3-08.
ミレイヌに何故本人ではない親を誹謗したのか、何故そのような魔法を使うのかを問う少女達。
予想していなかった香澄の行動もあり、その結果ミレイヌが足早に訓練場を後にすることとなったのであった。
冒険者ギルドのグラスウェル北支部から徒歩数分の位置にある『深緑亭』という食堂に彰弘達の姿はあった。
『深緑亭』は冒険者ギルドと提携している食堂の一つだ。これらの提携食堂では、身分証を提示し冒険者であることを示すと、冒険者仕様の料理を注文することができる。
さて、この冒険者仕様の料理とは何なのかだが、何のことはない、ただ普通に比べて量が多く割安であるだけだ。グラスウェルの一般的な食堂で大人一人前の料理は平均すると銅貨五枚、大盛りで銅貨七枚である。ところが、冒険者仕様では普通の三倍の量で銅貨十枚となる。
冒険者ギルドがこのような仕組みを作ったのには訳がある。強くなるほどに食事量が増えるこの世界では、冒険者のランクにしてD付近ともなると、一般的な大盛りの量では足りなくなってくる。そのため、食事の量を増やすことになるのだが、この辺りの強さの冒険者は大抵が実力にあった武器や防具に買い換えることを考える時期であり金欠に陥りやすい。つまり、金欠で十分な食事が取れなくなる可能性がある。すると体調を維持することもできなくなる。そうなると依頼を遂行したり魔物を倒してその素材を売るなどの冒険者としての主要な金銭稼ぎが覚束なくなってきたりする。このような状態になるとその冒険者は引退を考えたり、引退を考えていなかったとしても、万全な状態なら問題ない魔物に殺され強制的に引退となったりすることがある。これが一人二人であれば、その個人や家族、そして知り合いには大問題ではあるが、その個人が拠点とするギルド支部や街には大きな問題とはならない。しかし、この数が十人百人、それ以上ともなると魔物を間引く人員が足りなくなり、結果的に街自体の脅威に繋がるという問題になるのだ。冒険者仕様の料理提供という仕組みは、これらの問題の改善の一つであった。
なお、この冒険者仕様の料理は駆け出しの冒険者でも注文できる。ランクD付近の冒険者とは別の意味で金銭に余裕のない駆け出しは、複数人で一つ注文して食事代を節約する、よくある光景であった。
ちなみに、兵士と呼ばれる人達も強さによっては一般的な大盛りでは足りないが、こちらはその強さによって支給される食事代が変わるため、問題はなかった。
「よく……食えますね、うぷ」
普通の定食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいたレミが木製のコップから口を離して呟いた。その言葉は新たに運ばれてきたオークのモモ肉の串焼きを頬張る少女達へと向けられたものであった。
「三人前は多いかなと思って普通の大盛りにしたけど、足りなかったからね」
口の中の肉を飲み込んでから、そう答えたのは瑞穂である。残りの少女三人は串焼き片手に頷いた。
今現在二つのテーブルを使い食事をしているのは、彰弘と四人の少女達、ガイにグレイス、そしてギルドの建物で出会ったジンとレミの九人である。
訓練場での一件の後、ジンとレミから自己紹介と謝罪を受けた四人の少女達は、そこではじめて彼と彼女が、そして自分達が訓練場で対峙していた二人が以前ゴブリンに追われて逃げてきていた人達だということに気が付いた。森から出てきたゴブリンの集団に気を取られて、逃げて来た人達のことが頭に残っていなかったのが原因である。そんな少女達だったが謝罪に関しては素直に受け取った。あのときは自分達に利することだったから感謝こそすれ責める気はなかったが、一般的には魔物を押し付けられたようなものだからだ。
そんなこんなでジンとレミを含めて会話を交わす内に一つの問題が少女達に持ち上がった。それは、訓練場で対峙した魔法使いの女がグラスウェルに居を構える子爵家の第三女であるという事実であった。この情報に少女達は一瞬硬直する。今の世界の貴族のことを実感し理解しているわけではなかったが、それでも話は聞いていた。一言で表すなら「事を構えるな」だ。そのため、今後の対応について少女達は答えが出ない議論をその場で始めた。しかし、そんな少女達へミレイヌと少し前までパーティーを組んでいたジンが声をかける。内容は、『言動や態度はあんなだが、他人を使って何かするようなやつじゃない』であった。これにはレミも頷く。加えてガイとグレイスも子爵を知っていたため、その人となりを説明し、最後に彰弘がいざとなったら称号を使うと口にした。少女達は自分達の行動から起こるであろうことに自分達で対処できないかもしれないそのことに割り切れない気持ちを持ったが最終的には頷いた。
なお、このとき彰弘の称号についてガイやグレイスが訝しげな顔をしたが、彼は曖昧に笑っただけだった。
ともかく、このようなことがあり彰弘達とジンとレミは打ち解けた。そして、時間は少し遅いがまだ辛うじて昼時と言える時間であったために、一緒に食事を取ることになったのであった。
「なに、そう遠くない内にお前らも食うようになるさ」
冒険者仕様の定食をお代わりし、その上で串焼きを追加で食べているガイがそう口にする。
まだまだ余裕がありそうなガイに、今度はジンが声を出す。
「稼いだ分が全部食費になりそうですね」
ランクC相手とあって言葉遣いが幾分丁寧なジンは呆れたような顔をする。
隣ではレミがこくこくと顔を縦に振っていた。
「流石にそれはないですね。ランクが上がれば高額の依頼を受けれますし、倒す魔物のランクも上げれますから。まあ、ガイさんのところは全員が前衛職ですから他のパーティーより食費は多いでしょうけどね」
微笑んで食後のお茶に口を付けたグレイスも、何だかんだで冒険者仕様の定食と串焼き一本を完食していた。彼女曰く「腹八分目がちょうどいい」とのことだ。
こんな感じで定食の後も串焼きやらサラダやらを頼み食して一時間強、ようやく全員の腹が良い感じで満たされた。
「相変わらずよく食うなお前は」
食休みをしていた彰弘達の中のガイへと向かって声をかけてきたのは『深緑亭』の店主であった。
「そっちこそ相変わらずの味で何よりだ」
「当たり前だ。それよりまだ腹に入るならデザートでもどうだ? ガッシュの位置を確認しに行った部隊がつい最近戻ってきてな、結構な量のリンゴを持ち帰ってきたんだ。まだ限定数でしかメニューに載せられない量しか仕入れられなかったが……今ならサービスしてやる」
店主は店内を見回し、他に客がいないことを確認してそんなことを口にした。
なお、ガッシュとはグラスウェルの北北東に位置する農業を主産業とする農業都市の一つである。
「おお、いいな。あんたらはどうする?」
ガイは店主の提案に賛成すると、彰弘達を順に見回した。
「おおう、リンゴ!」
真っ先に反応したのは六花だ。
「最後に果物でさっぱり、いいですね」
「はいはーい。あたしもリンゴ食べる!」
「随分と食べてないような気がします」
六花のみならず、紫苑も瑞穂も香澄もリンゴを食べる気満々だった。
「と言うことだから、俺らももらっていいかな?」
笑みを浮かべて少女達を見ていた彰弘はそう言うとガイと店主へと顔を向けた。
「ああ、かまわないぜ。そっちのお嬢さんはどうする? 後、そっちの二人も」
「では、遠慮なくいただきます」
店主の確認にグレイスは笑顔で即答した。
しかし、ジンとレミの二人はどうやら本当に満腹のようだった。リンゴを食べたいところだが、すでに食い過ぎてもう入らない、そんな顔をしていた。
「まあ、とりあえず人数分頼む。仮にこの二人が食えなくても、間違いなく他の誰かの腹に収まるだろうしな」
「だろうな。よし、分かった。ちょっと待ってな、今持ってくる」
笑いながら人数分のデザートを頼むガイに、これまた笑いながら言葉を返した店主は厨房の方へと歩いていった。
それから少しして戻ってきた店主の手にあったものは、リンゴ風味のゼリーの中に食べやすく角切りにしたリンゴの果実を入れたデザートであった。
適度な冷たさに適度な甘み、そして角切りリンゴの食感、六花達はそれが非常に気に入ったらしく黙々と食べていた。それは彰弘も、そしてガイとグレイスも同じだ。さらには、もう満腹と言っていたジンやレミも何だかんだで自分の分を完食したのであった。
こうして、少し遅い昼食は一行の腹を満足させたのである。
食事代を払い店の外に出た彰弘達は、通行人の邪魔にならない道の端により言葉を交わしていた。
なお、ジンとレミの二人は昼食を奢ってもらったことの礼と、再度ゴブリンを押し付けてしまったことの謝罪をした後、その場から立ち去っていた。パーティーを解散した二人は今後どのように活動していくかを別の場所で話し合うつもりであった。
ともかく、宿屋を出発したときと同じメンバーになった彰弘達は食休みも含めて会話していたのである。
「さてと、これからどうする?」
「次はメアルリアの神殿かな」
ガイの言葉に彰弘は次に行く場所を口にした。
そんな彰弘に頷きつつも、何の関わり合いもないのではないかとガイは首を傾げた。
「あそこか。まあ、そう遠くないから行くのはかまわないが、何しに行くんだ?」
「あそこの司祭には世話になったしな」
ガイは「ふむ」と腕を組んで考え出した。彰弘の言葉がすぐに何を指すかが思いつかなかったのである。
しかし、一緒に聞いていたグレイスは即それが分かったようだ。
「ああ、なるほど。ミリアさん」
「そうだな。後、治療院のサティもメアルリアってことだし。こんなときでもないと忘れそうだからな。今の内に行ってみようかと思ったわけだ」
グレイスの言葉に彰弘は頷きながら、自分が入院していた治療院の雇われ院長のサティリアーヌのことを付け加えた。
「つまり、世話になった二人が属する教団の神殿を見てみたいと、そういうわけか」
「ああ。ついでにアルケミースライムだかも見てみたいな。サティに進められて気になってはいるんだ」
サティリアーヌに薦められミリアが使うところを見て、あれば便利だろうなと彰弘は考えていた。冒険者をやっていく上で日帰りできる依頼ばかりではないだろう、そうすると毎日身体を洗うこともできないかもしれない。数日くらいは我慢できないでもないが、世界の融合前まで毎日風呂に入り身体を洗っていた彰弘にとっては、身体の汚れを取り去ってくれるアルケミースライムは必要なのではないかと考えるに十分な存在だった。
「そうですね、私達は学園に通う予定ですので暫く必要ないと思いますが、もし何日も身体を十分に洗えないとなると厳しいものがあります」
「うんうん。魔法でお風呂作るの大変。アルケミースライムだったら服着たままでもいいから便利ー」
「そだね。お風呂までいかなくても、魔法で水出して身体洗うだけでも場所と時間と魔力を結構使うしね」
彰弘の考えを読んだように紫苑が声を出し、それに六花と瑞穂が同意する。
そんな中、香澄は何故か赤面して彰弘の全身に目を這わせた。
「おんやぁ? 香澄ちゃんは何を想像してるのかなぁ?」
いち早く香澄の様子に気付いた瑞穂は、にやにやとした笑みを浮かべて自分の顔を彼女の顔の横に置き視線を合わせた。
「べ、別に何も想像してないよ」
「ほんとうかなぁ?」
「本当だもん。それじゃ、わたしが何を想像してたのか言ってみたらいいじゃない」
売り言葉に買い言葉というわけではないが、香澄は今この場では言ってはならないことを言ってしまう。
そして、それを受けた瑞穂もそれには気付かずに、香澄が想像したであろうことを口にしようとした。
「香澄が想像したこと、それは! あ……むぐぅ」
香澄が想像したであろうことの最初の一音を出した瑞穂、しかし、その後に言葉は続かなかった。いきなり誰かの手で口を塞がれたのである。
「瑞穂さん、今この場でそれを言っては駄目だと思いませんか? どう思います六花さん?」
「だめ」
瑞穂の口を自らの手で塞いだまま紫苑は隣に立つ六花に問いかける。
それに返ってきたのは短い答えだった。
「後、瑞穂さんに話させようとした香澄さんの言葉はどう思いますか、六花さん」
「あうと」
またしても紫苑の言葉に短く答える六花。
「というわけでして、私達は少し席を外しますね。行きましょうか六花さん。香澄さんをお願いしますね」
「りょうーかい」
三度短く答えた六花はガッシと香澄の腕を掴み、物陰へと瑞穂を引きずりながら歩く紫苑の後を追った。当然、瑞穂と香澄は抵抗していたが、どのような力関係か、抵抗空しく物陰へと引きずり込まれていった。
ちなみに、香澄が何を想像したのかというと、まだ彰弘が治療院で昏々と眠り続けていたときに偶然目にした、真っ裸の彼がアルケミースライムに全身をきれいにされている最中の光景であった。
物陰へ移動する少女達をしばらく呆然と見送っていたガイが思い出したように口を開いた。
「なあ、どうするんだ、これ?」
「待つしかないかな……」
「……おい」
明後日の方を向いて言葉を出す彰弘にガイが短く突っ込む。
「これは少し前にセイルにも言ったことがあるんだが……人間できることとできないことがあるんだ」
「もしかして、以前にも似たようなことがあったのか?」
「ああ。だから心配はいらない。ついでに言うけどグレイスさん、その思考は止めといた方が身のためだ」
「え? あ、はい? あれ、あの子達は?」
いきなり彰弘に言葉をかけられたグレイスは何のことか分からず、少々うろたえる。今の今まで香澄が想像したことに気を取られて彼女は周りが見えていなかったのである。
「おいおい。何か考えるのはいいがほどほどにな」
グレイスの様子にガイが呆れたように声を出す。
その時だった、四人の少女達が消えた物陰から「〜〜〜〜!」と声にならない呻きが聞こえてきた。
「え!?」
グレイスはその呻きに思わず声を出し、発生元の方へと顔を向けた。
しかし、彰弘は我関せずと道行く人を眺め、ガイもそれに倣って意味もなく空を流れる雲を見ていた。
それから少しの間、声にならない呻きが聞こえる度にグレイスは狼狽し、しかし彰弘とガイは意味のない観察を続ける。
やがて、呻きが聞こえなくなり、その後で物陰から四つの人影が出てきた。
「自分の浅はかさが身に染みる……」
「同意するよ瑞穂ちゃん。とりあえずごめんね。わたし、もっと気を付ける」
「あたしも、もっと行動前に考えるよ」
まず彰弘達の下に戻った瑞穂と香澄はそう言うとぐったりと肩を落とした。
「何か上達してきた気がする」
「同意します。このまま上達したら後々役立ちそうです。少し頑張ってみましょうか」
「うん。機会は少なそうだけども、がんばる」
何が上達したのだろうか? 瑞穂と香澄に少し遅れて彰弘達の下へ着いた六花と紫苑は幾分つやつやした顔で満足げに言葉を交わしていた。
「何と言うか、お疲れ? ま、ほどほどにな」
何て声をかければ適切か分からず、かと言ってかけないのも不自然。彰弘の口から出たのは意味があるようでない言葉であった。
そんなやり取りを見ていたガイは一つため息をつくと声を出した。
「とりあえず、行こうか。メアルリアの神殿はここからだと三十分程度だ」
「ああ、分かった。すまないが道案内を頼む」
「了解だ」
一連のやり取りの後、ガイはおもむろに目的地へ向かって歩き出した。彰弘がそれに続き、四人の少女達も六花と紫苑、瑞穂と香澄で対照的な雰囲気で後を追う。
そんな六人の後姿を見ることになったグレイスは小首を傾げてから歩き出した。歩きながらも先ほどのことを考えてみる。正直、何が何だか分からない。ただ、彰弘の言葉で考えるのを止めた自分はギリギリで助かったんじゃなかろうか。前を歩く六花と紫苑の談笑する顔を見てそんなことを思うのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
結構前の2-42話に文追加(話の流れは変わりません)
二〇一五年十月二十二日 二十時四十九分 追記
神の試練について話している国之穏姫命の会話文に下記を追加
「……あ、ちなみに以前お主らがオークの解体を見ても平気だったのも同じ理由なのじゃ」
二〇一五年十月二十八日 十九時五十二分 追記
少女達が物陰に移動した文の後に、赤面の香澄が何を想像していたかの内容を追記。