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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
2.避難拠点での生活と冒険者
59/265

2-44.

 国之穏姫命の言葉に驚く彰弘達だったが、それは彼女の言い忘れによるものであった。

 そんなこんながあったものの、最終的には国之穏姫命を連れて行く算段がつき、彰弘達の異様に濃い数日間は終わろうとしていたのだった。



 十月も半ば。晴天の下で吹く風は涼しさよりも段々と冷たさを運ぶようになってきた。

 そんな気候の昼下がり、避難拠点にある総合管理庁庁舎の敷地の隅で、黒髪と赤髪の男二人が荷車を挟んで会話をしていた。

「マジか……」

 煙草を口にしたままの黒髪の男が驚いたような顔で声を出した。

「その歳で『マジか』とか言うなよ。嘘は言ってないぞ。俺も一通り読んだんだが、あんたらにも配られた融合前の地球とは違うことの説明が書かれた冊子にも載ってる」

「彰弘は勉強不足なのじゃ」

 驚く黒髪の男に紫煙を吐き出した赤髪の男が呆れたように言葉を返した。赤髪の後に続いた言葉は荷車の上から聞こえていた。

 黒髪の男は彰弘で、赤髪の男はセイルである。なお、荷車の上から聞こえた声は国之穏姫命のものであった。


 位牌の回収を終えた一行は昼を少し回った時間帯に避難拠点へと帰還した。それから、門を通り抜けた先にある空き地で一休みした後、それぞれの目的のため別行動を取ることにしたのである。

 彰弘とセイル、そしてレンは荷車の上の国之穏姫命のことなどもあり総管庁庁舎へと来ていた。レンの姿が見えないのは今回の事態を説明することに必要な然るべき人物を呼ぶために庁舎へと入っているからだ。なお、彰弘とセイルが庁舎の外にいる訳は、国之穏姫命が乗った荷車を中へ入れることができないためだ。物理的には建物の中に入ることは可能だが、職員の目や庁舎内にいる一般人の目、それらの人から何事かと問われたときの説明等々、面倒になることが容易に予想できたため外で待っていることにしたのだ。

 残りの面々の目的はそれぞれ次のようなものだ。

 まず、少女達四人はそれぞれの知り合いに無事に帰ったことを伝えると共に、鷲塚 影虎へと国之穏姫命の説明するために仮設住宅の建つ区画へと向かった。

 次に竜の翼パーティーの魔法使いライは、位牌の回収は終わったことを示す総管庁職員レンの署名入り書類を冒険者ギルドへと届けに行っている。なお、位牌回収自体は終わったが位牌を然るべき場所へ取り出す作業は残っているため、今回の冒険者ギルドへの報告は途中経過を伝えるためのものである。依頼の完遂はセイルが所持するマジックリュックから、全ての位牌を然るべき場所へと取り出し置いた時点で完了となる。

 最後にライと同じく竜の翼パーティーのメアルリア教司祭位にあるミリアと槍使いのディアだが、二人は避難拠点の南一キロメートル先にあるグラスウェルへと向かっていた。目的はグラスウェルにあるメアルリア神殿へと出向き、国之穏姫命に関することを説明報告するためだ。彰弘から出た破壊の顕現とミリアが使った『神絶障壁』は、気配を感じたならば神殿の人達が何らかの行動を起こす可能性が高い事象だったからである。もっとも、それについては杞憂に終わりそうであった。グラスウェルの神殿へ向かう途中で、ミリア自身と同じメアルリアの高位司祭(ハイプリースト)であるサティリアーヌ・シルヴェニア――彰弘が療養していた治療院の雇われ院長――を訪ねた際に、短時間で事象が収まったため様子見となったことを伝えられたからだ。とは言え、国之穏姫命についてを伝える必要があることには変わりはない。サティリアーヌと別れたミリアとディアは当初の予定通りにグラスウェルの神殿へ向かったのである。


 ともあれ、このような理由により今この場には彰弘とセイルの二人と国之穏姫命の一柱しかいなかった。

 そんな彼らはレンが戻るまで雑談をしていたのだが、あることについて話が移ったときに知った現実に彰弘が驚きを表したのが冒頭である。

 そのあることとは、位牌回収依頼の途中で遭遇したヒュムクライム人権団体から逃げ出してきた女達のことについてであった。

 彰弘は強姦された女達のことを心配していた。精神的には勿論であるが、もし妊娠でもしようものなら、さらに女達の負担となるだろうと考えたからだ。

 しかし、その彰弘の心配の一部は融合したこの世界では不要なものであった。強姦による精神的な負担、それに伴う身体の傷などは元の地球の世界と変わるものではなかったが、妊娠についてだけは大きく違っていた。

 今のこの世界においての妊娠は、その行為を行う人種(ひとしゅ)同士がそのことを望まない限りありえないのである。融合したこの世界はリルヴァーナの在った世界を基準として成り立っている。そして、リルヴァーナ側の世界では愛し合う云々は別として互いが求め望むと男女の身体が子を成す状態へと変化するのだ。男であれば精子を作り始め、女であれば排卵準備が整えられ子宮などもそれに適した状態へと変化するだ。これらの理由から彰弘が心配した妊娠についてだけは、不要な心配であると言えた。

 なお、このような男女の身体の変化があるために、融合前の地球世界で女にあった生理と言う現象は融合後の世界では存在しない。

 ちなみに、性行為自体は子を成す行為とは関係なく行える。無論、その際は種なしである。

「まさか、知らなかったのは俺だけなのか?」

 防壁の外での自分以外の様子を思い返していた彰弘はそんな言葉を口にした。

「恐らくな。聞いた訳じゃないから確実とは言えないが、あの子達の反応を見る限りは知っていたと思うぞ」

「おおぅ……」

「とりあえず、渡された冊子をちゃんと読んどけ。ついでだから、一つ耳寄りな情報を教えてやる」

 幾分、面白がるような笑みを浮かべるセイルへと彰弘は訝しげな目を向けた。

「ライズサンク皇国、ついでにノシェルとサシールの両公国もだが一夫多妻制だ。ついでにその逆も可だ。もっとも一人の女性が複数の男性と婚姻を結ぶことは滅多にないがな」

 セイルの話を聞いた彰弘は額を手で覆い天を仰いだ。

 融合前も融合後も結婚なぞ考えてもいなかった彰弘は、今の今までそれに関して気にしてもいなかった。しかし、セイルの言葉で今はこの場にいない少女達のあれやこれやの言動を思い出していた。

「ま、まあ、将来は分からないしな、うん」

「そうやって放置して外堀を埋められていくのじゃな」

「おい」

「まあ、いいんじゃないか? 少々過激だが、いい子達だしな」

人事(ひとごと)だと思いやがって」

 笑いながら話すセイルと国之穏姫命に彰弘は恨み言を口にした。

 しかし、彰弘の顔には多少の苦笑が浮かんではいるが嫌悪感はない。セイルが言う「いい子達」には同意できるし、何より自分自身が好ましく思っているのも事実だからだ。ただし、だからと言って結婚となると話は別、彰弘と少女達では文字通り親子ほどの年齢差がある。故にか、今の彰弘にとって少女達は保護すべき対象の面が強いのであった。

 ただ、彰弘自身が言葉にしたように将来どうなるかは、現時点では誰も分からない。人の心は神であっても分かるものではないのである。









 彰弘とセイルが煙草を吸いつつ、国之穏姫命も交えて雑談すること数十分。ようやくレンが人を連れて外へと出てきた。彼と一緒に外へと出てきたのは、この避難拠点で総管庁の支部長を務めるケイゴとその補佐のレイルだ。

 一瞬、大物が出てきたと考えた彰弘だったが、すぐに納得する。事が事だけに、中途半端な地位の者が来たとしても意味がないことに思い至ったのである。

「待たせてすまない。処理することが多くてね」

 そう言うケイゴの顔は少々疲れた表情をしていた。

 世界が融合してから、まだ一月足らず。避難拠点全体を管理する立場のケイゴは未だ調整の嵐と格闘中なのである。

 一方、ケイゴを補佐する立場のレイルも彼ほどではないが疲れが表情にあった。しかし、それよりもきょろきょろと辺りを見回す行動が目に付いた。

「何してるんだ?」

 レイルのその挙動に訝しげな顔をしたセイルが声をかける。

「ああ、今日はあのお嬢さん達はいないんだなと思ってね」

 辺りを見回すのを止め彰弘とセイルに向き直ったレイルは、どこか警戒した様子なままでそう言葉を返した。

「六花達は無事に帰って来たことを知り合いに伝えに行ってるよ」

 笑いながら彰弘が出した言葉にレイルはほっとしたように息をついた。

「警戒しすぎだろう」

「いやいやケイゴ。君はあのお嬢さん達がどれだけ強くなっているか知らないから、そう言えるんだよ。今のあの子達に攻撃されたら、私は秒殺どころか瞬殺だよ。警戒するのは当たり前じゃないか」

「そもそもだ。何で攻撃されることが確定のようになってる? そんな子達じゃなかっただろう?」

「分かってはいるんけどね。最初と次に会ったときのインパクトがどうにも強くて……。どうしても警戒してしまうんだよ」

 最初とは彰弘達が初めて総管庁庁舎を訪れたときのことで、次というのは彰弘達が職業斡旋所を訪れたときのことだ。レイルはその両方で少女達から攻撃的な冷たい眼差しを向けられていたのである。彼にはほとんど非のないことであったが、少女達の想いに合致しなかった行動を取ってしまったからこその悲劇と言える。

「まあ、これから徐々に改善してくことにするよ。レン君からの報告で対処法も分かったことだし」

 前半を普通に、後半は誰にも聞こえないほどに小さい声でレイルは言葉を出した。

 その様子を見た、その場にいた面々の反応は三者三様である。ケイゴは肩を竦め、セイルとレンは何とも言えない表情を浮かべた。彰弘は苦笑気味だ。

 少しの間、その場に沈黙が流れたが、ケイゴの「さて」の一言で沈黙終わりを向かえた。

「いきなり話が脱線したが、そろそろ話を進めようか」

 ケイゴは沈黙を終わらせる声に続いてそう言葉を出した。そして、皆が頷くのを確認してから、再び口を開く。

「レンは、セイル殿に依頼の最終段階について再度の説明を。セイル殿はレンに付いて行ってください」

 ケイゴからの言葉を受けたレンは「分かりました」と頷き、セイルは「了解」とだけ口にした。

 セイルとレンの二人はお互いに顔を見合わせると、その場から立ち去った。二人は位牌を取り出し保管する建物がある場所へ向かったのである。









 歩いて行くセイルとレンの背中を見送ったケイゴが声を出した。

「何から話すべきかな? そうだな、まずは魔石について話をしておこう。レイル、頼む」

 ケイゴから話を振られたレイルは「ああ」と頷くと持ってきていた資料に目を落としてから話し出した。

「まず、車の燃料タンクに魔石が入っているということは確認ができた。そのため、今は冒険者ギルドへ依頼を出す最終調整中だ。依頼は明日にでも出されるだろう」

 ここで彰弘は疑問を顔に出した。わざわざ依頼を出さずとも兵士を使って回収すればいいのではないかと思ったからだ。

「何を考えているかは分かるよ。兵士を使えばいいんじゃないか? だろ。いろいろと余裕があれば、その手も使えるんだがね。元自衛隊で現兵士の数は多くない。勿論、避難者の中には早々に兵士へと職を決めた人達もいるが、極一部を除いて実際に兵士として活動できるレベルには到達していない。加えて言うならば、そろそろ冒険者達にも得をしてもらった方が良さそうなんだ」

 兵士については納得できた彰弘だったが、冒険者についてはいまひとつ理解できないでいた。

「今、この避難拠点に来ている冒険者は元々グラスウェルで活動していたランクD以上であり、その中でも品行方正な人達ばかりだ。しかし、一月とは言え様々な制限の中で活動してもらっている。そうなると、当然不満も溜まってくる。だから、その不満解消のためにも指名で依頼を出すんだ。冒険者には取得した魔石の二割を渡す依頼にするし、仮に回収ゼロでも依頼料はある程度渡すことにしてあるから、どう転んでも依頼を受ける冒険者にとってマイナスにはならないさ」

 彰弘は「なるほど」と頷いた。自分達が位牌回収をした区画は自動車の数が極端に多いわけでも少ないわけでもない。他の区画も同じような住宅が並ぶ場所であることを考えると、全く魔石が取れないという可能性は低い。

「運が絡んでくるが、確かにそれなら……」

「何か言いたそうだね?」

「ああ、いや……。そうだな、もし冒険者が勝手に回収に走ったらどうするのかと思ってな」

 それは依頼主である総管庁の職員を無視して勝手に魔石を回収し始めることだ。話している途中で彰弘はそのことに思い当たったのである。全てが全て竜の翼のようなパーティーではないだろうと考えての言葉であった。

「それはまずないかな。さっきも言ったけど、こちらにいる冒険者は基本まともだ。それに、あなたも知っているはずだけど、意味もなく依頼主を裏切ることは厳罰の対象になる。それに世界が融合して間もない今の状況で意味なく依頼を無視するような行為に出たら、間違いなく討伐対象入りだ。ま、今の状況でこの避難拠点にいる冒険者に関しては、そこは心配する必要はない」

 自分が返した答えに彰弘が再度「なるほど」と呟くのを確認したレイルは一度手元の資料へ視線を落とし、また口を開いた。

「後はあなた達が回収した魔石についてだな。魔石はうちが依頼を出した後だったら、いつ売っても構わない。売る場所はギルドだろうがどこぞの商店だろうが、それも自由だ。ただ……そうだね、ギルドに売る場合は一度うちの庁舎に顔を出してくれれば、冒険者ギルドのゲイン殿に一筆書くよ。いきなりギルドで高額の買取をしてもらうとなると、同じ避難者から冒険者になった人達から要らぬ誤解を受けないとも限らないしね」

 明日以降で出される予定の魔石回収依頼は総管庁の職員を同行させる必要がある。その関係上、避難者から冒険者になった人達はランクの関係で依頼の指名から外されているのである。

「それは助かる。そのときはお願いする」

 彰弘はレイルの言葉に素直に感謝した。そして、心の中で少女達にこの気遣いを伝えようと考えた。少しでもこの支部長補佐の印象を良くしようと思ったのである。レイルのことが何となく不憫だと感じたからであった。

 彰弘がそんなことを考えていると、レイルが「そうだ」と何かを思い出したように声を出した。

「肝心なことを忘れていた。魔石の情報についての報酬は総管庁が取得した魔石を換金計算した五パーセントほどとさせてもらいたいのだが……どうだろう?」

「報酬……ね。それで構わない」

 情報を売るつもりでレンの交渉を受けたわけではない彰弘は少しだけ考えた後、レイルへとそう言葉を返した。貰えるなら貰っておいた方が後腐れないと思ったのだ。

「そうか、助かる。正直、少なめかと思ってたんだ。本当に助かるよ」

「そこまで正直に言わなくてもいいのにな」

 苦笑した彰弘はそう言うと肩を竦めた。

 この報酬だが平時であればそれほど少ないとは言えない。ただ、もし彰弘が今回の位牌回収の最中に――レンがいるところで――自分の仮定を確認していなければ総管庁に情報が入ってくるのは随分と遅くなっていたはずだ。そして、その遅くなった分だけ他の人が総管庁より先に魔石のありかに気付く可能性が高かった。そうなると、今後多量に必要となる予想の魔石を総管庁は市場に出回った後で買うことになり、限られた予算に大打撃を与えることになる。無論、最低限の魔石の用意はされていたが、魔石は多ければ多いほどよいのだ。今回、レン経由でもたらされた魔石の情報はそういう意味で非常に価値の高いものであった。それ故、情報の有用性から、レイルは「少なめ」と彰弘へ支払う報酬を言ったのである。

 ちなみに、魔石は今後本格的に行われることになる街道の整備や防壁の拡張などで多量に使われる予定であった。

「こういうのは、後々響く可能性が高いんだ。だから、時と場合はあるが基本は正直に言うのさ。ともかく、報酬についての事前の書類は明日にでもこちらから届ける」

「分かった」

 レイルが手に持った書類を閉じるのを見ながら、彰弘は一言そう返したのであった。


 彰弘とレイルの会話が終わったことを確認したケイゴが口を開いた。

「さて、本題の本題に入ろう」

「待ってたのじゃー!」

 ケイゴの口が閉じるや否や荷車からの声が響いた。

 今まで黙っていた国之穏姫命が自分の出番とばかりに声を張り上げたのだ。

「うおっ!? 一見、声が聞こえないところから聞こえてくる声っていうのは、心臓に悪いな」

 いきなりの大声にレイルはビクッとすると、素直な感想を口にした。

「すまんのじゃ。わらわは国之穏姫命くにのおだひめのみこと、穏姫様と呼んでもよいぞ」

「お初お目にかかります。私はライズサンク皇国総合管理庁ガイエル領グラスウェル避難拠点支部支部長のケイゴ・サカガキと申します」

「同、支部長補佐のレイル・シュートと申します」

 砕けた口調の国之穏姫命にケイゴとレイルは丁寧に言葉を返し、頭を下げた。

 荷車に向かって頭を下げる大人二人は何とも奇妙であるが、当の本人達は至って真面目だ。真偽の程は定かではなかったが、神の一柱と聞かされていては、この態度も仕方なかったのである。

「……アキヒロ。長いのじゃ」

 国之穏姫命のその言葉に頭を下げたままのケイゴとレイルの身体がピクリと震えた。

「まったく、肩書きと名前だけの自己紹介くらいで長いとか言うな。ケイゴ支部長とレイル補佐だ」

 ため息をついた彰弘はミニチュアサイズで自分を見上げる国之穏姫命へとジト目を向けた。

「善処するのじゃ。それはそうと頭を上げて、さっさと話をするのじゃ」

 国之穏姫命の言葉に従い姿勢を戻したケイゴとレイルはお互い視線を交わしてから、改めて荷車へと向き直った。

「尊大だな」

「神じゃからな」

「……そうか」

 一瞬、態度について詰問してやろうかと思った彰弘だったが、精神世界で会ったアンヌの「普段は威厳やら何やら云々」の言葉を思い出し言葉を飲み込んだ。

 ただ、国之穏姫命のこれはそれとは別のような気がするとも思う。そう言えばこの一柱は小学校の教頭であった影虎に会いたいと言っていた。あの人が了承するなら国之穏姫命の教育をしてもらったらどうか、そんなことを彰弘は考えた。

「ええっと、穏姫様のご要望はどういったものでしょうか? 可能な限り善処したくありますが……」

 どう対応すべきか分からない、そんな感じが溢れる雰囲気と言葉でケイゴが国之穏姫命へと話かけた。

 レイルは黙っている。国之穏姫命への対応はケイゴに任せたようである。

「カゲトラに会わせるのじゃ。間違いなくカゲトラはわらわを祀るこの社の主に相応しいのじゃ。ついでに、ここらでこの圧縮と開放したいのじゃ」

「影虎さんに会いたいってのと人のいるところってのは聞いていたが、社の主は初耳だぞ?」

「近くに来て確信したのじゃ!」

「ほう」

「あ、あ、勿論、カゲトラの意思は尊重するのじゃ。でも、できれば、その、一緒にいたいと思うのじゃ。アキヒロ、頼むのじゃ〜」

「悪い悪い。別に責めてるわけじゃない。影虎さんには六花達が話に行ってるから少し時間がかかるが会わせてやる。多少の口添えもするさ」

「感謝するのじゃ」

 いまいち事態を飲み込めない総管庁の二人を余所に彰弘と国之穏姫命は会話を行う。そして、その会話を一段落させたところで、彰弘は呆然と会話を聞いていたケイゴとレイルの二人へ説明を始めた。

「穏姫が言ったことは二つだが、二人にお願いしたいのはその内の一つなんだ。簡単に言えば神社が建っていた丘ごと展開できる場所を紹介して欲しいってことなんだ。レンさんから話は聞いていると思うが、今この荷車に乗っているのは、元々は国之常立神(くにのとこたちのかみ)を祀る央常(ひさしつね)神社とその周辺の丘だった土地なんだ。で、今は移動するために穏姫の力で小さく圧縮している。ただ、これは無制限に持続できるものではないらしく、できる限り早く元の状態に戻す必要があるらしい。そのために展開する土地が欲しいってわけだ」

 彰弘は一度言葉を区切りケイゴとレイルが理解したかを確かめてから、続きを口にする。

「で、ついでだから二つ目も説明すると、俺が避難していた小学校の教頭だった鷲塚 影虎に穏姫は会いたがっているってことだ。理由はわからないが、穏姫にとって相性の良い人物ってことだ。まあ、これはこちらで何とかする」

 二つ目を言い切り口を閉じた彰弘は総管庁の二人の反応を待った。

 国之穏姫命は空気を読んでか黙ったままである。

 暫くしてからケイゴが口を開いた。

「土地ですか……。レイル、ちょっと地図を取ってきてくれ。この避難拠点と防壁北側の地図だ」

「分かった」

 レイルに地図を取りに行かせたケイゴは、その後も何かを考え込み独り言のように口を動かしていた。

「カゲトラ……そうはいない名前だが、どこかで見たような? そうか、学習所での勤務を希望していた人の名か。人柄も問題ないとのことで仮採用してたはずだ……」

「おお! つまり、ここに残るわけじゃな! ますます可能性が出てきたのじゃ!」

 ケイゴの独り言はいつの間にか普通の音量になったいた。そのせいもあり、その内容に国之穏姫命は反応したのだ。

「こらっ、いきなり大きな声を出すな」

「すまんのじゃ〜」

 注意する彰弘に謝る国之穏姫命。その様子をケイゴは目を見開いて見ていた。

「先ほどから気になっていたのですが、アキヒロさんと穏姫様はどういうご関係なのですか?」

 ケイゴが、神の一柱である――と思われる――国之穏姫命と対等以上に言葉を交わす彰弘に疑問を持つのは当然であった。

「ん? 彰弘は名付け親の一人じゃな。先ほどまでここにいたセイルとレンも同じじゃ。わらわが神と成ったのもそのお陰じゃ」

「まあ、そうだな」

 ケイゴの疑問に国之穏姫命が答え、彰弘もそれに同意した。

 内心、国之穏姫命が余計なことを口走らないかハラハラした彰弘だったが、一番無難な回答で胸を撫で下ろす。

 もっとも、名付け親という時点で普通ではありえないことなのだが、彰弘自身の身にかかっていることに比べたら無難と言えるのである。神の魂を喰ったとか言われたら、どうなるか分かったものではないのだ。

 そんなやり取りをしていると、レイルが地図を持って戻ってきた。

「ん? どうしたケイゴ? 地図、持ってきたぞ」

「いや、何でもない。ありがとう」

 いまいち納得がいかなかったケイゴだが、気持ちを切り替えてレイルが持ってきた地図の防壁の北側を描いた方を広げた。

央常(ひさしつね)神社は……あった、ここか。広さは丘含めてだと……結構あるな」

「そうだな。縦横が五十メートルくらいあればなんとかか?」

「そう見えるが……穏姫様がどの程度までの範囲を圧縮したかが分からないから、もう少し広く見積もったほうがいいかもしれないな」

 地図に集中する二人を見てから彰弘は国之穏姫命へと声をかけた。

「で、どうなんだ?」

「鳥居がある一辺を横にすると、そちらが四十六メートル。縦が五十二メートルじゃな」

「うん、分かってるなら先に言おうな」

「むう、難しいのじゃ」

 彰弘と国之穏姫命の声が聞こえた総管庁の二人は顔を見合わせた。そして、一度彰弘を見てから今度は避難拠点の地図を広げそちらに集中し始めた。

「くっくっくっ。アキヒロ、あの顔は『お前も最初に聞けよ』という顔じゃったぞ」

「ぐっ。すまない」

 責める口実ができて笑みを浮かべる国之穏姫命。

 正論故に反論できない彰弘は言葉に詰まった後、ケイゴとレイルの二人へと謝罪の声を発した。

 そんな彰弘に当の二人は「気にしないでください」と言葉を返してから再び避難拠点の地図に集中する。そして、ややあってから顔を上げた。

「穏姫様の丘の規模を考えると、学習所の建設予定地とそこに隣接させる公園の間に展開してもらうのが最も無難だと思います。そして、その場所は全部で三ヵ所あるのですが……」

 レイルに持たせた避難拠点の地図を指し示しながら説明を行うが途中で言葉を濁す。

「何か問題があるのか?」

「ええ、学習所や公園などは基本領主の土地となります。ただ単に丘を作るだけなら、そういう公園で通るのですが、今回の場合はその丘に社があるわけです。さらに言うと、それは神の社なわけで、そうすると神域認定して国の物でも領の物でもない、所謂治外法権的な扱いにしなければならないのです」

 彰弘の疑問にケイゴが答える。

 そして、ケイゴが口を閉じると、今度はレイルが口を開いた。

「ケイゴの話にさらに加えると、神域認定には神の奇跡を扱える教主やら何やらが必要だ。これに関しては穏姫様が加護を授ければ解決できるからどうとでもなると思う。あと言えるのは諸々の条件が揃っていたとしても最低限何かをやる前に一度領主へと簡単な報告書でいいから挙げといた方が後々の面倒がないくらいか。まあ、これは教主本人が行く必要はないから、私達職員の誰かが代理で行うことで解決できる。こんなとこかな」

 二人の説明を聞いた彰弘は腕を組み何やら考え込む。そして、暫くしてから口を開いた。

「面倒だな……。ところで土地代とか、その辺はどうなんだ?」

 その問いの答えたのはケイゴだ。

「法律的には土地の使用料は取らないしその後の税も払う必要はない。ただ、最初だけは領への寄付として相場分の使用料を支払うのが通例となっている。流石に神域認定した後でそこから税を取ることは不敬とされているし法律でも禁止されているから、仮に教団側が寄付しようとしても領主は受け取らない。受け取った時点で、いろいろと終わる。昔の記録だが受け取った貴族が一族郎党、鉱山奴隷となったことがあったそうだ」

 彰弘は再び考え込んだ。

 国之穏姫命は影虎に教主となってもらいたいだろうが、最悪は名付けをした内の誰かがなることで解決できるだろう。問題は土地の使用料だが……。

「その土地の使用料だが、いくらぐらいになるんだ?」

「そうだな……領民へ売り出される土地と単位面積の値段は変わらないから、五百万ゴルド前後といったところか」

「なるほど、それなら何とかなるか……。ちなみに領主への報告は最速でいつ完了する?」

「避難拠点のことは私に一任されているから、あくまで報告書を挙げるだけでいい。これも現段階では直接領主に届ける必要はない。だから、トラブルさえなければ、遅くとも明日の昼前には完了する」

 その後も幾つかの質問を彰弘がして、それにケイゴとレイルが答えていく。

 そうして、最後の質問の答えを得た彰弘は不安そうにしていた国之穏姫命へと笑みを向けると総管庁の二人へと言い切った。

「乗りかかった船だし、自分の裁量でなんとかなりそうだ。領主への報告を頼む。ああ、そうだ。報告書を届ける代理はレンさんに。適任だと思うぞ」

 何故に彰弘がここまでするのかケイゴとレイルの二人には分からなかった。しかし、これと言って断る理由は見つけられない。それならばやることは一つだけだった。

「良く分からないけど分かった。ただ、一つだけ聞かせてもらっていいかな? 何故、レン君を指名した?」

「ん? 言ってなかったか。名付けの一人である彼もすでに国之穏姫命の名の加護持ちだ。まあ、教主になってもらおうって訳じゃないさ」

 レイルは自分の疑問に対する彰弘の答えに驚きを表した。隣で何やら考えていたケイゴも思考を中断して驚きの表情をしている。

 そして、レイルとケイゴの二人は同時にあることに気が付いた。レンが自分達を呼びに来たとき、首から下げている身分証を妙に気にしていたことをだ。今にして思えば、あれは自分が称号持ちになったことを隠していたのではないかと思える。

 通常、称号と言うものは極一部の者だけが得ることができる。さらに言うと、神の名を持つ称号は各教団の最上位クラスか、特別神に気に入られた者しか持てないとされている。言ってみれば希少性の高い称号である。決して普通の職員が得られるものではないのだ。

「なるほど、レン君の態度の意味も分かった。代理にはレン君を指定しよう。ただ、向こうに詳しくないレン君だけだと不安が残るから私も案内で付き添うとするか。ケイゴ、いいだろ?」

「ああ、分かった。もう少し考えてもいいのではないかとは思うが……特に問題がある訳でもない。レイル、レンが戻ったら事情を説明して領主の館へ行ってくれ。必要な書類は私の方で用意しておく」

「了解。その他の準備はこちらでしておく」

 ケイゴとレイルはそこまでやり取りしてから、荷車の国之穏姫命へと向き直った。

「では、穏姫様。申し訳ありませんが、明日まではそのままでお願いします」

「流石にその位置では目立つでしょうから、総管庁の終業時間になったら庁舎へとお入りいだたきたく考えます。よろしいですか?」

「うむ、良いぞ。でも一人は嫌じゃぞ?」

「それはもう、アキヒロが一緒に泊まってくれますとも。そして、アキヒロが泊まるとなれば、間違いなく六花、紫苑の二人のお嬢さんは一緒に泊まるはずです」

「おい、ちょ「分かったのじゃ。それじゃ、それまでここで待ってるのじゃ」」

「はい。では、ここで失礼します」

「だから、ちょ「またなのじゃ〜」」

 途中で彰弘が口を挟もうとするも、その全ては国之穏姫命の声で打ち消された。

 彰弘は元気良く手を振るミニチュア国之穏姫命を半眼で睨む。

「そう睨まないで欲しいのじゃ……」

 ケイゴとレイルのいなくなったその場所で泣きそうな顔で自分を見上げる国之穏姫命を見て、彰弘は仕方ないかとため息をついた。

 それにしても、と彰弘は考える。何故に俺はここまでしているのかと。国之穏姫命の容姿が関係しているのかもと考えるがそうではないような気もする。ならば何故? ふと、六花や紫苑、瑞穂に香澄の顔が頭に浮かんだ。もしかしたら、何かをやり遂げたい、またはそれに近い意志に俺は弱いのかもしれない。

 彰弘はそんなことを考えながら「分かったよ」と国之穏姫命へと笑みを向けてから、取り出した煙草に火をつけた。


お読みいただき、ありがとうございます。



今回はいつもより少々長めです。



二〇一五年 八月八日 二十二時二十八分 修正

誤字修正


二〇一五年 八月十日 〇時三十分 修正

総管庁から彰弘へ支払う魔石の情報料について追記(中盤あたり)



二〇一五年八月十五日 修正

 ・『情報料』を『情報の報酬』という表現に変更

 ・『領主への伺い』を『領主への報告』へと変更


二〇一五年十二月二十七日 二十時十九分 修正

 誤)ガイエル伯爵領

 正)ガイエル領



二〇一六年 二月六日 二十時五十分 修正

誤字修正


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