3-22.
魔法の実技試験を前に緊張するクリスティーヌだったが、六花達との会話によりそれも薄れ、結果Aクラスへ入る基準を満たすことに成功する。
当然、そのことを確認した六花達も自分達の試験でAクラスへ入るだけの実力を見せたのであった。
人はどのような事柄でも、それが一段落つくと大なり小なり解放感を得る。『受けた依頼を達成して一息つく』や『無事に目的地へと辿り着いて安堵する』などが分かりやすいだろうか。
勿論、先に挙げた二つの後でも解放感を感じない人もいる。しかしそれは、その人が依頼達成や目的地へ着くということを、それ単体で一つの事柄と捉えていないからだ。
例えば、依頼を達成し報酬を受け取るまでを一つの事柄と捉えている人がいるとしよう。そのような人の場合は依頼達成時点ではなく、報酬を受け取った後で初めて一段落つくことができるのだ。
ともかく、人は意識無意識関係なく自分の中で設定した事柄を終えると、そこからの解放を経て、また新たな事柄を設定して先へ進むのである。
◇
ショートカットと言うには少々長くなった髪の瑞穂は、昼食後の歯磨きを終え外に出たところで、「うーん」という声と共に伸びしてから、晴れやかな笑みを顔に浮かべた。
「いやー、大食堂の食事は味も量も満足満足。これが毎日食べられなくなるかと思うと、ちょっと残念だね」
「もう何言ってるの。まだ入試が終わっただけで、結果が出たわけじゃないんだからね」
瑞穂の言葉に突っ込んだのは香澄である。
香澄も髪は伸びているのだが、元々ポニーテールにするだけの長さがあったため、瑞穂ほど外見に変化は見られなかった。
グラスウェル魔法学園の入学試験を終え、貸し与えられている仮設住宅へと昨日の昼過ぎに帰ってきた瑞穂と香澄は、その日は何だかんだと疲れもあって部屋の中でゆっくりと過ごしていた。しかし、今日という翌日になると快晴である天気の影響もあり、部屋にいるのは勿体ないと外へ出てきたのである。
なお、当然のことであるが同じ試験を受けた六花と紫苑、それに同行してくれていた彰弘と自分達の家族も昨日一緒に仮設住宅へと帰ってきていた。
「まあまあ、それは置いといて。これからどうしよっか?」
「うーん……、彰弘さん達を誘って訓練場……。穏姫ちゃんのところでもいいかなー……」
入学試験が終わっただけ、と口にした香澄だったが、瑞穂の軽い返しには特に反論をせず思ったことを声に出す。
グラスウェル魔法学園の入学試験は、入学後のクラス分けを行うためのものという側面が強い。最低限の読み書き計算ができて、そして魔法を使える少女達はグラスウェル魔法学園へ入学することが確定していると言えるのだ。だから香澄は、隣に立つ瑞穂の「置いといて」発言を気にしなかったのである。
「なんか、今のあたし達って、前と全然考え方が違うよね」
「あー、うん。そうかも。確かに前だったら、暇なときは友達とどこかでお喋りとかだったかも」
「ま、いっか。今に不満はないし」
「ふふ、同じ。こんなこと言うのはあれだけど、前までの友達とは、多分……ううん、絶対に話が合わない」
避難拠点に到着直後から魔法の訓練に明け暮れた。そして冒険者となり、ゴブリンやオーク、そして今の世界で人――討伐対象者ではあるが――を二人は殺している。
元々融合前の日本でも普通とは言えない家庭で育った二人は、世界が融合してからも大多数の元日本人とは違う時間を過ごしてきていた。そんな二人だ、その思想は融合前に友達だった少年少女達とは、決定的に違うものとなっていたのである。
当然、ある程度の月日が経てば、二人も元友達と話が会うようにはなるだろう。しかし、まだ世界が融合してから半年も経っていない現在では、それは無理というものであった。
「とりあえず、彰弘さん達の部屋に行ってから決めようか」
瑞穂はそう言うと、彰弘達の部屋がある方向へ顔を向ける。
香澄もその提案に異論はないようで、「そうだね」と一言返していた。
それから二人は、お互いに笑みを向け合い頷き、揃って歩き出す。
「不満はない」と言った瑞穂に、それに同意した香澄。確かに二人の表情からは、その色を見て取ることはできなかった。
「あれは……美弥ちゃん?」
彰弘達の部屋へ向かい始めて少し、瑞穂が立ち止まり口を開いた。
「そうみたいだね。誠司さんと康人さんもいる。あれは、剣かな?」
瑞穂の言葉で同じく立ち止まった香澄は、目に映った事実を声に出す。
視線の先の三人はどこか緊張した様子だった。それぞれがナップサックを背負い、誠司と康人の腰には細長い物がぶら下がっている。
「同じ物かな?」
「だね」
自分達の腰に吊るした小剣を一瞥した瑞穂と香澄は短くやり取りすると考察を始めた。
「あんな感じで武器を持てるのは?」
「兵士、衛兵、冒険者。例外として貴族」
「三人が向かっている場所は?」
「たぶん、北東門」
「じゃあ、あの後ろ二百メートルくらい後ろを歩いている、ごっつい五人は?」
「魔獣の顎のみなさん」
「結論!」
「年始に聞いた話に鑑みて……美弥ちゃん達が冒険者となった」
瑞穂と香澄は頷き合う。
まさにその通りであった。修練だけでは不安を払拭できないと考えた誠司達三人は、年末年始の央常神社の境内で彰弘達に相談し、結果一時的に冒険者となり外で実戦を経験することにしたのである。
なお、魔獣の顎のメンバーは、『初心者初依頼の見守り強制依頼』の依頼中だ。偶々、誠司達三人が冒険者になったときに冒険者ギルドにいたことで依頼を受けることになったのである。
「だよね。こうしちゃいられない。彰弘さん達に知らせないと!」
「うん。彰弘さん達の部屋はすぐそこだけど、わたしは念のために見張ってるね」
「了解。ささっと行って来る」
僅かに魔力を活性化、そして身体能力を向上させた瑞穂は、そう言うや否や駆け出した。
「そこまで急ぐ必要はないと思うけど」
呆れたような笑みで瑞穂の後姿を見送った香澄だったが、視線をすぐに誠司達へと戻した。
瑞穂のあの様子なら、数分も経たない内に彰弘達を連れて戻ってくるはずだから、誠司達が今の速度のままならば見失う心配はない。などと考えつつも香澄は視線の先に意識を集中する。
彰弘達を呼びに行った瑞穂が戻ってきたのは、彼女がこの場所を駆け出してから僅か二分後のことであった。
◇
黒色の外套を纏った男が口を開く。
「黙って冒険者になって、黙ってエイド草採取に向かうとか水臭くないか?」
「そんなこと俺に言われてもな。大方、余計な手間をかけさせたくないとか思ったんじゃないか?」
「大した手間でもないんだが。まったく、あの二人が偶然見つけなかったら、折角の準備が台無しになるところだった」
「準備? 何だそれは……って、アキヒロ。いつの間に」
それまで何事もなかったように会話をしていた魔獣の顎のリーダーであるガイは、自分が話していた相手が誰であるかを今更ながらに気が付いた。
「なかなか、自然だったな」
「ああ。自然すぎて、リーダーが気付いてないとは思わなかった」
魔獣の顎のパーティーメンバーは、そんな感想を口々に言い笑う。
それを見た彰弘も笑みを浮かべて、それからガイの疑問に答えた。
「準備っていうのは、外へ出るための物品一式の手配さ。素材剥ぎ取り用のナイフに防具やら外套やら、後は道具などなどといった感じだな」
「普通に驚いたぞ。まあ、いい。それよりも随分といい準備だな。エイド草採取にそれらが必要とは思えん。余程、運が悪くない限り、あの辺りで魔物に襲われることはないんだからな」
「俺らのときは、百体くらいに襲われたんだが……」
「そんなのは数千、数万分の一以下の確率だ」
実際のところ、ガイの言うとおりである。
エイド草が生えているのは防壁の外ではあるが、その周辺は他の薬草類も生えており、街で暮らす住民にはかかせない場所だ。そのため、常日頃から街常駐の兵士や、定期的に出される冒険者への指名依頼によりその周辺の魔物は狩られている。
彰弘達のときは、世界融合の影響で兵士や冒険者によるエイド草が生える周辺の狩りが十分に機能していなかったという事実はある。だがその期間は僅か十五日間程度で、延々と狩られ続けていた魔物が再び居つくわけがない。だからこそ、冒険者ギルド側も彰弘達に従来通りのエイド草採取を受けさせたのだ。
そもそもの話、そうでなければ未成年が大多数を占める初依頼に、エイド草の採取が選ばれる訳がない。
今回のガイ達のように陰ながら見守る制度があるのは、万が一を考えてのためでしかないのである。
なお、彰弘達が初依頼のときに、多数のゴブリンと対峙するはめになったのは、迂闊な行動をとったジン達パーティーのせいであった。通常であれば、仮に魔物に遭遇したとしても一体か二体程度なのである。
余談だが、このエイド草をはじめとする各種薬草はその周りを人工的な何かで囲うと、一度採取したら最後、再び生えてくることはない。そのため、防壁を延ばし安全を確保するという手段を取ることができないのである。
「ともかく、準備した物を渡したいだけなんだよ。今回の依頼には必要なくても、今後は必要になるだろうしな。確か、依頼自体に手を貸さなきゃ問題はないんだよな?」
「ああ。採取できる場所まで同行したり採取を手伝うのは駄目だ。後、採取したエイド草を持ち帰るのを手伝うのも駄目だ」
「なら、大丈夫だ。それらをするつもりはない。ちゃんとあの子達にも言ってあるしな」
彰弘は初依頼についての確認をすると、今まさに誠司達に接触しようとしている六花達へと目を向けた。
「あんた、なんでこっちに来たんだ? あの子達と一緒に会えばよかったじゃないか」
それまで彰弘とガイの会話を傍観していた、魔獣の顎の一人が口を開く。
それに答えたのは彰弘ではなくガイであった。
「念のため、一応、と言ったところだろ。強制依頼を受けた俺達が、アキヒロ達の行動を否と判断したら、あの三人は初依頼を失敗となる」
「そういうことだ。何だったら、誰か付いてくるか? ここから一本入ったとこにある武器防具、後道具屋にこれから行くんだが」
彰弘はそう言って、魔獣の顎のメンバーの顔を見回す。
それに対してガイは首を横に振った。
「そこまでしなくてもいいだろう。勿論、その三つが見える場所にはいるけどな。とりあえず、物を渡し終わったら離れてくれれば問題はない」
「分かった。それじゃ、また後でな」
ガイの返答を聞いた彰弘はそう言うと脇道へと入っていった。
基本、初依頼を受ける冒険者は、もしものために陰ながら自分を見守っている人がいることを知らない。『この依頼程度のことを自分でこなせないようならば、冒険者として活動することはできない』、その考えが浸透しているため、冒険者ギルド職員も既に冒険者である人達も教えることはしないのである。
彰弘はそのことを考えて、魔獣の顎の存在を悟られる可能性を消すために一度脇道へと入ったのであった。
◇
「お客さん、いい装備があるよ。ちょっと寄ってかない? へっへっへっ」
緊張した様子で道を歩く誠司達に怪しげな調子で声をかける人物がいた。
思わずぎょっとして足を止めた誠司達が目にしたのは、呆れた様子でため息をつく顔見知りの少女三人と、その前で変な笑いを顔に浮かべた、これまた顔見知りの少女である瑞穂だ。
「あれ?」
「『あれ?』、じゃない。なに馬鹿なことやってるの」
香澄は声と同時に手の平を瑞穂の後頭部へと叩きつけた。
「あでっ! ちょ、香澄痛いよ」
「瑞穂ちゃんが馬鹿なことするからでしょ」
そんな双子のような二人のやり取りを尻目に六花が一歩前へと進み出る。
そして、美弥の前に立つと口を開いた。
「むぅ。美弥ちゃん水臭いです」
そう言う六花の顔は少し悲しそうだ。
笑顔が抜群に似合う顔なだけに、その落差により普通の人より相手に与える影響は大きい。
「ごめん、六花ちゃん。でも、試験とかで忙しそうだったから……」
そう返した美弥も、六花同様に沈んだ表情を見せた。
誠司と康人の表情も少し沈んでいる。六花と美弥の表情に釣られた分もあるが、年末の神社でどうすべきかを相談したときに、彰弘から助力すると言われていたにも関わらず、何も伝えずにいたからだ。
「まあ、とりあえずは間に合ったんだし。ここは一つあたしの顔に免じて、全てをまるっと水に流して。さぁ、行こう」
「さらっと、自分の行いも含めて水に流そうとする瑞穂さんには脱帽です。ともあれ、こうして間に合いました。知り合いが無防備に近い格好で外に出るのを防げたのですから、良しとしましょう。ね、六花さん」
意図して明るく振舞った瑞穂に便乗して紫苑が言葉を繋ぐ。
六花はその紫苑の言葉で表情を戻すと「うん」と頷いた。
短時間の間に、間の抜けた空気から沈んだ空気、そして普通と言える空気へと変化したその場に沈黙が流れる。
そんな中、少ししてから誠司が口を動かす。
「何も伝えなかったことは謝るしかないですね。ところで、さっき装備とか行くとか言ってたけど、どういうことですか?」
負い目からか、誠司の口から出た疑問は微妙に丁寧であった。
「そのままですね。誠司さん達が冒険者になるかもしれないと分かった日から、彰弘さんが武器屋さんなどに依頼をしていたのです。武器に防具、それに外で使うことになるだろう道具。これらを受け取りに行くということです。勿論、代金は必要ありません」
何故かにっこりと微笑んだ紫苑が答える。
そして、これまたにっこりとした香澄が続く。
「ついでに言うと、受け取り拒否も無理です。まあ、そちらから冒険者になることを伝えてくれたなら断ることもできたかもしれませんけど。今となっては無理ですね。諦めて受け入れてくださいね」
見ると六花と瑞穂も、その顔には笑みを浮かべていた。
よく分からない不安を感じた康人が追加の疑問を投げかける。
「いまいちどころか、さっぱり分からないっす。厚意、なんすよね?」
「もちろんだよ。影虎さん達は結構もらってくれたけど、うちの両親は全然受け取らないし。徹さんなんかは、訓練ばっかしてるのか会うことすらないし。彰弘さんの交友関係、この辺りじゃないらしくて死蔵しそうとか言ってたね」
康人は首を傾げる。
誠司と美弥も意味が分からないようだ。
「うんとね、たくさん稼げたから、そのおすそ分けだって。そうそう、美弥ちゃんの防具はわたしとお揃いだよ。美弥ちゃんの方が背が高いし細いから仕立て直しは必要だけどね。あ、後、武器もイングベルトさんがいいのを選んでくれるって。なんか特別にいつもは仕入れない杖とかも入れてくれたんだって」
「え、あ、うん。ありがと?」
首を傾げる三人への補足のつもりで話し出したのだが、いつのまにか美弥の装備に気を取られそればかり話す六花。
突然のことで、一応は言葉を返した美弥だが、当然よく分かっていなかった。
そんな状況を見て、紫苑が補足と纏めを口にする。
「簡単に言ってしまうと、あぶく銭が手に入ったが死蔵しそうだから知り合いに還元しようということです。誠司さん達の場合、それが防壁の外で活動するために必要な物になったということですね。まあ、行けば分かります」
「そうだね。そろそろ彰弘さんも来るだろうし」
紫苑の言葉の終わりを待って、そう言った香澄は一本隣の通りへと続く路地へと顔を向けた。
その行動に、一同も路地へと視線をやる。
するとそこには香澄の言葉のとおり、こちらに向かってくる彰弘の姿が見えていた。
一同の下に辿り着いた彰弘は口を開く。
「水臭いな。まあ、これは多分言われているかな。とりあえず、行こうか。プレゼントがある」
そして、それだけ言うと踵を返して、今しがた自分が歩いてきた路地を戻り始めた。
誠司達三人はお互いに顔を見合わせてから、彰弘の背中を見てから六花達へと顔を向ける。そんな三人に返されたのは、とても良い笑みと、彰弘の後に付いて行くことを促す言葉であった。
お読みいただき、ありがとうございます。