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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
1.異変から避難
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1-5.

 前話あらすじ

 避難所へと辿り着いた彰弘達はその避難所となっている小学校の教頭と出会う。

 そして、その場所で今後に必要となる会話を行う。

 彰弘が向かったのは校舎の中央に位置する階段前だった。その場所は小学校の一階廊下で唯一、校庭に面する壁に窓が設置されていない場所だ。階段を正面に捉えた右手側は小学校の構造上壁になっている。壁の向こうは児童用トイレだ。左手には昇降口があるが右手側の壁付近だと角度的に外からは死角になる。

 尚、壁伝いに少し階段方向へ進み、壁が切れたところで右折すると一年生の教室の前へと行き着き、逆に昇降口側へ向かうと職員室や校長室などの部屋の前へと辿り着く。


 場所を移動し終えた彰弘は廊下へと腰を下ろした。六花がその隣に座り、鷲塚も彰弘の正面に位置する場所へと座り込む。

「今更という気がしますが、あの場よりここの方が安全でしょう。外からこちらの姿は見えませんし」

 片膝を立て壁に背を預けた彰弘は、移動した理由を説明する。


 昇降口にいたときも外から三人の姿が丸見えというわけではなかった。昇降口のドアは下の六割ほどがすりガラス状に加工がされており、座っていた彰弘と背の低い六花の姿は外からではぼんやりとした人影にしか見えない。鷲塚は意図的かそうで無いかは不明だが、外からでは陰になって見えない位置に立っていた。

 そのような状況だったが、人を見たら襲ってくると思われるゴブリンがいる以上、人影すらも見せない方がいいのでは、と遅まきながら考えた彰弘は場所を移したのだった。


 さて、と改めて彰弘が話そうとしたところで六花が彰弘の服を引っ張った。

「彰弘さん。いつまでその話し方なの?」

 六花のその言葉に大人二人は顔を見合わせる。

「自分のことを、私、とか言ってる彰弘さんは似合わないの」

 少し目を開いた彰弘は1度六花を見て、そして鷲塚へ顔を向ける。

 彰弘から顔を向けられた鷲塚は、面白いですねぇという表情で口を開いた。

「榊さん、普段の言葉遣いで結構ですよ。多分、先ほどから和泉さんに話しかけていたあれがそうなのでしょう。こんな状況ですし気にする必要はありません。もっとも罵詈雑言は控えてもらいたいところですが」

 鷲塚の言葉に彰弘は「そんなに似合ってませんか」と独り言のように呟く。

 その誰に言ったのでもない言葉に六花は「合わないです」と口にし、それに対して鷲塚は「今の格好には、ですかね」と彰弘を気遣ったのか気遣ってないのか解らない言葉を口にした。


 暫くの葛藤の後、彰弘は諦めたようにため息をついた。

「……わかったよ。このまま言い合っても仕方ない」

 彰弘の言葉遣いが戻ったことに六花はうんうんと頷く。

 それを見た鷲塚は顔に笑みを浮かべた。

 六花には敵わないと、頷く少女を横目で見た彰弘は改めて話しだした。

「えーと、どうすればいいかってことだったが、簡単に言うと可能な限りこの校舎に篭るのが正解だと思う。いくつか条件はあるんだけどな」

「篭ることの理由は後として、条件とは?」

 彰弘の発言に鷲塚が言葉を返す。

「簡単にいえば避難者が篭もって生活できるかできないかさ。とりあえず非常食なんかはどうなってるんです?」

「なるほど。え〜、非常食ですね。一部は校舎内の倉庫に保管されていますが、大多数は校庭端に建てられた倉庫に保管されています。量に関しては小学校の児童と教職員が五日ほど生活できる分があります。飲み水についても同様です。後は屋上の貯水タンクにも水は貯められているのでトイレなどは……今のままなら十日程度は保つはずです」

 鷲塚はそこで一度言葉を区切ると彰弘を見た。

 そして彰弘が疑問を顔に浮かべると、再度口を開いた。

「言葉が足りませんでした。今のままというのは、現在この小学校に避難して来ている人達の数はおよそ百人です。ですから、このまま増えなければということです。ちなみに、この小学校に通う児童と教職員のは合わせて四百人強となります」

「そう言いうことか。随分とデカい貯水タンクがあるんだなと思ったよ」

「ははは、失礼しました」

 鷲塚の説明に納得した彰弘は頭の中で今の話をまとめる。

 今の小学校に避難している人が二十日間は生活できることになる。

 膨大な量になる非常食と水を運ぶのは大変そうだが食事関係は問題なさそうだと彰弘は結論付ける。

 もっとも飲料水以外の水の関係などで、実際に生活できる日数はずっと少なくなるだろう。

「運び込むのは大変だろうが、食事関係はなんとかなりそうだな。となると後は篭ることについてなんだが、今この小学校はどれだけの設備が生きているんだ?」

「と、言いますと?」

 彰弘の質問が理解できなかったのか、鷲塚は聞き直す。

 端折りすぎたかと、彰弘は思い再度同じ質問を肉付けして声に出す。

「ちょっと言葉が足りなかった。要は電気とかガスとかどうなのか、ってことが聞きたかったんだ」

「ああ、なるほど。電気もガスも、ついでに水道も駄目ですね。救いなのは水に関して飲む分はそこそこ備蓄があるのと、それ以外の水も手動で貯水タンクから引けることですね。実際、すでに各階にあるそれ用の水道とトイレで使う水は切り替えてあります。とはいえ、節水しなければなりませんからね。榊さんも無駄遣いしないようにしてください」

 予想に無かった設備と手際に彰弘は驚いたように目を見開く。

 そんな彰弘に「今年になってできた設備ですの手間取りました」と鷲塚は笑った。


 尚、学校内の設備だけでなく個人が持つ時計なども機能していないことが判明した。彰弘と鷲塚が確認したことを合わせると、電気を使用している機器が全て使用不可能になっていると考えざるを得なかった。


「後は何かありますか?」

 彰弘は鷲塚からの質問に、少し考え確認すべきことを口にする。

「そうだな。後は……この学校に防火シャッターとかはあるかな? 加えてそれは手で動かせたりするかも聞きたい」

 その彰弘からの言葉を受け、鷲塚は自分が教頭を務める小学校の見取り図を頭に思い浮かべ、その設備についても思い出していく。

「この小学校にあるのは防火扉ですね。全て手動で開閉が可能で、設置されている場所は各教室と階段の境目となります。手動での開閉には一定の手順が必要となりますが、十秒程度あれば開け閉め可能です。尚、今いるこの一階には防火扉はありません。一階は各所が外へと繋がっていますので敢えて設置していないそうです」

「ちなみに、その防火扉の丈夫さは……」

「人では力任せに破ることはできないと思います。ただ、外からでも取っ手を回せば大人一人で開けることは可能です。ですからゴブリンを防ぐのでしたら、外側の取っ手をどうにかするか、内側に重石を置くしかないと思います。個人的には内側に重石を置く方を支持します。内開きの扉となってますので、重石を置くことで比較的簡単に扉を開けるのを困難にできます。重石にしても非常食や水などを運び込むのでしたら、それが替わりになるでしょう」

 彰弘の意図を察した鷲塚は、そう一気に対策までを述べる。

「なるほど。内開きに重石か……にしても、やるなぁ、鷲塚教頭。人の考えを先読みで答えてくれるとは」

「いえいえ、さすがに誰でも分かると思いますよ」

 謙遜する鷲塚を見て、本当にそうだったらどれだけいいことか、と会社の同僚を思い浮かべた彰弘は人知れずため息を吐いた。

「とりあえず、篭もる場所としては問題なさそうだな」

 非常食、水、小学校の設備、鷲塚からの情報を頭の中でまとめた彰弘は、最低限の備えはできそうだと一つ頷く。


 後は篭もることになる人達が文句を言うか言わないか、それが最後の条件だった。彰弘はそのことを鷲塚へと伝える。

「それは理由次第かと思います。理由も話さず一方的に言っても避難してきている方達も納得はしてくれないでしょう」

「理由か……。鷲塚教頭は半年ほど前、天皇陛下が融合についての会見で『自衛隊員が迎えに来るまで建物の外へ出ないように』と仰っていたのを憶えてるか?」

 彰弘は鷲塚が頷くのを見てて話を続ける。

「それが理由の一つさ。『避難所にいるように』ではなく『建物の外へ出ないように』というのが引っかかる。後はゴブリンの存在だな。あんなのがいるのに一般人だけで外を移動するのは危険すぎる。……ん? そうか、だから『建物の外へ出るな』か」

 篭ることへの理由を述べてた彰弘が何かに気づき何かに納得したのを見て、鷲塚が言葉をかける。

「榊さん、どうかしましたか?」

「ああ、建物の外へ出るなって件なんだが、ゴブリンみたいなのがいるからなんだな、と」

「それは、天皇陛下は半年前のその時点で、ゴブリンが襲ってくるのを知っていたと、そういうことですか?」

「そう考えるのが自然かな。最も知っていたのは陛下だけでなく政府も知っていただろうけど」

「なら、何故そのことを発表しなかったのでしょうか?」

「多分、パニックを恐れたんじゃないかな。『人を襲う化け物が街中を彷徨うようになります』なんて、世間がどうなるか分かったもんじゃない。軽々に発表できなかったんじゃないか? まぁ、あくまで陛下が知っていたかもしれないという、俺達の予想でしかないけどな。それより今後をどうするかだ」

 彰弘は一つ軽く深呼吸して話を続ける。

「とりあえず理由については『ゴブリンが徘徊しているかもしれず危険だから陛下のお言葉通り自衛隊員が来るまで待つ』ってことでいいんじゃないか? 安全な場所がわかっているならまだしも、闇雲に外を進むのは危険でしかない」

 鷲塚は彰弘の結論について少し俯き考え込む。そして考えが纏まったのか顔を上げた。

「そうですね、理由はそれでいいと思います。ただ一つ懸念があるのです。実は安全といえる場所がこの近くにあるのです。全国各地で大規模な避難所が建設されていたのは榊さんもご存知だと思います。実はその避難所が今後の拠点となるようなのです」

 鷲塚に言われて彰弘は記憶を引っ張り出す。


 天皇の会見よりも前に大規模な避難所が建設されているという話を聞いて興味本位で彰弘はその場所へ行ったことがある。彰弘が行ったときには延々と続く石壁が目の前にそびえ立っていて中の様子を窺うことができなかった。どれだけ広いんだよ、と帰ってから調べ、自分の住んでいる市の半分程度の広さがあると知って絶句した記憶が彰弘にはある。


 鷲塚が言う避難所を思い出しながら彰弘は鷲塚に問う。

「それは、その拠点が安全だからそこへ移動すると言ってる連中がいる、そういうことか?」

「はい、そのとおりです。一部の方は、その拠点まで近いのだから救助を待つより自分達から動くべきだと。怪しい生物がいるからと言っても、あいつらは足が早くないから逃げきれると言っていまして……」

 確かに一方向からしかゴブリンが来なかったら逃げることができるかもしれない。しかし複数のゴブリンに多方向から攻められたら、その逃げるために必要な道がなくなるのだ。

 早急すぎる上に考えなしの連中に対して、彰弘は一つため息を吐いた。


 もっとも彰弘からしてみれば行きたい奴は行けばいい、というところだ。無理矢理引き止めて、避難所の空気を悪くする必要はない。ただでさえ外に出れない状態になるのだ。それだけでも人の精神には大きな負担がかかる。加えてとどまることに文句など言う輩が現れたら、さらなる負担が精神にかかることは間違いない。

 幸い食料と水はそこそこある。安全と思われる拠点となる避難所へは徒歩一時間の距離だ。移動を主張している人達もそれだけの距離のためだけに、何日分もの食料は移動の邪魔になると考え要求しないだろう。もっとも、自動車が動かないであろう今の状況では、外へ行く人達が持っていける食料の量はたかが知れている。


「個人的には、行きたきゃ行けば? てとこなんだが、そうはいかないんだろうな」

「そうですね。大人だけならば、仕方ありませんが行かせてしまうという判断もするのですが、親子連れの方でも行くと言っている人達もいましたので……」

 それを聞いて「どうしようもねぇな」と彰弘は呟く。そして、ならこんなのはどうだ? と妥協案を口にする。

「それなら『数日間止まって様子を見て、自衛隊の人達が来る気配がなかったら、その避難所に移動するかを再検討する』ってことで話を進めたらどうだ? 俺としては食料に余裕がある内はここにいた方がいいと思うが、おそらく精神的にこんな状況で一所に篭っていられるのは数日が限界だろうしな」


 大人だけなら多少は我慢できるだろうが子供もいるのだ。長い期間を外にも出ずに止まっていることなどできるわけがない。救助が来なかった場合、食料が無くなる前に危険だとわかっていても移動するしかないのだ。


 彰弘はこの話を締めくくるため、言葉を続けた。

「ま、難しく考えすぎても仕方ない。いざとなったら脅してでも説得するしかないな」

 鷲塚は「そうですね」と頷き肯定の意を示した。









 彰弘と鷲塚の話が一区切りしたところで、それまで黙っていた六花が口を開いた。

「彰弘さん。彰弘さんだったら、今話に出ていた避難所へと行けますか?」

 真剣な表情の六花は、彰弘の顔を見つめたまま返事を待つ。

 どの様な理由で六花が問うてきたかは解らなかった彰弘だが、茶化すようなまねはせず、同じく真剣な表情で答えを返す。

「そうだな、運がないと無理かな。ゴブリン程度が少数ならどうとでもなるだろうが、集団で襲い掛かって来られたらどうしようもない。ただゴブリンの追いかけてくる速さが、桜井先生を追いかけていた速さで限界なら逃げ切ることはできると思う。だけど、流石に一時間もあの速さをで走れるわけじゃないから、やっぱり無事に辿り着けるかはゴブリンと遭遇しない運が必要だろうな」

 彰弘の返答に六花は少し俯き考え込んだ。


 やっぱり外に出るのは危険なんだ、と六花は改めて思った。怪我もしないでゴブリンを倒した彰弘がそう言っている。その言葉を六花が疑う余地はなかった。

 ではなぜ六花は彰弘に安全といわれる避難所へ行けるかどうか改めて聞いたのか?それは自分の両親を心配してのことだった。

 六花の父親は市役所で、母親は市役所の隣にある保育園で働いている。その両親は今朝もいつも通りに六花と一緒に家を出てそれぞれの職場へと向かった。両親の職場は六花の家から大人の足なら二十分ほどで着く場所にある。そのため六花がゴブリンに襲われていた時間にはそれぞれの職場に着いているはずだった。それにその職場から五分もかからない場所には普通の避難所がある。移動はその場にいる人達が纏まって行うはずだから避難所へ着くまでのことに関しては六花はそれほど心配していなかった。心配だったのは避難所に到着した両親がある程度落ち着いてからのことだった。六花は自分をとても可愛がってくれている両親が、今の状況でおとなしく避難所にいてくれるとは思えなかった。自分のことを探しに外に出てしまうのではないかとそう心配していた。


 彰弘は自分の言葉を聞いた六花が考え込んでいることを心配して声をかけた。

「六花、どうした?」

 俯いていた六花は彰弘の声で顔を上げて、その心配そうな表情を見せた。

「うん。お父さんとお母さんは大丈夫かなって。避難所の外に出ちゃったりしないかなって」

 六花の当然といえば当然の思いに彰弘と鷲塚はすぐには答えを出すことができない。


 彰弘にしろ鷲塚にしろ家族を心配する気持ちはあった。しかし完全にとはいかないが気持ちの整理はついていた。この場にいない人の心配よりも今は自分達のことを優先すべきと、そう考えていたからである。人によってはその考えを非情だと否定するかもしれない、だが実際のところ離れた場所にいる家族は心配する以外のことはできないのだ。


 何を言うべきか、悩んだ末に彰弘は自分の考えを告げる。

「そうだな、心配するのは当然だ。でもな、まずは六花自身が無事でいないとな。そうでなきゃ両親が悲しむ。今は自分が生き残ることを考えよう。六花の両親も今外に出ることが危険だとわかっているはずだ。それに異変が発生した時間は六花が小学校に着いていてもおかしくない時間だ。六花が無事に小学校へと着いていると両親が考えていても不思議じゃない。だから今は両親のことを信じて行動しよう」

 まだ心配そうな顔をした六花だったが「うん」と返事をした。

 そんな六花の頭を彰弘は安心させるように撫でるのだった。


 そもそも何故、六花の両親は彼女と一緒にいることをしないで仕事へと行ったのか。その主な理由は今起きている異変、『融合』する時期の問題であった。半年前の会見では『融合』が起こるのは十月半ば頃とされていた。定期的に発表される情報でもその時期に変わりはなかった。だからまだ大丈夫と油断をし、六花を小学校へと行かせ自分達も仕事へと行ったのだ。

 無論国民の中には早々に離れて暮らす家族と合流していた人達もいる。合流しないながらも、子供のいる家庭では可能な限り両親またはどちらか一方の親は子供と離れないようにして生活をしていた。ただそれは国民全体の半分ほどで残りの人々は六花の家族と同様に会見のあった日までと変わらない生活していた。

 彰弘にしても九月の終わりには実家に帰る予定ではあった。何故そんなギリギリの時期にと言われそうだが、特に理由はなくなんとなく十月になる前に帰れば大丈夫かなと思ったからだ。

 兎も角、『融合』の時期が早まった関係で今のような状況に陥ったのである。

 尚、彰弘の暮らすこの地域の住民は大半が別の街に実家を持っていた。そして普段であれば学校が夏休み入る時期に、ここぞとばかりに実家へと合流しそこで暮らしはじめたのだ。だから朝、彰弘達が外で人影を見ることがなかったのである。


 暫く六花の頭を撫でていた彰弘だったが「危うく忘れるところだった」と声を出し、六花の頭から手を離した。

 頭を撫でられていた六花は落ち着いたのか、普段の表情に近い顔を彰弘へと向けて「どうしたんですか?」とその小さな口を開く。

「ああ、ここで確認しようとしていたことをほとんど聞いていなかったと思ってな」

 先ほどまで彰弘と六花のやり取りを見守っていた鷲塚はその言葉で思い出す。

「そういえば、確認したいことがあると言っていましたね。どういったものでしょうか?」

 鷲塚はそう言って彰弘に先を促した。

「全部で三つ。一つはこれからどうするのかについて。残りの二つは、武器持ち込みの可否と砥石の有無だな。一つ目はさっき話していたからいいとして残りの二つはどうかな?」

 彰弘はそう言って腰から二本のマチェットを抜き出し、鷲塚の前に横にして置いた。

 鷲塚は彰弘に断りを入れて目の前に置かれた二本の内その1本を手に取る。

 刃渡りは五十センチ強。厚みは三ミリほどだろう。そして肝心の刃はほとんど無いと言ってよかった。

「これで切れるのですか?」

「試したことはないが、普通にやったらもの凄く切れ味は悪いだろうな」

 横から六花が口を挟む。

「でも彰弘さんは、それでゴブリンの首を斬っていましたよ?」

 六花は不思議そうに小首を傾げて言った。


 確かに彰弘はほとんど刃の付いていないマチェットでゴブリンの首を裂いた。

 何故斬ることができたのか。それは彰弘自身が言うように普通に斬ったわけではなかったからだ。とは言っても難しいことをしたわけではない。ただ普通より力を入れて思いっきりマチェットを振り抜いただけだ。限界まで身体を捻りそれが戻る反動まで使って振り抜かれたマチェットは、相応の力と速度でゴブリンへと迫った。その結果、それほど硬いわけではなかったゴブリンの皮膚は迫り来る刃を防ぐことができず、その下の肉や血管を斬り裂かれることになったのである。


「不思議でもなんでもないさ。紙で指を切ることだってある。要はそれと同じさ。そのほとんど刃物として使い物にならないようなマチェットでも、刃先の部分はそれなりに薄くなっているし、硬さもある。なら後は一定以上の力と速度があれば斬れる。もっともゴブリンの皮膚が堅かったり動物みたいに毛で覆われていたら斬れたか解らないけどな」

 彰弘はそう二人に説明をし、最後に「まぁ、一振りでも疲れるから研ぎたいんだよ」と本音を付け足した。

 六花はいろいろ納得したようで、うんうんと頷いている。

 鷲塚は六花ほどは理解できていないようで若干疑問顔だ。

 そんな鷲塚に六花は座ったまま、「こうです」と彰弘がゴブリンを攻撃した際の格好を再現していた。

 六花は背中が鷲塚に見えるほどに左へと身体を捻り、握り込んだ右手を逆側の肩に付けた。そこで一度動きを止め、「やっ!」という可愛い声と共に勢いよく身体の捻りを元に戻し右腕を振り抜いた。

 ただ身体を戻した際に勢いがつきすぎていた六花は、座っていたこともありバランスを崩し、それでも倒れまいとしてか自分の近くにいた彰弘へと手をのばした。

 倒れそうだった少女の身体を支えた彰弘は驚きながらも「大丈夫か?」と腕の中の六花へと声をかける。

 暫しの沈黙。

 そして何事も無かったように居住まいを正した六花は「こんな感じです」と、若干顔を赤く染め、か細く声を出した。

 何とも言えない愛らしさを六花に感じた大人二人は、微笑ましくなり六花を見つめた。

 そんな大人の視線を恨みがましそうに見上げた六花は、怒ったように「早く話を進めるべきです」と早口で言い、明後日の方を向いてしまった。


 これ以上は不味いかなと、彰弘と鷲塚は視線で会話し話を戻し進めることにした。

「とりあえずは、いろいろ解りました」

 ただ話すべき言葉が咄嗟に出てこなかったのか、鷲塚は合っているようで合っていない内容を口に出した。そんな鷲塚だったがすぐに調子を取り戻す。

「失礼しました。まず武器の持ち込みですが、意味もなく抜かないというのを条件に可としましょう。私の独断となりますが状況が状況です、仕方ありません。上の階にいる人達には私から説明しておきます。後、砥石ですが教職員用の農具室にあったはずです。ただ草刈鎌などを研ぐものなので、その剣に合うかは保証しかねます」

「たぶん問題ないと思う。これも農具だし。それに俺も職人じゃない、本格的な物を渡されてもそれを生かせないしな」

 彰弘は目の前に置いたマチェットを手に持ちそう返した。

 驚いた顔で鷲塚は彰弘の手にある刃物を見る。

「元々は作物の収穫に使ったり、藪を引き開くためのものさ。ま、だからゴブリン相手にどれだけ保つかもわからない。でも何もしないよりはした方がいいと思うし、素手よりずっとマシさ」

 マチェットを再び廊下に置いてから「頼む」と鷲塚へと頭を下げた。

「わかりました。それでは少し待っていてください。砥石を取ってきます。幸い児童達が使う農具室は外にありますが、教職員用のは校舎内にあります」

 そう言うと鷲塚は立ち上がった。そして「では行ってきます」と農具室へと向かった。


 鷲塚がその場を離れてから、彰弘は未だ不機嫌な六花を宥め始めた。その甲斐あって六花の機嫌は直り良い方向へ上昇したが、今度は戻ってきた鷲塚がその様子を見ていてあらぬ誤解を持った。そしてそれを解消するのにさらに時間がかかった。

 結局、マチェットを研いで三人がその場を離れたのは、鷲塚が砥石を取りに行ってから三十分以上経ってからだった。


本日は会話回二話連続投稿です。

この話はその二話目となっております。

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