2-41.
前話あらすじ
魂を完全に自分のものとした彰弘はアンヌの淹れたコーヒーを絶賛する。
その後、その絶品なコーヒーを飲みながら、自分に起こっていたことの説明をアンヌから聞くのであった。
二本ある黒色の足の一つには六花の攻撃が触り、もう片方の足には紫苑の攻撃が触った。その攻撃は効果的だったようで、攻撃された足を持つ者は耐え難い感覚に声を押し殺して身悶えていた。
一方、黒色の足の持ち主から一メートルほど離れた場所では、白色の足を持つ者へと瑞穂と香澄が攻撃を加えていた。こちらは六花と紫苑の攻めより苛烈で、対象となっている白色の足を持つ者は声を押し殺すこともできずに激しく身悶えていた。絶え間なく繰り返される攻撃は、最大限の効果を相手に与えるために、その間隔を見計らい最も適した瞬間に繰り出されていた。まさに絶妙としか言いようがなかった。
◇
精神世界から肉体に戻った彰弘は目を開け、そして即閉じた。
ミリアが黒色のストッキングに包まれた足を鞘に入れたままの小剣で突かれ、頬を紅潮させ身悶えていた。横座りの状態からさらに身体を傾け、その身体を両腕で支えて耐える姿は妙に艶かしい。
国之穏姫命もミリアと同じように、いやそれ以上に身悶えていた。こちらは身体を支えることすらできず、うつ伏せといった状態で白い足袋を履いた足を執拗に突かれ声を上げていた。ぷるぷる振るえるその姿は可哀想でもあるが、どこか可愛らしさも醸し出していた。
一瞬しか見ていない彰弘であったが、ミリアと国之穏姫命を攻めていたのが四人の少女だということは分かった。加えて、残りの大人が止めもせずに微妙な表情で見守っているのも見て取れた。故に彰弘は暫く様子を見よう――見て見ぬ振りとも言う――と目を閉じたままでいることにした。触らぬ神に祟りなし、至言である。
彰弘は耳に届くミリアの妙に艶のある押し殺した声と国之穏姫命の涙声を気にしないようにしながら、精神世界で得た知識を整理しながら時間を潰すことにした。
聞こえてくるものを耳栓もしない状態で意図的に聞こえないようにすることは少々難度が高いものであったが、彰弘が新たに得た知識は幸いにもそれを成すための基準を十分満たしていた。それほどに、その知識は彼にとって重要だったのである。
そんなこんなで知識の整理を始めた彰弘だったが、僅か数十秒で外の音が気にならなくなっていた。流石に異常だと感じて目を開けようとした直後、記憶に新しい声が頭に届いた。
「記憶の整理中にごめんねー。ちょっと言い忘れてたことがあったの」
声の主は先ほどまで対面していた、平穏と安らぎを司る破壊神であるアンヌであった。
「アンヌ? そう簡単に話はできないんじゃなかったか?」
彰弘は精神世界で詰め込んだ知識から、神が人種などの現界に住む生物に言葉を伝える神託はいつでもできるものではないと学んでいたため、そう問いを返した。
「これは特別。さっきの続き扱いよ。ちゃんと、最上位の神の了承も得てるしね。それより敬称なしで呼んでくれて嬉しいわ。頑張って頼んだ甲斐があったわね。まあ、私以外は……相手を見て、ね?」
「あそこまで頼まれたら無下にはできんだろ。後、アンヌ以外の相手に対しては言われるまでもない。で、忘れてたと言うのは?」
本当によく分からん女神だ、彰弘はそう思う。名前の呼び方にしても態度にしても、元が人種であったからというだけでは説明できない。何かもっと別の理由がある、そう感じられた。
「あはは、理由は二年後以降に教えるわ。で、本題なんだけど、言い忘れが三つに補足説明が一つね」
アンヌはそう言うと彰弘が聞く体勢になるのを待った。そして、彼が聞くことに了承の意思を示すと話し出した。
「世界が融合した直後、特定の記憶が一時的に浮かんでこなかったりしたでしょ? あれなんだけど、私の魂とあなたの魂がくっ付き、その際に魂の欠片が交換されたことが原因だったの。ごめんね」
記憶が一時的に浮かんでこなかったというのは、世界の融合直後に六花に言われるまで彰弘が世界の融合についてのあれこれを忘れていたことだ。
ちなみに、彰弘とアンヌ、両者の間で交換された魂は全体の数十万分の一程度である。
「記憶については、もういいさ。実害があったわけじゃないしな」
あっさりと言う彰弘に、一つ感謝を述べてからアンヌは次のことを話し出した。
「次は、何故人を殺せたのか殺しても平気なのか、ね。ぶっちゃけるけど、元々あなたはそうだったのよ」
あまりの言葉に彰弘は絶句する。
「何故そう言い切れるのかは、またで申し訳ないんだけど二年後を待ってもらわないと教えることはできないわ。ただ、殺すこと殺した後について勘違いしないでもらいたいのは、それはあくまであなたが敵と認識した相手に対してだけ。それ以外の人に対しては普通とは言えないけど、一般的な元日本人とそれほど変わらないわ……たぶん」
彰弘は続けられたアンヌの言葉に安堵し疑問を感じ、疑念を抱く。それでも出てきた言葉は一般的な価値観からいったら軽いと受け取れるものであった。
軽い言葉となった理由は、相変わらず訳は定かではないが、アンヌが嘘を言っているとはとても思えなかったことが一つ。加えて自分でも薄々そうなのではないかと感じていたからであった。
「最後の『たぶん』で台無しだな、おい」
「仕方ないじゃない。神と言っても人のことを全て知ることはできないんだから」
幾分、拗ねたような声になるアンヌに苦笑しつつ彰弘は言葉を返した。
「分かった分かった。わざわざ教えてくれて感謝する。ところで残りは?」
「返ってくる言葉が予想できるとはいえ、何か腹立つ。まあ、いいわ。最後の言い忘れは、あの女の子達についてなんだけど……」
「それは六花達が人を殺しても大丈夫だった理由か?」
アンヌの言葉を遮り彰弘は声を出した。
「なるほど、それは国之穏姫命に聞くってことね。元々それが目的であの場所へ行ったんだし……これはあの子が話すのが筋ってもんよね。私が言おうとしたことと、あの子が教えようとしてたことはイコールだから私としては問題ないし。……うん、じゃあ、後は補足説明ね」
彰弘の考えを先読みした頭に流れるアンヌの声に「折角教えてくれると言うのに悪いな」と彰弘は謝りを入れた。
「いいのよ。で、補足説明なんだけど、正直これは知ってても知らなくてもいいことだから雑学程度の扱いで軽く聞いてて」
「分かった。だが、雑学は大好きだ」
「そうよね〜」
補足説明の内容を雑学と言うアンヌの言葉に、大好きと返す彰弘。それに対して分かっていると返した女神は補足となる説明を始めた。
「まず何についての補足なのかだけど、これは国之穏姫命の魔力により、あなたの魂にくっ付いた私の魂の欠片がその在りかたを思い出した件についてよ」
この件は精神世界で理由を聞いたときに、彰弘が疑問に思っていたことであった。
アンヌの加護を受けている状態とは、すなわちそれはアンヌの魔力を受けていることと同義であるからだ。ならば何故、その状態で魂の欠片が神としての在りかたを思い出さなかったのか? それを彰弘は疑問に思っていたのである。
なお、そこまで疑問に思い考えていながら、彰弘が何故精神世界で確認をしなかったかというと、アンヌの記憶から知識を得るのに夢中となっていたからだ。その結果、肉体へ戻る際にはすっかりその疑問は頭の奥底へと追いやられ質問として出てこなくなっていたのである。
「加護については私の記憶から読み取ってるから省くわね。じゃあ、簡単に説明するわ。何故、加護を受けている状態で問題がなかったかと言うと『融合直後から加護を受けている状態があなたにとって普通の状態となっていたから』、これが理由。追加で刺激を受けたわけじゃないから私の魂の欠片は静かにしてたってこと。ちなみに、もし私があなたへ神託でもしてたら、欠片はその時点でその在りかたを思い出していたはず。神託をするにはほんの僅かだけど魔力を送る必要があるからね」
そう言えば神託の仕組みはそうだった、と彰弘は詰め込んだ知識からそのことを引っ張り出した。
頷く動きをする彰弘の心にアンヌは呆れたような反応をした。
「詰め込みすぎなのよ、まったく」
「問題はないさ。今、俺にとって一番重要な戦闘に関してはバッチリ覚えてる。ついでに、今の話で神託と加護について記憶に定着させることができた」
「ま、それならいいわ。さてとそろそろいいタイミングだし、ここらでお暇するわね。痴態現場も収まったようだから、そろそろ目を開けてあげなさい。待ってるわよ、あの子達」
一瞬だったにも関わらず脳裏に焼きついた痴態現場……否、極限まで痺れた足を突かれる一人と一柱の姿を思い浮かべ、彰弘はため息をつく。
「はぁ。まあ、ともかく感謝する。ありがとう」
「あっはは。気にしないで。元は神である私達が対応しきれなかったことによるんだし。でも、何とかなって一安心よ。じゃ、二年後以降で会えるのを楽しみにしてるわ、じゃあね」
「ああ、またな」
人と神との会話とは思えないやり取りをし、彰弘は目を開けようと意識する。しかし、そのとき再び声が聞こえてきた。
「ああ、そうそう。また忘れるところだった。一つお願い。私が元は人、正確にはハーフエルフなんだけど、そうだったことはできるなら黙っていて。信徒でもないあなたの口から真実が漏れると結構大事になりそうなのよ。一応、歴代の教主には教えてるんだけど口外してないから。だから、お願い」
「心配するな。面倒事を呼び込む趣味はないさ」
「よかった。お礼に一つ情報をあげる。あなたの家族だけど、今の段階では皆生きてるわよ。五体満足じゃない家族もいるけど、その人も義手義足のおかげで普通に生活することができている。こんなとこね、じゃ」
重要な言葉を残したアンヌは、それを最後に気配を消した。
「生きている……か」
声は出ていない。しかし、彰弘の口はそう動いていた。
このとき、彰弘の心には二つの思いが同じ比率で同居していた。一つは家族の無事を喜ぶ思い、もう一つは自分の家族が生き残り少女達の両親または片親が亡くなっていることに対する申し訳ないという思いだ。
しかし、少女達に対するその思いは、自分へ向けた悪態と共にすぐ意味が変化した。宇宙と別世界の宇宙が融合するという事態で起きた、少女達の家族の死について、人の身でしかない彰弘が申し訳なさを感じることはある意味で傲慢でしかない。しかし、人である以上その思いは仕方がないと言える。だが、彼はそのことで申し訳ないと思うことは、親を失ったこと乗り越えようとする少女達の心を一瞬でも忘れたことに繋がると考えた。故に自分への悪態となったのである。
「ふぅ」
彰弘の口から短く息が漏れた。そして、その顔に自嘲に近い笑みが浮かんだ。
「彰弘さん?」
六花の声が彰弘の耳に届いた。
既に神託のときに発生していた外界とを限定的に遮断する不可視結界はない。先ほどの息に気付かれたようだった。
気付いたのは六花ばかりではない。皆が彰弘を見ていた。
そんな中で、考えすぎだ、と彰弘は自分に言い聞かせるように心で呟いた。
彰弘が今やるべきことは目を開けて自分の顔を見る少女達や他の皆に自分が何ともなく無事であることを示すことであった。
そう、自分の心を全てさらけ出す必要はないのだ。無論、問われれば状況に応じて話すべきではあるが、それでも心の内の全てを話す必要はない。相手に負担をかけるだけの内容ならば話すべきではないのだ。
彰弘は目を開ける前に考えを纏める時間を少しだけ取った。
そして決める。少女達への申し訳なさはどちらの意味としても戒めとして自分の中に置いておく。自分の家族については実際に旅立つまでは口にしない。ただ、家族については感づかれ問われたら正直に伝える。
最低限の考えを纏めた彰弘はいよいよ目を開けた。その瞬間、目に映ったのは零れそうなほどの涙をためた少女達の顔と、安堵の表情を浮かべた大人達の姿だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
人種について
人種とは共通言語を話すことができる全ての種のこと。
これには二足歩行の獣といった純獣人や骨だけで構成されるスケルトンのような不死族(アンデットとは別)、果てはどうみても霊体アンデットにしか見えないレイス(不死族に対して、こちらは霊体不死族)などがいる。
無論、龍人、竜人、魔人なども人種に分類される。
なお、作中で登場した瑞穂と香澄の親の霊体は一時その姿を取っているだけで生殖はしないため人種とは呼ばれず、ただ単に霊と呼ばれる。霊体不死族との違いは、生殖の有無と存在時間の長さだけである。
ちなみに、言葉を話さず念話のみを行う者は幻獣などと呼ばれ区別されている。