2-37.
前話あらすじ
少女達とある約束を交わした彰弘達は、残りの位牌回収を順調に進め、それを終わらせる。
そして自分を『わらわ』と言う声の主がいると思しき神社へと足を向けたのであった。
融合前、彰弘が住んでいた央平市には、二つの神社があった。市の西北西に天之常立神を祀る央成神社、東北東に国之常立神を祀る央常神社である。
央成神社は神職が常駐する神社でそこそこの規模ということもあり、初詣以外でも参拝する人を時折見かけることがある。
一方の央常神社は常駐する神職がいない。その影響か、年始に参拝する人を見かけることはあるのだが、それ以外の日に人を見かけることはほとんどない。極稀に人を見かけたとしても、それは大抵が神社を維持するために通う氏子の姿であった。
この二つの神社の成り立ちは何故か記録に残っていない。そのため、どのような経緯事情があったのかは定かではない。しかし、両神社共に常駐する神職、または氏子により大切に手入れ維持されていることは、その敷地を見れば明らかであった。
◇
彰弘達一行がそれほど長くない石階段を上りきると、白色に近い石造りの鳥居が見えてきた。
鳥居というと朱色のものを思い浮かべる人が多いと考えられるが、全てが朱色なわけではない。確かに稲荷神社のように朱色の鳥居は数多くあるが、伊勢神宮や出雲大社のように朱色ではない鳥居も数多く存在するのだ。また、その素材にしても木であったり石であったりと様々である。
ともかく、一行はミリアが指定されたその場所の一歩手前まで来ていた。
「央成じゃなく央常なのは何か意味があるのかね?」
央常神社の石造りである鳥居を見上げながら彰弘が呟いた。
「分かりません。ですが、声によるとここで間違いないはずです。雰囲気からしても間違いとは考えられません」
自分が聞いた場所を、レンが持っていた地図と央平市に済んでいた彰弘達の記憶で特定したミリアはそう返す。
「まあ、何もないと言うことはないでしょう。この向こうからはアキヒロの部屋から感じたものに近い何かを感じます」
鳥居を抜けた正面に立つ社を注視していたライが自分の意見を口にした。
「とりあえず、行こうぜ。ここにいても仕方ないし、後少しで日も暮れる。さっさと話を聞いて野営の準備を始めよう」
セイルはそう言うと鳥居をくぐり、央常神社の敷地へと進んだ。
それを見てディアとライがそれに続く。彰弘と少女達、そしてレンは一礼してから鳥居をくぐる。ミリアだけはセイルの言葉やその後の面々の行動に対して何か言いたげな顔をしていたが、結局は何も言わず最後に鳥居をくぐり抜けた。
「折角だから参拝しておくか」
彰弘はそう言うと、手水舍へと足を向けた。
そのときだった、鳥居を抜けた先の社の扉が突然開いたのである。
その現象に彰弘は足を止め振り向き、『血喰い』をいつでも抜き放てるように、その柄へと手をかけた。
「待てー! 待つのじゃー!」
慌てた声が境内に響く。
彰弘同様に抜きはしていないが即攻撃に移れる体勢をとっていたミリアとレン以外は、その声に訝しげな表情を浮かべた。
ミリアは扉を開け現れた存在が自分と彰弘に声を届けた存在だと確信し害はないと判断したが故に攻撃の構えをとらなかった。レンは戦闘経験の少なさから構えられなかっただけである。
「構えを解いてください。あの方は敵対する存在ではありません」
その言葉と共にミリアは膝を折り礼の姿勢をとった。
彰弘達一行は社から出てきた少女を含めた、計十一名で車座になっていた。
あの後、紆余曲折はあったがミリアの言葉によりその場は収まり、全員で夜を越すための準備を行った。それから滞りなく準備を終わらし夕食を取り、そして「さあ、話を」というところにきていた。
「さて、とりあえずまずは名前を聞かないことにはやり難くて仕方ない。君の名前は何と言うんだ?」
にこにこしながらその場に座る面々を順に見ていた社から出てきた黒髪おかっぱ少女は、その声でセイルへと視線を固定した。
「うん? わらわにはまだ名はないぞ」
あっけらかんと返した黒髪おかっぱ少女に、その場の残り全員が注目する。
「そんなに注目されると恥ずかしいのじゃ。わらわはここに成ってから今まで誰とも会ってないでの、名と言うものはまだないのじゃ。そうじゃ、お主らでわらわの名を考えてくれんか?」
黒髪おかっぱの少女は、「良い考えじゃ」と腕を組んでしきりに頭を上下させた。
あっけに取られて固まる一行だったが、間もなく復帰した。
「あの、申し訳ありませんが詳しいことをお教えいただいてもよろしいですか? 名を考えるとは言いましても、貴女様のことを何も知らないままでは考えることもままなりません」
そう言葉を出したのはミリアだ。
目の前の少女に対する口調としては丁寧すぎるそれに、黒髪おかっぱ少女以外の面々は首を傾げる。
しかし、言葉を受けた本人はそれらには気付かず声を出した。
「言われてみればそうじゃな。んと、わらわが成ったのは世界の融合と同時にじゃな。わらわはこの地の融合を可能な限り円滑に問題なく穏やかにさせるため、国之常立神により生み出されたものの一つじゃ。本来であれば役目の完遂と共に国之常立神へと還るはずじゃったのだが、何故かわらわには自我が発生してしまっての、還ることができなくなったのじゃ。で、どうしようか迷っている内に今を向かえた、と言うわけじゃ」
一度、言葉を区切って手に持ったカップから緑茶をズズッと啜りほうっと息を吐くと、黒髪おかっぱ少女は言葉を続けた。
「あ、延々迷っていたわけではないのじゃぞ。時々、人の気配を感じては念話を飛ばしはしたのじゃ。でも、その者達には資格がなかったようでの、声を聞かせることができなかったのじゃ。今のわらわはここから外へは出て行けぬし危うく寂しさで祟り神になりそうじゃったが……今日! 二人もわらわの声を聞いてくれたのじゃ!」
そこまで言い切った黒髪おかっぱ少女は唐突に立ち上がると「コミュニケーション最高じゃ!」と両腕を天へと突き上げた。
そして、そのままの格好で暫く感動に打ち震え、また唐突に座り込んだ。
なお、手に持っていたカップに緑茶は残っていなかったようで中身がこぼれるようなことはなかった。
「すると何か、今俺の目の前にいるこのちっこい少女は神様とでも言うわけか?」
半信半疑のセイルが、六花と同じ程度の背の高さの黒髪おかっぱ少女へと確認の言葉を投げかけた。
その言葉でその場の視線が、また黒髪おかっぱ少女へと注がれる。
「そうじゃな、一応神の一柱じゃ。もっとも、成ったばかりでたいしたことはできないし末席も末席の神じゃがの」
それを聞いたセイルは得心のいった顔でミリアを見た。
「ああ、そうか。うん、それならミリアの態度には納得がいくな。アキヒロの態度が変わらなかったのには納得いかないが」
「神職とそうでない者の違いだろ? 実際、そうと知ったお前の態度が変わったとは思えないんだが?」
「それもそうか。まあ、いいか。それよりも名前だよな?」
彰弘からの反論に迷うことなく同意するセイル。事実、自分の態度が変わったとは思えなかったからの反応であった。
実のところ、神職とそうでない者の差と言うのは確かにあった。しかし、今回の場合は黒髪おかっぱ少女神が成ったばかりの上、融合関係で力を限界近くまで使ってしまっていたことが周りに与える影響を及ぼさない理由であった。
黒髪おかっぱ少女神は自身を維持するだけで精一杯だったのである。
「そうじゃ、名じゃ! よろしく頼む」
ペコリと頭を下げる黒髪おかっぱ少女神に、一同は神とは何なのかと悩みつつも付けるべき神の名を真剣に考え始めた。
そんな中で彰弘はふと疑問を感じ口を開いた。
「ところで国之常立神って独神だよな? 何故に女?」
独神とは陽気のみの単独で成った男神のことである。
彰弘はそのため、その独神である国之常立神から生み出された神が何故に女神かを疑問に思ったのだ。
「融合でいろいろあったのじゃよ。と言うかじゃな、お主にそれを言われるとは思わんかったぞ。まあ、細かいことはよいではないか。日本式の女神としての名を考えておくれ」
一つ気になることを言われた彰弘だったが、確かにこの黒髪おかっぱ少女の名前を考えるのにはそれほど影響はないと判断する。そして、再び考えを巡らそうとしたときに横から声をかけられた。
「彰弘さん。『くにのとこたちのかみ』って、どんな字を書くの?」
横からかけられた声は六花のものであった。
どうやら、黒髪おかっぱ少女神を生んだ元から六花は名前を考えることにしたようである。
「国が常に立つ神と書いて、国之常立神だ。確か国土形成の根源たる神、国土の守護神とかで祀られてた神だったと思う。昔にざっと日本神話系を調べたときの記憶だから正しいかは、少々怪しいけどな」
彰弘から話を聞いた六花は、それを聞いて「むぅ」と一言、再び考え込んだ。
それが切欠だったのか、今度は瑞穂が彰弘に質問を投げた。
「ねえねえ、日本の女神様ってどんな名前があるの?」
「ああ〜、誰でも知ってそうなのは、伊耶那美命、天照大神、流れで言って天鈿女命かな。何々姫と言うような名も結構あった気がするぞ」
そんな感じで誰かが質問をし彰弘が答えるということが何度か繰り返され、小一時間が過ぎ……いくつか候補が上がった。
途中で日本出身ではない竜の翼パーティーが名を考えることから脱落した。リルヴァーナには日本の神名に類するものがなかったのだから、それも仕方ないと言える。
ともかく、候補に上がった名から更に議論を重ね、ついに黒髪おかっぱ少女神の名前が決定した。
それは……。
「わらわは今この時より『国之穏姫命』じゃー!」
であった。
国之常立神に、この地の融合を穏やかに終えさせることを命として生み出されたこと、そして、今後もこの地が落ち着いた地であるようにとの思いが込められた名であった。
黒髪おかっぱ少女神もその意に否はなかったようだ。また、この名を黒髪おかっぱ少女神が口にできたということは、主神級の神々が受け入れた証だ。つまり、今この時より、黒髪おかっぱ少女神は紛うことなき神の一柱と成ったのである。
「さて、寝るか。今日はもう遅いしな。穏姫様には、また明日話を聞くと言うことで」
神名の命名に予想以上に時間がかかったため、セイルは寝ることを提案する。
日中の人権団体を名乗る者達との戦闘、そしてその後の急いだ位牌回収、さらに神との遭遇、流石に熟練冒険者であるセイルも疲れが溜まっていたようであった。
ちなみに、勝手に名前を略された当の神様は「語呂がいいのじゃ」と、この場にいる面々には、その略名で呼ぶことを認めたのであった。
「む〜、そうか。ちょっと残念じゃ。ついでに名が成ったためか力が張っている気がする。慣れるまでわらわは眠れそうにないぞ」
国之穏姫命のその言葉に、神も寝るんだとその場の面々は妙な関心をする。
そんなことは気にもせずに国之穏姫命は一つの事を思うままに言葉と共に実行した。
「そうじゃ、神と言ったら人への加護! さすれば今のこの張りからは開放されるはずじゃ。と言うことで受け取ってくれ! 「お待ちください!」 えい!」
国之穏姫命はそう言うとミリアの言葉が入ったにも関わらず両手を胸の前でパンッと合わせその間に何かを生じさせ、それを振り撒くように合わせた手を勢いよく左右に開いた。
直後、その場にいた全員に光が降り注いぐ。
「なんじゃ? 別に害はないぞ?」
自身の加護を授け終わった国之穏姫命は声を出したミリアへと疑問を表した顔で向き直る。
「それについては承知しております。ですが、今のアキヒロさんにだけは駄目なのですっ!」
その言葉を待っていたわけではないのだろうが、その言葉が終わると同時に彰弘が胸元を自らの手で押さえ苦しみ出した。
「「「「彰弘さん!?」」」」
四人の少女が同時に叫ぶ。
他の面々は声も出せずにそれを呆然と見るしかできないでいた。それは事を起こす原因となった神の一柱である国之穏姫命も同様だ。
国之常立神を祀る神社の境内で、彰弘にとって、またその他大勢にとっての大きな分岐点となる事態が発生した瞬間であった。
お読みいただき、ありがとうございます。
初評価も入り嬉しいばかりです。
さて、いつの間にかこのような時間となっていました。
もっと早くより良い文を書けるよう精進です。
作中の神について
作中の神の解釈などには私自身独自のものが含まれています。そのため、現存する日本書紀や古事記にある内容とは相違がある場合がございます。これらについては、どうか寛容に受け入れていただけると助かります。