3-06.
総合受付案内担当者の叫びから発生した騒ぎは一人の女職員により終息した。
終息させた女職員はガイと知り合いのようで、自然な流れで会話に花を咲かせる。それを見ていた少女たちも、それをネタに花を咲かせる。
そんな周りに次の行動に移そうと声をかけようとした彰弘だったが、新たにギルドに入ってきた冒険者数名の会話に出そうとした声を飲み込んだ。
その会話は彰弘達にとって看過できないものであったのだった。
四人の少女達と暴言を口にしたミレイヌと呼ばれた女魔法使い、そしてそのミレイヌに従うような態度の戦士に見える男が訓練場へ入る。
彰弘はその様子を見送りながら、先ほど自分が話しかけたジンとレミに訓練場の使用手続きを促した。そして、それが終わるとガイとグレイスに目で合図してから、手続きを終わらせた二人と共に訓練場へと入っていった。
ガイとグレイスは、その後すぐにお互いに頷き合い彰弘達の後ろへと続いたのである。
「おお、広いな」
訓練場に入った彰弘は思わずそんな声を出した。
「まあな。でも、諸々の配置は避難拠点と変わらないぞ」
そう返したのは、彰弘達のすぐ後に訓練場に入った二人の内のガイであった。
確かにガイの言うとおり、冒険者ギルドのグラスウェル北支部の訓練場は、建物と同様に基本避難拠点と同じだ。魔法訓練用の標的の位置に訓練に使う刃を落とした武器の保管場所、それに訓練後の汗を流すために用意されているシャワー室の位置、その全てが訓練場への入り口を基点として同じ配置となっていた。違うとすれば彰弘が口にした広さと、そこに置かれている様々な物品とシャワー室の数くらいのものである。惑星規模の組織である冒険者ギルドは、利用する者の利便性から大抵どの街でも同じような作りをしているのであった。
ガイの言葉で訓練場の目視できる範囲を自らの目で確認していた彰弘は、四人の少女達がミレイヌと話している場所へと顔を向けると、その動きを止めた。そして思案気な表情を浮かべ「ふむ」と口にした。
「どうかしましたか?」
そんな彰弘の様子が気になったグレイスは小首を傾げ問いかけた。
すぐ近くにいたガイも、ジンとレミの二人も、彰弘へと顔を向ける。
「いや、今更なんだが、さっきの勢いのままだと結局あの魔法使いと同じになるんじゃないかと思ってな」
そう返してきた彰弘の言葉にグレイスは数瞬考えた後に口を開く。
「それは、あの子達が彼女と同じような態度で発言をすると?」
「そうは言わない。どれだけ怒っていても、それはないだろう。ただ、多少言葉が変わっていたとしても内容的には変わらないんじゃないかと思ってね。今回の場合はそれでも問題ないと俺は思うが、あの子達にしたらあの魔法使いと同じことをしたと落ち込みやしないか、ふとそれが心配になっただけだ。もっとも、あの子達は聡いからすぐに気付くと思うけどな」
そう説明した彰弘は会話のためにグレイスへと向けていた顔を、ミレイヌと会話をする少女達へと戻した。
両者の会話は、彰弘達が訓練場へ入った後も続いていた。しかしそれも一段落ついたようだ。彰弘の視線の先で少女達と戦士と思しき男が場所を移動し始めた。動かないミレイヌと基点として、少女達はその右横に数メートル離れた位置へと移動、戦士と思しき男は右斜め後ろへとこれまた数メートル離れた位置へと移動した。
なお、彰弘達の位置は少女達が移動を終えた位置の右斜め後ろである。
このとき、紫苑は幾分不安を表した表情で彰弘へ視線を向けていた。それは自分が、自分達が行おうとしていることが、目の前の女と同類のことなのではないかとの考えに至った故の行動であった。
紫苑の目を見た彰弘は、先ほどの自分と同じ考えに辿り着いたかと判断した。しかし、彼は軽く笑みを浮かべると、『思うようにやってみるといい』、そんな意味を込めて頷いた。状況的にここで言葉をかけるのは得策ではないということもあったが、何より今の段階で紫苑が気付いたからには致命的な失敗はないと考えたのだ。仮に何らかの失敗があったとしても、その責任の根幹部分は最初に少女達へと許可を出した時点で自分が負うべきものであった。その前提もあり大人である自分を頼らず少女達が自分達だけで、今回のことを最後までやり通してもらいたいと考えたのである。
果たして紫苑はその彰弘の意図を正しく読み取れたようだ、不安気だった表情は払拭されていた。
そんな感じで彰弘と紫苑が無言のやり取りをしていると、ガイがこの後のことについての疑問を口にした。
「さっきは聞きそびれたが、何を始めるつもりなんだ?」
「彼女は魔法使い。それであの子達があの位置ということは……魔法として発言する直前までの魔力を確認する?」
「十中八九な。あの魔法使いの実力を実際に見た上で、口に出した言葉に意見するつもりだろう」
ガイの言葉にグレイスは自分の考えを述べたグレイス。彰弘はその考えに肯定の言葉を返す。
「何か俺が無知で悪いんだが、その段階でそんなに実力って分かるものなのか?」
魔法を使えないガイにしてみれば、魔法の発現過程だけで実力を知ることができるものなのかが疑問であった。
「可能ですね。魔力を感じ取る力が強い者であれば、どのように魔力が動いて魔法と成るかを把握できます。魔力を視ることができる者なら、魔力を感じ取る以上に詳しくその様子を把握できます。魔法は過程がしっかりとしているほど結果に現れますから」
「なるほど。で、あの子達は感じ取れると視る、どっちなんだ?」
「ギルドの前で聞いた訓練内容を聞く限り、あの子達は魔力を視ることができるのでしょう」
「そうだな。魔力が見えなければあの訓練内容を行うことはできないし。一応、ライの言葉だが、あの子達は全員が熟練の魔法使い並みの実力はあるらしい。もっとも、実戦経験は少ないから全てが全てそうとは言えないとのことだ」
「ライって、竜の翼のライさんですよね? 彼がそう言うなら間違いはないのでしょうね。それにしても、まだ融合から二箇月ほどしか経っていないのに、そんな域にあの子達はいるのですか」
グレイスは思わずため息をつく。冒険者の魔法使いとしては、まだまだ自分の方が上だという自負はある。しかし、避難拠点の訓練場での少女達を見て、また今話しを聞いて単純に魔法を使う能力でいったら、それほど自分と差がないのではないかと考えたために出たため息であった。
一応、グレイスの名誉のために言っておくと、彼女と少女達との差は一朝一夕で埋まるほど近いわけではない。あくまで彼女自身がそう感じただけのことである。
なお、この後グレイスは自分の実力に危機感を覚え、今まで以上に魔法の訓練を行うようになり、相応の実力を持つようになるのだが、それは別の話である。
「はあ、一つのパーティーに熟練魔法使いの実力を持ってて一般兵士以上の動きができる少女が四人……か。で、あんたもいる、と。あの子達が成人して本格的に活動しだしたら凄いことになりそうだな」
グレイスに同情的な目を向けていたガイは、半ば呆れたような顔で数年後のことを口にした。
「あの子達が成人となるころには、俺は四十越えてるからどうなることやらだ。まあ、あの子達が凄いことになりそうだというのは同感する」
彰弘はそう言うと口角を上げた。
さて、ここまで一言も声を出していないジンとレミは何をしていたのか? 二人はただ呆然と立ち尽くしていた。最初は半信半疑で彰弘達三人の話を聞いていたが、話が進むにつれて自分達の常識外であることに声を出せなくなっていたのだ。見ず知らずの人が話していたならば戯言として聞き流せるような内容であった。しかし、実際に話しているのは自分達も聞いたことがあるランクCパーティーのメンバーだ。ついでに言うと、いろいろと噂を聞く竜の翼のパーティー名まで出てきた。一年と少し前にランクEとなった二人には驚愕の内容であったのだった。
そんなこんなで彰弘達の一連のやり取りが終わる頃、訓練場の中央付近のミレイヌに動きがあった。
「どうやら、始まるみたいだな」
先ほどまでよりは幾分真剣な顔になった彰弘がそう声を出した。
その声でその場にいたガイとグレイスの顔も僅かに引き締まる。ジンとレミを驚きを胸に押し込み、元パーティーメンバーであるミレイヌへと視線を注いだ。
彰弘達と少女達、そして戦士と思しき男の視線が集中するなかでミレイヌは目を閉じ片腕を水平に上げて掌を自分の正面へと向けた。そしておもむろに何かを呟き始めた。その声は小さく彰弘達のところからは何を言っているのかは分からない。しかし、その雰囲気と彰弘自身魔力が視えるようになっていたことで、ミレイヌの呟きは魔法の詠唱だと判断できた。
魔法の詠唱は一分かかるかかからないか程度の時間続いた。これが長いのか短いのかは、その発動する魔法の内容にも関わってくるので一概には言えないが、彰弘が視た限りではこれほどまでに長い詠唱をする必要はないのではないかと思えるものであった。
ミレイヌが目を開き腕を下げ、少女達へ声をかけていた。
それを見て、まずガイが口を開いた。
「魔法の良し悪しは分からんが……何故、目を閉じる必要がある?」
「魔法がすでに使えるなら普通は閉じませんね。閉じるとしたら、まだ魔法が使えず自分の魔力さえも感じられない段階のとき、くらいですか。この段階のときの視覚から入る情報は魔力を感じ取る邪魔になりますから。後は……そうですね、国や領に所属する魔法士の方々だと災害級の魔物相手に複数人で一つの魔法を使うことがあります。このときには、魔法の制御などで自分以外の人との連携が不可欠なので目を閉じて集中すると聞いたことはあります。もっとも、その際は当然のことながら魔法を邪魔されないように十分な護衛付きらしいです。まあ、つまり、私にも彼女が何で目を閉じたのかは分かりません」
ガイの問いに返したグレイスはそう言うと首を横に振った。
余談だが、この世界での魔法の効果は、基本的に魔法を使う者の魔力が届く範囲でしか効果を発揮しない。例えば、各種属性の力を宿した魔法の矢を飛ばす魔法の場合でも、魔法の矢を手元で発現した後に目標までの導線を魔力で作らなければ、急速に魔法の矢は魔力を拡散させ数メートルも進まない内に消え去ってしまう。ついでに言うと、魔法で何かを吹き飛ばしたとしても元の地球ほどは飛ばすことはできない。
仮に半径十メートルの範囲を爆発させる魔法を使うのならば、その範囲を魔法を使う者の魔力で満たす必要がある。どれだけ魔力を込めて高威力にしようとも、半径一メートルにしか魔力を満たさなかった場合、魔法の影響は魔力を展開した数メートル先までしか影響を及ぼさないのだ。
なお、火系統の魔法を使い物を燃やした場合は、使用者の魔力がその場からなくなっても着火した火がきえることはない。これは、魔法で燃えたわけではあるが、燃えた時点で自然現象となるからである。同様に水系統の魔法で出した水も魔力がなくなっても、水自体が消えることはない。
似てはいるが様々なところが違う、それが今の融合した世界であった。
ちなみに、彰弘達が初依頼で遭遇したゴブリン相手に少女達が使った魔法は、グレイスがいう魔法士達が使う魔法とは異なる。六花と紫苑が使った『フレイムシェル』は同じ魔法だったが、これは六花と紫苑、それぞれが同じ魔法を使ったにすぎない。一方の瑞穂と香澄が使った『ブリザードスラッシャー』は一つの魔法に思えるが、実際は瑞穂が制御する竜巻に香澄が氷の刃を混ぜて殺傷力を高めただけである。
さて、それはともかく、ガイとグレイスの話を聞いていた彰弘が口を開いた。
「なあ、一つ聞きたいんだが……もしかして、彼女は外での戦闘時でもあんななのか?」
自分達で推測してても埒が明かないと考え、少し前までミレイヌとパーティーを組んでいたジンとレミに疑問をぶつけたのである。
苦々しげな表情で答えたのはジンであった。
レミも眉間に皺を寄せている。
「ああ、そうだ。最近は魔法の発動のために無防備になるミレイヌを守り、あいつの魔法で敵を倒す戦い方をしていた。俺が前に出て敵を抑え、レミが弓で援護する。そして、バラサが……ああ、バラサはあの戦士のことだ。奴がミレイヌの近くで魔法完成までの守りを行う」
その返答を聞いた彰弘達三人はその内容に絶句した。
基本、数人で活動する冒険者にとって、一人が完全に無防備になるような戦い方は、自ら危険を招きこむことに他ならないからだ。
「ありえないな。他のメンバーの負担が大きすぎる」
「同感です。彼女の力はランクEと考えれば十分かもしれませんが、その戦い方はないですね。そもそも、彼女が何故あのような魔法を使うのかが疑問です。魔力を見る限りあの魔法の範囲は数メートル、しかも魔力操作が未熟なせいで半分以上の魔力を無駄にしています。辛うじて拡散する魔力より維持に注ぎ込む魔力が多いため、魔法と成せるようですが正直に言って、あれは今の彼女が使うべきものではありません。あの実力でしたら、基本的な各属性の魔法の矢を連続で使った方が遙かにパーティーの役に立つはずです」
絶句から復帰したガイとグレイスがそれぞれの感想を口にした。彰弘はそれに無言で頷く。
彰弘が視る限りでも、ミレイヌの魔力は拡散が激しかった。六花達の魔力を日頃から視ることがあった彼にとって、今目の前で行われたそれは酷く拙いものに感じられたのである。
なお、ミレイヌの魔力操作に関しては、グレイスが言うとおり冒険者ランクEとしては決して劣っているわけではない。彰弘の場合、六花達四人とライが魔法を使うところしか見ていないため、ミレイヌの魔力操作を拙く感じたのであった。
現状、特に何かできるわけでもない彰弘は、「まあ、今は静観だな」そんなことを心の中だけで呟いた。そんな彼の視線の先では、戸惑いを浮かべながら輪になって何やら相談する少女達の姿が映っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
先週、投稿できずその上でこの時間になってしまいましたが、よろしくお願いします。
二〇一六年 三月十二日 八時四十二分 修正
戦士の名前修正
誤)ジーオス
正)バラサ