2-33.
前話あらすじ
セイル達が避難拠点へ救援を呼びに行っている間に女性の助けを求める声が辺りに響く。
その声に真っ先に反応したのは瑞穂と香澄であった。
相手が一般人の域を出なかったこともあり無傷の彰弘達であったが、その目には新たな相手が迫ってくる姿が映っていた。
※2-32話(五月十六日投稿分)
五月十七日の十五時三十分過ぎに、後半部分戦闘開始後の文章を大幅修正。
(修正前の文章は活動報告にコピペしてあります)
彰弘と少女四人は、二人の男と対峙していた。互いの間は二メートル弱、彰弘の右側では六花と紫苑が、左側では瑞穂と香澄が、それぞれ目の前に立つ男へと氷の刃となった視線を向けていた。
少女達が睨みつける男二人の後ろにも二十人弱の男はいるのだが、そちらにはまったく意識を向けていない。それほどの怒りを目の前に立つ男へと持っていたのである。
両者が対峙してから数秒後、怒りと嫌悪など様々な感情が交じり合った声が紫苑の口から発せられた。
「何故、ここにいるのです」
友好さの欠片もない言葉が放たれた先にいたのは五十前後の中肉中背の男だ。避難拠点で支給されていた服を身に着け、腰には刀に見える物を吊るしていた。
「それは私のセリフだがな。まあいい、答えよう。あのような他言語を話すと言うだけで、犯罪者扱いをする者共がいる場所で暮らせるわけがなかろう? それに今のような人権無視となる状態を良いと思ってはいない。だから私は虐げられる人々の権利を守る活動をするために、同志となった人々とあそこを脱出し、ここにあるヒュムクライム人権団体へと身を寄せることにしたのだ」
この男が言うヒュムクライム人権団体は、融合前日本国内に住む外国人の人権を謳っていた団体である。主に永住者となった者が日本国国民と同じ権利を有するための活動を行っていた。無論、永住者や帰化を目指す者への支援も行っていたが、その活動の大部分は先に述べた権利を取得するための活動に割かれていた。
なお、この活動により永住者へ何らかの権利が付与されたことは、当然ながら一度もない。
「丁度いい。紫苑、小学校でのことは水に流すからお前もこちらへ来なさい。お前はあいつに似て容姿がいいから広告塔として申し分ない。それに健康でもあるから、あいつみたいに役に立つ前に死ぬことはないだろう。おお、そうだ。お嬢さん達も一緒にどうかな? そんな男と一緒にいるよりは、余程良いだろう」
元父親の言葉に紫苑は自分の耳を疑った。どう解釈しても人を誘う言葉とは思えない。見た目は前と変わらないのに、どこかが変であった。
元父親である男は、昔から自分の望む方向にしか話を進めなかった。しかも、決して自分が不利となる発言はせず、相手の望むものを織り交ぜるような会話で相手を篭絡し引き込むという話術を使っていたはずだ。それがどうだろう、今のこの会話にはそれらが一切ない。ただ、自分が望むこと思ったことを口に出しているとしか考えられなかった。
「もう結構です」
紫苑は元父親に対して完全に見切りをつけた。昔もそうであったが、今の状態も、そしてその言葉も決して受け入れられないものであった。
自分への言いようはそれほど気にはならない。彰弘に対する言葉には怒りが沸いたが辛うじて我慢できた。だが、亡くなった母への言葉は到底許せるものではない。加えて、六花の両親が亡くなる原因となった行動についての謝罪が、あのときから一度としてなかったことも許せなかった。
紫苑は隣に立つ六花へと顔を向けた。そして……。
「六花さん、ごめんなさい」
そう謝罪の言葉を口にした。
六花の両親が亡くなった夜にも、自分の父親に原因があるからと紫苑は謝っていた。そのとき、自分の両親が選んだ行動だから気にしないで、紫苑が悪いわけじゃないから気にしないで、と言われてはいた。それでも謝らずにはいられなかった。
「前も言ったけど、気にしないで。紫苑さんが悪いわけじゃないもん」
泣きそうな顔になっている紫苑に向かって、六花は笑顔を見せた。
「はい、ありがとうございます」
六花の笑顔へとそう返した紫苑は表情に厳しさを戻し元父親を睨みつける。
それを見た六花も笑顔を消し去った顔を紫苑の父親だったものへと向けた。
「ふむ、なるほど、あのとき一番最初にやられた男女の子供だったか。あれは運が悪かったとしかいいようがないな。そもそも……」
「黙りなさい!」
辺りに紫苑の激昂した声が響いた。
その声量と言葉に込められた怒気、そしてその変化した雰囲気に元父親は身震いをし、開いた口をそのまま動かせなくなった。
紫苑としては、できることならもう顔を見ることも声を聞くことも、そして自分が元父親への言葉を口に出すのも嫌であった。しかし、あの言葉の先を言わせるわけにはいかなかった。その言葉が出たとき、間違いなく六花が単独で動くことが想像できたからだ。今この場では四人が一緒でなければ駄目なのだ。自分達の関係のためにも、個々が抱えることになる問題のためにも、今この場だけは単独で誰か一人が動くことはあってはならなかった。
紫苑の怒声で一瞬だけ視線を右側へと向けた瑞穂と香澄だったが、すぐに目の前の男へと戻した。
二人の目の前にいる男は三十代前後のどこにでもいそうな特徴のない顔をしていた。体格はやや太った彰弘といった具合である。ジャージの上下を身に着け、左手には鞘に入った刀のような物が握られていた。
「向こうは終わったみたいだし、こっちも始めようか」
紫苑と比べると幾分軽い口調で瑞穂が男へ向かって声をかけた。
「そうだね。向こうは交渉どころではないしね。僕としては君達ではなく、そこの男の人と話をするのが最適だと思うんだけど、様子を見る限りそれは難しそうだし、まず君達二人と話すことにするよ」
軽い声を出したジャージの男は、静観を決め込む彰弘を一度見るも、やれやれと首を振ってから瑞穂と香澄へと向き直った。
「残念ですが、交渉はありえません。あるのは確認とその後の生か死かのどちらかだけです」
「どういうことかな?」
香澄の静かだが険のある声にジャージの男は問い返す。
「答える義務はありません。あなた方が女性を強姦していたことはすでに分かっています。ですから、まずはその確認です。あなたも女性を犯したのですか?」
取り付く島もないその様子と言葉の内容にジャージの男は息を呑んだ。
ジャージの男の経験で言えば、この年頃の子供が大人に意見するときは大抵強がりがその内側に見えていた。しかし、今言葉を発した少女にはそれが見えない。見えたものと言えば、激しい何かを押さえつけ努めて静かに平坦な声を出していることくらいだ。
「何を言うかと思えば。そんなことをしているはずがないでしょう。僕らはただ誤解から逃げ出してしまった仲間を引き止めに来ただけです」
果たして上手く誤魔化せたかどうか? ジャージの男は目の前の少女達の反応を待った。
「香澄、もういいよね?」
「うん。決定だね」
ジャージの男には二人の少女の反応がどのような結論から出されたのか分からなかった。ただ、自分にとって良い結果でないのだけは分かった。何故なら目の前にいる少女二人の雰囲気が、先ほどまで自分の隣にいる男と会話をしていた紫苑と言う少女と同じものとなっていたからだ。
ジャージの男は必死に次の言葉を探す。少しでも今の状況を改善させるべき言葉を。
しかし、そんなジャージの男の考えは耳に聞こえた少女の声で終わりを向かえようとしていた。
「彰弘さん。お待たせ。もういいよ」
次の言葉を探すジャージの男を尻目に、瑞穂が彰弘へ向かって声を出したのであった。
彰弘は少女四人と男二人のやり取りを静観していた。
少女達の考えを優先したことが最大の理由だが、他にも理由はあった。それは、目前で対峙している男二人だけではなく、その後ろにいる男達のことも観察する必要があったからだ。
相手は武器を持った集団である。例えその武器が刃物ではなく鉄パイプなどであっても当たれば怪我をすることは想像に難くない。それ故、彰弘は静観を決め込んでいたのである。
瑞穂の声で、彰弘は口を開いた。
彰弘が男二人へと放った言葉は、先ほど逃げて来た女達を追いかけて来た男達へと伝えた内容と同じものだ。
相手は二十人を超える人数であったが、へたな油断をしなければかすり傷すらしないであろうというのが、彰弘が観察した結果であった。
だから、避難拠点へ行かなければ自分達の敵になるということまで伝えたのである。
もしこれが、自分と近しい実力を持つものが一人でもいたら、伝える言葉を変えていたかもしれない。彰弘にとって何より優先すべきは少女達であったからだ。
ともかく、彰弘は相手に対して選択を迫った。後は相手の反応を待つばかりである。
「命の保障はしないとか、あなたは何様のつもりですか? 何故、僕達がそのようなことを言われなければならないのです?」
ジャージの男は彰弘の言葉の意味を考えていたのか、少しの間をおいて反応してきた。
返ってきた内容から、おそらく、この男は避難拠点に入ったことがないのだろうと彰弘は予想を立てる。それから、紫苑の元父親達からも現在の状況がどのようになっているのかも聞いていないのだろうとも予想できた。
「あんたらが女性を強姦していたことは、逃げて来た人達とそれを最初に追って来た人達から聞いている。それと俺らの仲間が偵察したときにその現場を見ている。これだけじゃ分からないだろうから言うがな、今のこの場所はライズサンク皇国と言う国だ。そしてこの国の法は日本の法とは違う。特に街などを囲う防壁の外では、それが顕著でね、今の場合だと俺らがあんたらを殺しても何の問題もないんだ。俺が言っている意味が分かるか? あんたらは今殺されても文句が言えない立場にいるんだよ」
彰弘は一度言葉を止めた。
目の前のジャージの男は顔色を青くし唾を飲み込む。自分のやったことが知れてしまっていることへの反応か、それに対しての現行法への反応か。しかし、明らかに先ほどまでの余裕のある態度ではなくなっていた。
そんなジャージの男を尻目に彰弘は言葉を続けた。
「ついでに言っておく、さっきあんたの隣の男が言った共通語を理解できない者達についてだけどな、その者達は犯罪者ですらないぞ、今はただの討伐対象だ。もし匿ったりした場合は刑罰を科せられるからな。まあ、こちらについては避難拠点などに一度も行ったことのない者であれば、情状酌量の余地はあるだろうな。無知は罪とも言うが、この件に関しては仕方ないと言えるしな」
この言葉は紫苑の元父親へ向けられていた。
紫苑に黙らされたその男は何を考えているか分からない顔をしていた。ジャージの男のように焦る様子を見せるでもなく、怒りを見せるでもない。黙らされた直後は驚愕の表情を浮かべていたが今は能面のように無表情であった。
さて、余談だが敵意を持って他国に残った者達とそれ以外の人達の区別について補足をしようと思う。
融合前から普通に話すこともでき聞くこともできた人達は何の問題もなかった。
しかし、融合前に声を出せなかった人や耳が聞こえなかった人、また声を出せて耳が聞こえても何らかの障害でまともに対話できなかった人はどうなのか? という疑問が当然出てくる。
この疑問だが、これは今回の世界融合が偶然ではなく予め予定された上で起こったことのため、神々により対策が成されていた。
そもそも、敵意を持ち他国に残った者達が共通語を解することをできなくしたのは地球とリルヴァーナの神々である。当然、それに対する措置も神々は行っていたのだ。
つまり、声が出せなかった人には共通語を話せるように、耳が聞こえなかった人には聞こえるように、そして言葉を理解し得なかった人には最低限の理解ができるようにしたのである。
特定の人達への優遇ではあったが融合と言う非常識な出来事に直面した人々はたいしてその優遇を気にすることはなかった。神々にしても自らが管理する惑星全体を安定させるために必要なことだったため、平時であれば問題となる行為であったが、このときばかりは特例としていたのである。
それはさておき。
彰弘の言葉を受けた男二人の表情は時間を少し置いて変わっていった。
ジャージの男は脅えを表しながらも決意した顔へ、紫苑の元父親は怒りを表した顔へとなっていった。
そして、その変化が終わったとき、両者が声を上げた。
「ふざけるなっ! な……」
「こいつらは敵だ! み……」
感情を声に出したのが紫苑の元父親で、彰弘達を攻撃する意図の声を上げたのはジャージの男であった。
しかし、声を上げた二人は自らの言葉を最後まで続けることはできなかった。
紫苑の元父親は一言目を口にした直後に何の反応もできず首の左右に斬撃を受けたのだ。左側の頚動脈を紫苑に、右側は六花に斬り裂かれたのである。
一方のジャージの男は多少はマシであった。手に持った刀を抜くことはできなかったが、左から迫る瑞穂の攻撃を一度だけ鞘に収まった刀で防いだのである。しかし、その後に右脇腹を狙った香澄の斬撃は避けられず、その直後に再度襲った瑞穂の心臓への刺突と、脇腹への斬撃を振り切り回転したことで威力を増した瑞穂と同じ攻撃位置への香澄の一撃を防ぐことはかなわなかった。
自分達が殺した男を見下ろす少女達の目はとても冷ややかであった。
人を殺したことを後悔している様子もない。人を殺したというのに平然とその死体を見下ろしていることに何の疑問も抱いていないようであった。
しかし、彰弘が少女達の心を心配して声をかけた途端にその様子に変化が現れた。後悔でも嫌悪でもない、戸惑いのようなもの出てきたのだ。
「どうした、大丈夫か?」
自分の一声で変化を表した少女達に彰弘は再度声をかけた。
正直、もっと別の言葉をかけるべきだったのかもしれなが、咄嗟に出てきたのは普通に心配するだけの言葉であった。
「彰弘さん。あたし変かも」
他の少女三人と同じような戸惑った表情で瑞穂が口を開いた。
幸い、ジャージの男の言葉で彰弘達を襲おうとした残りの男達は惨劇を目の当たりにしたからか動きを止めていた。だから彰弘は注意を払いつつも少女達の話を聞くことにした。
「変?」
「うん。あたし、一応覚悟はしてたんだ。どんなに憎い相手でも、どんなに自分が決意してても、やっぱ人を殺したら嫌な気持ちになるんじゃないかって。でも、今は特にそういうのがないの。心臓を突き刺したこの人が倒れたときは、いろんな感情があったんだけど、何故かすぐになくなっちゃった」
瑞穂はそう言って、残りの三人を見た。すると皆が揃って瑞穂と同じだと頷きを返した。
一瞬、リルヴァーナ側の人達は人を殺した後、すぐに気持ちの整理ができてしまうのか? などと考えた彰弘だったが、成人を迎えないと対人戦がある依頼を受けれる条件のランクへ上がれない冒険者ギルドのことなどを思い出し、その考えを消した。
「とりあえず、皆はミリアのところまで後退しててくれ。ここからは俺がやる」
少女達の不安定さに懸念を感じた彰弘は万が一から守るための言葉を出した。
「え、でも。ちょっと変と思うだけで、他は何もないよ。だいじょぶだよ」
後退させようとする彰弘に六花が言葉を返した。他の三人も同じ考えを持ったらしく頷いている。
そんな少女四人を彰弘は優しく諭す。
「俺も同じような感じだったからな。大丈夫だと感じていても精神的に疲れているかもしれない。だから今日のところは言うことを聞いてくれないか? 幸い脅威となる二人は皆が倒してくれた。後、残っているのはゴブリンリーダーと同じくらいの強さな奴らだけだ。だから、頼む」
彰弘のお願いに少女達は顔を見合す。そして頷き合うと四人を代表して紫苑が口を開いた。
「分かりました。約束もしてましたし、確かに今の自分に疑問を感じている状態は好ましくないのも事実です。だから下がります。でも、一つだけ約束してください。怪我などしないでくださいね?」
紫苑の言葉に、うんうんと残りの三人が首を縦に振った。
それを見て彰弘は笑みを浮かべる。
「ああ、約束しよう」
短く返しただけの彰弘だったが、その顔に満足したのか少女達は安心を顔に浮かべた。そして、「では下がります」と言うと、小剣に付いた血糊を拭き取り鞘に戻してからミリアのいる位置まで走っていった。
少女達を見送った彰弘は表情を引き締め、『血喰い』と小剣を鞘から抜き放つ。そして、未だ動きを見せない残った男達へと向き直った。
それから彰弘は『血喰い』に魔力を注ぎ込みながら残る男達へと歩み寄り、今日三度目となる選択を示したのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。