2-39.
前話あらすじ
彰弘の身体から放たれる何かは空間に亀裂を入れ地面は爆ぜさせる。徐々に威力と範囲を増すそれに司祭であるミリアはこのままでは、ここら一帯の被害が甚大になると判断。
自身の実力以上の力を持って、それを阻止する術を行使するのだった。
首を切断された。胴を上下に切断された。四肢を切断された。身体を左右に切断された。首を引きちぎられた。胴を上下に引きちぎられた。四肢を引きちぎられた。身体を左右に引きちぎられた。頭を潰された。胴を潰された。四肢を潰された。身体全体を潰された。頭を破裂させられた。胴を破裂させられた。四肢を破裂させられた。身体全体を破裂させられた。頭を溶かされた。胴を溶かされた。四肢を溶かされた。身体全体を溶かされた。頭の上から串刺しにされた。胴を串刺しにされた。四肢の先から串刺しにされた。身体を外側から焼かれた。身体を内側から焼かれた。血を抜かれた。窒息させられた。
斬死、ショック死、失血死、圧死、焼死、窒息死。無数の死の記憶が蘇える。
場面が変わった。
複数の人の死体と無数の魔物の死体の中で、脇腹の斬り傷も胸の刺し傷も気にせず横たわる仲間を生き返らせようと必死に神の奇跡である蘇生魔法を行使する。しかし、人へ向けて行使されたはずのそれは何の効果も発揮しない。
単体へと効果を及ぼす『リザレクション』。触媒石を用いて特定範囲へ効果を及ぼす『生命の樹』。自身の魔力体力を限界まで使用して『生命の樹』と同等の効果を及ぼす『犠の蘇生』。いずれも死した者の傷を癒し、その上で肉体から離れた魂を再び繋げ蘇生させる効果を持つ。
しかし、何度行使しようが一向に効果は現れない。それでも魔法を繰り返す。回復薬で魔力体力を回復させ、貴重な触媒石をを惜しみなく使い、魔法を行使する。
また場面は変わる。
身の丈ほどもある大剣で、目の前で微笑む人達の首を刎ねていく。どうあがいても助からないから殺してくれと言われ、その言葉に従い大剣を振るう。他に方法はなかったのか、助ける方法はなかったのか、そんな後悔が沸き起こる。周りの人々は仲間が殺される様を嗚咽を堪え見守っている。
大剣を振るい終わった後、一筋の涙が頬を伝うのを感じた。
その後も幾度となく場面は変わる。
強大な敵相手に身体の半分近くを失いながらも勝利する。
教祖となり神殿を建てる。
魔王の一人と対峙し、結果仲間に引き入れる。
突然現れた魔方陣の輝きに巻き込まれ異なる世界へと転移し、事をなし帰還する。
上位竜と約定を交わす。
親しくなった者達と敵対する。
次代へと教団の起こりと理念を教示し自らは引退する。
思いつく限り時間の許す限り研究を続ける。
種としての寿命を悟り、現教主と対話する。
そして……神の一柱となる。
◇
そこは不思議な空間だった。乱雑に物が置かれているかと思えば、妙に整理整頓されている場所もある。黒一色のところもあれば白一色の箇所もあり、様々な色が混ざっている場所もあった。
「何がどうなってる?」
荒い息をつき片膝を付いた姿勢の彰弘の口から疑問が漏れる。
神社の境内にいたはずが、気が付いたらよく分からない不思議な場所にいた。これだけでも彰弘の理解の範疇を超えていた。
さらに言えば、先ほどのは何だったのか? まるで自分が経験した記憶を見たような感覚を受けた。当然、彰弘には誰かに殺された記憶はない。その後のものに関しても自身が経験したものではありえなかった。
彰弘は息を整え自分の記憶を思い返す。
「穏姫様が加護を……それを受けて……」
しかし、先の記憶のようなものが邪魔をしているのか別の理由か、彰弘の記憶は国之穏姫命と会ってから今に至る部分で曖昧になっていた。
「よく、耐えてくれた」
彰弘の耳にいきなり声が届いた。
何の前兆もなく聞こえた声に、彰弘は無言のまま片膝立ちで辺りを警戒する。右手は『血喰い』の柄へと伸びていた。
「そう警戒しないで。私はアンヌ、平穏と安らぎの女神なのに破壊を司る神とか訳が分かんない不本意なことを言われている神よ。そりゃ確かに守りや維持より攻めの方向だけど酷いと思わない? あのこが戦神なんだから私だって戦神でいいでしょうに……そう思わない?」
そんな言葉と共に顕れたのは、均整のとれた身体に白色を基調としたドレスのような服を身に着け、濃い桃色の長い髪を持つ女であった。
「そんなことを言われてもな……」
姿を見せるなり愚痴を聞かせるその存在に彰弘は妙な親近感を抱いた。
称号欄で名前を知っていたためか、気が付けば警戒心はほとんど消えていた。それでも剣の柄から手が離れなかったのは、まだ若干でも警戒している証かもしれない。
それを見たアンヌは整った顔に微笑を浮かべた。
「ま、そうよね」
しかし、アンヌのその微笑は一瞬だった。次に声を出したときには真剣そのものの表情となっていた。
「さてと、時間がないわけじゃないけど、それほど余裕があるわけでもないから本題に入るわ。時間が残ったら説明するから、今は付いてきて」
アンヌはそう言うと、どこかへ向かい歩き出した。
いきなりの展開に理解も納得もできない彰弘だったが、アンヌの態度から嘘ではないと考え黙って付いていくことにした。
暫く歩くとアンヌが立ち止まり声を出した。
「あれが見える?」
声を共にアンヌが指し示した場所は、黒色の空間の真ん中にぽつんと存在する白色が徐々にその領域を広げていく様子が見て取れた。
「白いのが徐々にだが大きくなっているな」
彰弘は自分に見えたままの内容を口にした。
それに満足したのか、アンヌは一つ頷いてから声を出した。
「あなたの魂は今視覚的に二つに分けてある。一つは人の形を保っているあなた。もう一つは今あなたが目にしている円を描くあれ。今、あなたの魂は、本来あなたの魂ではない白い魂に、本来のあなたの魂である黒い魂が侵食されていっている状態。今は白い方が僅かしかないけど、このままだと全てが白くなる。そうなったらあなたは消えてしまう」
アンヌは一度彰弘の様子を確認する。
予想通りの反応だった。嘘を言っているとは思わないが意味が分からない、何故そんなことになっているのか、彰弘はそんな顔をしていた。
「まずは、あなたの魂を存続させることが肝要。あなたは今からあの場所へ行って、あの白いのを喰らい尽くしなさい。口に入れ飲み込み消化すればいいわ。いろいろと検討したけど、それが今のあなたに最も適した方法よ」
「嘘を言っているとは思わないが……流石に、理解できない。そもそも何故、俺の魂があんな状態になってる? 何故、存続させようとする? 何故、俺に加護を与えた?」
「全てに答えてもいいけど、本当に時間の余裕はないのよ。だから今は一つだけ答えてあげる」
アンヌはそう言うと、右腕を斜め上に突き出し横に動かした。すると何もなかった空間に四角い枠が現れ、ある場所を映し出した。
その場所とは国之穏姫命がいた神社の境内であった。
「ここにいるあなたは魂の状態。あなたの肉体は今もあの神社の境内にある。あなたの肉体は、あなたの魂が白い魂に侵食されることに反応し周囲へ破壊の力を撒き散らしている。今は私達の司祭が障壁を張って辛うじて周囲への被害を防いでいるけど、あの状況だと三十分経たない内に防げなくなる」
彰弘は空間に映し出された映像を食い入るように見つめた。
ミリアが常時魔石を足で手繰り寄せ魔力を補給しているのが見えた。
国之穏姫命が歯を食い縛り魔力を結び続けるのが見えた。
少女達が眉間に皺を寄せ必死に祈る姿が見えた。
残りの皆も両手を組み合わせ祈っている姿が見えた。
本来ならそこまで分からないであろうことが、その映像からはそれらのことが読み取れた。
「余裕はないけど、あなたの魂を存続させる理由だけ今は教えてあげる。見て分かるとおり、今はまだ白い魂は小さいから周囲に放たれる力も少ないし威力もそれほどはないわ。でも、それでも外への影響は最上級と言える術を使わなければ防げないほどのものなの。もし、枷と言うあなたの魂がなくなったら、十中八九の確率で辺り一帯は破壊し尽くされることになる。そうなったら、当然、今映像に映っている人達も死ぬことになるわ」
彰弘は一度目を閉じてからアンヌに向き直る。
「二つ確認したい。一つは、俺があれを喰えばあの現象は収まるのかということ。もう一つは俺があれを喰った後、どうなるかだ」
白い魂を喰らった後に、映像に映る現象が収まらなければ意味はない。さらに、喰らった後にそれが再発するようならば何か対策が必要だった。
「一つ目については大丈夫、収まるわ。二つ目も大丈夫だと断言できる。元々、後一月もしたら白い魂はあなたの魂に取り込まれ、あなたの一部となるはずだった。完全にあなたのものとなる、それはつまり、あなたの魂と同じになるってこと。人の魂では何があろうと単体であの力を発揮することはないわ」
「そうか、分かった」
彰弘は黒色を侵食する白色を見やる。
まだいくつも聞きたいことはあったが必要最低限の答えは得れた。だから、躊躇は不要と自分の魂と言われたものがある、その方向へと歩き出した。
その彰弘を見て、声に出さずアンヌは独りごちた。
(私は近寄ることができないけど、あの記憶を自分の記憶として見て今の状態でいるあなたなら大丈夫なはず。たとえ、私の魂の欠片だとしても)
と。
彰弘が黒色の空間に近付くと、それまできれいな円を描いていた黒色は歓喜によりその形を崩し始めた。この精神世界にいる人の形を保つ最も強い自分が近付いてきたことによる反応であった。
歓喜していると何故か分かる黒の魂の中に彰弘は歩みを進める。そして、その中心まで行き、白い魂をジッと見つめた。
白い魂は、彰弘が見つめる前でも少しずつ周囲の黒を侵食していく。しかし、それは白い魂が侵食したくて侵食しているのではなく、白い魂に触れた黒い魂が僅かな抵抗の後に屈服しているような印象を受けた。
だが、だからと言って彰弘のやることは変わらない。このままでは自分が守りたい人達が死ぬかもしれないのだから。
彰弘は白い魂を掴み上げようと手を伸ばした。しかし、手が白い魂に触れた瞬間、その手に激痛が走った。思わず引き戻し確認すると、手のひらが焼け爛れたかのようになっていた。
「マジかよ」
彰弘の口から声が漏れた。そして、少し前に経験した自分の記憶ではない記憶が頭を過ぎった。それは劇薬を飲み身体の内側から爛れていき死ぬという記憶であった。
一瞬の躊躇いが生まれた彰弘は無意識に天を仰いだ。そこにはアンヌが出した映像がまだ流れていた。先ほどと変わったところはほとんどない。しかし、全員の表情はより険しくなっており、ミリアの足元にある魔石も半分以上がその色を変えていた。
「俺が忌避することはなんだ?」
彰弘は自問する。
「考えるまでもないか」
そして、元々あった答えに苦笑した。
融合前も今も変わらない。彰弘が最も忌避するのは、自分のことで大切な人達に必要以上の負荷がかかることだ。
融合初日も、その時点で最も大切であった家族に殺人者の家族であるという負荷をかける可能性が皆無に等しかったからこそ、後々害となる男三人を殺すことができたし、その後も平静でいられた。もっとも、殺害に関しては男達の言動により怒りが振り切れたことが多分に影響していたことは言うまでもない。
このような彰弘だ。今ここで自分の手が爛れようと咽喉が爛れようと、それは自分にとって最も忌避する現象ではない。今、最も忌避すべきは、ここで躊躇い無為に時間を過ごし、自分が大切に思う人を死なせてしまうということだ。
当然、自分が死ぬと言う選択もない。自分が死ぬことで大切な人達に負荷をかける気は一切ない。
「再挑戦だ」
彰弘はわざわざ口に出し、いつの間にか治っていた右手を再び白い魂へと伸ばした。
近付けるだけでチリチリとした感触が起こり、手のひらを焼き始める。しかし、彰弘はそれに構わず白い魂を鷲掴みにし持ち上げ、目の前に持ってきた。
「なるほど、な」
白い魂を掴んだ手を見て彰弘は納得の声を出した。
いつの間にか治っていた手のひらは周囲の黒い自分の魂が修復していた結果だったのだ。
「にしても、これは一口じゃ無理そうだ」
そう言った彰弘はおもむろに口を開き、右手に掴んだ白い魂に齧り付き半分ほどを口に入れた。歯を立てた瞬間、その歯が溶け出した。激痛を我慢し咀嚼しようとすると、今度は触れた先から口内が焼き爛れ始めた。それも我慢し、口に入れた白い魂を無理矢理に咽喉から食道へ通し、そして胃へと落とした。白い魂が触れた場所全てから凄まじい痛みが襲ってきた。それにより意識が遠のくが、すぐ激痛により引き戻される。だが、今はそれがありがたかった。
彰弘は右手に残されたもう半分の白い魂を口に入れた。すでに修復されていた口内が再び焼き爛れ始める。しかし、二度目だからだろうか、その激痛は先ほどよりは楽に感じていた。その後、一度目と同じ様に激痛に耐え、数度咀嚼した白い魂を胃へと落としたのである。
暫く激痛に耐えていると、その痛みはスッと消えていった。
「ふー」
思わずといった調子で彰弘は息を吐き出した。
それが合図であったのかもしれない。人の形を保つ彰弘の魂へと、円形をしていた黒い魂は音もなく吸収されていったのであった。
「おめでとう。見事な喰いっぷりだったわ」
「金輪際、お断りだ」
笑顔で近付いてくるアンヌに、彰弘は渋面で即答した。
例え完治するとしてもあんなことは二度としたくはない、その意図が強烈に込められた言葉であった。
「ところで……」
「大丈夫よ。今、ルイーナが神託飛ばしてる。司祭の娘、えーっと……そうそう、ミリアちゃんは結構ぎりぎりだったけど、普通の魔力枯渇程度だから一晩寝れば元通りになる。残りの子達は少し疲れがある程度だから、こちらも一晩寝れば問題ないわね」
「そうか……よかった」
彰弘はアンヌの言葉に安堵した。
自分のことより心配であった人達が無事とのことで安心したのである。
「ところで、ルイーナ?」
「平穏と安らぎを司る守護神って言われてる、メアルリアの一柱。ミリアちゃんにさっきまで力を与えてた神よ」
聞きなれない名前だと疑問を浮かべる彰弘に、アンヌは簡単に説明を行った。
その答えに「なるほど」と頷く彰弘を見ながら、ふと何かを思い出したかのようにアンヌは口を開いた。
「ああ、そうだ……」
「なんだ?」
「国之穏姫命には、国之常立神のお説教が待ってるわね。自業自得だけど」
空に浮かぶ映像の中で笑顔を浮かべる国之穏姫命を見て、アンヌは南無南無と呟く。
仮にも神だろうに、それはいいのか? と、彰弘がその様子を見ているとアンヌがいきなり向き直った。
「問題なし。神って言うのは結構フレンドリーなの。今回のように、やらかした場合はきっちりお尻叩かれるけど、そうでなければ問題ないわ」
そんなものなのか、と彰弘は内心で思い、ついでに随分と雰囲気が変わった、と言うか愚痴を言っていたときに戻ったようなアンヌに疑問を抱く。
「そんなもんなのよ。ちなみに、これが素の私だから。まあ、普段は威厳やら何やらを纏うわよ。流石にそうじゃないといろいろと問題あるしね。TPOをわきまえる、って感じね。ちなみにあなたに対しての態度については、今は秘密ね」
アンヌの言葉を黙って聞いていた彰弘は「よく分からん」と頭を振った。
そして、頭を止めたところでふと疑問が持ち上がった。それは、自分は声を出していたか? だ。試しにスリーサイズでも……。
「教えてもいいけど。それ、あの子達にばらすわよ? それでもいい?」
「いや、勘弁」
抱き合いながら嬉し涙を流す六花に紫苑、瑞穂と香澄を見て彰弘は即答した。嫌われるならまだいい。いや、良くはないが、少女達と過ごした今までの経験から斜め上以上の反応が返ってくる予感がしたためであった。
「ところで、心が読めるのか?」
彰弘は話題を戻すため、今度は心の中だけではなく声を出した。
「結構、無理矢理に戻したわね。まあ、いいか。いつでもどこでもと言う訳にはいかないけど相手の思ったまま考えたままを聞くことができるわ。特にここは私が創った精神世界だしね」
当然とばかりに答えるアンヌに、プライバシーって何だろうなと彰弘は考えたりするも、神相手では仕方ないかと諦めに近い結論を出した。
「さてと、では約束どおり、あなたの疑問に答えましょうか。時間はそれほどないけど答えられることには答えるわよ」
アンヌはそう言うと、どこからともなくティーセットが備え付けられた机と椅子のセットを取り出した。
神様ってのは何でもありか、アンヌの所作を見ていた彰弘はそんなことを考える。
「何でもはできないわね。ま、そんなことより、何にする? コーヒーでも紅茶でも水でもお湯でもお酒でも何でも言って頂戴」
すかさず彰弘の考えを訂正したアンヌは、質疑応答の間の飲料は何がいいかを問いかける。
笑顔で準備するアンヌにどこか微笑ましさを感じながら彰弘は口を開いた。
「ホットコーヒーをブラックで」
彰弘の要望に軽く目を開いたアンヌだったが、笑顔で「ちょっと待っててね」と言うと、ゴリゴリと豆を挽き始めたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
書いてて非常に痛くなる話でした……まる
二〇一五年十一月 八日 十七時四十八分修正
文章の表現を修正(話の流れ内容には変更ありません)
修正前)
ともかく、そのような彰弘だ。今ここで自分の手が爛れようと咽喉が爛れようと、それは自分にとって最も忌避する現象ではない。今、最も忌避すべきは、ここで躊躇い無為に時間を過ごした結果、大切に思う人を死なせてしまうという事柄であった。
修正後)
このような彰弘だ。今ここで自分の手が爛れようと咽喉が爛れようと、それは自分にとって最も忌避する現象ではない。今、最も忌避すべきは、ここで躊躇い無為に時間を過ごし、自分が大切に思う人を死なせてしまうということだ。
当然、自分が死ぬと言う選択もない。自分が死ぬことで大切な人達に負荷をかける気は一切ない。
二〇一五年 七月二十日 九時二十七分 追記
彰弘がアンヌへとルイーナについて質問する文を追加