3-04.
世界が融合してから2箇月。彰弘達は異世界の街であったグラスウェルへと足を踏み入れる。
しかし、そこで予約されていた宿屋の部屋は彰弘にとって罠に近いものであった(いろいろな意味で)
チェックインした宿屋を出た彰弘達は、一般的な住人が生活する住宅が建ち並ぶ街路を歩いていた。
近くで遊ぶ子供や行き交う人々の声などはあるが、主要街路からある程度離れていることもありその場所は比較的静かであった。
そんな通りと景観を彰弘を含め、元日本人である五人は興味深げに見回していた。
グラスウェルの住宅は一軒家も集合住宅もある。構造材は木材や鋼材、煉瓦にコンクリートと様々だ。地震がない世界のため、普通に煉瓦建築の住宅も存在していたりするが、それ以外は元日本とそれほどの変わりはない。貴族が居を構える通称貴族街と呼ばれる場所も、そこにある各々の敷地面積や家屋の規模、それに雰囲気は一般の住宅街と違うのだが驚愕するというほどではない。
街路もしっかりと舗装されている。その構成する物質が存在しないため、アスファルト舗装がない部分は日本と違うが、煉瓦や敷石、それにコンクリートなどで街路は舗装されているので、そこに感じる違いは微々たるものだ。
唯一、大きく違うのは、そこで生活する人々が多種多様な種族であることだが、これに関しても言葉が普通に通じ一緒に生活できていることから、些細なことであると言える。
「何と言えばいいのか……普通という感じでしょうか。もっと、日本とは違うものかと思っていました」
「そうだねー。宿屋は日本のとはちょっと違ったけど、それでもトイレは洋式水洗でウォシュレット付きだったしね。あたしとしては嬉しい限りだけど」
ひとしきり辺りを眺めていた紫苑が感想を口にし、それに瑞穂が継いだ。
「そうだな。自動車が走ってなかったり、いろんな種族がいる以外は変わらないな。これにしたってそうだ。まさか、真空断熱仕様の水筒があるとは思わなかった」
彰弘も二人に同意してから、自分が言葉に出した水筒を目の前まで持ち上げた。
彰弘達は冒険者ギルドの建物へと向かう途中にある喫茶店へと寄っていた。そこは、宿屋を出る際にガイが「いいところ」と言っていた場所である。
その喫茶店では、店で出す各種飲料を持ち帰ることができた。彰弘と少女達五人は持ち帰るための容器を持っていなかったが、その店では容器も売っていたのである。
容器は二種類あった。植物から取った樹脂と魔物の素材を掛け合わせて作られたプラスチックのような安価な水筒と、彰弘が今持っている金属を加工して作られた高価な水筒だ。価格の違いは対応する温度域と耐久性である。安価な方は温度域が狭く耐久性も低い。一方の高価な方は安価の物とは比べ物にならないくらい温度域に幅があり耐久性も高かった。
持ち金に余裕のあった彰弘は、どうせならと高くても長持ちする方を選んだ。
少女達四人も高価な方を購入していた。彰弘に合わせた面もあるにはあるが、少女達も真空断熱仕様の水筒を買うくらいは余裕の懐事情であったからだ。もっとも、少女達の手持ちは銅貨十枚だけだったので、代金の支払いは彰弘が行う形となっていた。
なお、彰弘としては自分が買うと決めたときに少女達にも同じ物を買おうと考えていた。自分だけ買って少女達には買わないなんて考えはありえないのであった。
ちなみに、水筒の中身は彰弘がブラックコーヒーで六花と瑞穂がミルクティー、紫苑と香澄はローズヒップティーであった。ついでに案内役のガイとグレイス――この二人は自前の水筒をすでに持っていた――の水筒の中身は、二人共にダージリンのストレートティーである。
さて、そんなこんなで彰弘達七人が会話をしながら歩いていると目の前に高さ三メートルくらいの壁が見えてきた。
「あの壁はギルド併設の訓練場を囲う壁だ。ここまで来たらもう迷うことはない。左へ行って主要街路へ出て、少し進めばギルドの出入り口だ」
目の前の壁のことを説明したガイは、そう言うと左へと進路を変えた。
ガイの案内により喫茶店に寄るために主要街路から外れて歩いていた一行は、再び彼の案内で主要街路へと戻り、ついにグラスウェルにある冒険者ギルドの支部の一つに辿り着いた。
「おお、着いた!」
「思ったより時間がかかったねー」
六花の声に瑞穂が続いた。
確かに多少の時間はかかったが、瑞穂が言うほどにかかったわけではない。何しろ、宿屋『遊休』からこの冒険者ギルドまでの直線距離は五百メートルほどだからだ。単純に今回は喫茶店に寄ったり話しながら歩いたりで、感覚的に時間がかかったように思えただけである。
ともかく、一行はとりあえずの目的地へは辿り着いていた。
「それで、どうするんですか? 正直に言って冒険者ギルド自体は避難拠点との違いはありませんよ。カウンターなどの配置も同じですし、見るべきところはないと思いますが」
「そうだな。あえて言えば広いくらいか」
自分の言葉に補足してきたガイに頷いたグレイスは彰弘へと顔を向けた。
「まあ、目的が『とりあえず見てみたい』だからな。折角だ、少し身体を動かしていくか。訓練場は使えるんだろ?」
「ええ、それは問題ないはずです。依頼を受けるとかは現時点では難しいと思いますが、施設を使う分には大丈夫でしょう」
「なら決まりだな」
「朝食後のお腹もこなれてますし、香澄さん模擬戦でもしませんか?」
「お昼までは二時間弱といったところかな? うん、いいよー」
「よし。入学試験には接近戦の試験もあることだし。六花ちゃん、模擬戦だ!」
「はい、手加減無用です!」
少女四人は彰弘の決定に異論はないようで、ギルドの入口へと足を向けた。
それを見ていた大人三人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。
「随分と気合が入ってるな」
「ここのところ、魔法の訓練が多かったからそのせいだろうな」
ガイの言葉に彰弘はそう返した。
竜の翼パーティーと一緒に森での野営という体験をした後の彰弘達は今日までの日を魔法の訓練に費やしていたと言っても過言ではない。国之穏姫命の魔力を使って神の奇跡を行使できるように頑張っていたのは勿論のこと、それ以外の魔法についても日々努力していたのだ。
身体が成長しきっていない少女達にとっては、魔法を鍛えることが自身の力を増すために必要なことだったのである。
「ちょっと興味があります。どんなことをしてたんですか?」
グレイスが『魔法の訓練』に興味を示した。
「やってたのは非活性状態の魔力の操作だな。体外に出した魔力を遠くまで伸ばす。体外に出した魔力を圧縮する。ほんの僅かだけ出した魔力を見る。こんなところだ」
「それを延々と?」
「休憩挟んだり軽く身体を動かしたり雑談したりもしたが、起きてる時間の七割くらいはやってたな」
「属性変換して活性化させた魔力を、なら分かりますが……。聞いてるだけで嫌になりますね」
魔法使いであるが故に、その訓練内容の地味さと成果の分かりにくさを理解しているグレイスは心底嫌そうな顔をしていた。
しかし、隣で話を聞いていたガイはその過酷さが分からなかったようだ。その顔に疑問を表す。
それを見たグレイスが例えを出した。
「例えるなら……。一メートル先の針の穴へと端を持った糸の先を通す努力をするようなもの、でしょうか」
「無理だろ、それ」
「例えとして必ずしも適切ではないかもしれませんが、遠からずなんです。それだけ難しいと思ってください」
冒険者ギルドの扉へ進む少女達に目を向けてから、グレイスは一度閉じた口を開く。
「でも、難しくても地味でもやらないと上には行けないんですよね。これもいい切っ掛けです。私ももう少し努力してみましょう。さあ行きましょう。あの子達が待っています」
表情を戻したグレイスはそう言うと歩き出した。
残った男二人は顔を見合す。
「魔法で伸び悩んでいたってことか?」
「清浄の風と同じ依頼をするのはこれが始めてだからよく分からんが……そうだったのかもしれん。あの表情を見る限りではな」
彰弘が疑問を口にし、それにガイは答える。グレイスの表情はパッと見で分かる違いはなかったが、二人にはどこか雰囲気が変わったように感じていた。
「ま、悪い方向じゃなさそうだし、いいとするか」
「ああ。さて俺達も行こうか。待たせると何となく怖そうだ」
冗談めかした笑みを浮かべたガイはそう言うと歩き出す。
彰弘も「そうだな」と動き出した。そして、ガイの横に並ぶと、ふと思いついたように口を開く。
「そうだ、よかったら俺の相手をしてくれないか? こっちには知り合いはいないし、実力者と戦ってみたい」
その彰弘の言葉に歩きながら一瞬だけ目を見開いたガイだったが、すぐ笑みを浮かべ直した。
「ただ待ってるのは暇だからな、構わない。技はともかくとして、あんたの動きはいいからな。こっちもいい運動になりそうだ」
そして、そう彰弘へと答えを返したのだった。
グラスウェルの北にある冒険者ギルドの建物はガイとグレイスが言うとおり、避難拠点にある建物と酷似していた。
「おお、広い」
「でも目新しいものはない」
いの一番に冒険者ギルドの建物の中に入った六花と瑞穂は揃えて声を出す。紫苑と香澄も声は出していないが、同じ感想を抱いていた。
時刻の関係でギルドの中に数人しかいない冒険者がその声に振り向いたが、後から入ってきた大人達を見て、すぐに視線を外し自分の行動を再開した。少女達の格好が冒険者っぽいものであったこともあり、新規登録者かお守り付きの初心者と判断したのである。
「くだらん嘘は吐かんよ。それより訓練場だろ?」
大人達の一人であるガイが目的を思い出させるように声を出した。
「そうです。時間は有限ですからね、さっさとお金を支払って行きましょう」
紫苑はそう言うと、訓練場を使用する手続きのために総合案内のカウンターへと向かった。
ギルド内を見回していた残り少女三人も後に続く。それから彰弘達大人三人も続いた。
「おはようございます。どのようなご用件ですか?」
そう声を出したのは、総合案内担当の二十代前後に見える金髪の女だった。総合案内カウンターの向こうに座っているため体格などはよく分からないが、平均的な身体をしているように見える。容姿も平均的だ。あえて言えば、避難拠点にある冒険者ギルドの総合案内を担当するジェシーと同じような雰囲気を持っていることが特徴と言えるかもしれない。
「おはようございます。訓練場を使いたいのですが、今は大丈夫ですか?」
初めにカウンターに近付いた紫苑がそのまま受付を行うため、声を出した。
「はい、大丈夫です。今日は珍しくまだ誰も使いに来ていませんので、すぐにでも使えますよ」
紫苑達が最初の利用者だったため、総合案内担当の金髪女職員は利用者名簿を一瞥しただけで答えた。
「では、お願いします」
紫苑はそう言うと、自らの身分証と利用料の銅貨一枚をカウンターの上へ乗せた。
「はい。お預かりします。えっと、後ろの方達もお仲間ですか? もしそうでしたら纏めて受け付けますけども」
「あ、じゃあ、お願いします」
その言葉で、まず香澄が紫苑と同様に身分証と銅貨をカウンターに置く。それから六花、瑞穂と続き、さらに彰弘達大人三人も続いた。
「ええと、ひい、ふう、みい……、全部で七名様ですね。少々お待ちくださいね」
金髪の女職員は身分証の数と利用料の銅貨の枚数を数え人数を確認する。そして、利用手続きのための魔導具に身分証を翳して思わず大声を上げた。
「ええぇええええ! 嘘でしょぉおおおお!」
その声は、別のカウンターの職員、そして先ほど六花と瑞穂の声に反応した冒険者の注目を集めた。さらには一階の別の部屋で業務をしていた職員が手にかけていた業務を一旦止め顔を出してきた。さらにさらに、二階や三階にいた職員までもが何事かと様子を見に来るほどであった。
総合案内担当の金髪女職員が目にしたものとは、手続きのために差し出された身分証、その全てに称号の記載があった事実だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
リルヴァーナの文明レベルについて(その1)
ほぼ元地球と同じ。
ただし、魔物や燃料の問題で街と街、国と国を行き来する交通関係は遅れている。しかし、それでも地上に関してだけ言えば物流は滞っていない。魔法の物入れの存在があるため、状況によっては地球よりも優れていたりする。
しかし、海運に関しては人種の特性もあり、極一部を除き沿岸でしか活動できていないため、元地球より数段劣っている。
ちなみに、宇宙へは個人として優れた能力を持っていた者が単独で出たことがあると伝説に残っているのみである。
二〇一五年 九月二十一日 五時二十分 修正
誤字修正