3-17.
午後、魔法を打ち合う授業を参観した彰弘達一行。
その結果少女達は入学のための課題を見つけて不敵に微笑むのであった。
グラスウェル魔法学園の見学を終えた翌日の昼下がり、冒険者ギルドの訓練場での鍛錬を終えた彰弘達は食事をするために『深緑亭』を訪れていた。
彰弘と一緒にテーブルを囲んでいるのは六花と紫苑、それにガイとエリーだ。ガイは彰弘達の案内役として同行している。冒険者ギルドのグラスウェル北支部総合案内担当のエリーは、丁度休憩時間であったので昼食を取ると言うガイの誘いを受け、今この席に座っているのであった。
なお、瑞穂と香澄がこの場にいないのは、働く予定である会社へ顔合わせに行く両親に付いていったからである。
◇
朝も早くから、彰弘達の姿は冒険者ギルドの訓練場にあった。その目的は数日振りに、思う存分身体を動かすためである。
彰弘は午前の間中、冒険者ギルドの訓練場でガイ相手の模擬戦を繰り返し行っていた。
模擬戦を繰り返したと言っても、当然休憩を挟んではいる。しかし彰弘は、その時間さえガイから受けた助言をもとに身体の動きを確認するという行動をしていた。
そのため彼はその場に居た他の冒険者達から、「誰だか知らんがガイを相手によくもまあ動ける」という驚きの感想を持たれることになる。
もっとも、彰弘としてはガイの手加減のお蔭で、模擬戦の後で身体を動かせなくなるような事態にはなっていなかった。だからこそ、折角温まった身体を冷やすのも勿体無いと思い、加えて今の内に少しでも助言の内容を身体で覚えてしまおうと考えて動いていたのである。
後日、この日のことは魔獣の顎のリーダーであるガイの存在もあり、グラスウェルの北側でちょっとした噂になった。彰弘本人が知らないところで、彼の噂は地味に流れることとなる。
六花と紫苑の姿も彰弘と同じ訓練場にあり、二人は午前の半分を模擬戦、残り半分を魔力操作に充てていた。
そんな二人の鍛錬姿も彰弘と同様に視線を集めていた。見た目からは想像できない模擬戦では前衛系の冒険者、その後の魔力操作では魔力を視ることができる者からの視線である。避難拠点の冒険者ギルドでは、既に周知の事実であった少女達の実力ではあるが、ここグラスウェルでは今日がその実力の初お目見えであった。
当然、こちらも彰弘と時期を同じくして噂が流れる。ただ、こちらは地味な噂とはならなかった。彰弘と違い、六花と紫苑の場合は見た目との相違による衝撃が大きかったのである。
少々余談だが、六花と紫苑は自分達だけで鍛錬を行っていた。彰弘がガイへ向けて全力の攻撃を繰り出しているのを見て取り、その邪魔はしまいと自分達だけで訓練することを決めたのである。
世界の融合から今まで、彰弘の模擬戦相手は少女達か、兵士の訓練場に間借りしている場所で鍛錬を行う誠司や康人だった。その彼ら彼女らの実力は一般の兵士よりも上回っている。しかし、融合直後の期間限定加護の恩恵もあり、大量の魔素をその身に取り込んだ彰弘の力を受け止めるほどではなかった。
そのような事情があったため、六花と紫苑は自分達だけでの鍛錬を選択したのである。
現時点の彰弘にとっては貴重な、『全力で戦う』という機会を奪いたくないという、二人の少女の心遣いであった。
ちなみに竜の翼のメンバーであれば彰弘も全力を出せるのだが、どうにもタイミングが悪く今までのところ模擬戦は実現していなかった。
◇
自分が注文した定食を完食したエリーは関心するような呆れたような表情で、黙々と食事を続ける四人を見ていた。
訓練場での鍛錬のためか、同じテーブルを囲む五人の内、四人の注文した料理の量はいつもより多めだ。
彰弘とガイはそれぞれがいつもより二人前ほど多い。
六花と紫苑にしても、今日は冒険者仕様の定食を注文して食べている。先日頼んだ大盛りでは足りなかったのだから、ある程度は納得できる量なのかもしれないが、やはり見た目との相違から驚くに値するものであり、エリーに今の表情をさせることの一因となっていた。
暫く自分以外の4人が食べる姿を見続け、最後となった六花が食べ終えたところでエリーが口を開いた。
「ほんと、よく食べるわね。と言うか、食べられるわね。元々大食いだったとか?」
「いえ、避難してきた直後は大人一人前も苦しかったです」
冒険者仕様という三人前の量を食べ終えた紫苑は口元を拭いて、食後のお茶を一口飲んでからそう答えた。
元地球でも元リルヴァーナでも、普通の体型なのに大食いである者はいた。しかし、紫苑と六花、それに彰弘もだが、特別大食いであったわけではない。三人は世界が融合したことにより、強くなるにつれ食事量が増えるという法則故に、現在多量に食べることができているのである。
なお、この世界で強い者が普通よりも多い量の食事を摂取しても太ることがない理由は諸説ある。その中で有力なのが、『通常活動するための栄養以外は摂取者の魔力へと変換されるため』と言うものだ。もっとも、これにしても食事の量に対して魔力への変換が、同じ人物が同じ食事をしても一定ではないため、「そうではないか?」という程度の説であった。
「うんうん。運動も魔法もがんばったもん」
満腹のお腹に手を置いた六花は、満足そうに頷いた。
「まあ、無理をして食べている様子はなかったからいいんだけどね」
「あれだけ動けるんだから、このくらい食っても不思議はない。年齢を考えると驚きではあるけどな」
エリーの言葉に、今日の少女達の動きを見ていたガイはそう続けた。そして、避難拠点に来た直後から冒険者ギルドの訓練場で訓練をしていた少女達を思い出し笑みを浮かべた。
「それにしても良かった。避難直後からこうして普通に食事ができていてな」
それまで黙って食後のお茶を飲みつつ話を聞いていた彰弘は、ふとそんなことを口にした。
「国もそうだが領主達も必死だったからな。それに一年の猶予があったから、十分と言えなくても備えることができた」
「そうね。肉以外の生鮮食品は少なめだけど、主食となる穀物とかは十分備蓄できていたものね」
彰弘の言葉にガイが答え、エリーが補足した。
エリーが肉以外の生鮮食品は少なめと言ったのは、肉に関しては今現在も防壁の外で狩ることができるからだ。
一応、このグラスウェルでも野菜などを栽培しているし、川もそれほど遠くない場所で発見できた。しかし融合前と同じように提供できるだけの量を確保することは難しいと言えた。農業を主産業としているわけではないこの街は生鮮食品の自給率が高くないのである。
もっとも、生鮮食品に関しては、それほど数は多くないが魔法の物入れや急造ではあるが造られた大型の冷蔵冷凍の魔導具のお蔭で、数箇月は住民へ最低限の量を提供できるだけの備蓄は用意されていた。
なお、日本側も世界の融合に備えて避難拠点へと食糧の備蓄をしている。そのほとんどが米と各種缶詰であるが、融合後の世界である程度の物流が回復するまでの生活を保つだけの量が用意されていたのであった。
彰弘達は食に関しての話題で暫く談笑を続けていた。そんな中、この『深緑亭』の主人が声をかけてきた。
「ずいぶんとのんびりしてるな。これでも食うか?」
そう言う店の主人の手には籠に盛られたミカンの山があった。
一も二もなく六花が両手を挙げて「いただきますー」と元気に声を出す。残りの面々も同意のようだ。特にエリーの顔は喜色満面であった。
その一行の様子に店の主人は笑顔を浮かべ、「ほらよ。サービスだ」と五人が座るテーブルへと籠を置く。
彰弘が回りを見てみると、数少ない残っている人達がいるテーブルにも、目の前に置かれたのと同じような籠が乗せられていて、皆が嬉しそうに口にしていた。
「美味そうだな。それにしても、前はリンゴだったが今度はミカンか?」
ミカンの提供にそれぞれがお礼を言い、手に取り皮を剥く。そんな中、ガイが問い掛けの言葉を口にする。
「ああ。ガッシュとは同じ方面に向かった別の部隊だが、少し遅れて戻ってきた。で、その成果がこれだ。見つけたのはクラツらしい」
店の主人の答えにガイは「とりあえず順調か」と剥き終わったミカンの房を一つ口に入れた。
「そう言えば、そんな報告がありましたね。これで今のところ三つですか」
大好きなミカンの味の頬を綻ばせていたエリーが、口の中の物を飲み込むと確認するように声を出す。
「そうだな。ファムクリツにガッシュ、それとこのミカンの産地であるクラツ。ここの周辺の街でまだ見つかってないのは、シーファルとケルネオンか」
「その二つは、見つかった三つよりも遠かったですからね。融合した今だとさらに遠くなっている可能性がありますね」
エリーは店の主人にそう返すとミカンの二房目を口に入れた。
グラスウェルに近い街は全部で五つあり、それぞれの街の名前はファムクリツ、ガッシュ、クラツ、シーファル、ケルネオンという。この内、すでに見つかっている三つの街は全て農業を主産業としている。残る二つの内、グラスウェルから南にある海に面したシーファルは漁業を主産業としていて、もう一つのケルネオンは東に位置し鍛冶鉄工が主産業だ。
このグラスウェルと周辺にある五つの街のような形態は、サンク王国では一般的なものと言っていい。それぞれの産業に適した土地にそれぞれの街があり、それらの街の物流を繋ぐための要所となるグラスウェルのような大規模な街があるのだ。
過去には一つの街で全ての産業を行っていた時期もある。しかし、それは魔物の脅威が特に激しかった時代だけの話だ。現在ではそのときほどの脅威はないため、極一部の街を除いて主産業ごとに街が存在しているのである。
黙々とミカンを食べる二人の少女とそれを見守るような彰弘を見て笑みを浮かべ、「ま、ゆっくりしていってくれ」と店の主人は踵を返した。しかし、「忘れてた」と一言声を出すと立ち止まり振り返る。
「ところでエリーよ。お前さん、時間はいいのか?」
二つ目のミカンの皮を剥いて嬉々としてそれを食べていたエリーはピクッと身体を揺すると、店の入り口にある大きめな砂時計に目を向けた。
そんなエリーの様子に黙々とミカンを食べていた六花と紫苑も、彼女を見てそれから砂時計を見る。
彰弘とガイも、二人の少女と似たような動きをした。
砂時計では正確な時間が分かるわけではないが、エリーの顔を見る限りどうやら彼女の休憩時間は既に過ぎているらしい。彼女は急いで残りのミカンを口に入れ飲み込むと席から立ち上がった。
「今更急いでも遅いだろ?」
「だからって、急がないわけにはいかないでしょ!」
ゆっくりとミカンを味わいながら声を出すガイに、エリーは声を上げる。
そんな二人を見た店の主人は苦笑いで「ちょっと待ってろ」、そう言って奥に引っ込み、すぐに手提げが付いた籠を持ってきた。
「とりあえず、これでも持ってけ」
主人が持ってきた籠に入っていたのはミカンであった。
「まあ、過ぎたといっても、ちょっとだから問題はないだろ。ほら」
「いえ、そういうわけには……あ、ありがとうございます」
差し出された籠を受け取りお礼を言うエリー。そんな彼女へガイは「ここは払っとく」そう言うと立ち上がった。
「ありがと。後で返すから。では、失礼します」
ガイにお礼を言い、続いて彰弘達三人と店の主人へと頭を下げたエリーは足早に店を出て行った。
その様子を彰弘達三人は何もできずに見送り、ガイと店の主人は苦笑を浮かべた顔でお互い顔を見合わせた。
「おおう、思ってたよりドジっこ」
「いえいえ六花さん。あのくらいの方が親しみやすいというものですよ」
少女二人のその会話に三人の大人は声を上げて笑う。
冒険者ギルドのグラスウェル北支部総合案内担当エリーは、大好きなミカンがあると時間を忘れる性質のようであった。
エリーが店を出て程なく、彰弘達も会計を済ませ『深緑亭』を後にした。
「で、これからどうする?」
そんなガイの問い掛けに彰弘は少し考えてから口を開く。
「特に予定もないし……適当に案内を頼む。はじめての場所だからな、どこでも楽しめそうだ」
彰弘は街行く人々を眺めてから六花と紫苑に目を向ける。
二人の少女も異論はないようで揃って頷きを返した。
「なら、主要な施設でも見に行くか」
そう言うとガイは歩き出す。
彰弘達はこの後、グラスウェルの総合管理庁や図書館、貴族達が住む区画の入り口、それに露店街などをガイの案内で見て歩いた。
翌日も似たようなものである。もっとも、そのときは今回グラスウェルに来た全員で歩き回ったために、なかなかに賑やかな散策となったのであるが、周辺住民の寛容さと生暖かい目のお蔭で問題となることはなかった。
こうして始めてとなった彰弘達のグラスウェル訪問は無事完了するのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
今年最後の投稿となります。
皆々様、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。