこの家の婿養子に見送られて彰弘達は店を出たのである。
次の目的地である『イングベルト武器店』への短い道中、談笑しながら先を歩く少女達の後ろで彰弘と誠司、そして康人は会話を交わしていた。
「彰弘さん、今の僕達じゃとても払えないような物をいただいて感謝してるっすけど……」
「けど、なんだ?」
「さっき、何で店の入り口で固まってたんすか?」
康人の問いは、黒色衣装で武器を佩いた彼らの姿に絶句していたことについてであった。
「聞かなくても分かるだろ? さあ、想像しろ。武器を持った全身黒尽くめの集団を」
そんな彰弘の言葉に、誠司と康人は想像力を働かせる。
そして、「うわぁ……」という呟きを漏らした。
「六花達と一緒にいるときは何とも思わなかったんだけどな。傍から見るとな」
「よく分かったっす」
「まあ、集団でいなければ別にどうということはない。集団でいたとしても、元サンク王国側の人から見たら大したことはないんだろう。ステークさん達も普通の態度だったし」
彰弘のその言葉に嘘はない。
冒険者の姿は元の日本ではマンガなどの創作物かコスプレ会場などでしか見れないようなものだ。それは兵士や騎士、貴族といった人達も同様だ。この元日本人の感覚からいったら異様に見える姿も、サンク王国のみならず、リルヴァーナ全域で普通に見られることができたものなのである。
「まあ、それはともかくとしてです。本当に良かったのですか?」
「金額のことか? 気にしないでいい。使い道が思い当たらないものほど邪魔なのはないからな。俺を助けると思ってもらっといてくれ」
見た目の話から金の話に話題を移した誠司に、遠い目をした彰弘は即答する。
総合管理庁からの魔石の情報報酬。当初五パーセントだったものは、四パーセントへと減ってはいたが、彰弘にとってはそれでも正直多すぎであった。
全ての理由は、グラスウェルに隣接融合した日本の土地にある。自動車の燃料タンクから取得できた魔石だけならば、まだ現実的と言ってよい金額だったのだが、問題はガソリンスタンドにあった。融合間際ともなるとそこのタンクもそれなりに中身は少なくなっていたが、それでも融合の時期が想定よりも早かったことにより場所によっては中にまだ半分以上のガソリンが入っているものがあったのである。さらに言うと、ガソリンスタンドのタンクは冒険者に依頼を出す前に確認できなかったため、総合管理庁の職員と兵士達だけで取得を行っていた。その結果グラスウェル北の避難拠点の総合管理庁は、魔石購入資金分にあてられたそれをほとんど使うことなく、必要量以上の魔石を入手することができてしまったのである。
このような理由があり、さらに総合管理庁と彰弘の間で魔石の情報報酬についての書類が正式に交わされたが故に、彰弘は一生遊べるどころではない多額すぎる現金を受け取るはめになったのであった。
「前までは大金を手に入れて憂鬱になるとは思わなかったんだが……、まあ、ともかく気にせずにいてくれ。ほらもう武器屋だ。六花達も待ってるし行こう」
彰弘はそう言うと歩く速度を上げた。
そんな様子に誠司と康人は顔を見合わせる。
「いったいいくら貰ったんすかね?」
「さあ? 死蔵とかあの子達が言ってたから、普通に使ってたら、なくならないくらいかもしれないな」
「あの人も大変っすね。僕は普通でいいっす」
「私もだ。美弥やその家族と幸せに暮らせればいい」
誠司と康人の二人はそんなことを言い合いながら、足早に少女達へと近付く彰弘の背中を追いかけるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。