2-31.
前話あらすじ
壁の陰に隠れた一行は目撃した集団の偵察を行う。
その結果を受けて、自分達だけでは上手く事を運べないと判断し避難拠点への援軍を求めることにしたのであった。
※前話はいつもと違い五月五日(火)の投稿となっております。
避難拠点にある総合管理庁庁舎の執務室で、支部長であるケイゴは目の前に積まれた書類の処理を黙々と行っていた。
そんな最中、扉をノックする音が聞こえた。
「レイルだ。いいかな?」
「鍵はかかってない。どうぞ」
聞こえてきた声にケイゴはそう返す。すると扉が開き、支部長を補佐する立場のレイルが部屋に入ってきた。
「外回りは終わったのか?」
予定よりも随分と早いレイルの訪問にケイゴは書類から目を離し問う。
そんなケイゴへと軽く笑ったレイルは首を横に振ってから声を出した。
「そうじゃないさ。二つほど報告することがあってね、それで来たのさ」
疑問を顔に浮かべるケイゴにレイルは言葉を続けた。
「良い報告と悪い……かはまだ判断できないが、その報告。どちらを先に聞く?」
「対応が楽な方から頼む」
ケイゴの返答にレイルは「じゃあ、良い方からだな」と本来地中からしか採れない種類のはずの魔石が自動車の燃料タンクから取れたことを話し出した。
話を聞き終わったケイゴは顎に手を当てて何やら考えてから口を開く。
「本当なら随分と今後が楽になるが……真偽のほどは?」
「まず間違いはないだろうね。報告をくれたレン君が実際にその場を見ているってことだから」
「まさか、そんな変化が起こっていたとはな……」
確認したケイゴは暫し黙考した。
避難拠点には、融合後に使えなくなると言われていた石油燃料などはほとんど持ち込んでいなかった。工事に使う重機などには石油燃料が使われていたが、一通り最低限の工事が完了した時点でそれらは全て避難拠点の外へと出されていた。融合後には動かせなくなるものを拠点の中に置いといて邪魔にしかならないからだ。
そんな理由があり、融合直前の避難拠点には石油燃料の類は置いていなかったのである。
「ああ、そうそう。件の魔石だけどな、発見者の予想だとガソリンスタンドのタンクになら、相当数あるんじゃないかとのことらしい。後、この情報は少しの間黙っていてくれるそうだ。暫く魔石を売ることもしないらしい。さらに言うと、自分達はもう十分だから金に困るまでは、もう手を出さないらしいぞ。どうやらレン君が交渉してくれたようだ」
ケイゴの思考を遮るようにレイルは声を出した。
「確かに車の燃料タンクに魔石があったのなら、そう考えるのも普通だな。にしても欲がないのか、その発見者は?」
「レン君の交渉のお陰でもあるんだろうが、すでに結構な数を入手したって話だよ」
「そうか。まあ、いい。とりあえずレンには感謝するとして、早急に調査と回収の段取りとつけるとしよう」
手帳を開いたケイゴはそこに今聞いた話を書き込むと顔を上げる。そして……。
「じゃあ、悪い方の話を聞こうか」
と、レイルへ向けてそう声を出した。
悪い方の話を聞いたケイゴは眉間に皺を寄せた。
「殲滅ならできるが、救出などの場合は人手が足りない、だから救援を求めて一時帰還した、と言うことか」
「ああ。レン君が同行したのは、ランクDながらもその実力はCどころかBへも迫る竜の翼のパーティーだ。ついでに言うと、最後に会った要観察対象者の彼のパーティーも同行している。五十人くらいだったら余裕だろうね」
レイルが言う要観察対象者の彼とは彰弘のことだ。そして、そのパーティーとは彰弘と少女四人で作った断罪の黒き刃である。
彰弘達だけでも並のゴブリンなら百体いても倒すことができる。そんな彰弘達と竜の翼が、数は多くても訓練すら受けていないだろう元日本人を相手にできない道理はなかった。
「とりあえず、休みだった第一部隊へは申し訳ないが準備するように指示を出した。後、レン君に頼んで冒険者ギルドへと救出のための指名依頼を持っていってもらっている」
「助かる。幸いこの拠点に来ている冒険者はそれなりの素行と確かな実力を持っている。問題となるのはその冒険者が今何人ギルドにいるかだな」
「ちょっと、特殊な指名依頼だが相場以上の報酬にしたしギルドに居てくれさえすれば受けてくれるだろう。少しの間は待つしかない」
ケイゴとレイルはそう言葉を交わし終えると、幾分陽が傾いた窓の外へと目を向けた。
◇
避難拠点の北門の外には避難拠点第一部隊所属の兵士が整列していた。
部隊長であるアキラを筆頭にした元自衛官二十一名の部隊である。
避難拠点の兵士は全てが元自衛官で占められていて、元サンク王国の兵士はいない。これは単純に人手の関係である。元サンク王国側としては、余剰があれば避難拠点へと兵士を派遣したかったのだが、何が起こるか分からない状況では自国の領土に配するだけで精一杯であったのである。
「報告します! 総員準備が完了しました。いつでも行けます!」
二十代前半と思える兵士が目的地方向へ視線を向けていたアキラへと準備が整ったことを報告しに来た。
アキラは視線の向きを変える。そこには、現場近くまでの足となる幌を付けていない獣車とその前で一糸乱れず整列する部下の姿が見えた。
「よし、冒険者が到着次第出発する! しばらく待機だ!」
話を聞く限りでは直ちに出発した方が良いように思える。しかし、人命に関わる可能性があるため、先走る訳には行かなかった。
アキラ達の準備が終えてから少しして、北門から声が聞こえてきた。そちらを向くアキラの目に映ったのは様々な格好をした冒険者達だった。
いち早く手続きをすませたセイルは足早にアキラの下へと歩み寄る。その後ろにはレンの姿があった。
「待たせた。準備はいいか?」
「こちらの準備はできている。いつでもいい」
そんなやり取りをしている間に、今回の依頼を受けた冒険者も順番に防壁の外へ出て、セイルとレンの後ろまで歩いてきた。
「清浄なる風のフウカだ。よろしく頼む」
まず女ばかり四人のパーティーである清浄なる風のリーダーであるフウカが名乗った。女が捕らわれているということもあり、真っ先に依頼を受けたのがこのパーティーであった。
「魔獣の顎のガイと言う」
次に名乗ったのはガイと言う大柄な男だ。先ほどのパーティーとは違い男だけの五人パーティーであった。
「潜む気配のジェールと言います。よろしくお願いします」
最後はやや小柄なジェールと言う男だった。パーティーメンバーは三人、男が一人の女が二人という構成だった。
「時間が惜しい。いくぞ」
アキラはそう言い、合流してきた冒険者が頷くのを確認すると次々に指示を出す。そして冒険者に向かっても用意していた獣車へ乗るように言って、自分も乗り込んだ。
「とりあえず、近くまではこの獣車で向かう。その後は状況に応じての対応だ。ともかく、行こう。出発!」
冒険者達はアキラの言葉へと再び頷いた。
御者台に座る兵士はアキラの合図で手綱を操る。それに応じて、獣車が移動を開始した。
揺れる獣車の上でアキラはセイルへと声をかけた。
「着くまで時間はないが、もう一度説明を頼む」
アキラが乗る獣車に同乗しているのはセイルにレン、それと清浄なる風のパーティーだった。
「説明と言っても先に話した内容以上のものはないぞ」
「それにしては焦っているように見えるが……」
セイルが避難拠点に辿り着いたとき、偶然その近くの詰め所にいたアキラは一通りの話を聞いていた。しかし、そのときのセイルの様子、そして今のセイルの様子に話以上の何かがあるのではないかと感じていたのだった。
「私も気になるな。仮に倍の人数がいたとしても、あなたのパーティーなら、あなたを除いたとしても負けることはないだろうし、事によったら怪我さえしないかもしれない。ましてや、あの男と少女達もいるのだろう? 何を心配している?」
清浄なる風のリーダーであるフウカが口を開き、自分の思いを声に出した。
セイルはそれを聞き、頭をガシガシとかく。
「それが問題なんだよ。アキヒロはともかくとして、あの子らはまだ成人していないんだぞ。しかも、一番下はまだ十歳だ。人を殺すところを見せるとか実際に戦わせるなんてことは、まだしたくはない」
「そう言えば、そうだったな。だが、攻め入ることはないんだろ? 仮に攻めてきたとしても逃げるのは容易いのではないか?」
年齢を考えていなかった清浄なる風の面々が沈黙する一方で、アキラは少女達の年齢を再認識し呟いた後にセイルへと疑問を投げかけた。
「そこには心配していない。心配なのは助けを求められた場合だ。もし助けを求めてきたのが、女性でそれが強姦されていたことが分かる人物だった場合、あの子らが飛び出す可能性がある」
「事情はよく分かりませんが、それなら何故少女達を避難拠点へと戻さなかったのですか? セイルさんとレンさんが二人で救援を呼びに来るのに比べたら遅くはなるかもしれませんが、その場に残すよりもずっと良かったのではありませんか?」
清浄なる風の中で唯一ローブを纏った女が意見を言う。
確かに、セイルの言うような心配があるならば少女達を避難拠点に戻すことが得策に思えた。しかし、ディアから偵察の報告を受けたときの少女達を見ていたセイルには、そのことを言い出すことができなかったのだ。
「あなたの言うとおりではあります。ですが、あのとき無理矢理少女達を連れ戻した場合、より危険なことになるかもしれないと思ってしまったんですよ」
それまで黙っていたレンが、セイルの変わりに口を開く。
「ディアさんから偵察の報告を聞いたとき、そしてその後のあの子達の目は今までに見たことのない……決意が宿っていました」
一瞬、狂気と決意と言葉に出しそうになり、すんでのところで止めることができた。
レンが一度言葉を止めた理由を理解したのはセイルだけだったが、あえてそのことを説明しようとはしない。関係のない人へと害を与える類のものではないことが分かっていたからだ。
セイルと少女達は、まだ出会ってから一ヵ月ほどである。しかし、少女達の目の狂気が何を示すものなのか察することは容易であった。彰弘が目を覚ますまでは常にあの狂気が瞳に宿っていた。目を覚ましてからは鳴りを潜めてはいたが、特定条件下ではその狂気が再び宿った。何となく気になり、何となく観察しているとその条件が分かった。要は彰弘と共に行くことに関する事柄についてのときに狂気が顔を出していたのだ。
今回のことは少女達にとって、彰弘と共に行動するために必要な対人戦を経験できる良い機会だったのだ。加えて男に襲われそうになった二人の少女にしてみれば、足枷となるトラウマじみたものを払拭する機会でもある。
そのような一般的ではない少女達を、もし力ずくで避難拠点へ戻した場合にどうなるか想像もできなかった。だからセイルとレンは二人だけで避難拠点へと救援を呼びに来たのである。
ちなみに、レンが瞳の狂気に気付いたのは、レイルから彰弘達五人のことを言われてからずっと彼らのことを気にしていたからである。
「ともかくだ、あの子らの決意がどうであろうと精神的にもまだ未熟な状態で人殺しとかの現場は見せたくないしさせたくはない」
考え込む獣車の上の全員に向けてセイルは無理矢理に話を纏める声を出した。
今はこの話題を掘り下げることよりも、早く現場に到着し最適な行動をすることが必要なのであった。
セイル達が獣車の上で話し合ってから数分。彰弘達が隠れて様子を窺っているであろう場所に近づいた。
「獣車はここまでだ。御者台の兵士はこのまま待機。残りは私に続け。冒険者の方々も付いて来てもらいたい」
アキラのその言葉で素早く下車し兵士は隊列を整える。
冒険者もそれぞれのパーティーごとに別れ数回言葉を交わしてから姿勢を正した。
アキラの合図により、セイルを先頭にした救援部隊は素早くしかし極力音を立てずに進んでいった。そして、角を曲がれば目的の場所まで後少しというところまで来た。
そのとき、悲鳴のような人の声が響いた。
「おいおい、マジかよ!」
そう言うとセイルはいきなり背の両刃斧を手に持ち走り出した。
残りの面々は、それから一瞬だけ送れてセイルに続く。
セイルに遅れて角を曲がった一同が目にしたのは、座り込む人達の前方にいる集団の中で淡く光を放つ黒色の長剣を振る男の姿であった。
お読みいただき、ありがとうございます。
前書きにも書きましたが、前話2-30.は五月五日の投稿分となっています。
二〇一五年五月十日 十九時二十分
文修正
修正前)
二十代前半と思える兵士がアキラへと準備が整ったことを報告しに来た。
アキラはその報告を受け整列する一同を見回し頷く。
修正後)
二十代前半と思える兵士が目的地方向へ視線を向けていたアキラへと準備が整ったことを報告しに来た。
アキラは視線の向きを変える。そこには、現場近くまでの足となる幌を付けていない獣車とその前で一糸乱れず整列する部下の姿が見えた。