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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-19.

 前話あらすじ

 彰弘達は、央常神社で国之穏姫命や知り合った人達と年末年始を過ごすのであった。




 グラスウェル魔法学園の入学試験日程は、第一回目が二月五日と二月六日の二日間。第二回目が三月五日と三月六日の二日間である。

 試験内容は二月と三月共に同じだ。一日目の午前に筆記試験があり、その日の午後には受験者のおよそ半分の人数がグループ面接を行う。二日目の午前中は、前日に面接を行わなかった受験者の面接に当てられている。そして、午後になってから受験者全員の実技試験が行われることになる。

 なお、入学試験は基本一年に一回だけしか受けることはできないが、試験当日に急に体調を崩すなどの事情があった場合に限り、第一回目の受験者であれば第二回目を、第二回目の受験者であればその数日後に再度の試験を受けることができるようになっていた。









なお、全くの余談となるが、昨年六花達四人が学園見学をしたときには、避難拠点とグラスウェルを繋ぐこととなる防壁は、辛うじて土台ができている程度であった。しかし、この二月の時点では既に双方を行き来するのに護衛は要らないほどまで工事が進んでいる。

 これはひとえに彰弘が魔石の在りかを発見したお蔭であった。透明色の魔石が大量に手に入ったため、防壁建造に使われるゴーレムの稼働率が増大し、当初の予定を大幅に上回る早さで工事が進んだのだ。

 また、大量の魔石は防壁を造る際に使われる石材などの加工にも影響を与えていた。元地球側の土地に建つ鉄筋コンクリートなどの建物は、順次粉砕処理され陣系統の魔法により防壁に使われる石材へと変化させていた。その作業時間が魔石の影響により大幅に短縮されたのである。この石材供給の早さは、後々に行う予定であった防壁延長を行えるほどであり、結果としてグラスウェルの街を囲う防壁は後々ではなく、今このときに延長させる運びとなったのである。

 一人の思いつきから端を発した影響は、思いの外、大きな効果を及ぼしたのであった。









 二月五日の昼過ぎ、少女達はグラスウェル魔法学園の正門の外で談笑していた。勿論、正門やその前を通る人の邪魔にならない場所でなのは言うまでもない。

 さて、この少女達とは誰なのかだが、それは六花と紫苑、それに瑞穂と香澄という避難拠点からの受験者である四人に、緩やかにウェーブする金色の髪が腰の辺りまである楚々とした美少女であるクリスティーヌを加えた五人であった。

 クリスティーヌと四人の出会いは、グラスウェル魔法学園へ入学するための試験の一つ、筆記試験を終えた後のことである。

 受験者のために開けられた寮の食堂で一人食事をする場所を探していたクリスティーヌは、普通の倍以上は軽くある量を黙々と食べる四人の少女を目にした。そして、思わずその姿を凝視してしまう。その結果、食事に夢中だったはずの四人に気付かれ、一緒に食事をすることにもなり今に至るのである。









「いやー、それにしてもよかったよかった」

 一頻(ひとしき)り筆記試験の内容で盛り上がっていた少女達だったが、いつしかその話題は寮での食事へと移っていった。

「見学のときのことが、功を奏したようですね」

 瑞穂の笑顔に、こちらも笑みを浮かべた紫苑がそんな言葉を返す。

 学園見学のときに学食の普通の食事量では足りないという話が出たこともあり、学園側がそれについてを早速と対応してくれたのである。もっとも、特盛りご飯はともかく、料金を払っておかずを追加という制度はまだ実施されていない。一品おかずに関しては新年度からは実施される見込みなのであった。

「ふふ。まさかあの量を本当に食べ切るとは思いませんでした」

 自分が凝視してしまった光景を思い出し、クリスティーヌは微笑む。

「まだまだいけるよー。まあ、お腹八分目って言うし、毎回あれくらいプラス一品って感じかなー?」

「そうだね。あのくらいなら午後に実技があっても普通に動けるから、今日の量を基準にするといいかも」

「うんうん。特訓レベルじゃなきゃだいじょぶ」

 瑞穂に続いて、香澄と六花がそれぞれの感想を口にした。

 そんな感じで談笑していた五人の少女だったが、暫くして自分達へ近付いて来る人の気配を感じてその方向へと顔を向けた。

「その感じなら、特に問題はなかったみたいだな」

 そう少女達へと声をかけたのは彰弘である。

 その後ろには瑞穂と香澄の家族もいた。

「はい。問題ありません。学園見学のお蔭です」

 まず紫苑が笑顔で言葉を返す。

 続いて六花、そして瑞穂と香澄の三人も、紫苑の言葉に頷いた後で「満足だった」等と口を開いた。

 そんな返しに彰弘達は内心で首を傾げる。それも当然だろう、今日は入学試験の内の一つである筆記試験を彼女達は受けていたはずだ。それなのに帰ってきた言葉が、どうにも筆記試験のことには結びつけるのは難しいようなものばかりである。もし仮に今日が面接を受ける日だったならば、まだ分かるのだが……。

 娘達の言葉の意味を暫し考えた正二は、一応確認しようと口を開く。

「一応、聞くけど……」

「なに、お父さん?」

「何が満足だったんだ?」

「何が、って。そりゃお昼ご飯に決まってるじゃない」

 父親である正二に答えたのは瑞穂で、その顔は「当たり前じゃない」と、さも当然のようであった。

 そんな娘の返答を受けた正二は、まず自分の妻である瑞希の顔を見て、それから彰弘へと目を向ける。彼の目には頬に片手を当ててため息つく瑞希と、「だから学園見学か」と納得の笑みを浮かべる彰弘の姿が映っていた。

 なお、七歳となった正志は「瑞穂姉ちゃんだけならまだしも……」と愕然とした表情を浮かべたのである。

 少女達と彰弘達の間に妙な沈黙が流れる中、今現在のこの場では部外者であるクリスティーヌが控えめに声を出した。

「あの、多分親御様方は筆記試験のことをご確認になったのだと思うのですが……」

 その言葉で、不思議そうに自分達の家族を見ていた四人の少女はクリスティーヌへと顔を向ける。そして、少しの間彼女を見つめてから、ギギギッと音が出そうな鈍い動きで顔を元の位置へと戻した。

 それから数秒、六花が親指を出した握り拳を彰弘へと突き出し、元気に声を出す。

「だ、だいじょぶ。読めたし書けた。計算もばっちり。だからだいじょぶ!」

「私も問題ありません」

「わたしも……大丈夫です」

「あはははー、やだなぁもう。そっちならそっちって言ってくれなきゃ。勿論ちゃんとできたよ、あたしも」

 少女達は全員が全員、恥ずかしさを隠しながら筆記試験についてを口にした。

 なお、六花と瑞穂はそこまでではなかったが、残る二人は自分の勘違いが相当に恥ずかしかったようだ。紫苑と香澄の顔は耳まで赤くなっていた。

 それはともかく、とりあえずは無事に今日の試験が終わったようだと知ることができた彰弘達は、そこで始めてクリスティーヌへと意識を向ける。

「ところで、この子は?」

 そんな彰弘の問いに答えたのは紫苑だ。

「彼女はクリスティーヌさんです。今日、寮の食堂でご一緒して仲良くなりました」

「グラスウェルへ来て初めてのお友達だよー」

 紫苑に続く瑞穂の言葉を受けて、彰弘達は残る六花と香澄二人の顔を見て、そしてクリスティーヌへ向き直る。

 少女達全員の顔が朗らかなことを見て取り、まず彰弘が口を開いた。

「俺は彰弘と言う。六花と紫苑の保護者だ。二人をよろしくな」

 そして、彰弘の言葉が終わるのを待ち、正二が続く。

「私は正二と言います。瑞穂と香澄の父親です。そして、妻の瑞希と娘達の弟の正志。瑞穂は何かとそそっかしいところもありますが、香澄共々よろしくお願いします」

 彰弘達の挨拶が終わり、クリスティーヌの番となる。彼女は先に挨拶をさせてしまったことに少々慌てたが、すぐに姿勢を正して彰弘達に向き直った。

「私はクリスティーヌと申します。至らぬところもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」

 そして、そう言うと綺麗なお辞儀を見せる。

 そんなクリスティーヌの挨拶は、先ほどの慌てを多少は引きずっていたのかもしれない。友達の保護者へ向けた挨拶としては少々適さない言葉であった。しかし、その挨拶と態度は彼女の気持ちが十分に伝わってくるものであったので、彰弘達はわざわざ指摘せずに流したのである。

 もっとも、クリスティーヌは顔を上げ、それから再度双方がお互いに「よろしく」と言葉を交わした後、少し経ってから赤面した。一通りの挨拶が終わってから近付き囁いた紫苑の言葉で、自分の発言がこの場に適していなかったことを悟ったのである。

 ともかく、お互いの自己紹介を含めた挨拶を終わらせた彰弘達は、この後どうするかを話し合う。

 折角、友達となったのだからもっと話していたいという少女達の言葉は彰弘達にも理解できた。それにクリスティーヌも向かえを待っているとのことだ。それなら彼女の迎えがくるまで、雑談に花を咲かせるのも悪くない。

 そんな感じで話が纏まりかけたころ、ふいにクリスティーヌが「あっ」と声を出して、ある一方へと顔を向けた。

 そこにいたのは侍女服に身を包んだ、十代後半に見える藍色の髪をセミロングにした女である。

 女は静々とクリスティーヌに歩み寄ると一礼をしてから声を出した。

「お嬢様、遅くなりました。申し訳ございません」

「気にしないでエル。あ、そうだ、こちらが今日私とお友達になってくれたシオンさんにミズホさん、それとカスミさんにリッカさん。そして、こちらがご家族の方々よ」

 謝罪を言葉にする侍女へと、クリスティーヌは彰弘達八人を紹介する。

 それを受けた侍女は彰弘達へと向き直ると、まず一礼してから自己紹介を始めた。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。私はクリスティーナ様の侍女をさせていただいております、エレオノールと申します。以後、お見知り置きのほど、よろしくお願いいたします」

 言葉を終え再度礼をした後で、エレオノールは僅かに頬を緩めると、クリスティーヌへと向き直る。

「このような状況なのでしたら、もう少し遅くてもよかったかもしれませんね」

「もう。その言葉はいろいろ困るわ」

 クリスティーヌはそう言うと、エレオノールに向けていた顔を六花達へと向け直した。

 この場でもっと話をしていたい。でも、折角迎えに来てくれたエレオノールを待たせるのも忍びない。クリスティーヌから出た言葉はそんな意味が込められていた。

 若干、困ったような顔をクリスティーヌに向けられた六花達は軽くお互いの顔を見る。それから皆で笑顔を返した。

「あっははは、まあまあクリスちゃん。明日も会えるんだし。それに学園に入ればいつでも会えるって。今別れてもすぐだよすぐ」

 元気な声を出したのは瑞穂である。

 確かに瑞穂の言うとおり、明日は面接と実技試験がある。そして、無事入学できれば、少なくとも三年の間は会うのに苦労はしない。グラスウェル魔法学園を含む、このグラスウェルに存在する学園施設は基本全寮制、入学さえしてしまえば毎日顔を合わせることもできるのである。

「そうですね……はい、分かりました。今日は本当に嬉しかったです。ありがとうございます。それでは皆様、また明日お会いできることを楽しみにしています。では、失礼いたします」

 瑞穂の言葉で、表情に微笑みを浮かべたクリスティーヌはそう言うと、丁寧にお辞儀をする。

 それから一拍置いてから斜め後ろに位置したエレオノールも頭を下げた。

 そんな二人に六花達は「また明日ね」と声をかける。

 それを受けたクリスティーヌも「はい」と頷き、エレオノールへと視線で合図した後、グラスウェル魔法学園の正門前から立ち去った。









 クリスティーヌとエレオノールが角を曲がる際に、一度振り向いてお辞儀する姿に手を振り、完全に二人の姿が見えなくなったところで瑞穂が口を開いた。

「いやー、お嬢様かー」

 そう言って腕を組み、思案顔で頷く瑞穂に香澄が声をかける。

「何となく、そっち系かなとは思ってたけど、やっぱそうだったんだね」

「香澄もそう思ってた? 何かそのへんのこと気にしてそうだったから確認はしなかったけど、あれは確定だね」

「貴族のご息女……ですか」

 実際に会って話しているときは気にもならなかったが、本人が目の前からいなくなり、急に気になり出した事柄である。

 しかし、そんな三人やり取りの外にいた六花がふいに声を出した。

「でも、お友達になるのは関係ないよね?」

 その言葉に、発言した本人を除く三人は一瞬顔を見合わせる。

 そして……。

「まあ、そうだね。前に会ったミレイヌさんも何だかんだで、いい人っぽかったし」

「六花ちゃんには助けられるよね、いろいろと」

「何と言うのでしょうか。自分の不甲斐なさ、を感じます」

 三者三様にそう言ってから、揃って笑顔を見せた。六花の言葉をそのとおりだと考えたからである。

 なお、当然ながら、その様子を見た六花も笑顔を浮かべていた。

 元々、日本に住んでいた少女達には、平民と貴族の間にある身分の違いが骨身に染みているわけではない。しかし、世界が融合してから様々な話を聞く内に、無意識で身分というものを考えていたのである。

 六花にしてもそうであったが、この少女は紫苑のように大人相手が多かったり、瑞穂や香澄のように特殊な生活環境にいたわけではなく、社会の軋轢や格差などといったものにほとんど触れないで今まで生きてきた。それに加えて自分が思い考えたことを貫き通す強さも持っている。さらには今の自分達の状況を正確に把握――無意識ではあるが――していた。最後のは少々蛇足であるが、これらがあり彼女は貴族であるだろうクリスティーヌの身分を関係ないと言えたのだ。

 もっとも、紫苑や瑞穂に香澄も、このまま話していればそう時間をかけずに六花と同じ結論へと辿り着ける素養は持っているのである。

 ともかく、少女達の話は最良の結果をもって終わった。

 そのことを見て取った彰弘達はお互い頷き合う。

「さてと、そろそろ行こうか。まあ、どこに行くとかは決めてないけどな」

 彰弘は笑みを浮かべて四人の少女を見る。

 そんな彰弘に少女達が返した言葉は「訓練場で明日のための確認をしたい」というものであった。









 緩やかに揺れる獣車の中でクリスティーヌは今日会った四人のことを思い出して微笑みを浮かべた。

 凛とした雰囲気を持つ紫苑。

 元気があり活発さが眩しい瑞穂。

 瑞穂をおとなしく穏やかにしたような香澄。

 どことなく小動物のような愛らしさの六花。

 それぞれ初見の印象だけならば、クリスティーヌが今まで会ったことがある同年代の子供達の中にも近い存在はいる。しかし、今まで彼女とここまで気安く話してくれる人はいなかった。勿論、同じ伯爵家や上位の侯爵家に公爵家となれば下位の家の子息や息女よりかは気安く感じることができる。しかし、今日のように楽しい気持ちにはなれないでいた。それは恐らく、生まれながらに貴族家であるが故に、物心付くころには様々な教育を受けていて、他家との間に一線を引いてしまっているからだ。

 だからこそ、今日出会った四人の少女との触れ合いは、クリスティーヌにとって、とても貴重でとても楽しいものであった。

 しかし、そんなクリスティーヌには一つの不安がある。それは、もし自分が伯爵家の娘だと知ったら今までの彼ら彼女らと同じになってしまうかもしれない、そんな不安だ。

 クリスティーヌは思わず対面に座るエレオノールを見た。物心付いたときからの付き合いである彼女は、ある意味では家族よりも近しい存在だ。

 だから、クリスティーヌは不安を見せた。

「大丈夫ですよ、お嬢様」

 エレオノールは微笑んだ顔でそう言う。

 何か確信があるのか、それとも自らの主を安心させるためだけのでまかせかは分からない。しかし、クリスティーヌは信頼する侍女の言葉を素直に受け取ることにした。

 そう、今ここで不安がっても仕方ないのだ。

 クリスティーヌは決心する。昨日の今日ということで早すぎるかもしれない。でも、明日自分が伯爵家の娘だと打ち明けようと決めた。遅くなればなるほど、真実を伝えるのが難しくなることは幼心に分かっていたのである。

 獣車が貴族街に入り、辺りの雰囲気が変わる。クリスティーヌはそのことに気付きもせずに明日のことを考え拳を握り締めた。

 そんな主の様子にエレオノールは心の中で鼓舞の声を上げるのであった。









 二月六日、入学試験の二日目。グラスウェル魔法学園の正門でクリスティーナは自分の侍女であるエレオノールと共に昨日出会った四人の少女を待っていた。

 昨日、獣車の中でした決心に嘘はない。でも、やはり不安は今でもある。でも……。

 目的の少女達が来るまでの間、クリスティーヌの心はそんな風に揺らいでいた。

 やがて、四人の少女が姿を見せる。

 クリスティーヌは不安を押さえ微笑みをつくり、小さく手を振った。それに対する答えは、瑞穂の大きく振り返された手と四人全員の昨日と変わらぬ笑顔である。

 ああ、彼女達なら大丈夫。そう感じたクリスティーヌの顔からは不安の色が払拭されていた。

お読みいただき、ありがとうございます。



二〇一六年 一月 九日 二十二時 六分 修正

誤字修正


二〇一六年 一月十六日 二十一時三十分 追記

最初の方に避難拠点とグラスウェルを繋ぐための防壁についての説明を追加。


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