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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
71/265

3-10.

 メアルリア神殿に到着した彰弘達は、神殿の中に入り受付の信徒と会話をする。

 それから自らの決意を示すため、五柱の女神に祈りを奉げるのであった。




「アンヌ様のお言葉はいただけましたかな?」

「ちょっと長かったけど……な?」

 彰弘は不意の言葉に反射的に返したが、それが聞き覚えのない声であることに疑問を浮かべた。

 メアルリアの神々に祈りを奉げていた一行だったが、信徒ではない彼ら彼女らのそれは、一人を除いて極めて短時間で終わっていた。

 ガイやグレイスは自らの決意を示すだけなので僅か十秒足らずだ。

 四人の少女達は前述の二人と同様に決意を示し、彰弘の傷を癒してくれたり何かと自分達の面倒を見てくれたりした、ミリアやサティリアーヌへの感謝も示したので多少は長かったが、それでも一分弱程度で祈りのために閉じていた目を開け、合わせていた手を離していた。

 しかし、残る一人である彰弘は少女達が祈りを終えた後も暫く祈りの体勢のままであった。理由は正に、彼が目を開けた瞬間にかけられた声の内容であった。

「失礼。私は、この神殿を預かる司教のゴスペル。以後、お見知りおきを」

 訝しげな表情を向けてきた彰弘達一行に、白髪交じり短髪の男はそう言うと軽く一礼した。

 ゴスペルの見た目を一言で表すなら戦士だろう。華美にならない程度に装飾された白色を基調とした膝丈よりも長いコートのような物を着ていて、なお体格の良さが見て取れる。背丈は彰弘と同じくらいだ。何よりその雰囲気が、神殿を預かっている者とは思えない。

「なるほど、これがメアルリアの司教か」

 一礼後、顔を上げたゴスペルを見たガイが唐突にそんなことを口にする。

 彰弘と四人の少女達は、その意味が理解できずゴスペルに向けていた顔をガイへと移した。

「おっと、独り言だったんだが……。メアルリアの司教っていうのは例外なく強いらしい。実際に会って、それを今確信した。まあ、そういう意味だ」

 若干、苦笑ぎみのガイはそう答えると肩をすくめる。

「はっはっはっ。あなたにしろアキヒロ殿にしろ、そしてそちらの女性にしろ、そこのお嬢さん達にしても、相当に見えますな。どうです、少し話をしませんか? 勿論、この後でアルケミースライムの件以外に何か予定があるのなら無理にとは言いませんが。ああ、アルケミースライムとの契約の場には私が責任を持ってご案内しますので、そこは心配なさらずに」

 ゴスペルの提案を受け、ガイはこの神殿へと一緒に来た面々の顔を見る。

 それに対して彰弘が口を開いた。

「特に他の予定はないな。俺も少し聞きたいことができたし、いいんじゃないか?」

 彰弘の言葉を受けて、ガイは再度グレイスと少女達の顔を確認する。それからゴスペルへと向かって「異論はないようだ」そう返した。









 彰弘達一行がゴスペルに案内されたのは、神殿の二階部分にある彼の執務室であった。広さは二十畳程度、出入り口から一番離れたところに執務机があり、その背後には本がぎっしりと詰まった壁と一体となった大きな本棚がある。部屋の中央付近にあるのは足の短い机とそれを囲むようにソファーが置かれている。執務机の対面の壁にはメアルリアの紋章が飾られていた。

「どうぞ、そこに座って少々お待ちを。今、飲み物を用意します。ところで、緑茶で構わんかな?」

 彰弘達へとソファーに座るように勧めたゴスペルは、全員が着席したのを見てそう聞いてから反対意見がないことを確認し、部屋に備え付けられている魔導具で湯を沸かし始めた。

 お茶の用意をゴスペルがしている間、彰弘達はソファーに座り部屋の中を見回す。そして、それぞれがそれぞれの感想を思い浮かべていると、人数分の湯呑みをおぼんに乗せたゴスペルが戻ってきた。

 ゴスペルは「熱いから気を付けるように」と言いながら彰弘達の前へと順番に湯呑みを置いていき、最後に自分が座る場所の前に湯呑みを置いてからソファーへと腰かけた。

「ではまず、あなた方のご質問に答えましょうか」

 湯呑みに口を付けて、熱い緑茶を一口飲んでからゴスペルが口を開いた。

 彰弘達はお互いに目配せをし合う。そして、やがて彰弘が声を出す。

「じゃあ、俺から。何故、あのとき、俺がアンヌの言葉を聞いたと思ったのか、それと何故俺の名前を知っていたのか。これについて、教えてもらってもいいかな?」

「勿論。先ほどは失礼した。それでは、まず何故アンヌ様の言葉を聞いたのかと声をかけたことだが、あのときのあなたの雰囲気は神託を受けている最中のそれとよく似ていた。これが答えになりますな」

 自らの信仰する神の一柱であるアンヌを呼び捨てにした彰弘のことに表情を変えることなくゴスペルはそう答える。

 彰弘はその返ってきた言葉に片眉を上げた。

 神託を受けている云々は、まあそうなのかもしれないと納得できるかもしれないが、何故アンヌだと思ったかが謎だったからだ。

 ゴスペルは疑問を浮かべる彰弘を見て言葉を続けた。

「ネタばらしをすると、例の一件の報告をうちの司祭であるミリアから受けていたから、あなたの名前も女神アンヌの加護のことも知っていた、という訳ですな」

「そういうことか。それなら納得だ」

 彰弘はゴスペルの言葉に納得の頷きを返した。竜の翼の位牌回収依頼に同行し、それが終わり避難拠点へと戻ってきた際に、ミリアが報告する云々と言っていたことを思い出したからだ。

 なお、ゴスペルが言う例の一件は国之穏姫命に関わること全般のことだ。当然、そのことは極僅かな人物が知るだけであり、今この場にいるガイとグレイスは何のことかを知らない。それでも、特に口を挟まなかったのは、必要であれば説明があるだろうし、説明がないならば自分達には不要な情報だと考えているからだ。もっとも、相手がどれだけ必要ないから説明もしないと思っていても、自らが必要と感じた場合は聞き出すということをする。ただ、この件に関して、それは必要ないと考えていたのである。

「では、私からも聞いてよいですかな?」

 ゴスペルは彰弘の質問に答えた後で、残りの面々に何か質問はないかと聞き、特にないことを確認するとそう口を開いた。

 少女達もグレイスも成り行きでここにいるだけで、特に聞きたいことはなかった。ただ、ガイだけは何かを言いたそうにしていたが、それはこの話が終わった後で言えばいいことなので声を出さなかった。

「ああ、俺の聞きたいことはもうないし、構わない」

「先ほどの神託の内容がどのようなものかを伺ってもよいかな? 無論、無理にとは言わない。本来、このようなことを聞くのは褒められたことではないのでな」

 ゴスペルの言葉は正にその通りだ。

 神託と呼ばれるものは、それを受けた者から請うて聞きだすようなものではない。大抵は受けた者が周囲に知らせるべきと判断し告げるか、受けた者だけでは対処できない類の場合に他者に相談という形で告げることがあるくらいだ。神託が下されないということは、その者にまったく関係ないか、もしくはその者では対処不可能ということの証でもある。

 そのような神託の事情を知っているゴスペルであったが、好奇心旺盛な彼は駄目で元々と声を出したのであった。

「特に隠すような話はないな。さっきの話を纏めると『アルケミースライムは色の薄い子と契約してあげて』だな。何でも、なかなかの古参だけど条件に合う人物がいなかったらしいんだが……何か知っているか?」

「確かに隠すような内容ではないな。多分、そのスライムはこの神殿にいる契約ができるまで成長した中の最古参のスライムのはずだな。アルケミースライムと契約するには、ある程度の魔力操作ができることが絶対条件、加えて契約する者とスライムとの相性の問題もある。どうにもこうにも、この相性だけは努力でどうにかなるものではなくてな。それが故に延々と残るスライムがいるのだな」

「それだと、神託で契約しろと言われても、俺とそのスライムの相性が悪かったら駄目なんじゃないか?」

「それは問題ではないのではないかな。そもそも神託というものは、それを成し得る可能性のある者にしか下されない。だから、相性は問題ないと考えてよいな」

「そんなものか」

 彰弘はそう一言呟くと、程よい温度となった緑茶を啜った。

 その後、たわいない会話をメアルリアの司教と交わした彰弘達は、思ったよりも有意義な時間を過ごしてから部屋を辞する。

 その際、ガイがゴスペルへと模擬戦を挑み、さらにそれを挑まれた方が嬉々として受けたことに、彰弘含む残りの面々を驚かせた。

 ガイにしてみれば、話でしか聞いたことがない冒険者で言ったらランクB相当、もしくはそれ以上の実力者が目の前にいるのだ。試しでも話を持ちかけてみる価値はあった。

 ゴスペルにしても、世界の融合から此の方、書類仕事が多すぎて身体を動かしたかったのだ。ついでに言うと彼はただ身体を動かしたいだけでなく、力と力のぶつけ合いをしたかった。ガイが模擬戦を挑んできたのは渡りに船であった。

 この結果、アルケミースライムとの契約の場への案内は、彰弘達に最初にこの神殿で接触した侍祭(アコライト)であるジーンが行うことになった。一階に戻ってきたゴスペルに案内を言い渡された彼は「そうなるんじゃないかと思ってました」そんなことを口にし、ため息をついたのである。

 なお、アルケミースライムも模擬戦も全く関係ないことではあるが、彰弘がメアルリアの神の一柱であるアンヌの加護を持っていることについては、ゴスペルの執務室を出た直後にガイとグレイスへ口止めをしていた。ここのところ、誰かに知られたとしてもいいかと思うようになってきた彼であったが、やはり面倒事になる可能性はありそうだと考えたからであった。

 ともかく、そんな感じで彰弘達は当初の目的であるアルケミースライムのいる部屋へと向かったのである。









 ジーンの案内により神殿の奥にある階段を使い地下一階へと降りた彰弘達は、一つの扉の前へとやって来ていた。

「この扉の先に契約できるまでに成長したアルケミースライムがいます。契約については中の担当の者に聞いてください。では、入りましょう」

 部屋の中のことを軽く説明したジーンは、扉の横にある筒のような物に向かって「アルケミースライムを見たいと言う人達を連れてきました」と声を出した。

 待つこと数秒、目の前の扉が内開きで開き、中からメアルリアの司祭服を着た三十前後と思しき男が現れた。

 男の服装はゴスペルの来ていた服に似ている。ただ、その色が黒色に限りなく近い紺色であった。

「珍しいですね、あなたが案内をしてここにくるとは」

「ほんとはゴスペル司教が案内をするはずだったんですけどね、模擬戦をするとかでこの方達と一緒に来ていた戦士の方と裏の訓練場に行ってしまいました」

「ああ、あの方らしいと言えばらしいですか。ま、たまの息抜きは必要でしょう」

 司祭服の男は、ジーンとそうやり取りしてから、彰弘達へと顔を向けた。

「失礼しました。私はこの部屋を担当している内の一人で司祭のミールと申します。ここに来た目的を伺ってもよろしいでしょうか」

「目的か。そうだな、アルケミースライムの見学と、可能なら契約をしたい、というところだな」

 ミールの言葉にそう返すと、彰弘は少女達とグレイスへと目を向けた。

「そうでしたか、分かりました。とりあえず中へどうぞ」

 彰弘から目を向けたれた少女達とグレイスが頷くのを見て、ミールは扉のあった場所から一歩引いて彰弘達を部屋へと招きいれた。

 それから、部屋の中へ入らずにいるジーンへと声をかけた。

「あなたはどうしますか?」

「僕は受付に戻ります。すみませんが、ここでの用が終わったらこの方達を上まで案内してもらえませんか? 何だかんだで忙しいんですよ」

「そうですか、分かりました。では、また後で」

「ここまでの道案内だけで、すみません。僕はここで失礼します」

 受付に戻ることにしたジーンは、彰弘達に一礼をした後、来た道を戻っていった。

 それを見送ったミールは静かに扉を閉めてから彰弘達へと向き直る。

「お待たせしました。それではこれから行うことの説明をさせていただきます。まず、あそこの扉の先で入退室記録のための作業をします。これは身分証を魔導具に掲げるだけです。それが終わりましたら、実際に契約が可能であるアルケミースライムが過ごしている部屋へと進みます。なお、アルケミースライムは部屋の中を自由に動き回ってますが、こちらが何もしなければ襲い掛かってくることはないので安心してください」

 ここで言葉を一回切ったミールは彰弘達の様子を窺う。

 その姿は様々だ。彰弘は顎に手を当てて何かを考えている。六花と瑞穂は、その目に好奇心を浮かべていた。紫苑は身体の前で腕を組み考えごとをし、香澄は何故か彰弘を見ている。そんな中でグレイスは、どんな想像をしたのか若干頬が引きつっていた。

 そんな様子を目にしたミールは顔に笑みを浮かべると言葉を続けた。

「それで、アルケミースライムのいる部屋に入ったら、自分が気に入った個体に触れて魔力を流してください。その際に簡単な命令……例えば『掌に乗るように』とかですね、そのような意思を込めて魔力を流してください。もし、これで素直にアルケミースライムが従うなら、その方はその個体との契約ができることになります。そうして、契約可能な個体を見つけたら、次は実際の契約です。とは言っても、この契約に難しいところはありません。命令に従ってくれたアルケミースライムを専用の容器に入れて、その状態で魔力を注ぐだけです。暫く注ぎ続けると、アルケミースライムが軽く発光します。これで契約は完了です。その後は実際に使う際の注意事項やらの講習を小一時間ほど受けてもらいます。以上となります。何か質問はございますか?」

 ミールの説明を聞き終わった彰弘達は聞くべきことを頭に浮かべる。

 そして、まず紫苑が口を開いた。

「最初のアルケミースライムに魔力を流して、こちらの言うことに従ってくれなかった場合は、すぐに次の個体へと魔力を流しても大丈夫なのですか?」

「はい、それは問題ありません。契約前のアルケミースライムには『汚れを落とす』以外の意思は存在しません。ですので、あいつが駄目だったからこっちに来た、なんて思われることもありません。その辺りは気にせず、相性の良い個体と巡り合うまで試してみてください」

 ミールから返ってきた答えの中の『契約前の』という言葉が、新たに気になった紫苑であったが、それについては実際に契約した後で聞けばいいだろうと「分かりました」と返事をしていた。

「他にはありませんか?」

「そうだな、一人いくらぐらい必要なんだ?」

 金額の話が出ていなかったなと、思い出した彰弘はそれについてを口にした。

「契約が完了した時点で一万ゴルドとなっています。ですから、もしあなた方が全員契約できたとしたら、合計で六万ゴルドとなります。なお、契約できる個体がいなかった場合は代金をいただくことはしていませんので、そこはご安心ください」

「なるほど、分かった。俺からは、もう特にないな」

 彰弘の言葉に少女達とグレイスも頷いた。

 それを見たミールが「では」と言ったところで六花が不意に声を出した。

「あ! 彰弘さん、わたし一万も持ってないよ?」

 六花は服に隠れるように腰に吊るした皮袋を見て彰弘へとそう呟いた。

 街の中で大金を持っていることがバレるのは危険と、六花と残り三人の少女達は数枚の銅貨を所持しているだけであった。ただ、これは自分で所持している金額が少額であるだけで、実際には全財産が彰弘の腕にあるマジックバングルに収められている。その額はアルケミースライムとの契約料よりも遙かに多い。

「六花達が稼いだ金は俺が預かってるだろ? だから心配無用だ」

 彰弘は笑ってそう言うと、六花の頭を撫でた。

 頭を撫でられほっとする六花、その近くでは瑞穂と香澄も同じような顔で胸を撫で下ろしていた。世界が融合する前までは労働の対価としての給金を受け取るということを日頃はしていなかったために、三人は今現在の持ち金が自分の全財産だと一瞬誤解してしまったのだ。

 なお、紫苑も他の三人と世界の融合前は同じ状況であったが、大人とのやり取りが多かったせいか、そのような誤解をすることはなかったのである。

 彰弘と少女達の様子を見ていたミールの顔に柔らかい微笑みが浮かぶ。彼らのやり取りはメアルリアに属する者にとっては、なかなかに微笑ましいものなのであった。

 さて、そんな感じで一行を見ていたミールだったが、一呼吸して気持ちを切り替える。そして、「では、行きましょうか」と言葉に出すと、彰弘達が入ってきた扉に正対する位置にある扉を開けたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



お金

 だいたい、一ゴルドは現在の日本円にして十円と考えてください。

 つまりアルケミースライムとの契約でかかる金額は一回十万円程度となります。



2-5.話を微妙修正


二〇一五年十一月 一日 一時一〇分 修正

『ライズサンク皇国総合管理庁 ガイエル伯爵領グラスウェル 避難拠点支部』

『ライズサンク皇国総合管理庁 ガイエル領グラスウェル 避難拠点支部』

に修正。

 この世界での貴族は家名+爵位となります。

 例えば、作中現在で出てきているのはガイエル領ですが、ここの場合はガイエル領の領主であるガイエル伯爵、このようになります。

 つまり伯爵領や侯爵領があるのではなく、○○領という領地があり、それを統治する伯爵や侯爵などの貴族がいるということです。

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