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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-13.

 無事にアルケミースライムとの契約を果たした彰弘達は神殿を後にする。

 神殿の中で別れたガイとの再開は、宿屋まで後少しという距離の場所であった。




 大人と子供男女混合しかも服装がそれぞれ異なる、そんな全部で十二人という集団がグラスウェルの街を談笑しながら歩いていた。その様子はライズサンク皇国でも有数の人口をもつグラスウェルでも滅多にあるものではなく周囲の目を引いていた。

 周囲の目を集めていたのには別の理由もあった。それは談笑しながら歩く十一人とは違い、ただ一人集団の前を黙々と歩き、話に加わらない男の姿であった。

 その男は別に普通に歩いているだけに見える。ただ、その歩いている場所からして、後ろで談笑しながら歩く集団の一員に見えるのに全く話に加わっていない。そんな姿は、周りから見たら何事があったのだろうかと、疑問を持つに十分なものであった。


 余談だが、グラスウェルの街中を集団で移動する者達がいないという訳ではない。衛兵や兵士、各学園の学生などが纏まって移動する姿は時折見かけることができる。

 しかし、大抵の場合は揃いの制服を着てたりして何の集団かが誰の目からも明らかだ。

 つまり、年齢も性別も雰囲気もばらばらに見える集団が談笑している様子が周囲の目を引いていたという訳であった。


 それはさておき、この十二人は何の集団なのかだが、答えはグラスウェル魔法学園へ向かっている途中の彰弘達一行である。

 この集団のメンバーは彰弘と六花に紫苑、瑞穂と香澄にその両親と弟、そして街の外での護衛役兼街の中での道案内役の冒険者四人だ。

 朝、二つ目の鐘が鳴ってから宿屋『遊休』を出た彰弘達は、学園に向かいながらグラスウェルのことや行き先の学園のことで談笑しつつ歩いていた。

 周囲の視線を引くのは仕方ないと彰弘は考えていた。これだけ服装などに統一性のない自分達がこの人数で纏まって歩いているのだから。ただ、それ以外の理由で視線を集めるのはできれば勘弁願いたい、そうも考えていた。

「なあ、ガイ。そろそろ普通にしてはくれないか?」

 彰弘は自分達集団から少しだけ離れて先頭を歩くガイへと声をかけた。

 その声に顔だけ振り向いたガイは歩みをそのままに答えを返す。

「俺は普通だ。普通に道案内をしているだけだ」

 ガイはそれだけ言うと、再び顔を前に向けた。

 昨日、メアルリア神殿のでの一件が、今のガイの行動の理由であった。

 ガイは護衛役兼案内役として彰弘達に同行していたにも関わらず、自分一人だけ別行動をとったことを気にしているのである。

 別行動については、彰弘達もうっかりガイを神殿に残したまま、その場を後にしているので、ある意味お互い様ではある。

 しかし、神殿の中でほぼ間違いなく安全であるといっても、強者との模擬戦というものに気を取られ、彰弘達の下を離れてしまったことはガイにとって自分自身を許せるものではなかった。これが、依頼ではなく単純に道案内を頼まれただけであれば、また違ったかもしれない。しかし依頼である以上、許せる行為ではなかったのである。

 なお、護衛などの依頼中にその対象者から離れることは、通常であれば罰金や除名など、その程度により処罰が下される。最悪、奴隷落ちとなる可能性もある。しかし、何事にも例外があり、護衛をされているその対象者が自分の下を離れることを許容した場合に限り、処罰の対象とはならない。

 今回のガイの行動を彰弘達は許容している。つまり、彼がそこまで気にする必要はないのである。

「仕方ない。皆少しストップ」

 彰弘はため息と共にそう声を出し、皆を道の端へと誘導した。そして周りを見回し、自分達以外の人の邪魔にならないことを確認してからガイへと向き直った。

「さて、ここなら他の人の邪魔にはならないな。さて、ガイさん」

「ガイ……さん!?」

 彰弘の言葉に反応したのは誰だったか。それは分からないが、恐らくその言葉は誰もが思ったことであった。

 ガイのことを、彰弘はこれまで『さん』を付けて呼んだことがなかったのだ。

「おい、何だその呼び方は?」

「何のことですか? それよりもガイさん。あなたは、現在私達の案内役であるはずですね? ならば、こちらの質問などにも答え、またある程度気軽に接してくれてもいいのではないでしょうか。実際、グレイスさんにシーリスさん、それにあなたのパーティーメンバーであるステイルさんはそうしてくれています。それなのに、ガイさんはただ私達の前を歩いているだけです。しかも、街中を歩いているとは思えないような警戒をしながら。案内役として依頼をこなしていると言えるのでしょうか? 神殿で私達の下を離れたことについては、すでに許容しています。それなのにガイさん、あなたはそれを受け入れず、自分の考えだけで行動している。それはいかがなものでしょうか? 依頼を受けた以上、対象者に重大な過失がない限りは依頼を遂行すべきではありませんか?」

 自分の呼び方に疑問を返したガイの言葉を無視して、彰弘は一気にそう言い切った。

 それを受けたガイは「ぐっ」と呻き言葉につまる。

 言い方やら言葉遣いやら、いろいろと突っ込みどころがある彰弘の話であったが、何も間違ったことは言っていない。

「なんか妙に似合わない、というか気持ち悪い言葉遣いを聞いたが……リーダー、彼の言うとおりだ。依頼を受けた冒険者ならば、少しくらいの自分の気持ちは抑えないとな」

 言葉遣いが気持ち悪いと言われ無言で目を細めた彰弘をあえて無視して、ステイルはガイへと真面目な顔を向ける。本来なら、自分が諌めるべきだったことを彰弘にさせたことに対する自戒の念がその表情には浮かんでいた。

 ちなみに、彰弘の言葉遣いについての思いは、その場の全員の共通認識であった。

 少しの間、ガイは黙考する。そして、一度ステイルの目を見た後に彰弘達へと向き直った。

「すまなかった。気を抜きすぎたと考え、過剰な反応をしてしまったようだ。これからは状況に応じて適切に行動しよう」

 ガイはそう言うと頭を下げた。

「そうしてくれ。多少周りから見られるのは仕方ないが、余計な視線はいらないからな。んじゃ、早速道案内を頼む」

 心を切り替えただろうガイに向かって彰弘はそう言うと、同行している他の面々を見回す。

 その際、明らかにほっとしたと取れる皆の顔に軽く眉を寄せるも、結局は何も言わずにいた。ただ、言いはしなかったが、胸の内ではそんなに気持ち悪かったのかと少し落ち込んだりしていた。

 ともかく、一度足を止めた彰弘達一行は、学園への道を再び歩き出すことになったのである。









 それから暫く、ガイの様子もいたって普通となり、多少の視線を感じながらも何事もなく学園近くまで彰弘達は歩みを進めた。そして、後は角を一つ曲がれば学園の門が見えてくるというところで、見覚えのある二人の人物と遭遇した。

 その人物とは、昨日冒険者ギルドで遭遇し、少女達と相対した魔法使いのミレイヌと戦士のバラサであった。

「ごきげんよう」

 僅かに空気が緊張する中、そう声をかけてきたのはミレイヌである。その顔は昨日会った人物と同じものとは思えないほど、さっぱりとした表情をしていた。

「ごきげんよう。随分といい表情になりましたね」

 そうミレイヌへと返したのは、一歩前に進み出た紫苑だ。

 その紫苑と同じように進み出た六花、それに瑞穂と香澄は彼女の返しに少々驚きの顔を見せていた。

 しかし、紫苑は親友となった三人の表情に軽く笑いかける。

「それで、どのようなご用件ですか? 私達は予定がありますので、あまり時間をかける訳にはいかないのですが」

「それほど時間は取らせないわ。今日は昨日のことで謝罪をしたくてきたの」

 ミレイヌは紫苑へとそう言葉を返して、一呼吸置いてから「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。

 斜め一歩後ろに控えるバラサも、ミレイヌと同じように動いていた。

 少しして、頭を上げたミレイヌは再び口を開いた。

「許していただこうとは考えていません。ただ、私の発言により害を受けたであろうあなた方へと謝りたかったのです。本当に申し訳ありません」

 そう言うと、ミレイヌはバラサと共にまた頭を下げた。

 先ほどは少しの時間で頭を上げた二人であったが、今度はなかなか上げようとはしなかった。そのため、紫苑は無言のまま隣で横並びに立つ少女達に目をやる。

 その紫苑の視線を受けた六花達は彼女頷いてから、まだ頭を下げたままの二人へと視線を移した。

「もう結構です。頭を上げてください」

 頭を上げたミレイヌの顔に安堵の表情はない。冒険者としてパーティーを組んでいた二人への申し訳なさ、他人の親を貶めた後悔、そしてそんなことをしてしまった自分への憤り、それらの感情が綯い交ぜになった顔をしていた。

 しかし、そんな表情でもどこかさっぱりとしたように見えるのは、その愚かさを自認し糧に変えることができ始めたからだろう。

 僅か一晩でそのようになれたのは、ミレイヌの資質が本来は昨日のものとは違うであろうことの証であった。

 勿論、ミレイヌ同様にバラサも大いに反省し、先へ進むための決意を顔に表している。自分が諌めることをしなかったために、彼女は長い期間ではないが誤った道を進んでしまった。今回のことがあり、二度とこのようなことは起きないであろうが、もしまた彼女が道を誤りそうな場合は、今度こそ自分が止めてみせる。そんな表情であった。

「うんうん、いい表情だよね。関わった人全てが……は、無理かもしれないけど、この二人みたいに変わって、ん? 戻ってかな? まあ、そうなってくれるといいよね」

 ミレイヌとバラサが頭を上げて、少しの沈黙の後、腕を組んだ瑞穂が唐突にそんなことを口にした。

 そんな瑞穂に香澄は「瑞穂ちゃんもね」と突っ込みを入れる。しかし、当の彼女はその言葉が聞こえないフリでそっぽを向いた。

 その少ないやり取りは、緊張していた場の空気を和らげる。

 するとミレイヌの口から笑いが零れた。

「ふふ。では、これで失礼するわ。ジンとレミにも謝らないといけないから」

「ジンさんとレミさんといえば、もう一度パーティーを組むんですか?」

 ミレイヌの言葉に、それまでそっぽを向いたままの瑞穂を半眼で睨んでいた香澄が反応した。

 冒険者は必ずしも複数人でパーティーを組む必要はないが、人数が少なければそれだけできることが少なくなる。そんなことを考えての香澄の発言だった。

「それはないわね。ジンとレミとは元々長く組む予定ではなかったのよ。本来、彼らは世界融合の直前で冒険者を辞めて自分の街に帰る予定だったの。彼らはここの西にある農業の街『ファムクリツ』の出身で、ある程度実戦を経験したら戻ると言っていたわ。自分達でも魔物を撃退できるようになりたいから冒険者になったって。だけど、融合の時期が予想よりも早かったせいで、戻るに戻れなくなり、私達とパーティーを組んだままだったの。もしかしたら、もう街道が確保されて移動できるようになるまで外にはでないかもしれないわね」

 ミレイヌは表情を沈ませると少し顔を伏せた。

 そんな彼女に紫苑は言葉をかける。

「仮に、あの二人がそうなったとしても、全てが全てあなたの責任という訳ではないでしょう。気にしすぎると碌なことになりませんよ?」

「そうかもしれないわね。適度に気にすることにするわ。それじゃ、これで失礼するわ」

 ミレイヌは笑みで紫苑に言葉を返すと、バラサへ目で合図を送って、その場を立ち去ろうとし、何かを思い出したように動きを止めた。そして紫苑へと向き直ると口を開いた。

「ああ、そうそう。あなた達魔法学園へ通う予定なのよね? なら、気を付けなさい。ヘタに実力を見せると良くも悪くも注目を浴びてやり難くなるわ。何が何でも目立ちたいというなら別だけど、そうでないならその実力は隠しておいた方が得策よ」

 その助言に紫苑は感謝の言葉を返す。

「どういたしまして。では、今度こそ本当に失礼するわ。ごきげんよう」

 最後に、最初と同じ挨拶を口にしたミレイヌは、付き従うバラサと共に歩き去った。

 暫く二人の姿を見送っていた一行だったが、「そろそろ行こうか」という彰弘の声で学園へ向かって歩き出した。

 そして、歩き出してすぐに六花がある疑問を口にした。

「ん〜、何でわたし達が学園へ行くことを知ってたのかな?」

 その疑問はもっともであった。

 最初に会ったのは、防壁の外の森の手前。次はここグラスウェルの冒険者ギルド。そのどちらでも、自分達のことを話すということはしていなかったのである。

「それは、第三女とはいえ彼女が子爵家の令嬢だから……でしょうね」

 六花の疑問にはグレイスが答えた。そんな彼女に皆の視線が集中する。

「子爵は伯爵の下位で男爵の上位といった爵位ですけど、そこは貴族です。相応の情報収集能力があります。それにリッカちゃん達はアキヒロさんのこともあって、何だかんだで上の方に知られている存在ですから。一晩もあれば、噂話も含めてある程度の情報は手に入ると思いますよ」

「特にアキヒロについては、あのときのことが間違いなく報告されているだろうしな」

 少し前に依頼を遂行するべきと言われた影響ではないが、グレイスの話にガイが付け加えた。あのときとは位牌回収依頼をする竜の翼へと同行したときに起きた、ヒュムクライム人権団体を名乗る者達との一件のことだ。

 なお、彰弘の情報については、他に要観察対象者として、また国之穏姫命の一件もあり、各機関などに情報はもたらされている。もっとも、最上層部がそのことを把握しているかは、この世界融合からまだ半年も経っていない現在では不明である。

 ちなみに、報告の内容を具体的に言わなかったのは、瑞穂と香澄の家族がそのことを知っているか判断付かなかったため、ガイが気を利かせたのである。

「むぅ、情報筒抜け」

 グレイスとガイの話を聞いた六花は、そう言うと口を尖らせた。紫苑、そして瑞穂と香澄も少し顔を厳しくする。

 しかし、そんな少女達に彰弘が声をかける。

「まあ、気にするだけ無駄だ。融合前だって普通に生活してたら、いろんなところに情報がいってるんだ。いざとなったら、女神様にご助力を願うさ。心配するな」

 その彰弘の態度で少女達は相好を崩した。

 少女達の変化は、女神に助力をという言葉にではなく、彰弘の姿に安心した故の変化であった。

 なお、彰弘の言葉の意味が正確にではないにしろ、ある程度分かったガイとグレイスは少し顔を引きつらせた。二人は昨日行ったメアルリア神殿で、そこの司教(ビショップ)と彰弘の会話を聞いている。信徒ではないといっても、ある程度は神の名というものを知っているのだ。加えて少女達の身分証に記されていた称号のことも頭にあった。一緒にいた時間は僅かでしかないが、二人は彰弘という人物が変な躊躇いを見せることはないだろうと考えているがために、その顔を引きつらせたのである。

 ちなみに、彰弘と少女達、それにガイとグレイス以外の人達は、いまいち理解できずに少女達の笑顔を微笑ましく見ているだけであった。









 そうこうしている内に彰弘達はグラスウェル魔法学園の門の前に到着した。

 敷地を囲う二メートルほどの高さの壁。それよりは少し高い門構え。敷地の中に建つ複数の建物。どれも華美ではないが、一言で表すなら「立派」と言える造りをしている。

 それらを見た彰弘と少女達は、どこか胸を躍らせながら門に併設された守衛所へと足を向けるのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



学園長との会話くらいまでは、と思っていた時期もありましたが、そうは問屋が卸さないみたいです……。力量不足時間不足……。



二〇一五年十二月三十日 二十時 〇一分 修正

誤字修正


二〇一六年 八月 五日 十五時五十九分 言葉修正

修正前)その忠告に紫苑は感謝の言葉を返す。

修正後)その助言に紫苑は感謝の言葉を返す。

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