2-35.
前話あらすじ
少女達を後ろへと下げ、彰弘は一人で男の集団と対峙する。
その後、セイルの参戦もあって傷一つ負うことなく相手を倒しつくすのであった。
「では、浄化しますので、すみませんが道路の中央へと死体を集めてください」
手足や頭が胴体から離れていたり身体の一部が潰れたりしている死体が散乱する現場で、微かに顔をしかめたミリアが指示を出す。
それを受けた兵士達は込み上げてくる吐き気を何とか抑えながら言われた作業を開始した。
今、目で確認できる範囲にいる兵士は計六名。ミリアの指示に従って作業している兵士は四名、投降した男達の監視兼護衛に就いている兵士が二名である。
アキラを筆頭にした大多数の兵士は討伐対象者がいる建物へと突入している最中だ。
この突入には、当然救援依頼を受けてこの場へ来た三組の冒険者パーティーもその一団に同行している。竜の翼のメンバーであるセイルとライも、その一団と行動を共にしていた。
本来であれば、実際にその建物を偵察したディアも突入する部隊にいるべきではあったが、保護された女達の心情を考慮した結果、ディアはその護衛として残った。
もしミリアが即浄化を行う必要がなければ、ディアが護衛として残る必要はなかったのだが、彰弘とセイルが討伐対象となった者達と戦った現場は酷く凄惨であった。そのため、保護した人達のことを考え、少しでも早く浄化を行い静謐さをその場に取り戻そうとしたのである。
なお、救援依頼を受けた冒険者パーティーに女はいたのだが、保護された女達と短時間で打ち解けたミリアとディアの代わりになるものではなかった。これは、救援依頼でこの場に来た女達のというより、保護された女達がミリアとディアへ刷り込みに近い感情を持ったためであった。
死体を移動させていた兵士の一人が顔色を悪くした状態でミリアに近づいた。
「ミリアさん、終わりました。どうですか?」
兵士はミリアに報告した後、自分達が集めた死体へと目を向けた。が、すぐに視線を戻す。
「はい、ありがとうございます。大丈夫です。すぐに取り掛かります」
顔を青くしている兵士へとお礼を言ったミリアは集められた死体へと歩み寄り、両手を胸の前で合わせ目を閉じた。そして、その口から清らかな声を紡ぎ出した。
「平穏と安らぎを司る神々の信徒である、ミリア・アーティが希う。死した肉体より離れし魂が、迷わぬようその道を誤らぬよう、今ここに導きを与え給え」
ミリアの口が閉じられると集められた死体が光りを放ち始める。次の瞬間、光を放つ死体は神聖さを感じる炎を吹き上げた。
死体の浄化は疫の元凶根絶とアンデッド化阻止のために必要なことであった。しかし、本来であれば、街からそれほど離れていない場所で夜明けを待つ必要もないならば、その場での浄化は行わない。街へと運んでから正規の手続きを行った上で浄化の儀式を行う。
ならば何故、今浄化を行うのかと言うと、それは浄化の対象が討伐された者であるからだ。街に住む人々と街の外で討伐対象とされる者達は明確に区別されているのであった。
しかし、そんな中でも今回彰弘達と敵対した者達は幸運だったかもしれない。それは、この場に神の信徒たるミリアがいたお陰で、最低限であるが祈りの中で浄化されたからだ。もし、神の信徒がいなかった場合、寄付と言う名の金銭で各教団から手に入れることができる『浄化の粉』を振り掛けられ、普通の火で燃やされて終わるだけなのだから。
◇
彰弘は逃げて来た人達が座り込んでいるブロック塀側とは相対するブロック塀に背を預け座っていた。両横には六花と紫苑が座り、正面には瑞穂と香澄が座っている。
そんな状態の中で、燃える死体を横目で見ながら彰弘は自分と少女達のことを考えていた。
自分と少女達はどうなっているのか?
自分は人を殺しても想像していたような心の動きがない。凄惨と言っていい現場を見ても心に乱れはなかった。
話を聞く限り少女達も似たようなものだ。唯一の違いは、少女達の場合は一瞬心に激しい動揺が現れることだが、それはほんの一瞬で、すぐにその動揺は収まると言っていた。
殺さなければならない相手を殺すことに躊躇わないのはいいことであるのだが、何とも気持ち悪い。
「悩み事?」
何事もなかったように死体を燃やす炎を見ていた六花が声を出した。
その声に反応して、同じ様子で炎を見ていた残りの少女達も彰弘へと顔を向ける。
少女四人の顔に大きな変化はない。普通であれば忌避などの感情が浮かんでいてもおかしくないのだが、今そこにあるのは何かが燃えているのを見ていただけという表情であった。
「ああ、まあ、そうだな……なんで、こんなに平然としてられるのかと思ってな」
一瞬、少女達へこの話題を告げるか迷った彰弘だが、今後のことも考え結局話すことにした。
「それは、人を殺したことやその後のことについてですよね?」
一度傾げた首を元に戻した紫苑が確認の言葉を出した。
「そうだ。小学校での一件については、怒りすぎてそんな感情が出なかっただけかと思ったんだが……どうも違うみたいだ。少なくとも敵と認識した相手に対しては躊躇いを感じない。殺した後も、ただ敵を殺したとしか感じない」
そこまで言った彰弘は口を閉じかけ、「そうだ」と話を続けた。
「後、あの相当凄惨なものを見ても、少しグロいとしか思わなかったことか。融合前にパソコンでグロ画像とか見たときよりも今の方が気分的に楽なのが不思議だ」
彰弘はそう殺人以外についても言葉にしてから口を閉じた。
「そう言えばそうですね。感覚的にはオークの剥ぎ取りを教えてもらっているときと同じ感覚しか受けませんでした」
「ああ確かに。それ考えると、やっぱちょっと変かも」
香澄が彰弘の言葉に反応し、瑞穂が同意する。
「考えてみたら、その時点でおかしいと言えますね」
何かに気付いた紫苑が発言する。
彰弘と三人の少女から視線を受けた紫苑は先の発言の意味を説明した。
「オークの剥ぎ取りのことです。あのときの言葉から想像するに瑞穂さんも香澄さんも、そして私もですが、融合前に動物を捌いたことはないはずです。ですが、あのときオークが捌かれるのを見て、ほとんど拒否感を感じませんでした。人殺しもその後のこともおかしいですが、これについてもおかしいと言わざるを得ません」
紫苑の説明に、その場の全員が沈黙し考えを巡らした。
瑞穂と香澄の二人は初めてオークの素材剥ぎ取りを行ったときに、ほとんどそれに対する拒否感がなかったことをおかしいと思っていなかった。
六花のように融合前にも動物を捌いていた経験があるならば、それもあるかもしれない。しかし、瑞穂と香澄はそのようなことをした経験はなかった。いくら、彰弘が小学校の校庭でゴブリンを多量に殺した後の光景を見ていたとしても、改めて冷静な状態で剥ぎ取りのような光景を見たならば、平静でいられるはずはないのである。
これについては紫苑も同様と言えた。人一倍聡い紫苑だからこそ、自分がおかしいと思っていないことについて、おかしいと気が付いたのであった。
「わたしの場合は物心付いたときから鶏とか捌くの見てたからオークのあれは特になんとも……とか思ったけど、よく考えてみたらオークって人と同じような格好だよね? やっぱ、おかしい?」
自分の今までを振り返り六花が小首を傾げた。
「ああ、考えれば考えるほど、ぐるぐる回るー! 彰弘さんヘルプ!」
両手で自分の髪の毛をくしゃくしゃにしながら瑞穂が声を上げた。
それに突っ込みを入れたのは、いつものように香澄だ。
「瑞穂ちゃん無理言っちゃダメ。彰弘さんだって自分が不思議だって言ってたじゃない。何でも彰弘さんに頼っちゃダメだよ」
「で、でもさー。こう、人生経験的に、ね?」
若干上目遣いになった瑞穂に彰弘は苦笑を浮かべると口を開いた。
「こればっかりは、今は何とも言えないな。そもそも動物の解体とかについて、それに対する感覚なんてものは現代じゃ大人も子供もそうは変わらないと思うしな。せめて何かヒントでもあればいいんだが……」
彰弘はそう言うと、保護された人々へと視線を向けた。しかし、その視線はすぐに少女達へと戻された。
「彰弘さん?」
六花が疑問気に声を出し、紫苑が首を傾げた。
「いや、ヒントはと思って逃げて来た人達を見たんだが、ディアに見るなと訴えられた」
再び苦笑を浮かべた彰弘は少女達へとそう説明する。
それを聞いた紫苑は納得したような声を出した。
「共感はできませんが理解はできます。このあたりも今の私達が他の人と違うところなんでしょうが、考えてみれば相手がいくら犯罪者だったとは言え、その相手を真っ二つにして殺した人は恐怖の対象になったとしても不思議ではありません」
紫苑の考えに、瑞穂は「怖い?」と横にいる香澄に尋ね、横に首を振る様を見て「だよねー」と返す。
六花はというと、彰弘に寄りかかり怖くないということを身体全体で表していた。
そんな少女達に笑みを浮かべた彰弘は「ありがとな」と感謝を口にし、そして、再び考え出した。
彰弘と少女達は今疑問となっていることにそれぞれ思考を巡らしていた。
そんな中、彰弘がいきなり声を出した。
「誰だ!?」
それほど大きな声ではなかったため、道路の反対側にいる人達にはその声は聞こえなかったようだが、すぐ近くに座っていた少女達には当然聞こえていた。
驚いて彰弘を見た少女達だったが、その真剣な表情に声をかけることをせず成り行きを見守るに徹した。
彰弘は無言で辺りを探る。しかし、先ほどまでと比べ変わった様子はない。あえて言えば死体を浄化していた炎はすでに消えていることくらいだ。
「……誰だ」
再び彰弘は声を出す。先ほどよりは幾分小さかったが、変わりに少しばかり怒気が含まれていた。
思考の途中で意味の分からない上から目線の声を聞かされ少し苛立ったことに加え、その後の反応がないということに無意識に怒りが沸いてきた結果だった。
(ま、まて、そう怒らんでくれ。さっきの言葉は謝るから話を聞いてくれ)
慌てたような声が彰弘の頭に届いた。
彰弘が黙っていると、その声は続きを話し出した。
(頼みがあるのじゃ。そ、それですまないとは思うのだが、今から言うところまで来て話を聞いてくれんか?)
話なら今できているじゃないかと彰弘が思うと即座に声が頭に直接返ってきた。
(あまり長く念話はできんのじゃ。頼むからお願いじゃ。そ、そうだ、来てくれるならそれだけでも良い。そしたら今汝らが抱えている疑問に答えてやる。わらわの頼みは、それを聞いてくれてから判断してくれて構わん。だからお願いするのじゃ)
怪しい。いくらなんでも都合が良すぎだ。そんなことを彰弘が考えると、再び声が頭に流れる。
(うわぁ〜ん。わらわ泣くぞ。大泣きじゃぞ! ううう、ちょっと待っておれ)
若干、涙声っぽくそう言った後、その声の主は彰弘が何を考えても言葉を返してこなくなった。
「拗ねたか?」
微妙な顔でそう言う彰弘に少女達が小首を傾げる。
「真剣な顔したり、怒ったり呆れたりと百面相っぽくて新鮮だったけど……何だったの?」
「そんなにか? まあ、それはいいとして、よく分からん。女の子っぽい声が上から目線で頼みがあるとか、俺達が抱えている疑問に答えてくれるとか言ってたな。何となく怪しいと思ったら、待ってろと涙声で言われてそれっきりだ」
「いきなり上から目線とか! どこに行っても失礼な人がいるものですね」
「どうどう、紫苑さん。わたしは話を聞きに行くくらいは、何となくいいかも? とか思います」
「六花ちゃんの言うとおり、話を聞くくらいでしたら私も構わないかなと思います。それが何かの罠でなければですけど」
「まあ、待ってろってことなんだから、待ってればいいんじゃないかな? 話を聞くにしてもこっちから連絡取る手段はないわけだし」
瑞穂の疑問に答えた彰弘の言葉に少女達はそれぞれ意見を出す。
一人だけ感情的に言葉を発した紫苑が赤くした顔を伏していた。
そんな紫苑の頭を彰弘は優しく撫でながら声を出す。
「現状じゃ瑞穂の言うとおり待つしかないんだよな」
若干、羨ましそうな顔を見せる残りの少女達へ曖昧な笑みを向けながら、自然と紫苑の頭へと言った自分の手に関して、これも不思議なことの一つだと声に出さずに呟いた。
それから暫くして例の声が彰弘の頭に届いた。それは「全てミリアに任せた」という伝言みたいなものだった。
またもやいきなりの言葉に彰弘が疑問を顔に浮かべ、その様子を見た少女達は小首を傾げる。
そしてそんな五人の下には更なる疑問が到着する。
その疑問とは、いつの間にか彰弘達五人の中に交じっていた、鬼気迫る表情をしたミリアの存在であった。
お読みいただき、ありがとうございます。
浄化の粉について
各教団謹製。作成方法は神の奇跡のみ。
透明色の魔石加工の際にでた削りカスに神属性と火属性の魔力を神の力で無理矢理宿させた物。
魔石を出さない生物の死体にしか影響を及ぼさない。
なお、浄化の粉は効果を発揮した後は消滅する。
ちなみに、どれだけ能力が高い魔石だろうと、浄化の粉と同じ性能を付与した場合は、同じ効果しか持たなくなる。つまり、超無駄遣い。
二〇一五年六月十一日 二十時二十四分
後書の『浄化の粉』の説明から
「地中産だろうと魔物産だろうと、」
を削除。
魔物産の魔石に何かを付与することはできませんでした……。
二〇一六年 七月三十日 二十三時 十分 誤字修正
誤)アンデット
正)アンデッド
ご指摘に感謝。