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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
3.グラスウェル
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3-02.

 比較的穏やかな一月を過ごした彰弘達は、少女達の学園見学と瑞穂と香澄の両親それぞれが就職する会社を訪問するために、避難拠点の南門前の広場へと集まるのであった。




 避難拠点の南門を通り抜けたグラスウェルへ向かう一行の前には、地面むき出しの更地が広がっていた。所々に瓦礫と思われる小山が存在しているので完全とは言えないが、そこ以外はきっちりと(なら)された更地となっていた。

「凄いな」

 元住宅街であった土地を左から右へと見渡した彰弘の口から感嘆の声が漏れた。

 彰弘が前回避難拠点の南側を見たのは、ほんの一月半ほど前のことだ。そのときは、まだ街並みが存在していた。しかし今は、建物は見当たらず舗装の痕跡もない更地である。彼の声にも納得ができると言うものだ。

「魔石が大量に供給されたお蔭だ。それによりゴーレムの稼働率が大幅に上がり、想定よりも早いペースで作業が進んでいるらしい」

 彰弘の隣からそう説明の声が聞こえた。

 声の主は、魔獣の顎のリーダーであるガイであった。彰弘を一回り以上大きくした体格に厳つい顔付きをしている。その背中には円形盾(ラウンドシールド)が背負われ、腰には片手剣とは言い難い片手剣を佩いていた。

「なるほどね。それにしたって、作業速度が普通じゃない気がするが……異世界技術恐るべし、だな」

 彰弘は魔石についてをさらりと流し、ゴーレムのことを思い出しながらガイにそう返す。無論、彰弘が思い出しているゴーレムの記憶は破壊神アンヌのものである。

 そんな彰弘の耳に瑞穂の驚きを含んだ声が聞こえた。

「おおう、なんかでっかいのが動いてる」

 瑞穂の声でその場にいた一同は、少女の視線の先へと顔を一斉に向けた。

 そこには、瓦礫の小山と思われる場所から物を運び去る、三メートルほどのずんぐりとした体型のゴーレムの姿が見て取れた。

 『ゴーレム』は術者が操ることで様々な活動を行う、また簡単なものであれば事前に制御回路を組みかえることにより行動させることができる高等魔導具である。

 今回、避難拠点の南側で動いているゴーレムは、二足歩行型や四足歩行型、車輪型と様々だが、その役割は元地球で言ってみれば重機であった。建物を取り壊し素材ごとに積み上げ、舗装を剥がし地面を均す。加えて防壁の建造にも活用されているのである。

 このゴーレムは魔導具でありながら元地球の重機と同等以上の力を発揮することができる代物である。

 通常の魔導具は魔導回路の導線の太さにより、その出力を上下させる。しかし、出力を上げようとして導線を太くしすぎると、魔力を拡散させてしまい魔導具を動かすことさえできなくなってしまう。

 ならば何故、ゴーレムは重機と同等以上の力を発揮させることができるのかだが、それは通常の魔導具よりも遙かに複雑で入り組んだ魔導回路が組み込まれているからである。

 普通の魔導具は平面に魔導回路が描かれているが、ゴーレムの場合はそれに高さが加わる。そのため、何倍何十倍も多くの導線を引くことができ、立体的で複雑な回路を描けるのだ。結果、普通の魔導具よりも遙かに強い出力を持つのである。

 なお、この立体的な魔導回路はゴーレムにしか採用されていない。回路が複雑すぎで並みの術師では描き切れないこと。導線が互いに不要な干渉を起こさないようにしなければならないため必然的に魔導具として大型になること。さらに大出力を得るために必要な魔石の量と魔導回路を描くための素材などのコスト。要するに立体的な魔導回路を使った魔導具は異常と言えるほどに非効率的だからだ。

 さて、こんなゴーレムが作業する様子を暫く見ていた一行だったが、当初の目的はグラスウェルへと行くことである。案内人の男が出した声で我に返り、移動を開始したのであった。









 避難拠点とグラスウェルの間の更地を進む一行は菱形を維持して歩いていた。

 先頭を進むのは護衛依頼を受けた二つのパーティーの内の一つ、魔獣の顎のメンバーであるステイルとルッソだ。その二人から数メートル後ろには護衛される彰弘達一行と魔獣の顎のリーダーのガイ、そして護衛依頼を受けたもう一つのパーティー清浄の風がいる。そこからさらに数メートル後ろには魔獣の顎の残りのメンバーである、ガッソとジェルスがいた。

 なお、護衛される人達の配置は、案内人の二人を先頭にそのすぐ後ろを三組の親子が歩いている。その親子三組の左側を彰弘とガイ、そして清浄の風の魔法使いグレイスが歩く。右側は瑞穂と香澄に清浄の風のリーダーであるフウカと戦士のシーリスだ。六花と紫苑は清浄の風の残りの二人である弓師のミーシャや罠師のエルザと一緒に親子達のすぐ後ろを歩いていた。

 ちなみに、メンバーが戦士のみで誰もが大柄な体格をしている魔獣の顎が全員護衛対象から離れている位置なのは、それが適切な位置であるという以外にも理由があった。それは、その容貌と体格から子供達に初見で怖がられたことである。そのため、唯一真ん中にいるガイも他のメンバーと例外はなくその位置は一番外側であった。

「それにしても、最初は少し驚きました」

 歩き出してすぐ彰弘の近くを歩くグレイスが声を出した。

 彰弘はその言葉の意図が分からず、疑問を顔に浮かべる。

 するとグレイスは小さく笑うとその理由を話し出した。

「こちらの単純な勘違いなんですけどね。『どうして護衛依頼の打ち合わせに姿がなかったあなた達がいるんだろう?』、そう思ってしまったんですよ」

「ああ、それは俺らも思った。ギルドが重複で依頼を受け付けたのかとかまで考えちまった」

 グレイスに続いてガイまで、そんなことを口にする。

 それに対して彰弘は小首を傾げながら声を出した。

「よく分からないな。そもそも、ランクFの俺らが護衛依頼できるわけがないだろうに」

「だから勘違いなんですよ、私達の。あなた達のランクは知りませんでしたが、彼女達のことと現在の状況を考えれば、護衛依頼ができるランクではないことはすぐに分かるのですが……やはり、あのときの戦闘が印象に残っていたんでしょうね」

 少しだけ離れたところで自分のパーティーメンバーと話しながら歩く少女達を見てからグレイスはくすりと笑った。

 ガイも口角を片方だけ上げる笑みを見せると「同感だ」と短く続ける。

「そんな訳でして、一瞬勘違いをしてしまった。そういうことです」

「まあ、実害のない勘違いならいいけどな……」

 彰弘はそう言うと幾分困ったような笑みを浮かべた。

 そんなことを話しながらしばらく歩き、均された地面が草原のような場所に変わるころに、そういえばとグレイスが声を出した。

「私達の今回の依頼は避難拠点からグラスウェルまでの護衛と、グラスウェルに着いてからの皆さんの街案内なのですが……アキヒロさんは何のためにグラスウェルへ?」

「あの人達は働く先への顔通しとは聞いていたが、言われてみればあんたの目的は聞いてなかったな。ああ、無理して話さなくてもいい。ただの興味本位だ」

「別に隠したりするようなもんじゃない。学園見学さ、あの子達のな。これでも俺は六花と紫苑の保護者だからな」

 グレイスとガイの言葉に、躊躇なく彰弘は答えた。確かに目的を明かしたとして問題となるようなものではないのだ。

 しかし、彰弘の返しを聞いた二人は小首を傾げた。

「学園見学? そんなのあったか?」

 記憶を探るような顔をしたガイはそう口に出すとグレイスへと目を向ける。

 それに対して、同じような顔をしていたグレイスだったが、こちらは何かに思い当たったのか笑みを浮かべた。

「融合することが分かってから決まった制度ですね。でも、確か来年度からとの話だったと思うのですが」

「ああ、そうだったみたいだな。学園見学と入学させたいことを伝えたら、避難拠点に来ていた担当者は慌ててたみたいだしな」

 瑞穂と香澄から聞いた話を思い出した彰弘は、笑みから再び疑問顔になったグレイスへとそう返した。

 実際問題、少女達が通うつもりのグラスウェル魔法学園へと入るためには試験に合格することに加えて学費を払う必要が出てくる。試験はともかくとして、学費は決して安いとは言えない。ついでに言えば学費が用意できたとしても、生活の資金というものも必要だ。そのため、学園関係者は融合初年度から通おうとする元日本人がいるとは思っていなかったのである。

 なお、奨学金制度というものは議論はされているが、今現在全国どこを見ても形となっているところはなかった。

「そりゃ予定外だろうから慌てるだろう……ん? 入学?」

「ああ。あの子達四人は来年から学園に通うつもりだが、どうした?」

 厳つい顔でよく表情を変えるガイに、失礼ながら笑いそうになった彰弘は何とかそれを表に出さずに聞き返した。

「いや、どこにそんな金があるのかと……」

「それは私も疑問に思いますね。あの子達のことを考えると『グラスウェル魔法学園』か『学園マギカ』だと思いますが、どちらも学費だけでそこそこの金額だったと思います」

 グラスウェル魔法学園に限らず学費はあくまで学費であって、普通に生活するための生活費などはそれに当然ながら含まれていない。そのため、仮に学費だけ用意できても意味がないのである。

「そうだな。四人はグラスウェル魔法学園の方だが、学費は五十万ゴルドほどだそうだ」

「だから、その金はどこから出るんだ?」

 再度、声に出したガイにグレイスはうんうんと頷いた。

 それを見た彰弘はどうしようか少しだけ思案する。あまり言い触らすものではないが、ここで変な疑いを持たれるのは後々困る気がする。そう考えた彰弘は周りの様子を見て、こちらに特別気を配っている人がいないことを確認してから口を開いた。

「噂でも出るか一年経つまでの間黙っているのなら教えてもいい」

 近くを歩く人には聞こえない程度の彰弘の声に、顔を見合わせた二人は一瞬後同時に頷いた。

「魔石……避難拠点外の北東部の依頼なし……最初の発見者」

 彰弘はそれだけ言って自分を指差した。

 ガイとグレイスの二人はその言葉の意味を考える。そして、その顔に理解の色が広がった。

「まさ……ぐっ」

 ゴスッ、という音と共にガイの額に彰弘の手刀打ちが決まった。彼が普通に声を出そうとしたのを防ぐための行動であった。

 なお、グレイスは咄嗟に自分の口元を押さえ声を出さずに済んでいた。

 しかし、彰弘の行動は話ながら歩いているだけの集団の中では目立つものだった。当然、近くを歩いている人達の視線を誘う。

「彰弘さんどうかしましたか?」

 歩みを止めるまでもない、けれども気になる。そんな雰囲気で後ろを歩いていた紫苑が声を出した。

 六花は可愛くコテンと小首を傾げていた。

「おお、ガイさんの涙目がちょっと萌える」

「馬鹿言わないの」

 瑞穂の感想に香澄が突っ込む。

 言われたガイの顔が少し赤くなり、シーリスがそれを茶化す。

 一行の顔には何とも不思議な微笑ましさが浮かんだ。

「ぐっ、少し受け損なっただけだ」

 彰弘の「黙っているなら」に頷いた手前、正直に理由を話すわけにもいかず、ガイは少々意味が分からない言い訳を呟いてから注目の視線から顔を逸らした。

「シーリス、その辺でやめときな。もう少しでグラスウェルに着くんだ。気を抜かずにね」

「あのガイさんが少女の言葉に照れるなんて、いいネタだと思うんだけどなぁ。ま、フウカを怒らすと怖いからね、やめとく」

 シーリスはそう言うと、姿を現したグラスウェル北門を目視してから、隣を歩く瑞穂達との会話を再開した。

 それを機に一行はまた先ほどまでと同様に近くの人と歩きながらの会話を始めた。

 これは彰弘達も同じであった。もっとも、魔石云々や資金源の話は先ほどのぶり返しを危惧して――主にガイが――有耶無耶になっていた。

 なお、ガイにとってこの一件は不本意であったが、これが切欠で子供達が抱いていた魔獣の顎への恐れは格段に和らいだのである。









 そんなこんなで歩みを進める一行はついにグラスウェル北門へと辿り着いた。

 一キロメートルほどと長い距離ではなかったが、彰弘と四人の少女達、護衛である冒険者、そして案内人の二人以外にとっては緊張する経験だった。故に少々の疲れが顔に表れていた。

「魔物を警戒しての移動でしたし疲れもあるでしょう。街の見学は宿屋で少し休んでからの方がいいですね」

 案内人の男はそう言うと労わるような笑みを浮かべた。

 この後、彰弘達は門番に身分証を提示して、順にグラスウェルへと入っていくのであった。


お読みいただき、ありがとうございます。



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