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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-21.

 入学試験二日目の面接を待つ間の教室で、六花達四人はクリスティーヌから自分は伯爵家の者だという告白を受ける。

 しかし、前日に話し合ったこともあり、その告白を難なく受け止めるのであった。




 魔法の実技試験が行われる会場は、冒険者や兵士などの課程を選択した第三学年の生徒達が卒業試験を行う闘技場である。

 勿論、この場所は卒業試験だけに使われるわけではない。今現在のように入学試験に使われることもあれば、他にある訓練場と同様に授業で使われたりする。また、生徒達が自主的に行う模擬戦――教師の立会いが必要――でも使用されていた。

 なお、闘技場は高さ一メートル縦横の長さが五十メートルある正方形の石でできた闘技舞台が中央にあり、その周りを囲うように十メートルの間をおいて階段状の観客席が設けられている。このような造りとなっているのは、卒業試験を行う生徒の家族から、また有能な兵士を自らの家に囲い込みたい貴族からの参観をしたいという要望によるものであった。

 ともかく、魔法の実技試験は闘技場を会場として行われるのである。









 闘技舞台に上がっていた最後の受験生が二十メートル先の標的へ向けて魔法を放つ。途中までは勢いよく飛んでいた火でできた矢だったが、標的まで数メートルというところで急速に魔法としての形を失い霧散した。

「魔力が標的まで届いてませんでしたね」

「あらら、おしい」

「二割弱?」

「うん。そんな感じだね」

 もうすぐ自分達の番となる少女達は思い思いに口を開く。

 紫苑と瑞穂は今目にした魔法についてで、六花と香澄はこれまで試験を行った受験者でAクラスとなる者の割合についての内容だ。

「今のところAクラスが若干少ないといった感じですけど、大体どのクラスも同じくらいの人数になりそうですね」

「バランスがよくていいんじゃない? 最初から一緒に授業受ける人が少ないと何となく寂しい気分になるし」

 紫苑と瑞穂が入学後のクラスについての話に加わる。

 現在試験を終えたのは受験生の三分の二。何人かは体調不良で今日の試験を受けていないが、このままの割合ならば、紫苑の言うとおりどのクラスも同じような人数になる計算だ。

 なお、例年だとAクラスの人数は、入学生の一割ほどしかいない。受験生の数が例年どおりの今年でAクラスの人数が増えたことには、世界融合に対する危機感が多少なりとも影響しているのであった。

「ところで、皆さんは緊張とかしないのですか? 妙に落ち着いている感じがするのですけども」

 六花達が和やかと言える雰囲気で話していると、幾分強張った表情のクリスティーヌがそんな疑問を口にする。

 グラスウェル魔法学園へは、魔法が多少なりとも使えて、読み書き計算がある程度できれば、ほぼ入学できることが確定している。ただし魔法能力により最初のクラス分けが行われる事実があるので、受験生達は多かれ少なかれ緊張を表していた。しかし、そんな中で六花達四人には、その現れがない。クリスティーヌはそのことに疑問を持ったのである。

「ああ、まあ、うん。あたし達はどのクラスでも目的を果たせるから、かな?」

 最初に答えたのは瑞穂であったが、その言葉は曖昧だ。

 そんな瑞穂にため息をついた香澄が助け舟を出す。

「もう、それじゃ全然分からないよ。えーとね、わたし達は魔法もそうだけど、いろんなことの基礎が不十分なの。だから学園に入ってそれを学びたい。どのクラスでも基礎なら教えてくれるでしょ? そんな感じだから、正直クラス分けはあんまり関係ないんだ」

「そうですね。それに現時点での実力はあくまで目安程度のものでしかありません。私達の目的は強くなること、この世界の知識を得ること……です。そのためには基礎が重要です。要は入学して基礎を学び、その後どれだけ自己研鑽できるかですから、クラス分けにこだわる必要はないのです」

 香澄の説明に紫苑が補足し、それに六花がうんうん頷いた。

 基礎を学ぶ。知識を得る。これは別に学園に通わずともできないことはない。ただ、学園に通わずにそれらをする場合、見つかるかも分からない自分達に教えてくれる人を探し出し教えを請う必要が出てくるのだ。

 つまり六花達四人にとって、確実に基礎を教えてくれる学園に入ること自体が第一の目的であるために、他の受験生のような状態にはなっていなのである。

 なお、彰弘や瑞穂と香澄の両親が少女達を学園へと通わせようとした目的である、同年代との生活と交友関係構築については、紫苑にしても残る三人にしても口にはしていない。わざわざこの場で言う必要のないことであったからである。

「そう考えるとクラス分けに拘る必要はないのかもしれませんね。確かに授業以外の時間にも先生から教えを請うこともできますし……うん、少し気が楽になりました」

 クリスティーヌはそう言うと先ほどまでよりもにこやかな顔で一つ頷いた。

 貴族の家系に生まれた者は一般家庭に生まれた者よりも幼いころから高度な教育を受けることになる。これは魔法についても同様だ。それがためにクリスティーヌは、この入学試験の結果が反映されるクラス分けについて緊張していた。しかし、六花達四人との会話により自分本来の目的を思い出し、それが微笑みに繋がったのである。









 闘技舞台に並ぶ十人の一番端で、クリスティーヌは二十メートル先の標的と向かい合っていた。

 魔法の実技試験は十人一組で闘技舞台に上がり、受験番号の若い順から一人ずつ標的に向かって魔法を放つ。その結果で入学後のクラスが決められる。

 なお、試せるのは一回のみで二回目はないという緊張から、受験生の中には手元でさえ魔法の構築を行えない者もいた。そのような者達は、この試験の後で個別に魔法の構築が最低限できるかを確認され、入学の可否を判断するという救済処置が取られる。

 ちなみに、救済処置を受け入学した者は、普段の実力がどの程度であろうとクラスはEとされた。









「百九十八番、クリスティーヌ・ガイエルさん。始めてください!」

 試験官の上げた声でざわめく観客席を余所にクリスティーヌは一つ深呼吸をすると標的を見据えた。そして、この場に向かう前に受けた六花達からの助言を思い出す。

「標的に当てるではなく撃ち貫く」

 クリスティーヌはそう小声で呟きながら、貸与された魔法補助のための杖の先端を標的に向ける。

「体内に眠りし力よ、今が目覚めのとき」

 静かな詠唱がクリスティーヌの口から流れ、同時に彼女の体内の魔力がゆっくりと活性化する。

 その体内を巡る魔力の感触が十分に感じられるほどとなり、クリスティーヌは次の言葉を紡いだ。

「魔力よ、我が意に従いここに集え。汝は火の化身……」

 術者の持つ杖の先端周りの空間が僅かに揺らぐ。

「……眼前の敵を撃ち貫く火の(やじり)となれ!」

 杖の先端に火でできた全長三十センチほどの火でできた矢が生み出される。

 そして……。

「行け! 『ファイアアロー』!」

 クリスティーヌの口から鋭く響く魔法名(キーワード)と共に、杖の先端にできた火の矢が勢いよく放たれた。

 術者の気合を乗せたその魔法の矢は、些かの衰えも見せずに直進。そして数秒後、標的である木製の案山子に激突する。

 闘技場が一瞬静まり返り、直後歓声が沸いた。

 今までも案山子へと魔法を当てた受験生はいたが、ここまでの勢いはなかったのだ。それに加えてクリスティーヌがガイエル伯爵の娘であるということも、闘技場を沸かせることに一役買っていた。

 クリスティーヌは唖然とした表情で、大きく削れた胴体の部分から煙を出す案山子を見つめていた。これまでも練習用の案山子へと魔法を放ったことはあったが、それは今日の半分もない距離へである。しかも今みたいに激しく激突するようなものでなく、当たったことが分かる程度のものであった。当然、今日も同じようになると思っていたのだが、結果は見てのとおり。彼女が唖然とするに十分であった。

「クリスティーヌ様、お見事です!」

 試験官が思わず、その役目を忘れて声を上げる。

 しかし、自分の失言にすぐに気付き言葉を続けた。

「あ、失礼しました。百九十八番、クリスティーヌ・ガイエルさん結構です。では、闘技舞台上の受験生の方は戻ってください」

 試験官の取り繕うような声でクリスティーヌも我に返る。それから観客席へと目を向けた。

 その目の先には笑顔で手を振る六花達いる。

 クリスティーヌは笑顔で手を振り返してから貸与されていた指定の場所へと戻し、試験管に小声で「ありがとうございます」と伝えて、闘技舞台を降りていった。









 試験会場である闘技場の受験生達とは反対側にある観客席で、試験の様子を見ていた学園長のルスターは笑みの浮かんだ顔で口を開いた。

「話ではあそこまでの魔法は使えない、ということだったと思うが」

「ええ、私もそう聞いていました」

「同じく」

 ルスターに答えたのは、副学園長であるラウンと第一学年の学年主任アシナである。

 別に調査をしたわけではないが、入学願書を自ら届けに来たクリスティーヌ本人から「魔法はそこまで得意ではない」と聞かされていた。しかし結果を見ればあのとおり、威力だけならば現在の第三学年の魔法使い志望の生徒達となんら遜色のないものだったのである。

「何らかのアドバイスでもあったのかもしれんな」

 顎を撫でながらルスターは自分達の正面で喜んでいる様子の少女達の姿に目を細めた。

 それに釣られて反対側の観客席へとラウンとアシナが顔を向ける。

「あの子達がですか?」

「うむ。報告書によると、あの子達に魔法を教えたのは避難拠点へ行った冒険者の魔法使い達のようだ。とすると、相応の段階にいる者に教えを受けたことになる」

「冒険者なら実戦経験が少ない私達よりも、効率がよかったりする魔法の使い方などを知っているかもしれませんね」

「まあでも、あれですね。どれだけ適切なアドバイスであっても自力がなければ、ああまではなりません。クリスティーヌ様にそれだけの実力はあった、ということなのでしょう」

「さて、話はこれくらいにしておこうか。いよいよあの子達の番だ」

 話は終わりと口にしたルスターの目は闘技舞台の上に注がれた。

 そこには六花達四人の姿が見える。

「おや、杖は使わないようですね」

「確かに持っていませんね。何故でしょうか」

 ラウンとアシナは首を傾げた。

 一般的に魔法使いは魔法を使うための補助として、それように調整作成された杖や指輪などの補助具を使う。理由は単純で、魔法を使う際に必要とする魔力制御の負担を少しでも軽減するためだ。杖などがなくても魔法は使えるが、あった方が楽なので普通の魔法使いは大抵がそれら補助具を使っているのである。

「ともかく、見ていようではないか。補助具を使わない者がいないわけではないしな」

 そう言うと、ルスターはそれっきり口を閉ざし闘技舞台へと集中すると、それにラウンとアシナも倣う。

 暫くして、六花達の番がきた。

 少女達の中での一番手は紫苑である。彼女はおもむろに手の平を標的に向けると数秒だけ口を動かす。そして、その口の動きが止まると同時に、手の平の先に現れた光り輝く矢が標的へ向かって勢いよく放たれた。

 魔法の速度はクリスティーヌと同じくらい。だが、魔法の性質が違った。

 クリスティーヌの火の矢はその属性の性質もあり案山子の胴体を大きく削ることになったが、紫苑の放った光の矢は案山子の胴体を貫いたのである。

「補助具なしにあの早さであの威力……杖を持つ必要がないということですか」

 ラウンの口から半ば呆れたような声が流れた。

 その隣ではアシナが目を見開いている。

「ふむ。『リスティ・ディスタンス』」

 そんな二人の様子を確認してから、眼下で集まり何やら会話をする四人を見たルスターは、一つ頷くと聴力を強化する魔法を唱えた。

 『リスティ・ディスタンス』は、単純に自分の聴力を上げる魔法である。この魔法、慣れていないと全ての音が数倍になって聞こえてしまうため、このように人がある程度の人数がいる場所では普通は使わない。しかし、ルスターは長年の経験により聞き取る対象を特定させることができるようになっていた。

 ともかく、ルスターは聴覚を会話する四人の少女へと集中する。

(目立たないようにするって言ってたのにやりすぎでしょ)

(反省しています。クリスさんのを見たせいか制御を誤りました)

(まぁまぁ、瑞穂ちゃん。とりあえず、わたし達も同じくらいでいこ?)

(さんせーい。わたしはクリスさんと同じように闇の玉で表面砕く)

(じゃあ、わたしは氷を突き刺そうかな)

(なんで香澄は威力落としてんのよ。まあ、難易度でいったらそっちの方が高いけどさ。仕方ないあたしが風で貫こう。ああは言ったけどあたしが最初だったら、紫苑ちゃんより酷いことになってたかもしれないし)

(ありがとうございます、皆さん)

 四人の少女が試験官の声で元の位置に戻ると、ルスターは自身にかけた魔法を解いた。

「どうも想像以上らしい」

 ルスターが失笑する。

「どうだったんですか、学園長」

「まあ、見てれば分かる。次の子が闇で案山子の表面を砕くそうだ。その次は氷の矢かな? それを突き刺す。最後は風で貫くそうだ」

「それって……」

 ルスターの言葉を聞いて、アシナが何かを言おうとしたことろで、六花が行動を開始した。

 六花の動きは紫苑とほぼ同じで、そこからもたらされたものはクリスティーヌとほぼ同じだ。手の平の先から放たれた艶のない黒色の玉は案山子に触れると闇を撒き散らしその表面を砕いた。

 続いた香澄の魔法は先の二人よりもだいぶおとなしい。ただし、木製とは言え中が空洞ではない丈夫な案山子に突き刺さる氷の矢を放つ彼女が、並みでないことは誰の目にも明らかであった。

 そして、最後は瑞穂。彼女の標的である案山子は、風の魔法で頭部分を貫かれたのである。

 紫苑に続く三人の魔法は会場を静まらせた。

 ややあってから、試験官が闘技舞台にいた受験生達に退場を促す。

 六花達は再びざわめき出す中を何事もなかったように進み、クリスティーヌが待つ観客席へ戻っていった。

「そういえば、あの子達が見学のときに聞いてきたことは何だったんでしょうか?」

 六花達の次の受験生達がやりにくそうに試験を行う様を横目で見ながらアシナがそんなことを呟いた。

「それはあれかね。試験の結果によってクラスが分けられることについて聞いてきた」

「ええ、そうです」

「分からないでもない話ではあるな。あの力と直前の会話、そしてクリスティーヌ嬢との様子から、あの子達は自分達が入りたいクラスに入るつもりだったと推測できる。今回は偶々クリスティーヌ嬢がAクラス入り確定の結果を出したから、同じように案山子に当てたってだけで」

「つまり、あの子達にとっては、現時点での実力によるクラス分けはどうでもよかった。単純に仲良くなれた子と一緒のクラスになりたかった。そういうことですか」

 ルスターの言葉の意味を即座に理解したラウンがそう結論を出した。

「よいではないか。結果はAクラスだ。まあ、仮に他のクラスだったとしても、あの子達なら試験で見せたレベルまでしか普段は力を見せないだろう。魔法の実力を隠し通すというのも魔力操作の修練になる。我々がやることは変わらんよ。生徒が望むことを察して、適切な指導を行う。間違った方向に行くならば正す。ただそれだけだ」

「確かに仰るとおりです。では、残りの受験生の様子を観察しましょう」

 微妙な表情をしていたアシナも、教員である基本を聞いて顔を綻ばす。

 それからほどなくして、魔法の実技試験は終了した。

 ルスター達三人はおもむろに立ち上がり、闘技場を後にする前に対岸の観客席へと目を向ける。

 そこには試験が終わったことでほっとする、話題の中心であった少女達を含めた未来の生徒達の姿が見て取れた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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