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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
2.避難拠点での生活と冒険者
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2-46.

 彰弘達は国之穏姫命が指定した場所でミニチュア化していた神社などを復元する。

 その後、六花と紫苑は影虎を呼びに行き、彰弘はレンから魔石の情報の報酬について話を再度受ける。

 それが終わった後、彰弘とレンは国之穏姫命を交え穏やかな風の中で雑談をするのであった。




「彰弘さん、朝ですよ。起きてください」

 その透き通った心地良い声により、彰弘の意識は覚醒していく。

 必要なことを話し終えた二人と一柱は社の縁側で横になり雑談をしていたのだが、いつの間にか皆眠っていた。昼前の時間帯であったが暑くもなく寒いわけでもない心地好い穏やかな風が吹くこの場所は、眠りを誘うには最適な場所だったようだ。

「ああ、おはよう紫苑」

 薄目を開けた彰弘は、まだ完全に覚醒していない意識ながらも自分の顔を覗き込む少女を認識しそう声を出す。それから上半身を起こし、いつもだったら一緒にいるはずの顔が見つけられず続けて声を出した。

「ん? 珍しいな」

「ふふ、おはようございます。六花さんでしたら美弥さんのトレーニングに付き合って、北門の訓練場へ行っていますよ」

 未だ寝ぼけ眼の彰弘の心意を読み取った紫苑はそう言葉を返す。それから、魔法で出した水で濡れタオルを作り彰弘へと差し出した。

「これで、お顔を拭いてください。すっきりします」

 彰弘は差し出されたタオルで顔を拭き、それを紫苑に返した後で現状を把握した。

 完全に意識を覚醒させた彰弘の目には、自分の横でアヒル座りをして微笑む紫苑と、境内に立ち微笑ましそうにまた呆れたような顔をしてこちらを見ている数人の男女の姿が映っていた。









 彰弘達が寝息を立て始めてから小一時間経った頃、紫苑は影虎夫妻と元六花のクラスの担任であった桜井 澪(さくらい みお)、神社へ向かう道中で偶然会ったセイルを除く竜の翼のメンバーを引き連れて、復元した神社の境内へと来ていた。

 六花は影虎を呼びに行った先で会った美弥に懇願され、その用事に付き合っているため、ここには同行していない。セイルは位牌の取り出しを指定された場所で朝から行っている。瑞穂と香澄の二人は家族と一緒にグラスウェル魔法学園についての詳しい説明を職業斡旋所の各学園の説明をする人達に聞きに行っていた。

 なお、六花が付き合っている美弥の用事とは戦闘訓練の相手である。防壁の外にある耕作地で働くこととなる恋人の誠司と共に行くことを決めていた美弥は、小学校でゴブリンの集団に襲われた経験から戦う力を持つことが大事だと考えていた。体格も似ていて魔法も使える、加えて並の大人よりも動ける六花は最適な相手だったのだ。……と言うのが実は半分で、残りの半分は一番の友達の六花と遊びたいと言う理由があった。後数ヶ月で簡単には遊べなくなる親友と今の内にもっと触れ合いたいと美弥は思っていたのである。

 ともかく、このようなそれぞれの理由があり、今の境内には九人と一柱が存在していた。

「まあ、用事を済まそうか」

 沈黙に耐えかねた彰弘がそう声を出した。

 彰弘と紫苑のやり取りのせいか、その後で起きてきた国之穏姫命の「本物のカゲトラじゃー」と言う叫びのせいか、理由は定かではないが微妙な雰囲気の沈黙が数分も続いていたからである。

「そ、そうですね。こうしてても始まりません」

 彰弘に続いたのはレンだ。その顔には、普通は見られることのない寝顔に加え、寝起きの幾分寝ぼけた顔も見られたことによる故の恥ずかしさがまだ残っていた。

「一応、紫苑さんと六花さんから話は聞きましたが……」

 沈黙の間、ずっと微笑みを絶やさなかった影虎が少々真面目な顔で声を出した。

 その言葉で皆の顔が一度影虎を向く。それから、すぐに何故か彰弘へと向けられた。

 何で俺? そんなことを思う彰弘だったが、少し考えてから口を開いた。

「そうだな。影虎さんと穏姫の話が終わらないと進まないから、まずはそれだな。瑠璃(るり)さんと澪さんは……」

 事の発端が国之穏姫命が影虎に会いたいというものだったので、その一柱と一人が話すことに議論の余地はない。しかし、事前に名前の出ていなかった二人はどうしたものかと声に出してから彰弘は自問した。

 ちなみに、瑠璃というのは影虎の配偶者である。

「それでしたら主人と一緒に私達もお話を聞かせてもらいたいと思うのですが……よろしいですか?」

 柔和な顔をした瑠璃は一度澪に視線を向け、頷きが返ってくるのを確認してからそう口にした。

 その言葉と態度に彰弘は「どうする?」と国之穏姫命へと確認を行う。

「二人共資質はありそうだし、別に問題はないのじゃ」

「そうか。なら決まりだな。じゃあ、影虎さんたちはここで穏姫と話を。こっちはこっちで別件の話があるからちょっと移動しようか」

 彰弘は影虎達へ向けて前半を言った後に社の縁側から降りる。そして、紫苑とレン、そして今ここにいる竜の翼メンバーに顔を向けた。

「別件? なんですかそれは」

 ライが彰弘の言葉に疑問を表す。

 それに対して彰弘は「ま、いろいろだ。とりあえず移動しよう」と返した。

 そして、国之穏姫命と影虎達以外が移動を開始したところで、彰弘はまだ縁側に腰掛けている国之穏姫命へと声をかけた。

「穏姫、そっちの話が終わったら呼んでくれ。俺らは手水舎辺りにいるから」

 その言葉に国之穏姫命は「わかったのじゃ」と返すと、縁側からぴょこんと飛び降りて影虎達が立つところまで歩み寄った。

 なお、一連のやり取りを見ていた澪が、彰弘と国之穏姫命の関係にある意味当然な疑問を口にした。しかし、事情を詳しく話していいものではないだろうと、彰弘は「いろいろあって今の関係になった」とだけ口にして、その場を離れた。それを受けた彼女は反射的に国之穏姫命を見るも「ま、気にするでない」とにこやかに言われ、今までの常識が微妙に通じない、と心の中で妙な納得をしていた。世界が融合してから今までの短い期間で澪の心情は大分緩やかで余裕ができるようになっていたのである。

 ちなみに影虎と瑠璃の夫妻は、ただ微笑ましいと見守っていただけであった。









 手水舎の前まで移動した彰弘達は車座になっていた。

 彰弘のすぐ隣には紫苑が座っている。適度な間隔を空けて座る他の人達と違い密着に近いが、今更それを指摘するような人はここにはいない。

「で、別件というのは?」

 座って開口一番、ライが言葉を出した。

「ああ、レンさんの頼みとかだな。とりあえずは、まずレンさんの頼みからだな」

 一度、言葉を区切った彰弘はレンを見て「どうする?」と無言で訪ねた。

 彰弘は縁側で寝る前に、自分が「各教団についてミリアやサティに頼んでみる」と言ったが、それについてどうするかを訪ねたのだ。

「こうして目の前にいますからね。自分でお願いしますよ」

「ま、そうだな」

 何の道理も分からない子供ではないのだ。レンの言葉は当然であった。

「実はミリアさんにお願いがあるのです……」

 レンはそう前置きすると、自分が各避難拠点総管庁内での教団担当になったことなどを説明し始めた。

 黙ってそれを聞いていたミリアは、レンの説明が終わりややあってから頷いて口を開いた。

「なるほど。私で分かることでしたら、お答えします。ただ、各教団が信仰している神の批判や否定をしないといった基本を守り、各教団施設に置かれているパンフレットを見て、その神の特徴を把握さえしていれば各教団で問題となることは滅多にありません。最悪、穏姫さんの名付きの加護を持っていることを示せば大抵のことには片が付きます。もっとも、これはあまり褒められた行為ではありません。何だかんだ言いいましても、人同士の諍いは人同士で解決すべきですからね」

 ミリアはそこまで言うと車座になった一同を見回した。

 このミリアの言葉はレンへと向けられたものであったが、同時に神の加護持ちとなった人達へも向けられた言葉でもあった。

「つまり、勉強が大事ということですね」

「そうですね。後は、各教団への挨拶回りなどをするのがいいかもしれません」

「書類仕事ばかりからは開放されそうですが、別の苦労がありそうで何と言ったらよいのやら……」

 ミリアに頼み答えを貰ったレンは最後にそう言うと、言葉とは裏腹にやる気に満ちた笑みを浮かべた。大変ではあるだろうが、充実した生活を送れそうな、そんな予感を感じたからであった。









「さて、レンさんの話は終わったようだし。今度は俺だな」

 黙って話を聞いていた彰弘はそう声を出した。

「今度は何なんだい?」

 これは境内に来てから一言も喋っていなかったディアだ。

 その言葉に答えるため、彰弘は再び口を開いた。

「ああ、まず魔石の件を謝ろうと思って」

 彰弘が言う魔石の件とは、ミリアが彰弘から飛び出す現象を封殺するために張った『神絶障壁』で使われた魔石のことである。

 魔石は、その内包する魔力を使い切ると魔物産であれば消滅する。地中産の場合は消滅はしないものの使う度に僅かながら劣化していくのだ。つまり、あの場で使われた魔石は消滅するか元よりも劣化して価値が落ちてしまっているのである。

「それについては気にしないでください。確かに多少は劣化しましたが魔力を補充してから売れば、まだ大きな利益になります。消滅した魔石の額を考えてもです。だから気にする必要はありません」

 ライは彰弘の言葉にそう返し笑みを浮かべた。

 魔石を使用したミリアは若干申し訳なさそうな顔をしていたが、ディアはライと同じく笑みを浮かべている。ライの言う大きな利益は嘘ではない証拠であった。

「そうですね。劣化具合を考慮に入れても、位牌回収中に手に入れた竜の翼の魔石による利益は、今日出される魔石回収依頼を受ける冒険者パーティーの倍以上は確実です」

 ライの言葉を補強するようにレンが付け加えた。

「そうか、それを聞いて多少は気が楽になった」

 彰弘が持っていた魔石はマジックバングルに入っていたため、ミリアに使用されることはなかった。そのため、申し訳ない気持ちになっていたのだ。あまりにも使用された魔石の価値が下がるようだったら、自分が所持していた魔石を含めて、再度分配しようかと、彰弘は考えていたのである。

「それで他には何かあるんですか?」

「ある」

 ライの問いかけに短く答えた彰弘は、おもむろにミリアを見た。

 何とも言えない表情で自分を見る彰弘にミリアは顔を引きつらせた。

「な、なんですか? 少々怖いんですが」

「なあ、この着火の魔導具と同じような物を貰えるとしたらどうする? あの倒れたときに精神世界で聞いたんだけどな、これメアルリアの女神達の手作り合作らしいんだ……。表面のエッジングも頑張ったらしい」

 彰弘はメアルリアの女神達お手製の魔導具を手にミリアにそう問いかけた。

 世界の融合当初は中身だけ仮の魔導具に変えられていた。故に、彰弘はオイルライターでなく魔導具になっていると気が付かなかったのである。

 なお、現在彰弘が所有する、オイルライター型の着火の魔導具と携帯灰皿型の消却の魔導具は、彼が魔力の使いすぎにより意識を失っている間にすり替えられた物である。

 ちなみに、煙草についてはエンブレムが変わっていただけのため、彰弘は気にもしていなかった。

「え? 意味がよく分かりません。ですが、どちらかと言われるならいただきたいかと……」

「そうか。そいつは良かった。恐れ多いとかで拒否されたら無理矢理押し付ける形になるから、どうしようかと思ってたんだが、助かった。物は服なんだ。じゃあ、両手を出してくれ」

 ミリアの答えに相好をくずした彰弘はそう言うと、彼女が両手を出すのを待った。そして、ミリアが掌を上にして両手を前に出すと「メインで作ったのは女神ルイーナだそうだ」と、彰弘は言ってから紺色をした服をマジックバングルから取り出し、そこへと置いた。

 しばらく、掌に置かれた服を見ていたミリアだったが、やがて両手で広げ全体を見始めた。

「なんか、今のと変わりはなさそうだね」

 ミリアが両手で吊り下げるように持つ服と彼女自身が今来ている司祭服を見比べたディアがそう感想を口にした。

「若干、光沢とかが違うような気もしますが、それだけですかね?」

 こちらはライである。

「彰弘さん?」

 紫苑も違いを見つけられなかったらしく、彰弘の方を向き声を出した。

「この紙に書かれた説明によると……可能な限りメアルリアの神職の服と見た目で違和感がないよう作ったらしい。何々、加工しやすいミスリル銀を糸にして、ってミスリル銀があるのか、しかも糸にできるのか。ミスリル銀て金属じゃないのか? まあ、いいか、ええっと糸にして織ってあるらしい。で、色に関しては我ながら良くできたと思う? 方法は……書いてないな。特徴は所有者限定、自己修復、汚れ除去、魔力を流すことによる強度増加、位階による形状任意変化、肩の紋章部分にルイーナのサイン入り。サイン? まだあるな。長くなりそうだから後で読んでくれ」

 彰弘はそう締めくくると、いつの間にか硬直しているミリアの手に無理矢理説明が書かれた紙を掴ませた。

 それを見ていた紫苑は彰弘が元の位置に戻ると口を開いた。

「何とも判断できないですね。そもそもミスリル銀が分かりません」

 紫苑の言葉に彰弘も頷いた。

 融合前の地球には存在していなかった――ゲームなどでは出てきたが――物だ。判断できるはずもない。

 そのため、彰弘と紫苑は元リルヴァーナの住人であった三人へと目を向けた。

 なお、レンもよく分からなかったらしく、どの程度の代物なのだろうと小首を傾げていた。

「ミスリル銀は各種魔鋼と同レベル帯の金属です。加工後は鋼より硬く柔軟で軽くなり、魔法金属の性質も持つ優れたものです。まあ、このようなミスリル銀ですが、これを使っているだけなら少し高価だなというくらいですか。驚きなのは、ミスリル銀を糸にしているのもそうですが、その糸で織った服が普通の服と同じ手触りに重さであることは驚愕です。何か特殊な方法で作ったんでしょう。さらに様々な特殊効果まであるとは……」

「良かったじゃないかミリア、いい防具が手に入って。何だかんだであんたは前に出て戦ったりするしね。あえて言えば、性能は言い触らさない方がいいくらい、か?」

 その性能に驚きを隠せないライに、純粋に良かったと感想を述べながらも注意をするディア。

 普通、ここまでの物を人が持っていたら嫉妬しそうなものだが、この二人からはそのような雰囲気はまったく感じられなかった。

 なお、ライが言葉に出した魔鋼とは、属性の魔力を内に秘めた金属のことである。彰弘が持つ『血喰い(ブラッディイート)』に使われている黒魔鋼(こくまこう)もその一つで、これには闇属性の魔力が秘められている。

 ちなみに、ミスリル銀に含まれている魔力は無属性である。

「自分でもあのときは無茶をしたと自覚はありますが……これほどの物を、と言うかですね、普通無茶したからとかで何かいただけるとかはありませんよ!」

 彰弘の説明の途中で硬直したミリアは、復帰して感情が高ぶらせる。しかし、すぐに落ち着き、新たな司祭服を授けてくれたルイーナに感謝の祈りを奉げた。

 なお、この数日後に彰弘は治療院でお世話になったサティへと、ミリアへ渡した服と同等の物を届けにいった。その際は激しく受け取りを拒まれたのだが破壊神であるアンヌの直筆の伝言と同行したミリアのお陰で何とか受け取ってもらうことができたのである。

 神の諸々の事情は分からないが、できれば直接本人に渡してくれと思う彰弘であった。









 彰弘側と国之穏姫命側、双方の話はほぼ同時刻に終わっていた。

 彰弘側はレンの頼みも消化され、彰弘の目的も達成された。

 国之穏姫命側も影虎がめでたく国之穏姫命の名付きの加護持ちになっていた。ただ影虎の伴侶である瑠璃と六花のクラスの担任であった澪は名付きの加護ではなかったが、『穏やかなる大地の神の加護を受けし者』と言う、国之穏姫命の加護を示す称号を獲得していた。

「結果は上々と言ったところかな?」

「うむ。カゲトラが教主というか神主も引き受けてくれることになったのじゃ」

 国之穏姫命の返答に彰弘は僅かに目を大きくして影虎を見た。

 それを受けた影虎は笑みを浮かべる。

「彰弘さんに伝えたことはなかったのですが、私は学習所で働きたいと思っています。ですから、それを妨げない範囲でという条件付きですが穏姫さんの提案を受けることにしたのです。幸い妻が手伝ってくれるとのことですので……ただ、確定には一つ確認しなければならないことがあります」

 表情から笑みを消した影虎は真剣な顔になってレンへと声をかけた。

「一つ教えて欲しいのですが、日本でしたら神主になるにはそれ相応の過程が必要です。宮司の推薦を受けるや神社庁からの推薦状などですね。私はこれらにまったく縁がありませんが、穏姫さんが言う神主、または教主となることはできるのですか?」

「少々、お待ちいただけますか?」

 影虎の質問にそう返したレンは持ってきていた資料を捲り目を通す。そして、しばらくしてから顔を上げた。

「結論から言えば、日本のそれは関係ありませんね。今のこの国でのそれは、神の加護を受けておりその奇跡を扱えることが条件になります。ですから、日本の宮司の推薦も神社庁の推薦状も必要ありません」

 レンの断言にほっとするのも束の間、影虎がある意味で最も困難な内容を口にした。

「ところで、その奇跡とはどう使うのでしょうか?」

 その場の全員が沈黙した。皆が皆、肝心なことを失念していたのである。

 やがて、国之穏姫命の不安そうな顔を横目で見ていた彰弘が声を出す。

「魔法を使うのとは別物なのか?」

「イメージにより現象を起こすと言う点では同じですが、神の奇跡の場合はその現象を神属性の魔力だけで成す必要があります。自身の魔力は神の魔力を誘導するだけなのです。普通は信徒となり各教団独自の修練を行う過程でその方法を自然に会得し、その段階で神の加護を受けるのです」

 彰弘の質問に答えたのは、この場で唯一の神職であるミリアであった。

 再び彰弘が口を開く。

「ミリアは穏姫の魔力を使って神の奇跡を起こせるか?」

「すぐには無理だと思います。ただ……そうですね、メアルリアの神々と穏姫さんの神格はそれほど遠くはないように感じます。上手くいけば、それほど時間をかけずに修練方法を生み出せるかもしれません」

 そこまで言ってミリアは自分のパーティーメンバーの顔を見た。

「いいんじゃないか? 避難拠点での依頼は比較的落ち着いてるし、元々この後の私達が纏まって行う予定はアキヒロ達のパーティーに森に入るときのイロハを教えることくらいだ。それが終われば金に困ってるでもなし、セイルだって反対はしないだろ」

 ミリアの視線の意味を察しディアが言葉を返した。

 それに続いてライも口を開く。

「そうですね。私個人としての予定もディアが言ったこと以外では、シオン達に魔法についてをさらに詳しく教えるだけですし問題ないと思いますよ。折角ですから、カゲトラさん達にも魔法を覚えてもらうのもいいですね。私が視た限りでは三人共簡単な火くらいは出しても大丈夫な魔力量を持っています。仮に魔法を出すことができなくても、一緒に訓練することで魔力操作が少しはできるようになるでしょう」

「と言うことですので、事が成せるように協力いたします」

 ディアとライの言葉を聞いたミリアは微笑みを浮かべ影虎達へと向き直り、そう告げた。

 ミリアのその微笑に空気が柔らかくなる。その場にいる全員の顔も笑顔となっていた。

 当然、彰弘の顔にも笑みが浮かんでいる。国之穏姫命の魔力を使った神の奇跡を使えるようになることが確定した訳ではないが、少なくとも希望が見えたからだ。そして、何より国之穏姫命の顔が笑顔となっていることが嬉しかった。

「良かったじゃないか、穏姫」

 彰弘は目が合った国之穏姫命へと声をかける。返ってきたのは元気な声であった。

「なのじゃ! アキヒロも参加するんじゃろ?」

「ああ、当然だ」

「人が一杯で嬉しいのじゃ」

 心底嬉しそうにして無邪気に笑う国之穏姫命に彰弘の笑みもさらに深くなるのであった。









 神の奇跡の習得についての話が一段落つき、しばらくお茶を飲みつつ雑談を続けていた一同は、レンの声でそれを止めた。

「危うく忘れそうでしたが、神域認定についてを話させてください」

 レンがこの場にいる理由は、彰弘へ魔石情報の報酬についての詳しい説明とその書類を渡すこと、それと神域認定についての話を主要人物へ話すことであった。そして、この神域認定の方が主目的だったのだ。それが、神の奇跡の行使方法という根本的な問題が持ち上がってしまったことで、レン自身が忘れそうになっていた。本来ならありえない失態と言えるのかもしれないが、慣れない数日間の位牌回収依頼同行と昨日の領主の館への行き来の強行で、それだけ彼は疲れていたということであった。

「すっかり忘れてたな」

「そう言えば、それが目的でレンさんはここにいたのでしたね」

 彰弘がぼそっと呟き、紫苑がそれに続いた。

 二人の言葉を聞いて苦笑したレンは口を開いた。

「話というのは、今後の簡単な流れと必要な書類についてです」

 そしてそう言うと一同が頷くのを待ってから、言葉を続けた。

「昨日、領主の館へと神域認定に関する報告書を出してきました。これはとりあえずの報告なので気にしないでください。で、この後ですが、カゲトラさんが神の奇跡を使えるようになったら、総管庁にある書類にサインをしてもらいます。そうしたら、その書類を私が領主の館へと届けに行きます。すると領主は、その書類を皇都まで持って行き各庁で必要な手続きを行います。そして、最後に天皇陛下へのご報告を行います。それが終わると領主はその書類を報告を上げてきた総管庁へと戻します。で、それを受けた総管庁はカゲトラさんへ書類が戻ってきたことを伝えます。最後は書類が戻ってきたと報告を受けたカゲトラさんが総管庁で身分証の更新を行えば完了となります」

 緑茶を一口飲んだレンはさらに話を続ける。

「長々と話ましたが、カゲトラさんが行うことは、神の奇跡を使えるようになったら書類にサインすることと、最後に身分証の更新をすることくらいですね」

「レンさん言葉に付け加えるならば、身分証を更新した後で街にある神殿主と領主に挨拶に行くと良いですね」

 レンの後で、ミリアはそう言葉を足した。

 人である以上、挨拶などの交流は後の物事を円滑に進めるためには必須なのであった。

 自分が神の奇跡を使えるようになることを、確定事項として話を進められた影虎は若干顔を強張らせたが、腕に添えられた瑠璃の手にそれを和らげた。そして、国之穏姫命を見てから人知れず気合を入れた。

 彰弘はそんな影虎の変化に気が付いてはいたが、それをおくびにも出さずにいた。この場合、わざわざ持ち直したそれを穿り返す必要はないのである。

 だから彰弘はまったく別の話題を口にした。

「それにしても、聞き間違えでなければ領主自身が皇都での手続きをするんだな。てっきり代理やらが行うもんだと思ってたよ」

「今回は特別な案件ですからね。領主が直接動く必要があるんですよ」

 彰弘の言葉にレンはそう言って笑みを返した。

 確かにレンの言うとおり普通の案件――例えば神域認定でも分社など――であれば領主自身が行うことではない。そもそもこの場合は皇都に行く必要はなく、その領都の各庁で手続きは完了する。しかし、今回は新たな神に関することで特別なことだ。代理などでは不敬となるのである。

「なるほどね。それはそうと、寄付金とかはどのタイミングなんだ?」

 彰弘は自分には関係ないことだと軽くレンへ返した後で、確認しておくべき話題を出した。

「そうですね、カゲトラさんのサインを入れた書類を持っていくときに一割。身分証を更新した後で残りの九割を、というところでしょうか」

 彰弘の問いにレンは考えながら言葉を返した。

 実際、神域認定に伴う寄付金は決められている訳ではない以上、その時期も当然決められていない。ただ、早すぎても遅すぎても良くないので、レンが口にした時期は妥当と言えた。

「それなら、大丈夫だな」

 魔石の換金などを頭に浮かべた彰弘は時間的に十分用意できると考えたのだ。

 そんな彰弘とレンのやり取りに口を挟んだのは影虎である。

「寄付金とはなんですか? 今までの話では全く出てこなかったと思いますが」

「ああ、本来神域認定される土地は無償らしいんだが、通例で土地の使用料分を領主へと払うらしい。それのことだな」

 影虎の問いに彰弘は平然と答える。

 それを見て影虎は僅かに眉を寄せた。

「話の流れですと彰弘さんが出すように聞こえたのですが」

「ん? ああ、ちょっと稼ぎすぎになりそうだから、懐を軽くしたいんだ」

 彰弘の言葉を受けて、影虎は顎を擦る。

 今後、国之穏姫命とは影虎が一番深く関わる可能性が高かった。それなのに、彰弘が全額出すようなことになっていることに、影虎は「いかがなものか?」そう考えた。だから、意見を言うために口を開いた。

「それは少し待ってもらえますか。いくらなのかは知りませんが、全額をあなたが出すのは道理が通りません」

「そうはいうがな。穏姫を連れてきたのは俺だしな……。ん~、そうだな、ならこうしよう。俺は金が手に入ったらその一部をこの神社の賽銭箱に入れる。そうしたら、その金はこの神社の物だ。影虎さんは、それを領主への寄付金に充てる。完璧だろ?」

 彰弘のその提案はかなり強引であった。

 その証拠に元日本人――紫苑までもが――は、ぽかんと口を開けていた。

 なお、元サンク王国人は賽銭の意味が分からず、事の成り行きを見守っている。

「いやいや、それは何も変わっていませんよね? それに紫苑さんや六花さんの学費などはどうするのですか!?」

 いち早く復帰した影虎が少し大きい声で反論をした。

 それに答えたのは影虎の次に復帰した、学費を必要とする内の一人、紫苑であった。

「影虎さん、実はこのような物がありまして」

 そう言うと紫苑は銀色をした丸い物体を取り出した。

 それはミリアが魔力を吸い取って銀色になっているが、紫苑の取り分として無理矢理彰弘から渡されていた魔石であった。後日、換金するために少しずつ魔力を注ぎ込むためにポケットに入れていたのである。

「なんですかそれは?」

 紫苑の取り出した物体を、影虎はまじまじと見つめた。

「これは魔力を失った魔石です。このままで売ると二束三文らしいのですが、魔力を注ぎこんで売ると結構いい値段となるそうです。ライさん、このサイズだとどのくらいでしょうか?」

 紫苑は魔石の説明をしてから、事の成り行きを見守っていたライへと話を振る。

「そうですね。その大きさでしたら劣化分を考えて、十万前後かと思いますよ」

「だそうです。そして私はこれと同じものを十数個持っています。六花さんも、それに瑞穂さんと香澄さんも同じです。つまり、学費はまったく問題ないんです」

「まあ、そういうわけだから諦めてくれ。ちなみに俺は紫苑達四人を合わせた数に加えて一際(ひときわ)でかい魔石を持っている。しかも未使用だから価値はそれ以上だ」

 影虎は目を見開いて配偶者である瑠璃へと顔を向けた。返ってきたのは「あなたの負けです」、そういう表情だった。

「ついでに言うとですね、アキヒロさんには、その魔石に関しての情報の報酬も入ることになっているんですよ。賽銭、寄付、呼び方はどうでもいいですけど、素直に受け取っても罰は当たらないと思いますよ」

「うむ。罰は与えないぞ」

 ダメ押しのレンと国之穏姫命の言葉が流れた。

「はぁ。分かりました。ありがたく受け取っておくことにします」

 結局、影虎はため息の後で彰弘からの金銭を受け取ることにしたのである。

 なお、後日、寄付金とは別に国之穏姫命の教育費の名目で更なる金銭が賽銭箱に投げ入れられていたことに、影虎は深いため息をつくことになるのであった。








 神域認定に関する今後の方針は決まった。

 これにより、そう遠くない未来にライズサンク皇国へ新たな神の存在が知らされることになるのである。

お読みいただき、ありがとうございます。



この章はここで完了となります。

次週からは第三章です。よろしくお願いします。



二〇一五年 八月二十三日 十七時三十分 変更


・竜の翼の取り分であった魔石についてレンの台詞を変更。

変更前)

「そうですね。相場などから計算したとして、今日出される魔石回収依頼を受ける冒険者達と最低でも同等の額となるはずです」

変更後)

「そうですね。劣化具合を考慮に入れても、位牌回収中に手に入れた竜の翼の魔石による利益は、今日出される魔石回収依頼を受ける冒険者パーティーの倍以上は確実です」


・神域認定の流れなどのやり取りを追加

 最後の方のミリアの台詞「と言うことですので、事が成せるように協力いたします」以降へ文章を大幅追加。

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