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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-03.

 魔獣の顎のリーダーであるガイ、瑞穂に萌えると言われ照れる。子供達の評価は急上昇。

 グラスウェルはガイエル領領主ガイエル伯爵が直接治める領都だ。広さは南北に二十キロメートル、東西に十五キロメートルあり楕円形をしている。その広さは元サンク王国時代であれば王都に次ぐ。人口については約五十万人、こちらも広さと同様王都に次ぐ人数であった。

 そんなこの街には地球人同様の姿を持つ人族に、獣の耳や尻尾などが生えた人族と似た姿の獣人族、直立二足歩行の獣といった姿の純獣人族やエルフにドワーフなどもいる。勿論、生活している種族はそれだけではない。このように多くの種族が混在して生活している様は、正にグラスウェルの特徴と言えた。

 何故、そこまで多くの種族がグラスウェルにいるのか? それはこの街の学園に起因の一つがある。

 グラスウェルの学園はそのほとんどが各種技術を極端な比率で入学した人達へと教えている。唯一ガイエル領初代領主が創始者である『グラスウェル魔法学園』だけは、魔法を主としながらもそれ以外の戦闘方法や防壁の外で必要となる様々なことをある程度の高い比率で教えている。しかし、それ以外の街にある学園は教えることが完全に特化しているのである。

 例えば六花達少女四人の入学先として候補に挙がった『学園マギカ』は、教育課程の実にその九割が魔法に関するものだ。なお、残りの一割は何なのかというと、街で生活するために必要な道徳や法律などであった。

 他の街にも学園と呼ばれる施設は多々ある。しかし、例のように教育課程がここまで特化した学園はグラスウェルを除いて、元サンク王国には存在していないのである。

 種族混在の起因はもう一つある。それは冒険者だ。

 街からそれほど遠くない距離に森林や岩場、草原などが存在するグラスウェルでは、他の街の周りよりも多種多様な魔物や動物、そして植物が見受けられる。これはつまり、それだけ多種の素材を遠方へ行かなくとも入手することができるということだ。

 加えて、魔物や動物で言えば森林や岩場の浅いところには弱い種族が、深いところには強い種族が生息している。そのため、冒険者は自分の実力を測ることも実力を上げるための戦いを実践することも、他の街よりは比較的容易にできるのである。

 つまり、グラスウェルは冒険者にとって都合の良い街であるため――定住するかはともかくとして――常に多くの冒険者が街には存在することになっているのである。

 ちなみに、冒険者が持ち帰る素材を頼りにする、様々な物作り関係の人達もこの街には多く生活していることを付け加えておく。


 彰弘達が世界の融合後に最初に足を踏み入れた異世界の街『グラスウェル』とはこのような街であった。









 グラスウェルの防壁の内側数十メートルは、避難拠点と同じように空き地となっていた。この防壁のすぐ内側の空き地は、いざというときに兵士や冒険者が集合したり、防壁の修復をするために必要な場所である。そのため、この空き地は各門の近くだけでなく街を囲う防壁の内側全てに存在していた。

 称号持ちがいることに門番に驚かれながら街へと入った彰弘達一行は、そのような用途がある空き地で案内人の男の話を聞いていた。

「最後です。事前説明でも言いましたが、財布は店舗の外で出さないようにしてください。滅多にいるわけではありませんが人の金を盗む輩がいないわけではありません。もし露店などで買い物するのならば、少額……そうですね、盗られても問題ない分だけメインの財布以外の物に入れて、それから支払うようにするといいでしょう。では、まず宿屋にチェックインします。付いて来てください」

 必要なことを全て話し終えた案内人の男は「こちらです」と先頭に立って歩き出した。

 案内人の話の内容は街を歩くときの注意事項であり、事前に伝えられていたものばかりであった。しかし、元日本人には馴染みがないものもあり、再度の注意として話をしたのである。

「街中でスリとか、マンガとか小説の中みたいだなぁ」

 歩き出してすぐに瑞穂がそんなことを口にした。

「電車やバス、人ごみの中でならありえるかも。でも、普通に歩いていて、というのはちょっと聞いたことないなかー。引ったくりのようなものかな?」

 いまいちイメージできないのか香澄が小首を傾げる。

「どんなものか分かりませんね。まあ、私達は銅貨を十枚しか持っていませんし、一度遭遇するのもいい経験かもしれません。どうしたら会えるのでしょうか?」

 紫苑は腰のベルトに吊るした小さい皮袋に入った銅貨をブラックファングのなめし皮で作った外套の内側でチャリチャリと鳴らす。それについて瑞穂が「紫苑ちゃんヤル気満々だ」と笑った。

 紫苑が腰に吊るしている銅貨入りの皮袋は、先ほどの空き地で案内人から話を聞いた後に、彰弘から手渡されたものである。金額については、「露店なら買い食いだ」との瑞穂の言葉を受けて、彰弘が相場を案内人に聞き決定した。

 なお、この銅貨入りの皮袋は。当然残り三人の少女にも手渡されており、それぞれ紫苑と同じように腰のベルトへと吊るしていた。

 ちなみに、少女達の取り分であった魔石を換金して得た各種硬貨は彰弘のマジックバングルへと入れられている。

「おおぅ」

 紫苑、それに瑞穂と香澄が普通に話す中で、六花が緊張を含んだ声を出した。

 彰弘を含めてその声を聞いた人達の視線が六花に集中する。そうなると、それは声が聞こえていなかった人達へも自然と伝わり一行の足を止めることになった。

「六花、どうした?」

 彰弘がそう声をかけると、六花は彼を見上げ声を出した。

「みんなが……大人です」

 意味が分からず彰弘は首を傾げる。周りの人達も同じ行動をした。六花より小さい子供達も同様だった。

「だって、銅貨十枚です。日本円だと千円ですよ千円。大金です! しかも好きに使っていいとか……わたし、はじめてです!」

 六花の言葉が耳に届いてから数秒、彰弘の顔が綻ぶ。その場にいた皆の顔も綻んだ。少女達以外の子供達の顔まで綻んでいた。いつの間にか、その場は微笑ましさに満たされたのである。

 そんな中で、彰弘はつい先ほどの空き地での六花を思い出した。銅貨を渡したときの六花の顔は愕然としていたな、と。

「まあ、予行練習だ。学園に通うようになったら、その何十倍も自分で管理するんだぞ。今から慣れておかないとな」

 グラスウェル魔法学園は全寮制の学園だ。もっとも、学園に通っている間、敷地の外へ出れないという訳ではない。しかし、今回のように少額を少女達へと渡しておき、足りなくなったら追加で渡すという方法は、あまりにも手間がかかりすぎる。そのため、学園が長期休み――とりあえず夏季休暇――となる日までの分を渡しておき、少女達自身で管理することになったのである。

 なお、少女達にはいろいろと葛藤があったようだが、学園に通う予定の三年間は偶然はともかくとして、年に三度ある――夏季、冬季、春季――長期休み以外は約束して彰弘と会わないことに決めていた。このこともあり、金の管理を少女達自身で行うという行為に繋がっていた。

 彰弘の言葉はこのような理由から出たものであった。

 六花の頭に手を置いた彰弘は言葉を続ける。

「後、スリについてはあまり気にするな。道具屋のおばちゃんがいい物を売ってくれてな、皆に渡した皮袋は紐も含めて、そう簡単に切られて盗られるもんじゃない。油断しすぎるのは問題かもしれないが、気にしすぎる必要はないぞ」

 彰弘が少女達に渡した皮袋は、ブラックファングのなめし皮で作られている。つまり、普通の刃物を当てて引いただけでは切ることはできない強度を持っているのだ。防具としての外套にも使える素材は伊達ではないのである。ついでに皮袋の口を閉める紐もブラックファングの素材が使われており、袋と同様にそう易々と切られるものではない。

「そうでした。頑張って管理します、盗られもしません。見ていてくださいね、彰弘さん!」

 決意の炎を瞳に宿した六花はそう言うと両手で拳を作り、ふん、と鼻息荒く気合を入れた。

 それを見た彰弘は「気負いすぎずにほどほどにな」と微笑み返したのである。

 なお、六花を除く三人の少女達は、これを機に『彰弘から受け取った』金についての考えを改めた。最初は少しなら盗られても仕方ないと思っていたものが、何が何でも自分達のために使う、誰がスリなぞに渡すものか、に変わったのである。

 まあ、別にこの金はパーティで稼いだ金であり彰弘のものではないのだが、少女達にとってそれは関係なかったようである。

 ちなみに、少女達は後日スリを行ってきた者を見事に捕らえて、衛兵へと突き出し謝礼を受け取ることになるのだが、それはまた別の話である。









 微笑ましい出来事があり多少遅れはしたが、一行は数日間泊まることになる宿屋へと辿り着いていた。

 その宿屋は『遊休』という名の木造三階建ての建物であった。一階には食堂と大浴場、そして宿屋を経営する一家の生活するスペースがあり、宿泊施設は二階と三階だ。

 この形態はグラスウェルのみならず、大抵のどの宿屋も同じである。

 なお、この宿屋にはないが、高級な宿屋となると各部屋に浴室がついていたりする。もっとも、そのような宿屋はそれ相応に宿泊費も高いのであるが。

 ともかく、彰弘達一行は今日から数日間、この『遊休』という宿に泊まることになるのである。

 なお、ここでも案の定、彰弘と四人の少女が称号持ちであることに驚かれはしたがそれ以外は特に問題なくチェックインは完了した。

 そう、チェックインは問題なかったのだが彰弘の泊まる部屋に問題があった。彰弘達に指定されたのは三階の一番奥にある複数人用の部屋なのだが、何故かベッドが一つだけだったのである。

 絶句する彰弘を余所に、同じ部屋に泊まる六花と紫苑は嬉しそうだ。

「おお、これなら彰弘さんと同じベッドで寝れる」

「そうですね。彰弘さんを真ん中にして、私達がその両脇に寝ることができますね」

 二人はそう言うとベッドへと腰を下ろし、その弾力などを楽しみ始めた。

 確かに二人が言うように三人が一緒に寝てもまだ余裕があるほどの大きさのベッドである。

 実のところ、これは予約したときの伝え方に問題があった。予約は家族が何組かとその構成、それと冒険者の性別とその人数だけで行われていた。当然ながら、この家族の構成は融合後の構成だ。つまり、融合前の関係は考慮にいれられてなかったのである。

 とは言え、いまさら変更はできない。チェックインのときに他には空きがないことを知ったからだ。だから、彰弘はこっそりため息をついてから少女二人に声をかけた。

「さて、とりあえず部屋は確認できたし下に行こうか」

「「はい!」」

 若干思うところがある彰弘とは対照的に、六花と紫苑は元気良く返事をしたのである。

 なお、階段へ向かう途中で合流した瑞穂と香澄は、彰弘達の部屋のことを知り非常に残念がるという反応をした。彰弘にとって幸いだったのは、その場には自分と少女四人しかいなかったことであった。

 ともあれ、彰弘と少女四人は一階へと一緒に降りて行くのであった。









 食堂がある一階へ降りた彰弘達を待っていたのは、寛いだ様子の自分達を除く全員であった。

「俺達が最後だったか」

「ええ、そうなります。皆さんは、ここでこのまましばらく休んで昼食を取ってから見学に行くそうですが、あなた方はどうしますか?」

 案内人の男は、お茶を飲みつつ寛ぐ一同を見回してから彰弘へと問いかけた。

「そうだな。昼はどこか適当なところで食べるとして、今の内に冒険者ギルドにでも行ってみるのもいいな」

「あ、賛成! のんびりまったりもいいけど、早くいろいろ見てみたいんだよね」

 彰弘の言葉に、瑞穂が片手を上げて同意を示した。残りの少女達も、それに否はないようで頷く。

「なら、俺が案内しよう」

 ガイが短くそう声を出した。

「では、私も付いて行きましょう。女の子もいますしね」

 続いて声を出したのはグレイスだ。

 今回依頼の内である街案内は一つの家族に二人の冒険者が付くことになっていた。この場合、冒険者が二人余ることになるが、その二人は自己の判断で必要そうな家族へ付いて行く。

 なお、子供というならば、六花と紫苑、瑞穂と香澄も年齢的に子供ではあるのだが、四人は十歳以上であることと普通とは少し違うということで、過保護に子ども扱いする必要はないと判断されていた。

「じゃあ、早速行くか」

 ガイは自分に出されていたお茶を飲み干すと立ち上がった。

 それを見て、グレイスも同じように動く。

「急かせたみたいで悪いな」

「お気になさらず。そちらこそ、何も飲まないでいいのですか?」

 彰弘の言葉に返事をしつつ、自分とガイの分のコップをカウンターに置きながらグレイスは尋ねた。

「おいしそうなお茶だから残念だが、楽しみは夜にとっとくことにするよ。行きながら適当なところで買って飲むさ」

「なら、いいところを教えよう」

 ガイが笑みを浮かべてそう発言した。それを見て、話が纏まったと判断したのか案内人の男と女も席から立ち上がった。

「それでは、私達はこれから自分の社へと向かいます。明後日には迎えに来ますので、それまではご自由にお過ごしください。では」

 そして、そう言い一礼すると宿屋から出て行った。

「さて、俺達も行くか。日が落ちる前にはここへと戻ります」

 彰弘は、瑞穂と香澄の両親にそう伝え宿屋のカウンターへと部屋の鍵を返した。

「ええ、分かりました。瑞穂と香澄をお願いします」

 立ち上がった瑞穂と香澄の両親はそう言うと頭を下げた。

「瑞穂姉ちゃん、みんなに迷惑かけるなよ」

「なんで、あたしだけなのさ!」

「一番迷惑かけそうじゃん」

 弟である正志の見送りの言葉に瑞穂は返すも、あながち間違っていないと思ったのか「うぎぎぎぎ」と訳の分からない声を出していた。

 香澄、それに六花と紫苑は、そんな瑞穂を落ち着かせようと「まぁまぁ」と笑いながら声をかける。

 そんなやり取りの一方で、他の子供達はガイへと向かって声をかけていた。

「「「ガイおじちゃん、またねー」」」

「ああ、両親の言うことをちゃんと聞けよ」

「「「うん!」」」

 子供達はガイの返しに元気良く頷く。

 それを見たガイのパーティーメンバーは、

「「「「ガイおじちゃん、迷惑かけるなよー」」」」

 と悪乗りする。

 それに対するガイの返事は「この依頼終わったら、お前ら特訓な」であった。

 ガイの静かな言い方と、パーティメンバーのゲッという顔に一同は笑い声を上げる。

 彰弘も顔に笑みを浮かべて、「こういうのもいいな」そう心の中で独りごちたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



二〇一五年十一月二十八日 十四時三十五分 修正

護衛兼案内の依頼を受けた冒険者の数を修正。


『街案内は一つの家族に二人の冒険者が付くことになっていた』の後で、一人余るとなっていたが、これを『二人余る』へと修正。


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