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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-07.

 訓練場に足を踏み入れた彰弘達は、女魔法使いであるミレイヌの魔法発動過程をその目で見る。

 しかし、それは冒険者のランクEとしては劣っているものではなかったが、魔法を使う過程で見せた彼女のその姿はありえないものだった。




 四人の少女達は輪になって幾分小声で言葉を交わしていた。その内容は彰弘達と同様で、魔法の過程を見せたミレイヌの魔力操作についてとそのときの姿勢であった。

「想像してたのと現実でギャップが凄いんだけど、どうしよ?」

「目を瞑るし、属性変化させた魔力もきちんと制御できていないみたい。自信満々だったから、ちょとびっくり」

「うん。正直、普段もあれだったらありえないと思う。でも、そのお蔭でわたし達、冷静になれたわけだし……」

「香澄さんの言うとおりです。あの方が私達の予想を大きく下回っていたために、今こうして話し合うことができています。もし、当初の予想通りでしたら、勢いのまま意見して後味の悪いことになっていたかもしれません」

 ミレイヌが見せた魔法発現までの過程の拙さがあって、今現在の少女達には当初の激情が消えていた。予想外の内容に唖然としたためだ。

 しかし、その間があったお蔭で自分達がミレイヌと同じようなことをしてしまうところだったのではないかと気付けたのである。

 なお、紫苑はミレイヌが魔法発動までの過程を見せる前に気が付いていたが、それをこの場で口にはしなかった。「少しだけ待ってください」と言って、ミレイヌを待たせて話をしている現状では時間を取るだけの余計なものであるし、何よりそのような自己顕示欲を紫苑は持っていなかったのである。

「うーん、それでどうする? やることは、やっぱ変わらないよね?」

「う〜ん」

「むー」

 瑞穂の言葉に香澄と六花が首をかしげる。冷静になったからといって、すぐに答えが出るものではなかった。しかし、そんな中で紫苑が口を開いた。

「そうですね……まず、本人に忠告するならまだしも、本人ではなくその親を誹謗することは許せませんから、それを伝えるのは必須でしょう」

 紫苑の言葉に嘘はない。ただ、そこに自分の実の親のことは一切入っていなかった。

 世界融合前の紫苑は家政婦に育てられたといっても過言ではない。そのこともあり小学校低学年のときに亡くした母親についての想いは彼女にはほとんどない。嫌悪の対象でしかなかった父親は自らの手で屠ったことにより心の中からすでに消えている。だから、言葉の中に自分の実の親のことは入っていない。そこに込められていたのは、今一緒にいる六花の両親、それと瑞穂と香澄それぞれの両親、そして現在保護者となっていてくれている彰弘であった。

「うん、そうだね。となると、後はどうするかだけど……」

「う〜ん、後は普通に忠告するしかないんじゃないかなー?」

「わたしも、そう思う。あれは危険」

「はい。上から目線ではなく、事実をそのまま伝えるのが良いかと思います。正直に言って、あの方がこれからもあのまま冒険者を続けるとなると、いろいろ問題になりそうな気がします。私達に直接被害がくることはないとは思いますが、万が一を考えて忠告だけはしておきましょう」

 そんな感じで少女達はこの後の行動を決めていく。

 そして、誰がどう動くかを確認した後、輪を解いてミレイヌへと向き直ったのである。









 ミレイヌが痺れを切らして声を出そうとしたとき、少女達が輪を解いた。

「申し訳ありません、お待たせしました」

「それで?」

 謝罪の言葉を述べる紫苑に、待たされた苛立ちのためかミレイヌは一言だけそう放つ。しかし、そんなことは気にならないという感じで紫苑は言葉を返した。

「可能であればもう一度だけ魔法発現までの過程をお視せいただけたらと思いまして。今度は正面から確認させていただきたいのです」

「正面? まあ、いいわ。しっかりと見ていなさい」

「はい。ありがとうございます」

 正面から見るということの意味を理解しなかったミレイヌだが、深く考えずにそれを受け入れた。

 魔力を視ることができる者にとってその動きを多方面から視るということは、より詳しくその魔法を知ることができる。横からでは縦線一本にしか視えない魔力の導線も、正面から視たら複雑な紋様が描かれていたりすることがあるのだ。

 なお、この魔力を視るというものは各学園の通常の就学期間では、魔法に特化した学園マギカでも教えていない。魔力を視るという行為は熟練した魔法使いとなって初めてできるようになるものなので、学園の就学期間ではそういうものがあると軽く説明がある程度だ。そのため、ミレイヌは正面で魔法発現までの過程を視ることの意味にこのときは気付かなかったのである。

「その場所でいいのね?」

 少女達が自分の五メートル強の位置に移動して動きを止めたのを見たミレイヌは、そう確認をする。そして紫苑の「はい。お願いします」という言葉で、先ほどを同じように詠唱を開始した。

 ミレイヌが詠唱を開始して数秒、紫苑が六花に視線を向ける。その視線を受けた六花は頷きを返すと、おもむろに移動を始めた。

 魔法を発動するだけならば、ものにもよるが周囲を知る必要がないものもある。しかし、今回少女達がミレイヌにお願いしたものは、『実戦で普段どの魔法をどのように使うか見せて欲しい』というものだ。つまり、仲間の位置と敵の位置、周囲の障害物などを把握しなければならないのだ。目を閉じていてそれができているのか、六花の行動はミレイヌがそれをできているかの確認のためのものであった。

 六花は徒歩で訓練場を移動する。時折、目を閉じ詠唱するミレイヌと、その彼女の右斜め後ろで直立している戦士と思しき男を確認しているが、その歩みはいたって普通であった。

 ミレイヌの詠唱が終わる少し前に、彼女を回り込むように移動した六花は再び元の場所に戻る。正確には瑞穂の右隣に戻った。

 ミレイヌの正面に移動した少女達の配置は、彼女の真正面に紫苑、その右隣に瑞穂が位置し左隣に香澄、そして香澄の左隣に六花というものであった。つまり、六花は香澄の左隣から動き初め、ミレイヌの後ろを通り瑞穂の右隣に移動したのである。

 これもミレイヌが周囲を知覚しているかどうかを確認するためであった。

 詠唱していたミレイヌが目を開いてから言葉を発した。当然、その口から出た言葉は魔法発動のキーワードではない。

「あら、あなたそこだったかしら? まあいいわ。どう? 正面に移ったからといって何が分かるわけでもないでしょうけど」

 ミレイヌは六花の位置が変わっていたことに気が付きはしたが、すぐに流して自分の魔法発動までの過程についてを少女達に聞いてきた。

「いろいろと聞きたいことはあるんですが、まず一番大事なことを聞かせてください」

 相手が年上で初対面であろうということで、いつもとは違う口調で声を出したのは瑞穂であった。

 それまで主に会話をしていた紫苑ではなく、瑞穂が声を出したことに訝しげな顔をしたミレイヌだったが、言葉の先を促した。

「魔法とは関係ありませんが、何故あなたはあの二人の両親を誹謗するようなことを言ったのですか?」

「あの二人? 誹謗? ああ、先ほどの。私が魔法を発動するまでの間、敵を引きつけておくことも満足にできないあの二人それぞれの両親は、自力で逃げ切ることさえできなかったって話、別に誹謗でも何でもなくてよ」

「ああダメ、無理! 全てがムカつく! ごめん紫苑ちゃん、後お願い」

 自分の問い掛けに返ってきた答えとその態度に、両手で自分の髪の毛をかき乱しながら瑞穂は会話を諦めた。

 見ると、瑞穂のように行動には出していないものの六花と香澄も同じ心境にあるようだ。唯一紫苑だけは様子が違ったが、その表情には不快感が見え隠れしていた。

 紫苑は自らの心を落ち着かせるために一度深呼吸をする。それから話し始めた。

「では、ここからは私がお話します」

 瑞穂の口調の変化に多少驚いた顔をしていたミレイヌは、紫苑の声で表情を戻した。

「まず、最初に言わせていただきます。今回の融合で親をなくした地球側の子供は大勢います。そのことは覚えておいてください」

「何が言いたいのよ」

「今すぐ分からないのなら、説明の無駄です」

 本気で分からないという表情をするミレイヌを無視して紫苑は話を続ける。

「では、魔法です。瑞穂さんもいろいろと聞きたいと言ってましたが、これは私も同様です」

 一度、口を閉じた紫苑は切れ長の目を僅かに細める。

「私達は『実戦で普段どのような魔法をどのように使うか』を見せて欲しいとお願いしました。そして、それに対してあなたはある程度の範囲を攻撃できる魔法の過程を見せてくれるということになりました。それはそれで構いません。しかし、実戦で一分近くも目を閉じ周囲に何の注意も払わない、危険すぎると思いませんか? あなたは先ほど目を閉じてから開けるまでで周囲で何があったか分かっていないでしょう。六花さんの立っていた場所が変わっていたのは何故だと思いますか? 彼女はあなたが目を閉じている間に、あなたの後ろを通り移動したからです。訓練場だからなどの言い訳は意味がありませんよ。あなたは私達の実戦という言葉に対して、あの魔法を選択したのですから。そもそも普段から使う魔法があれというのが理解できません。射程距離は五メートル弱、範囲も直径で同程度、威力はゴブリン・リーダーなら何とか殺せる程度、何より半分以上の魔力を無駄にしている。これなら、各種属性の魔法の矢を連続で撃った方が余程効率的です。あなたにあの魔法は早すぎます。まず、魔法の矢を可能な限り魔力のロスなしで撃てるようになるべきです」

 ミレイヌの顔が怒りに染まる。

 それに対する紫苑の顔は冷ややかだ。

「あなた達に何が分かるというのかしら?」

 辛うじて激昂を押さえ込んだミレイヌが問う。

「分かるよ。あなたの魔力の導線は歪んでいる。それもそうしようとしてじゃなくて、制御不足。ただ、制御が甘いから導線が歪み魔力が拡散している」

「そう、六花さんの言うとおりです。魔力の制御が十分でないのに、多くの導線を必要とする魔法を使おうとするから制御できずに歪む。正直、パーティーを組む方には同情します。迷惑です」

 ミレイヌに答えた六花の言葉に紫苑が続いた。

 そのとき、「風よ!」の声と共に訓練場の地面に何かが着弾する音がした。

 ミレイヌは音が聞こえた自分の右斜め後ろを振り返る。するとそこには、足を一歩踏み出した姿の従者であるバラサの姿があった。

「あなたはちょっと待っててくれないかな?」

 香澄のそんな声でミレイヌは再び少女達へと向き直る。そして、気付く。自分から見て一番右側にいる香澄が左手人差し指をバラサの足元へと向けていたことに。

「今……何をしたの?」

 予想はできるが信じがたい、そんな表情がミレイヌの顔にはあった。

「指先に魔力を移して、風に変えて撃っただけです。安心してください。まだ未熟なので、一言だけでは当たってもせいぜい少し痛いだけですから」

 笑みを浮かべて事も無げに香澄は自分の行ったことを説明した。

 ミレイヌはその言葉に目を見開く。自分は今、杖こそは持っていないが指には杖と同じ効果――魔法制御の補助――を持つ指輪をはめている。だが、香澄の指にはそれが見当たらない。勿論、杖の類も持っていない。なのに、たったの一言で魔力を風の弾として放った。相当に魔力操作ができなければ成しえることではない。熟練の魔法使いであるならば分からないでもない。しかし、今事も無げに説明したのは、どう見てもそうは見えない少女だった。

「どうですか? あなたのように無駄に長い時間をかけて範囲で攻撃する魔法を使うよりは、多少威力が低くても香澄さんが放った魔法の方が、敵を仕留めることはできなくとも足止めできる分だけ有用です。自分で無理矢理敵を仕留めるよりもパーティーで仕留めることができれば良いのではないですか? もっとも、そればかりでは駄目だということも分かりますけれども」

 予定になかった香澄の行動を話に組み込んで紫苑はミレイヌへと問いかける。

 それに対するミレイヌの答えは……。

「バラサ、帰ります」

 の言葉であった。

 ミレイヌの表情は分からない。彼女は僅かに顔を伏せたまま、足早に訓練場を出て行った。

 バラサは無言で頷き、自らの主人の後を追おうとしたが足を止めて少女達の顔を見る。

「バラサさん、部外者が口を挟むことではないかもしれませんが……従うだけが在り方ではないと考えます」

 思うところもあったのだろう、バラサはその紫苑の言葉に軽く頷くとミレイヌの後を追い訓練場を出て行った。









 ミレイヌとバラサが訓練場を出て行ってから数十秒が経った。

「ああぁぁぁあ。思わずやってしまいました〜」

 香澄が地面に膝を着き項垂れていた。

「いやいや香澄。あれはカッコよかった」

 瑞穂は笑いながら香澄の肩を叩き、六花もうんうんと頷く。

 そんな三人を見る紫苑の顔には安堵が混じった笑みが浮かんでいた。実際のところ、ミレイヌの魔法の欠点を伝えた後、どう話を持っていくのか迷っていた。しかし、香澄の行動のお蔭で、その後があっさりと終わったのだ。

 この訓練場での結果がこの後どうなるかは分からない。自分達が行った行動が正しいのかも分からない。ただ、ミレイヌがそしてバラサが良い方向へ進んでくれればと思う。何やら話し合いながら自分達に近付いてくる彰弘達をその目に映した紫苑はそんなことを考えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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