3-16.
午前の参観を終え、学食で食事を取る彰弘達。しかし、味は満足いくものだったが、大盛りを食べたにも関わらず、その量は満足できるものではなかった。
そんなとき、学園の副学園長が現れ、量に対する解決案が進行中であることを告げるのであった。
授業の開始から数分遅れて目的の訓練場に到着した彰弘達は、教師の指導の下で初級の魔法を打ち合う少年少女等の様子を関心したように見ていた。
現在、この訓練場で授業を受けているのは、第二学年の冒険者クラスである四十名の生徒達だ。しかし、一言で冒険者クラスといっても戦士を目指す者や罠師を目指す者、そして魔法使いを目指す者と、生徒によって目指す先が違う。
彰弘達の目の前で魔法の打ち合いを行っているのは、そんな冒険者クラスの魔法使いを目指す者たちであった。
なお、一辺が百メートルを超える訓練場では魔法を打ち合う生徒以外にも、剣を打ち鳴らしている生徒もいれば、武器を使わず格闘を行っている生徒もいる。それぞれが、担当の教師の下で自身が目指すもののために訓練を行っているのである。
ちなみに弓師や罠師なども数は少ないが同じ訓練場内で訓練を行っていた。
「少々危険な気もするが、魔法に慣れるって意味では必要……か」
一度でも経験しておくと、その後に役立つことを自身の経験から実感していた彰弘はそう呟く。
世界融合の初日、ゴブリン・メイジのファイアーボールに身体が竦んだことを彰弘は忘れていない。しかし、六花と紫苑の声により動くことができ、打ち払えたことでトラウマとはなっていなかった。
「確かに何の対策もせずに、あのようなことを行うのは危険です。ですが、破魔の魔導具を生徒達には装備させているので、回避し損ねても一度だけなら無効化できますので。まあ、あの距離での打ち合いになることなど実戦ではそうあるものではないですが、早いうちに経験しておくに越したことはないのです」
彰弘の言葉に反応したアシナが言うとおり、魔法使い同士が実戦で正面切って魔法を打ち合う場面などないに等しい。あるとすれば、融合前のサンク王国で年一回開催されていた闘技大会で魔法使い同士が相対したときぐらいである。
ただそれでも、自分に向かってくる魔法を経験しておくことは無駄ではない。一度でも経験して回避できることを理解していれば、いざというときに動けなくて無駄な被害を受ける、そんな可能性が低くなるからだ。
なお、この授業では魔法使い志望の生徒だけが行っているが、戦士などの他の職を志望の生徒達も同様の授業を第二学年の間に受けることになっている。
「はぁー、便利な魔導具があるんだねー。彰弘さんみたいに魔法を『ペイッ』てできるならいらないかもしれないけど、一人一個欲しいところだよねー」
「「ペイッ?」」
瑞穂の迂闊な発言でアシナとラウンの目が彰弘へと向く。
声を出さずに「あちゃー」と口を動かした瑞穂に軽く笑みを浮かべた彰弘は、「運良く魔剣を手に入れたんで、弱いのなら払えるんですよ」と嘯いた。
魔剣である『血喰い』は、魔力を流し込まなくともある程度までの単体攻撃用の魔法ならば打ち払う力を持っていた。これは竜の翼の位牌回収依頼同行から帰ってきた後に発覚した事実だ。避難拠点に戻ってからも、メアルリアの破壊神であるアンヌの記憶を何とか自分の記憶として定着させようと努力した彰弘がその過程で得た知識である。
魔法金属で作られた武具には多かれ少なかれその内に魔力が内包されている。その魔力が外からの魔力と干渉して魔法を打ち消すのだ。もっとも、魔法金属の純度やその製造方法などにより、普通に売っているような武具には完全に魔法を打ち払うほどの魔力はない。精々が効果を弱める程度でしかなかった。
ともかく、彰弘の言葉でグラスウェル魔法学園の二人は納得したように頷いた。
なお、素手でもある程度の魔法を打ち払えることを彰弘が口にしなかったのは、ほんの少し前までは魔法とまったく縁がなかった人間である自分がそのようなことができると知れたら余計な詮索をされるのではないかと思ったからであった。
そんな彰弘の思いを余所にラウンは、ふいに思い出したというように口を開いた。
「そう言えば、『星の記憶』が融合の影響か地上でも起こったとの噂があります。もしかしたら、あなたの魔剣もそれなのかもしれませんね」
頷いた後での発言に内心身構えた彰弘だったが、ラウンの顔を見て心を落ち着ける。
どうやらラウンは魔剣からの連想で思い出したにすぎないようであった。
「『星の記憶』……確か、主にダンジョンの奥で発生する現象でしたっけ?」
彰弘は世界融合後に知り合った冒険者達から聞いた話を思い出してラウンへ返す。
『星の記憶』についてはアンヌの記憶にもあり、世間一般に流れている以上のことを彰弘は知っていた。しかし彼がそれを口に出すことはない。もし話したとして、それについての真偽を問われても証明できないし、情報の出所を聞かれたからといって答えられるものでもないからだ。
一応、彰弘が得ている知識は『星の記憶』を研究している者達にとって有用ではある。ただそれは、世界にも研究者以外の誰にも何の不都合はない。逆に情報を話すと自分達の今後の安寧が壊される恐れがある。故に彼は世間一般に流れている以外のことを口にすることはないのである。
少々驚いたような顔でラウンは彰弘を見た。世界が融合してからまだ少ししか経っていない。融合後の世界を説明する冊子にも載せられていない情報であったために驚きを表したのであった。
「避難拠点で知り合った冒険者に教えてもらったんですよ」
彰弘のその言葉に合点がいく顔となったラウンは『星の記憶』についてを話し出した。
「そうでしたか。あなたが言われるとおり、大抵はダンジョンの奥でその産物が見つかりますね。他には極度に魔力が……最近の研究ですと魔力ではなく魔素とのことですが、それが溜まっている場所で見つかることが多い、ということのようです。もっとも、生み出される物のほとんどが普通の武具や道具で、魔剣のような物や特殊で価値の高い物は稀です。ああ、噂の内容は『融合した土地の境目辺りに新品にしか見えない武具や道具が落ちていることがある』というようなものでした。もし噂が本当で落ちている場面に遭遇したら、良い臨時収入となるでしょうね」
「ですね。それはそうと破魔の魔導具でしたか、それはどのような物なんですか?」
魔剣から始まった話の流れに一区切りついたと判断し、彰弘は瑞穂が口を滑らした原因の魔導具についてを聞くことにした。
もし有用であるならば保険の意味で持つのも悪くないと思ったのだ。
「あれは一定以下の威力を持つ特定属性の魔法を散らす効果を持つ魔導具です。あの生徒達を見てください」
ラウンはそう言うと、魔法を打ち合っていた生徒達に目を向ける。
そこでは火の矢を交互に打ちそれを回避するという行動を取っている生徒の姿があった。
彰弘達は授業を行う生徒達を暫く観察する。
やがて何かに気が付いた六花が口を開いた。
「あれ? 火しか使ってない?」
「言われて見れば、最初からそうだったような気がしますね」
六花に続いて、訓練場に来てからの様子を思い出した紫苑が声を出した。
それを受けてからラウンが説明を始める。
「そのとおりです。今、あそこで授業を行っている生徒達が装備しているのは火属性の魔力を散らせる効果がある魔導具です。大体一般的な魔法使いが放つ単体攻撃用の魔法……つまり、今目の前で生徒達が使っているようなファイアアローならば問題なく散らして無効化できます」
ここでラウンとアシナの学園関係者以外から感嘆の声が漏れる。
「ですが、世の中そううまくはないものでして、あれは一定以上の威力を持つ魔法にはほとんど効果がない上に、一度防ぐと中の魔石を交換しなければなりません。ですので、今みたいに単発での応酬ならまだしも、実戦での使い道はないと言っていいでしょう。さらに加えると、先ほども言いましたがあれは火属性だけに有効なのです。もし、それ以外の魔法を受けた場合、まったくとは言いませんが、ほとんど効果はないものとなっています」
そこまで説明して一息ついたラウンは付け加えるように「それに高価ですしね」と言って軽く笑った。
「一応、他の属性用もありますし、魔石を使わない種類の破魔系統の魔導具もあります。ですが基本的な効果は変わりませんので、この授業のようにあえて魔法に有効な装備を着けないで躱すことを目的とする特殊な場合を除いて、使う必要性はありません。魔法に対する防御でしたら、それこそあなた方が着けているブラックファングの革を使った外套の方が、価格も安くて効果も高いでしょう」
ラウンに続き、アシナの話を聞いた彰弘達は揃って「まあ、そんなもんだよな」と声には出さずに納得をする。
融合前の地球にも様々な便利道具はあったが、どれをとっても長所と短所があったのだ。魔法がある世界になり新たな道具を目にしたとしても、それが全てにおいて長所しかないとは思いはしなかったのである。
魔剣や魔導具の話をした後は、皆一様に真剣な表情で授業を参観していた。
それは学園関係者であるラウンとアシナも同様だ。学園見学者である彰弘達が真面目に見ているのだから、当然と言えば当然である。
もっとも、唯一学園に興味のない最年少の正志は途中で飽きてはいた。しかし、そこは幼いながらも空気が読める彼のこと、我侭も言わずに我慢していたのである。
「そろそろ授業も終わりで、今回の見学も終了となりますが、いかがでしたか?」
授業の終わりまであと少し、訓練場で指導をしていた教師が生徒達を集めて何やら話を始めた。それに合わせてアシナが彰弘達へと声をかけたのである。
「そうですね。正直に言いますと、まだよく分からないという感じではあります。ですが娘達の様子を見る限りでは、この学園に入学させることに異論はありません」
「ええ。まだ日本での感覚があるので違和感はありますが、私も夫と同じ意見です」
アシナへとそれぞれ言葉を返す正二と瑞希。
そんな二人を見て彰弘は同意の言葉を出した後で少女達へと確認の声をかけた。
「こちらも反対する理由は今のところありません。どうだ?」
それに答えたのは六花でも紫苑でもなく、珍しいことに香澄である。
「みんなとも話したけど問題ないです。ただちょっと、いろいろと努力は必要かな? っと」
「いろいろと、か?」
「はい、いろいろです」
彰弘の確認に香澄は微笑んで答えた。
「幸い入学試験までにまだ時間はありますから何とかなりそうです」
今度は紫苑が笑みを浮かべた顔で口を開く。
よく見ると残る二人である六花と瑞穂も微笑んでいた。
「まあ、こういうことのようです」
そう言って彰弘はラウンとアシナへと向き直る。
三人の保護者の言葉と入学予定の少女達の言葉を受けた、ラウンとアシナの二人は顔を見合わせて、幾分ほっとした表情をした。学園見学ということを今まで行ったことがなかったので未知数なところがあったが、上々の結果に思わず頬が緩んだのである。
「では、そろそろ行きましょうか。最後に学園長も交えて確認したいことなどをお伺いします」
アシナはそう言うと学園長室のある方向へと顔を向け、それから先頭に立って歩き出した。
その後ろを彰弘達は付いていく。
最後尾に付いたラウンは先ほどの少女達の表情が気になり、そのことを考えていた。暫くして出てきたのは『面白そう』の一言だ。
世界の融合なんてものがあったのに、それから一月もしない内に入学やら見学のことを聞いてきた少女達のことは、その周りを含めて多少は調べていた。妙な考えを持っている可能性は低いかもしれないが、普通ではないと思われたので普段はしない調査などをしたのだ。そんなこんなで挙がってきたそれによると、学園マギカへも余裕で入れるほどの実力が少女達にはあるらしい。それなのにグラスウェル魔法学園を選んだ。そして学園の見学をした上で「いろいろと努力」の発言。ラウンが気になるのも当然と言える。
ただ気になると言っても、マイナス方面のそれではない。調査で挙がってきた内容と実際に顔を合わせてみた感じからして、学園にとって害となることを企むようには見えなかったからだ。
つらつらと考えていたラウンだったが、「まあ、いいでしょう」と思考を打ち切った。このまま考えても答えが出るものではないし、毎年問題児と呼べるような者はある程度入学してくるのだ。今は来年度を楽しみにしてればいい、そう結論付けたのである。
何はともあれ、来年度には目の前を歩く少女達の他に、本来ならここにいるはずの学園長が急用で席を外すだけの人物の孫も入学してくる。多少の心労はありそうだが、それを上回る楽しみが待っているの確実と言えた。
アシナを先頭にして学園長室へ向かう一行の最後尾で、ラウンは自然と顔に笑みを浮かべるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
破魔について
この世界の破魔とは、『魔法を破る』の意味となっています。
星の記憶について
この世界では生物などの記憶は星に蓄積されています。
それが魔素の変化により様々な物となって具現します。
作中にはまだ出てきていませんが、自然発生するダンジョンも実のところ『星の記憶』だったりします。当然ダンジョンの中のお宝も宝箱含めて『星の記憶』です。
なお、「何故、こんなところに宝箱が!?」と言う人がいますが、偶々そこに魔素が溜まっただけなんです。そして偶々変化しただけなんです。明確な理由なんてありません。