2-34.
前話あらすじ
少女達は新たな相手とのやり取りの末、自らの手で殺人という行為をしてしまう。
しかし、そのことに何ら嫌悪感を抱かない自分達に戸惑いを見せるのであった。
赤黒く鈍い光が横に線を描き、鉄パイプと首を斬り飛ばした。
「悪いが手加減はできないぞ。俺はそこまで強くはないからな」
人を一人斬り殺したにも関わらず、先ほどまでと変わらぬ口調で彰弘は声を出す。
彰弘の横を通り抜ける数人を追おうとした者達は、その行動と言葉で動きを止めた。
「お前、自分が何をしたか分かっているのか!?」
動きを止めた集団の内の一人が、驚愕に恐怖が混じった表情で叫ぶ。
「分かっているさ。折角、避難拠点に避難してくれると言う人達を守っただけだ。それより、そっちこそ俺が言ったことを理解してるのか?」
目の前の男の叫びは、自分達が行おうとする行為を棚に上げてのものだったが、彰弘はそれに対して感情を荒げることなく言葉を返した。
彰弘の横を通り抜けた数人は、彼の示した選択の意味を正確に理解した人達であった。世界融合後の自分達の行いを彰弘の発した言葉と照らし合わせ、その場で仲間と言葉を交わした結果、科せられる刑罰は軽度のものと判断したのである。
事実、その判断は正しい。避難拠点へ避難すると判断した人達が行ってきた行為は、初めに逃げる女達を追ってきた男達とそれほど変わりないことだけであったからだ。
一方、避難拠点へ行く選択をした人達を追いかけようとした者達も周囲の者と言葉を交わしていた。しかし、自分達が行ってきた行為と彰弘達の敵となることを天秤にかけ、敵となる方が得策と判断したのだ。つまり、彰弘の言葉をまったく理解していないわけではなかったが、犯した行為の大きさ故に致命的なところが理解できてなかったのである。
なお、彰弘の話を理解した人達の中には紫苑の元父親同様に一度避難拠点に避難した後、そこを抜け出した人達も混ざっていた。当然、現状のことを避難拠点の外で暮らしてきた人達よりも理解していた。そのため、彰弘達の敵になると言うことがどのような結果に繋がるかが分かり、再び避難拠点へ戻るという選択をしたのである。
「理解してるかだと!? 人を殺した奴が何を言う!」
彰弘の言葉に、先ほどの男が再び声を上げた。
「分かりやすく教えてやる。強姦を許容するようなお前達の団体は賊だが、もし避難拠点へ行くならそこで司法の裁きを受けられる。ただし、断るならば今ここで俺が判断する。今のこの国の法だとな、防壁の外で会った賊に対する対処は、その場に居合わせた者の判断に委ねられるんだよ。まあ、強姦犯は最低十年分くらいは犯罪奴隷として強制労働の刑らしいけどな。さあ、どうする? 司法の判断を受けるために避難拠点へ行くか……それとも、俺達の敵となるか……」
彰弘は目の前にいる男へ向けていた視線を目の前に横たわる頭のない死体へと移した。
防壁外での対処については元日本では考えられないところではあるが事実であり、公式に法として記されている。
融合後の世界での防壁の外には基本何の保証も存在しない。
防壁外と言うのは、防壁内に比べ圧倒的に広い。その上、魔物などの存在により、どこでも常に危険が付きまとう。出入り口となる門の周辺だけは辛うじて安全と言えるが、防壁内と比べると雲泥の差がある。
皇国、天皇、領主、その仕える先は様々だが兵士などの戦闘を主業務とする人達は相応の数がいる。しかし、その相応の数とは防壁の中で暮らす人々を魔物から守る、または他国の侵略があった場合に国民を守ることに対する相応であって、防壁の外の安全を確保するための相応ではない。
仮に兵士の数が今の倍いたとしても、防壁外に広がる土地の広さと危険に対しては焼け石に水であった。
そのため、街と街を行き来する力のない人達は万が一を考え金をかけて護衛を雇う。護衛などで外へ出る力がある者達であっても不要な情けは自らを滅ぼす。故に敵と認識した者へは、例えそれが人相手であっても容赦ない攻撃を加える。防壁の外ではそれが普通であった。
さて、どう出るかな? 彰弘はそんなことを思いながら死体から目の前の集団へと視線を戻した。
「ふざけんな! たかが女を犯したくらいで十年もぶち込まれてたまるか!」
「勘違いするなよ? 最低十年だ。それにぶち込まれるんじゃない、強制労働だ」
再び叫んだ男へと向けた視線を彰弘は鋭くした。そして、説得の価値はなしと判断したのである。
ライズサンク皇国となった今の国には、特別な場合を除き収監と言う制度はない。これはサンク王国含めリルヴァーナに在った国の多くが、その制度を持っていなかったためである。
基本となる法則が元リルヴァーナの世界のものである以上、そちら側に沿った制度にすることが今後のために良しと判断された結果故であった。
では、罪を犯した者の刑罰はどうなるのか? と言うことだが、これは例外なく奴隷の身分になるのである。
犯罪者は罪の重さを金額と言う刑罰に代えられ犯罪奴隷に落とされるのだ。奴隷となった者は、その後、働くことで金銭を稼ぎ、その金額が科せられた金額となったところで奴隷の立場から復帰できるという仕組みである。
強姦や無辜の人を殺害するなどの罪を犯し重犯罪奴隷となった者も基本は同様だ。但し、普通の犯罪奴隷が街中での労働が基本であるのに対して、重犯罪奴隷は必ず防壁外の危険区域で働くことになる。これは不足がちな防壁外での労働力を補うという面と、重犯罪者ならば危険に晒されることになっても国民からの反発が少ないという理由があった。
その男は、彰弘の言葉で自分の道を決めた。
今目の前にいるのは一人だ。その後ろにも仲間らきし者達と団体から逃げた者達もいて、数では向こうが上だが武器を持っている者は少ない。その上、半数程度は女子供だ。確かに目の前の男は少々厄介かもしれないが、自分達全員でかかればどうとでもなる、そう考えた。
このとき、男の頭の中はいかに自分が罰を科されずにすむかのみであった。だからか、彰弘が鉄パイプごと目の前に横たわる者の首を刎ねたことも、それより前に少女四人が大人二人を屠ったことも忘れていたのである。
「全員でかかれぇ! 少しぐらい強くても、この人数ならば倒せる。行くぞー!」
男は仲間に目配せした後で声を張り上げた。
その声でどのように動くべきか悩んでいた者も覚悟を決めたようだ。手に持ってはいたがぶら下げた状態だった鉄パイプを構えたのである。
やがて、全員が彰弘と敵対する態度をとった。
「少しは、耳を貸すかと思ったんだけどな……仕方ない」
彰弘はそう呟くと、止めていた魔力を再び『血喰い』へと流し込んだ。
「かかれぇ!」
彰弘と言葉を交わしていた男が叫んだ。
その声を皮切りに武器である鉄パイプを構えた残りの男達が彰弘へと殺到せんと動き出した。
押し寄せる男達の動きは悪くはない。しかし、日本人の普通の大人で、と言う注釈が付く。
つまり、彰弘から見た場合、それは別に脅威でも何でもない。ただ、全方位からの攻撃は傷を負わないためにも避けるべきであった。
だから彰弘は迫る集団の動きを観察した。そして殺すべき相手に順番を付けた。
「命は粗末にするもんじゃない……」
思わず彰弘の口から声が漏れる。それは本心だったかもしれない、しかしそれにより相手の運命が変わることはなかった。
目の前で鉄パイプが振り上げられた瞬間、彰弘が身体を動かしたからだ。当然、ただ動いたわけではない。鉄パイプを振り下ろそうとする男の脇を掠めるように移動しながら、左手に持つ小剣でその脇腹を斬り裂いたのだ。
脇腹を斬られた男はその場で蹲る。しかし、彰弘はその男のことを気にする振りすら見せない。相手の死を確信したからではない、自らが付けた優先順位一位を屠ることの方が大事であったからだ。
彰弘が決めた優先順位一位は、この集団の中では一番強いと感じた先ほど自分と言葉を交わした男であった。
強い者を倒せば他が引くかもしれない、リーダーを倒せば他が引くかもしれない、そんな考えがあったわけではない。ただ単に、体調が万全の内に強い者を排除しておきたかったのである。場合によっては愚策であるが、今このときは間違っているとは言えなかった。
「まずは、お前だ」
号令をかけた男の横に回りこんだ彰弘はそう言うと、先ほどとは違い右手の『血喰い』を一閃させた。
襲い来る集団の中では強いとは言っても、それはあくまでその集団の中での話だ。日本人の成人男性平均より少しだけ強いだけの男が、今の彰弘の攻撃を防げるわけでも躱せるわけでもなかった。
「な!?」
その男が大量の血と共に口から声を出したのは、彰弘の一閃が左上腕部を切断し心臓を斬り裂いた後であった。
彰弘の一閃は男の声の後も少しも速度を緩めることなくその身体を上下に二分した。
「まだやるか?」
驚愕の顔で絶命した男を見ることなく、彰弘は残った男達へと剣を向ける。
普通であればここで降伏する者もいたであろう。しかし、すでにその集団は物事を冷静に考えることができなくなっていた。
自分達が行ってきた行為を知っているとみられる彰弘の行動、それに対する恐怖。それから集団の中にいた共通語を理解できない者達の訳の分からない叫び声。加えて、号令を出した男が何の抵抗もなく屠られたこと。
これだけでも、逃げると考えることすらできなくなっていた。そこにさらに加わったものがあった。
「アキヒロ! 敵を教えろぉ!」
それは、声を張り上げ物凄い速度で迫ってくる自身の身体よりも大きい両刃斧を持ったセイルの存在だった。
セイルが現場に到着してからは、まさに鎧袖一触であった。
彰弘へと向かった者は、例え鉄パイプを防御に使おうとも、『血喰い』にそれごと身体を斬り裂かれた。そのため、一部の者は、新たに現れたセイルへと向かったのだが、そこで待っていたのは、パーティー名の由来でもある『竜翼の斧』に、構えた鉄パイプごと身体を破壊されながら吹き飛ばされ絶命する運命だけであった。
『竜翼の斧』は、『血喰い』ほどの切れ味を見せることはない。しかし、頑丈さでは同程度、重量は十倍を超える。そんな得物がセイルの豪腕で振られるのだ、彰弘の剣から逃れる先として適切な訳がなかった。
敵対した者全てを葬り去った彰弘とセイルは、仲間の下へ向かって歩いていた。
「アキヒロ……お前エグいな」
「人のこと言えるか」
二人のパーティーメンバーがいるところまでは数十メートルしかない。そのため、詳しい話などは揃ってからと考えたセイルは先ほどの惨状を口にしたのだ。
それに対して彰弘は「お前も同じだ」との意味を含ませ言葉を返した。
「そんなことは……」
彰弘の返しに反論しようとして一度後ろを振り返り、見るんじゃなかったと口を閉じた。
セイルが再度目にした惨状はそれほどの有様だったのである。
およそ半数の死体は身体の一部が切り離されており、残りの半数は切り離されてはいないものの身体のどこかしらが潰れていた。
「それにしても、よく平気だな?」
魔物、それに野盗などの人種を何度か屠ってきたセイルにしても背後に広がる惨状は相当なものであった。それにも関わらず、彰弘は普段とそれほど変わらないように見えた。
「……ああ。それについては早急に解明させなきゃならないな。自分のためにも、何よりあの子達のためにも」
「どういうことだ?」
「正直、よく分からない。まず俺だが、俺は融合前に人を殺したことはない。それどころか喧嘩などして相手を傷付けたこともないんだ。なのに、融合直後に人を殺せた。そして、そのことについて何の忌避感もない。あの子達も俺と似たような感じらしい。多少は違うようだけどな」
そこでセイルの片眉が上がった。
「怒るなよ。仕方ないじゃすまないが、今はこれからのことだ。あの子達の話を聞く限りだと忌避感らしきものが一瞬あったらしい。だが、その後急速に落ち着いたようだ。今は落ち着いたこと事態に困惑している状況らしい」
怒りを表したセイルだったが、彰弘の言い分を認めて考えを巡らす。そして少ししてから口を開いた。
「普通じゃないことしか分からんな。大抵の奴は初めて人を殺したときある程度引っ張るもんだ。それがまったくない……いや、あの子達は一瞬ではあるがあったのか。それにしても普通じゃない」
「後、あの惨状についてだが、俺には『人を殺した後の結果』としか見れていない。もしかしたら、あの子達も同じかもしれない。流石に、あれをあの子達に見せるわけにはいかないけどな」
「当たり前だ。まあ、暫く様子を見るしかないのかもしれないな」
「そうだな……」
考えて分かるならば事が事だけに必死に考えもするのだが、現状考えるべき材料となるものが少ない。できることと言えば、その時々の自分の思いや考えを掘り下げるくらいしかない。少女達の心境をも掘り下げれば多少は正解に近づくかもしれないが、それにより少女達の心に傷ができるようなら本末転倒だ。
「まあ、幸い俺もあの子達も決して人を殺したいと思っているわけではないことが救いではあるな」
「確かにな。こうして話していて、そんな感じはまったく受けない。やれやれ、あんたやあの子達の異常に早めに気が付けたことに感謝すべきかどうか、何とも言えないところだな」
セイルはそう言うと肩を竦める。
彰弘はそんなセイルを見て苦笑を顔に浮かべた。
元々、惨状となったあの場から仲間のいる場所まではそれほど離れていなかった。そのため、彰弘とセイルとの会話は、とりあえず様子見というところで止まった。
彰弘は駆け寄る少女達に自分は傷一つないことを伝え笑みを浮かべる。しかしその裏では、様子見ですませていい問題じゃないよな、と考えを巡らすのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。